閑話 夕闇倶楽部の勧誘活動 前編

 これは4月。僕たちが2年生に進級したての頃の話。

 麻耶先輩が卒業して、僕たち3人で頑張っていた頃の話でもある。


 ――小山千夏。本来はオカルトなんて関係がないはずの彼女。

 そんな千夏が如何にして夕闇倶楽部、遠乃の毒牙にかけられたのか。

 今回はそんなお話だ。特に大学入りたての人には見て欲しい内容だな、うん。






「――さて、今年もこの時期がやってきたわね」


 4月。ありとあらゆるものが始まる季節。

 僕たちにとっても新学期の始まりだし、2学年の始まりでもある。

 そのためか大学、それに限らずに活気が溢れている感覚がするくらいだ。

 遠乃が窓を開けると、心地の良い春風が部室内に入り込んでくる。窓の外にはわずかながらも花びらをつけた桜の木々が存在感を放っていた。


「桜が咲き乱れ、若葉が芽吹く、何もかもが新しい4月という時期」


 そして、もちろん4月は大学の学生生活の始まりでもあった。

 大学生活とは人生最後の自由時間。大学では様々なことに挑戦できる。学業に課外活動、ボランティアに――サークルにも。

 むしろ大学生の課外活動として真っ先に挙がるのがサークルだろう。

 中高生時の部活とは雰囲気がガラリと異なる、フリーで、くだけた課外活動。

 興味や関心が同じ仲間とコミュニケーションを取り、親睦を深めることは良いことだし、活動的な学生なら必ず成長に繋げられるだろう。


「――なのに、なんで夕闇倶楽部に人が来ないのよ!!!」

「当たり前だろ、そりゃ」


 だから、そんなサークル活動を馬鹿な集団に費やす暇人はいない。

 こうして遠乃が叫んでいるのは、未だに夕闇倶楽部に人が来ないからだ。

 常識的に考えると極めて正常な結果だと僕は思うけど……遠乃は違ったらしい。


「とにかく、これには迅速に対応しなきゃダメよ! 夕闇倶楽部の一大事なのよ!」

「いないならいないで良いと思うけど。強要してどうこうなるモノじゃないし」

「何を言ってるのよ! このままじゃ、今は無き麻耶先輩に申し訳ないでしょ!」


 ……まるで麻耶先輩がこの世から去ってしまったかのような言い方だな。

 頑張ってるぞ、社会で。仕事が忙しいとか、職場で浮いてる気がするとか、いろいろ辛いとか言ってたけど。平気で夜の10時に電話をかけてきたけど。


「だけど、どうするんだよ。何かやるにしても策はないだろ」

「ふっふーん。策ならあるわよ! さっそく、やってみるわよ!!」

「お、お~!」


 おいおい、かなり唐突だな。いつもと変わらないけどさ。

 そんなわけで、今日も遠乃の思い付きに振り回されることにしたけど――



“プランA 普通に勧誘活動をしてみる”

「夕闇倶楽部でーす! お話だけでもどうですか~!」

「「「…………」」」」

「日常に潜む怪異を暴き出し、理不尽を越えていく。夕闇倶楽部でーす!!」

「「「…………」」」」

「あの人たち、反応しないじゃない!! これぞ怪異よ、理不尽よ!!」

「だろうな。訳がわからないし、あの新入生たちも求めてないだろうしな」

「あ、あはは……」



“プランB モノで釣ってみる”

「入部してくれた人にはなんと、今までの怪異の調査データを集めた夕闇倶楽部部誌を全巻プレゼントしまーす! どうですかー!」

「「「…………」」」

「む、無視されちゃった!?」

「確かに、こんな粗大ごみ貰っても嬉しくないわよね」

「……仮にも自分たちの部活動の誌を粗大ごみ扱いするのはどうなんだ」



“プランC いっそのこと脅迫してみる”

