4-2.ちょっと我が侭を言ってみたくて

 国王を補佐する優秀な執政、攻め込まれた国の危機を救った騎士であり英雄、文武両道の彼にとって誰でも選べただろう。


 選り取り見取りの立場で、それでも彼は必ず俺を優先してくれる。国王だからではなく、エリヤという個人を見てくれるのだ。亡き父母であり、兄であり、導く師でもあり、唯一の半身で恋人。


 絶対の存在があるから、エリヤは揺るがない。


「では行きましょうか」


 愛馬の鼻先を撫でてから、小柄なエリヤを先に乗せる。その後ろへ慣れた様子で飛び乗ったウィリアムは、ゆっくりと馬を歩かせた。


 かつてエリヤが下賜した馬は、漆黒の美しい毛並みを誇る。目の間から流星と呼ばれる美しい白い模様が入っていた。すっと真っ直ぐな流星が、黒毛の顔を引き締める。


 駿馬の産地から献上された黒馬を見た瞬間、エリヤはウィリアムを思い浮かべたのだ。彼ならば似合う、と。だから迷いもなく、その場で下賜を決めた。


「リアンに乗るのは久しぶりだ」


 嬉しそうに馬を撫でるエリヤは、馬の揺れに合わせて身体を揺らしていた。


 小柄な子供が1人増えても、馬は負担に感じていないようだ。四本の足の動きに乱れはなかった。


 左前足の先だけ白い毛が覆っている。片方だけ履いた靴下のような模様は、リアンという牝馬の特徴だった。牝馬は大人しく、主と決めた存在に尽くす。まるで踊るように軽やかな足取りに揺られ、エリヤは機嫌よく目の前の首筋を撫でてやった。


「最近忙しかったから、リアンに乗せてやる機会もなかったよな」


 つい先頃、隣国オズボーンが攻め込んできた。ミシャ侯爵らを操って国の乗っ取りを計ったが失敗、結局正面突破をもくろんだのだ。


 黒衣の死神――そう呼ばれる騎士が先頭に立ち、オズボーンの侵略は食い止められた。北の山脈の向こうへ敵を追い落とした騎士こそ、ウィリアムだった。


 最前線にいたため、しばらく国王の側を離れていたのだ。


 馬に乗せるのが久しぶりというより、こうして2人で過ごす時間が久しぶりだった。


「今日はアスターリア伯爵家か」


 宿泊予定の伯爵家は、滅多に社交界に顔を見せない。上位貴族である公爵、侯爵、伯爵は社交界でのつながりを重視し、互いの婚姻によって雁字搦がんじがらめに縛られているのが普通だった。


 アスターリア家は伯爵の称号を得たのは先代王の治世において、多大な貢献をしたためだ。そのため王室を護ることに関しては、他の貴族の比ではない尽力をしてきた。


 若い世代の貴族だからこそ、古いカビの生えた貴族と違うのだろう。己の権益優先で王室を操ろうとする連中を蛇蝎だかつのごとく嫌い、真に誇り高い一族だった。それゆえか、奴隷の親を持つめとらず、今の伯爵夫人も他国の侯爵家から嫁いだと聞く。


「アスターリア伯ならば安心だ」


 昨夜宿泊したスガロシア子爵家は大変だった。他にめぼしい貴族がいない地域だったため宿泊所として選んだが……仮にも子爵令嬢の肩書きを持つ未婚の女性が、胸元が大きく開いた薄いネグリジェ姿で飛び込んできたのだ。


 薄い生地を重ねたネグリジェは下着と変わらぬほど身体の線が透けていた。その姿で国王の寝室に忍び込むなど、はしたないにも程がある。


「ああ……まあ、昨夜は大変だったな」


 頬をかいて苦笑いするウィリアムは、昨夜の醜聞しゅうぶんを簡単そうに片付けた。

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