閑話 夕闇倶楽部の勧誘活動 後編

「夕闇倶楽部にようこそ! 歓迎するわ!」


 2号棟の隅に潜む狭い一室、その場所が夕闇倶楽部の部室だ。

 本来なら僕たち3人しか訪れないだろう空間には、1人ゲストが座っていた。


「私は比良坂遠乃よ! この夕闇倶楽部の部長なのよ!」

「八百姫雫だよ。はい、冷たい緑茶。今日は、4月下旬にしては暑いよね~」

「どうも。気が利かせてくれるなら私の気持ちを忖度してほしいですけどね」

「あはは……。とおのんを説得しないと無理じゃないかなぁ、それは」


 僕が3号棟に案内しようとした少女。彼女を強引に部室へと連れ去ったからだ。


「んで、アンタは誰だっけ? 名前を聞いてなかったけど」

「……小山千夏、ですけど。とにかく早く帰らせてくださいよ」


 連れ込まれた彼女は、むすっと、見るからに怒っている。当たり前だ。


「あらあら。ずいぶんとご立腹みたいね。可愛い顔が台無しよ?」

「この状況、わかってるんですか。どう見ても拉致監禁ですよ、拉致監禁!」

「ふっふーん。入部を決めたら出してあげるわよ。ねっ、簡単な話でしょ?」

「おい、遠乃。そろそろ良い加減にしろよ。彼女は別に行く場所があるんだから」


 咎める僕を気に留めず、遠乃は手を胸にやって自信満々な様子だった。


「しょうがないでしょ。こんなことをしないと人を呼べないんだから」

「それは、そうだけどさ。やり方を考えるべきじゃないか?」


 だけど、行動の理由は悲しいというか、しょうもないというか。

 そんな僕たちの会話を見ていた小山さんは、呆れたように首を横に振った。

 

「……はぁ。話が通じませんね。それに何をしてるんですか、この部活は」

「よくぞ聞いてくれました! やっぱり、あたしたちに興味があるようね!」

「いや、興味はないんですけど。どうでも良いんですけども」


 手の仕草で拒否を表している小山さんを意に介せず、遠乃は説明を始めた。


「あたしたちは夕闇倶楽部よ。日常に潜む未知なるモノ、すなわち心霊や怪異みたいな存在の正体を暴き出すサークルなのよ!!」

「ああ、俗にいうオカルトサークルですか。魔法陣を取り囲んでブツブツ変な呪文を唱えたり、呪いとか称して科学的根拠のない呪術を使ったりだとか。私はそういう存在を信じてませんし、興味もないので。帰らせてもらいます?」

「そんなヤツラと一緒にしないでよ! 単に怪異に恐れたり、かといってバカにしたり、なんてせず夕闇倶楽部は怪異を明らかにして、理不尽を越えるんだから!」

「私から見たら同じですよ。あなたも燃えるゴミと燃えないゴミを比較して、どちらが優れているとか考えないでしょう。それと一緒です」


 ……ゴミ、か。彼女の怒りはもっともだけど。当事者として心に来るな。


「さっきから思ってたけど。毒舌よね、この子。生意気とも言うけど」

「批判的、と言ってもらいたいものですね。今の状況では至極当然なコトですよ。んで、話は終わったので帰らせてもらいません? 入る気ないですから」

「ちょっと、ここまで来たんだから帰らせるわけには……」

「……遠乃、もうやめておけ。これ以上はムダだろう。互いの利益にならない」

「あなたは話がわかるようですね。元々はあなたが原因でしたけどね」


 ……うぐっ。それは否定できないな。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 いや、悪いのは遠乃と雫なんだけどさ。


「大体、なんでオカルトとやらを解き明かす必要があるんですか。そんなことをしても何もないというのに。存在するかも危ういというのに」


 帰ろうとして自分の荷物をまとめながら、そう言い放った小山さん。

 それは、きっと正しい疑問なんだろう。小山さんだけじゃない、世間の人間も。

 