「あたしたちのサークルに加入しないと……呪っちゃうわよ!!」

「「「…………」」」」

「まったく効果がない!!?」

「むしろ逆効果じゃないか? ほらT○itterで晒されてるし」

「“大学早々に変な奴に出会って草”だって。ハッシュタグも付けられてるよ」




「あー! ダメよ、ダメよ、ダメなのよー!!」


 こういう状況を何と言うべきか。暖簾に腕押し、焼け石に水、か。

 そもそも大学生は怪異やオカルトの興味が無いんだから意味ないよな。

それ以前にロクな案がなかったし。なんだよ、モノで釣るって、脅迫って。


「こうなったら、もっともっとあれこれやんなくちゃね!!」


 そして、この部長様はこうまでされても諦められないらしい。

 嫌気が差した僕は二人の視線が逸れてる内に、道を外れて距離を取った。

 考えゴトをしている時、人は些細な音は気にしないようである。2人に気づかれることなく、彼女たちから離れることができた。


「だけど、どうしましょうか。他にできることはあるかしら」

「そうだね~。って、あ、あれ? 誠くんがいない……?」

「嘘でしょ!? どこに行ったのよ!! この馬鹿誠也めー!!」


 そして、遠乃の声が聞こえた時、僕は逃げるようにその場を去った。






「……はぁ。厄介なことになったな」


 あの部室から距離を大きく離れた僕は、足を止めて息を吐き出した。


 さすがに今回ばかりは、遠乃の行動には付き合ってられなかった。

 確かに僕も、麻耶先輩から受け継いだ夕闇倶楽部、それに誰も来ないことはアレに思うけど。しょうがないよな。弱小サークルだし、何をやってるか不明だし。

 それに、夕闇倶楽部という名でも実情はオカルトサークル。この現代社会で、オカルトサークルに入ろうと考える人は皆無だ。

 そもそも僕たちがおかしいんだ。普通は入ろうとしないぞ、こんなサークル。


「…………」

「あれ、あの子は……?」


 そんな風に考えゴトをしている時だった。ある1人の少女が目に入った。


 いかにも真面目そうな少女。特筆すべきは……身長か。

 見た限りだと……中学生レベルかな。妹と同じくらいだから、そんな感じか。

 大学生、なんだろうか。見た目だとそう思えないけど……この大学に中学や高校の付属はないし、大学見学には早すぎるし。


 そうして色々と観察していると――彼女の眼が僕と合ってしまった。

 僕の存在に気づいた彼女は、困った顔をして僕のところに向かってきた。


「あの、いきなり申し訳ありません。お時間よろしいでしょうか」

「それは構わないけど……何の用だろうか」

「ちょっと道を尋ねたいのですが」


 やっぱり、うちの学生らしい。見た目から判断するのはいけないか。


「新聞部の……えっと、3号館とはどちらでしょうか」

「3号館か。そうか、キミは新入生なのかな」

「そうなんです。この大学、けっこう広いので迷ってしまって」


 無駄に広大なんだよな、この大学は。新入生が迷うのも無理はないか。


「向こうの方だけど、難しいか。途中まで僕が案内するよ」

「あ、ありがとうございます! 助かります」


 しかも道が入り組んでるから位置はわかっても辿り着けないことも。

 それなら僕が一緒に付き添ってあげた方が、


「それにしても、キミ。新聞部に入りたいのかい?」

「はい! この大学の新聞部、歴史と伝統のある部活動ですからね!」


 目をキラキラ輝かせながら語る彼女。まさに初々しい新入生だ。

 新入生か。僕もそんな時期があった。1年前なのに懐かしい感じがするな。

 僕が入学した時も道に迷って、サークルも悩んで……そして、アレを見つけて。


『あら、あなた。オカルトに興味があるの?』

『……えっ。い、いや、そういうわけじゃ……ちょっとありますけど……』

『この“春”の季節、“遥”々来たのだから、ここでゆっくりしていきなさい。“お菓子”も“おかし”い話もあるわよ。どうかしら?』

 

 壁のポスターを眺めていた時、麻耶先輩に話しかけられたんだっけ。

 それで、なし崩しに話が進んで入部することになって、遠乃と雫に出会って。


 ああ、本当に懐かしいな。1年前の話なのに、まるで昨日のように――


「あっ、誠也! 見つけたわよ!」

「げっ!」


 だけど、そんな感傷に浸る時間は早くも崩れ去ってしまった。

 僕たちの目の前に立ち塞がった、2人。そうだ、彼女たちの存在を忘れていた!


「もう、誠くん! 勝手にどこかに行かないでよー!」

「……す、すまない。急にトイレに行きたくなったもので」

「どうせウソでしょ。どこに行ってたの――って、なに、その子。小学生?」

「あ゛?」


 隣から尋常じゃない殺気を感じた。どうやら、いろいろ気にしてるらしい。

 だけど、当の遠乃は彼女をまじまじと見つめると……途端、目を輝かせ始めた。


「ねぇ、この子。大学生なの? 新入生なの?」

「……あ、ああ、そうだけどさ」

「誠也、やるじゃない! 新入生を連れてくるなんて!!」

「えっ? ちょっと待て、この子は――」


 そして、僕の思考を越えた、斜めの上の反応をされてしまった。

 いや、この状況。確かにそうも見えるけど、今は彼女の案内をしないと――


「さっそく部室に連れ込みましょうか!! 歓迎するわ!」

「えっ、何を言って……いや、私はあなたたちと関係ないはずじゃ――」

「この子、なかなかかわいいね~。後輩として期待が持てそうだよ!」

「ちょ、ちょっと、待ってください!! いや、こんなのおかしい――」

「積もる話は部室でしましょう! ほらほら、行きましょう!」


 ……まさか、こうなるとは思いもしなかったな。

 話を聞かない2人に拉致される彼女を、僕は見ていることしかできなかった。

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