4-10.昨夜のダンスがお気に入り
どれだけ口説いても、甘い睦言やプレゼントを積んでも袖にする。それがドロシアの照れ隠しだと知っているエイデンは気にしないが、他の親族からは別の女を選ぶよう進言もあった。すべて撥ね退け、ひたすら彼女だけを追う男は、優雅に膝を折る。
「お待たせいたしました」
「ご苦労、エイデン」
労う国王に促されて立ち上がる彼は、水色の瞳を和らげた。
「無事でよかった」
「そう簡単には死ねないね」
気安い友人であるウィリアムと言葉をかわす。視線が合わないと唇を尖らせる子供を抱き上げ、ウィリアムはその黒髪に接吻けた。
「相変わらず、溺愛だね」
呆れ顔のエイデンが金髪をかき上げる。しっかり鎧を着込んでいるため、汗をかいた髪が額や首筋に張り付いていた。
「当然だろ。オレはエリヤのために生きてるんだから」
言外に「お前も同じだろう」と滲ませれば、エイデンは肩を竦めてみせた。
「こうして願いを聞いても、どれだけ甘く囁いても、まったく振り返ってくれないけど」
それでも愛しているのだと、エイデンは笑う。その強さこそ、ドロシアが彼を嫌えない理由だった。
『紫の瞳は、神か悪魔に魅入られた証拠』――この国だけでなく、周囲のすべての国が同じ言い伝えを持っている。誰が作った話で、誰が広めたのか。わからないながら、内容だけが伝わってきた。
今、この国に紫色に近い瞳を持つ人間は3人いる。
国王エリヤの姉であるリリーアリスは淡い紫、色の濃い菫色をもつ『魔女』ドロシア。そして青紫の入り混じった瞳の『死神』ウィリアムだった。
魔女として迫害されたドロシアは、簡単に人を信用しない。教会に捨てられたウィリアムも似たようなものだった。そんな彼らは悪魔に魅入られた存在として、二つ名がある。
逆に瞳の色が薄く王族だったことが幸いしたリリーアリスは、聖女として教会に保護されてきた。リリーアリスはもちろん、エイデンもウィリアムも、ドロシアを受け入れた数少ない人間だ。それゆえに悪態をついたとしても、彼女は決して牙を剥かない。
「いつか振り向かせるよ」
振り向いて欲しいと願いを口にするのではなく、振り向かせると決意表明するエイデンに、エリヤがくすくす笑う。
夕日が沈んだ砦の中は、まだ血生臭さが抜けない。四方を囲う砦は外部に対しての防御力が高い代わりに、中の通気は悪かった。中に入り込まれると敵を排除するのに苦労する一面もある。今回はそれらが悪い方向へ出たが、アスターリア伯爵は砦をこのまま使うつもりらしい。
「一緒に食事をどうだ?」
ウィリアムの誘いに、エイデンはちらりと背後を確認する。部下達がくつろいでいる姿を見て、頷いた。馬を繋ぎ、彼らのテントや食事の準備を見届ければ、夜は時間が空くだろう。
「そうだね、彼らに警備の手配をしてから行くよ」
「待っている」
まだ抱きついたままのエリヤが締めくくり、ウィリアムは夜空に視線を向けた。大きな月が青白い光を放っている。大きすぎる月は不吉の象徴らしいが、戦場で月光の明るさに助けられてきたウィリアムにとって、月は勝利の象徴だった。
「今夜はゆっくり眠れるといいな」
顔を見合わせ「それでも昨夜のダンスは楽しかった」と告げる子供の唇を掠め取った執政の三つ編みを掴み、エリヤは嫣然と微笑んだ。
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