「あるに決まってるじゃない、そんなこと」


 だけど、遠乃は、夕闇倶楽部の部長は――それを否定したのだ。


「だから、どうして言い切れるんですか。不確かなことを、そんな風に」

「ふっふーん。不確かとされてても存在するものよ。ただ観測されてないだけ。ニュートンが万有引力を発見する前までは重力も怪異なのよ」

「そんな屁理屈こねられても。一理あっても下らないのは変わらないですから」

「あたし、理系だからね。下らないことを論理的っぽく考えることが得意なのよ。世界が紐で構成されているとかアホなコト考える学問だからね」


 不要でしかないような彼女たちの言い争いに思わずツッコみたくなりつつ、なんだかんだで2人は気が合うんじゃないかと思いつつ。

 僕が遠乃を見守っていると、遠乃が奴らしくない真剣な顔になった。


「だけど、怪異は存在するの。そして、あたしたちは知りたい、乗り越えたい」

「…………」

「わからないままソレを諦めてしまうコトはイヤでしょ。怪異を暴き出して、理不尽を越えていく。それが、あたしたち。夕闇倶楽部で、活動内容なのよ!」


 遠乃なりの思いが込められた言葉が、場に響き渡った。

 無論、僕たちも同じようなコトを考えて、行動している。当然だった。


 もちろん場の流れで誤魔化して、無理やり良い雰囲気にしているけど。

 本来は関わりもしなかったはずのサークルに強引に誘い込み、強引に話をしているんだから。どうあがいても、その事実は覆らないのだから。

荒唐無稽だと切り捨てられそうで不安だったけど。当の小山さんの顔が変わった。

 彼女の眼には驚きと、興味と関心が潜んでいるようで。この子、もしかしたら?


「アンタも新聞部に入ろうとするような人間だから、わかるでしょ。事件の真相を暴き出すのが新聞記者、ジャーナリズムなんだから。それと同じよ」


 いや、待てよ。それは強引じゃないか。怪異と事件じゃいろいろ異なるし。

 だけど、僕の疑念とは裏腹に。小山さんは圧倒され、考え込んでいるようだった。


「それは、その気持ちはわかるとは思います、けども」

「えっ。本当に!? じゃあ、ここに入部してくれるの!?」

「い、いえ、入部すると決めたわけじゃないですよ! それは違いますからね!」

「なんだ、がっかりだわ」

「……ですけど。あなたの言う通り、怪異やオカルトは存在するんでしょうか」


 興味を持ったような、だけど素直に表現するのはイヤなのか。

 複雑そうな表情で、どこか視線を逸らしたような。だけど、僕たちに向き直り。


「ええ、いるわよ。ほら、そこのバカが書いた部誌が棚中を埋め尽くしてるから」

「バカは余計だろう。大馬鹿者には言われたくないな」

「そうなんですか。そこには何が書かれているんですか?」

「調査内容が記録されているさ。僕たちが見て、聞いて、感じたモノを、だ」


 少しカッコつけて返すと、小山さんが適当なモノを手に取った。

 ……うん、自分が書いたモノを事細やかに読まれているのは恥ずかしいな。

 だけど、彼女は極めて真面目に目を通している。いろいろ頷きつつ、どこか何かを考えているような姿を見せている。

 そんな小山さんの様子は、彼女らしいとも輝いているようとも見えた。


「もちろん、あたしたちが信じられない連中なコトは事実だし、その不信感を拭うことはできないでしょう。だけど、あたしたちは真剣よ。真剣に、日常に潜んでいる怪異、そして理不尽を暴き出そうとしているの」

「…………」

「この気持ちがわかるんだったら考えてみたら? 期待には添えられるわよ?」


 なんだか良い雰囲気だ。幼気な女子大生を拉致した現場とは思えないな。

 だけど、小山さんはいろいろ考えているようだった。このまま、もしかして?


