4-20.悪党を手のひらで転がす
書かれていた内容を要約すれば、ゼロシアとオズボーンをぶつける計画書だ。自らの手を汚さない計画書を持たせ、彼らを牽制する予定なのだろう。
「ゼロシア王家はこちらの味方だからな。何しろ、向こうの姫君をアスターリア伯爵の嫡男へ嫁がせるくらいだ」
王族の姫が、他国の公爵や侯爵に嫁ぐ話はよくある。しかし嫡男とはいえ伯爵家は格が違いすぎた。自国の伯爵家であっても、周囲から反対が出るだろう案件だ。
驚くべき情報をさらりと公開し、ウィリアムはエリヤが差し出した焼き菓子を口にした。長細い菓子をさくさくと食べ進め、菓子を摘んでいた指をぺろりと舐めて笑う。慣れているのか、エリヤは指まで食べられたことは気にせず、次の菓子に手を伸ばした。
「……よく、承諾したな」
「どうやって承諾させたの?」
驚いたショーンの声に、エイデンの「どうせ脅したんじゃないか」と疑惑交じりの問いかけが重なる。肩を竦めて答えをはぐらかしたウィリアムは、少年王が差し出す次の菓子を口に放り込んだ。
「弱みなんてのはな、いつでも使えるようにストックしとくもんだ」
とても上級階級の言葉遣いではないが、地が上品とはかけ離れた男なので誰も咎めない。
己に騎士としての訓練を課して厳しく律するショーンも、医師という肩書きながら将として軍を率いる才能を見せるエイデンも、実力主義者だった。誰より実力を示してきた男に、言葉や態度のアラを探して突く気などない。
「本当に、悪党だよね」
「仕方あるまい、この男を制御できるのは陛下のみだ」
酷い言われように、エリヤは斜め後ろのウィリアムを振り返る。
「お前、悪党なのか」
「おや? エリヤは悪党の主だろ」
少し考えて、それもそうかと頷いて紅茶を飲む国王の姿に、臣下2人は苦笑いしてお茶を干した。
数日後に発表されたアスターリア伯爵家嫡男とゼロシア王家の姫君の婚約は、大いなる驚きをもって国中に広まった。もちろん、やり手のウィリアムが切り札の周知に手を抜く筈がない。末端の貴族や傍流にいたるまで、しっかり周知徹底を図った。
大量の書類を捲り、手元の書類に承認のサインをして積み重ねる。必要な資料はすでに読み終えており、一度覚えたら忘れない『本人には不便な能力』のお陰で、書類は次々と正否を記されていった。積まれた書類は分類も重要度もバラバラで、部下の指導にもう少し時間を割く必要性を感じる。
「……文官を増やすか」
先日まで戦に国費を費やしていたため、多少倹約していたシュミレ国であるが、幸いにしてオズボーン国からの賠償金が入る予定だ。その金や今まで切り詰めた蓄えを、事務関係に回しても問題はないだろう。
すぐさま白紙の紙を引き寄せ、その旨を記していく。王家の透かしが入った命令書を書き終えると、すでに署名を終えた束の上に積み重ねた。重要書類をきちんと皮のケースに包み、残りは机の上に放置する。
ドアの外が騒がしくなった。そろそろだ。
「閣下とのお約束のない方は……」
「うるさい!!」
「お待ちください」
やたらと立派な樫のドアの先で、衛兵と揉める男の声が聞こえる。職務に忠実な衛兵が止めようとしているが、どうせ権力を振り翳して通ろうと試みているのだ。このまま通してしまえば衛兵を咎めなければならなくなる。それは可哀相だと、ウィリアムは声を上げた。
「構わぬ、通せ」
言いながら、以前も同じようなことがあったと思い出す。あの時はケガをしていて、青ざめたスタンリー伯爵が飛び込んできた。仕掛けたミシャ公爵ともども、今は墓石の下で歯軋りしているだろう。
ペンを置いて、凝った肩を解すように腕を動かした。やはり運動の前の準備は必要だ。重かった肩が軽くなった気がする。机の引き出しを開いて、短剣を取り出した。
「どういうことだ!!」
駆け込んだ男のセリフに、ちょうど思い出していたスタンリー伯爵の言葉が重なった。なぜ悪党はつねに同じセリフを使いまわすのか。独創性が足りなさ過ぎると苦笑いが口元を緩める。
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