異世界でカイゼン
北風荘右衛
第1話 イントロダクション 倍率ドン?
ようやくだ。ようやく俺が認められる日が来た。さきほど届いたメールを見ながら、俺は何度も何度も自分に向かってガッツポーズを決めていた。
発明家に、俺はなる! と言い放って会社を辞めてすでに7年が経つ。年もすでに40を越えた。その間に俺が取得した特許は、IT関連だけでも30を越える。
しかしそのほとんどは、ネタ特許としか受け取られていなかった。どれだけサイトで募集をかけてもクラウドで募集しても、事業化しようという企業も出資してくれる人も現れなかったのだ。
それが今日、ようやくひとつだけだが製品化したいという相手が現れたのだ。その特許はカサだ。
カサは雨の多い日本では必須のアイテムだ。しかし、それにしてはこの数千年ものあいだ、ほとんど進化をしていない。
カサを差していたのに雨に濡れた、ということをだれもが経験しているだろう。現在のカサは「ある程度」の雨を防ぐぐらいの能力しかない。
そこで俺は考えた。暴風雨を防ぐカサはないので諦めよう。そんな日は外に出なきゃいいだろ。
しかし日本に降る雨の8割(日数の割合)は降水量が3mm以下なのである。その3mm以下の雨をターゲットにしようと。
そしてデータを集めているうちに俺は気がついた。雨の日に濡れるのは足(特にヒザより下)であるということと、それは前よりも後ろ側が多いということに。
つまり、降っている雨よりも、カサからの雨だれが多くかかっているということが分かったのだ。
それならば、雨水がカサの上にあるあいだに乾かしてしまえばいんじゃね? と考えた。
そうすれば、カサの骨からポトポト落ちる雨だれで自分が濡れることはなくなる。周りの人にポトポトかけて嫌な顔をされることもなくなる。グルグルと回転させて、雨水が飛び散る様を見る楽しみもなくなるが、そのぐらいは我慢せい。
自分のカサを店の前にある傘立てに入れる必要もなくなる。濡れていないのだから、バッグに入れるなり手で持って入れば良いのだ。これで盗難の心配もない。
しかし沸点の高い水を熱で乾燥させるのは不可能である。それをやると持っている人がほぼ黒焦げになる。そこで考えたのが振動だ。
カサの軸に振動発震のための機構とバッテリーを組み込み、カサの布には別に開発した(これも特許取得済み)受動素子機能のある繊維を編み込んだ。
カサに落ちた雨水を、振動によって瞬時に気体に代えてしまうのだ。理屈としては超音波で水を気体に変える加湿器と似ているが、俺のカサは振動数が1桁以上違う。それでようやく気化速度が実用レベルに達したのである。
傍目にはカサの上にうっすら霧がかかっているように見えるだろう。
バッテリーの小型化と長寿命化には苦労した。しかし一番苦労したのは騒音であった。振動により発生する音が、カサにかかる雨音レベルにまで下げるのに1年近くを要した。
そんな苦労を重ねて試作品は完成した。そして行った実証試験では、1mm程度の雨に対して2時間はその機能が発揮されることが確認されたのだ。
俺の目標にはまだ届いていないが、それでも試作品1号としては大成功である。あとは改良を重ね、機能を上げて行けば良い。
その動画をアップして1週間。つい先ほど、外資の家具量販店からメールが入った。ぜひ、商品化したいというメールだ。
家具メーカ? という疑問はあったが、まあそんなことはどうでも良い。俺の発明が認められたのだ。俺をバカにした連中よ、ざまぁみろ。これでお前らの年収なんぞ1年で稼いでやるぞ。 と、それじゃ自慢にならんか。
そのとき、うれしさの余りずいぶん昔に友人からもらったままで飲む予定もなく放置してあったブランデーの栓を開けた。VSOPとか描いてあるが良く分からん、とりあえずはそこそこ高い酒だ。
酒を飲む習慣は俺にはない。だが、今ぐらいはそれが許されるときであろうと、マグカップに注いで一気に煽った。興奮していたのだ。生涯でこんなにうれしかったことはなかったのだから。味なんか全く分からなかった。
そこそこ高い酒。そしてアルコール度は40%。そしてお代わりして倍率ドン。さらに倍。駆けつけ3杯の女王が見えた。竹下景子に全部、と言ったような言わなかったような。
そして、気を失った。
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