「その話なんですけど。先ほども言った通り、私は怪異やオカルトを信じてません。こうして読ませていただいて、興味を持てるような部分もありましたけど……それは変わらないと思います。きっと、今のままでは」

「まあ、それは良いでしょ。考え方は人それぞれなんだから」

「だけど、それ以上に自分自身で確かめたことじゃないと信じたくありません。それでも良いなら。いろいろと口うるさい私ですけど、それでも良いなら」

「……良いなら? 良いなら?」

「まあ、何かの縁ですし。仮入部というカタチでなら入部しても良いですよ」


 待ち望んでいた言葉を小山さんから出せて、2人が一挙に沸き上がった。


「やったー! とりあえず1人は入部してくれたわー! 麻耶先輩、遠い世界で見守ってくれててありがとねー!!」

「……えっと、そのマヤ先輩とやら。不幸なコトがあったんでしょうか?」

「いや、生きてるよ。今は社会人になったから物理的に遠くなっただけで」

「だけど、本当によかったぁ。後輩が1人できて~。0だと寂しいからね……」


 安心で胸を撫で下した雫が、後ろから小山さんに抱き着いた。

 小山さんの身長が身長だっただけに、まるで姉と妹みたいな感じだな。


「これからよろしくね。えっと、小山千夏だから、こなっちゃん?」

「や、やめてもらいます!? なんか小さいと言われてるみたいですから!」

「えー、可愛いのに。じゃあ、ちなっちゃんかなぁ」

「それなら良いですけど。そろそろ抱きかかえるの止めてくれません? いろいろ女性としての魅力を押し付けられてますので!」


 女性としての魅力か。まあ、うん。男性の僕はノーコメントで。


「もしかしたら、この調子なら部員をどんどん誘い込めそうね?」

「そんなに簡単に事が運ぶと思えないけどな。彼女も彼女で特別みたいだし」


 そして、雫と小山さんのじゃれ合いが繰り広げられる中でも、きちんと遠乃の希望的観測は切り捨てておいた。イヤな予感がするしな。

 ……ただ、コイツがそれを聞いているわけがないし、実際に聞かなかった。


「えーい、論より証拠よ! さっそく勧誘活動に出かけるわよ! ほら、千夏も!」

「えっ、私もですか!? あの、そろそろ新聞部の場所に行きたいんですが――」

「そんなもの、どうでも良いでしょ! ほら、行くわよ!」

「ちょ、ちょっと! ……はぁ。さっそく入ったコトを後悔しましたよ!」

「ふ、2人とも待ってよ~」


 やっぱりこうなったのか。しかも小山さんを巻き込んでいるし。

 願いむなしく連れ去られて小山さんに、小山さんの手を取り駆ける遠乃に、後を追いかける雫。そんな彼女たちを後ろに見つつ、僕も部室を出た。

 

 ――わざわざ怪異に触れて、真相を暴き出す怪しげなサークル、夕闇倶楽部。

 僕たちは新入生たちに、広げて他の大学の人たちに、どう見られているのだろうか。普段は考えないようなことが頭の中をよぎった。






 ちなみに夕闇倶楽部の精一杯な勧誘活動の結果、なんだけど。

 今までの僕たちの物語を見てきた人たちは知っているけど……もちろん0人だ。

 要するに誰も来なかった。それどころか変な勧誘活動を続けたせいで新入生に“変な集団”と思われることになった。正当な評価なんだけどさ。


 だけど、こうして振り返ってみると。千夏も千夏で変わり者だよな。

 というか、正直。みんなが、僕も夕闇倶楽部に入部した理由がわからない。

 オカルトに興味がある、怪異を暴き出したい、なあなあで続けている。漠然とした理由はあるけど、“コレだ!”というモノは見当たらなかった。

 なんで活動しているのかわからない、だけど活動せずにはいられない。そんな不思議な魅力に包まれているのがこのサークル、夕闇倶楽部かもしれないな。

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