閑話 夕闇倶楽部のハロウィンその2
「「「トリックオアトリート!!」」」」
10月31日。今日はハロウィン。
今年も今年とて夕闇倶楽部の伝統に則り、大学でのお菓子配りを終えて。
僕たちはすっかり打ち上げムード。余ったお菓子とハロウィン用の料理にシャンパンと一緒に、行きつけのカフェで盛り上がっていた。
「それにしても、このお店は素晴らしいですね」
「ふっふーん、そうでしょ。オカルト専門の喫茶店は伊達じゃないわ!」
薄暗い店内に、雰囲気を出すシャンデリア、魔導書などの書物が積まれた本棚。それに各分野のオカルトを集結したオブジェクトの数々に店内は装飾され、まるで中世ヨーロッパの秘密の部屋、魔女が住まう謎の空間のようになっていた。
都内の地下に潜んでいる、この場所は――喫茶店“ゴエティア”。
こうした店は珍しく、都内のオカルトサークルが集う憩いの場と化していた。
だから、ハロウィンの日には待ってましたと言わんばかりに人が集まっている。実際にお店ではパーティが開かれ、至る所にハロウィンに纏わる料理、
そして、僕たち夕闇倶楽部もハロウィンを過ごすならと、ここに来たのだった。
「それにしても、すっごく似合ってるよ。とおのんの仮装!」
「もちろん。今年の仮装も気合入れたもの。ケット・シーよ、にゃんにゃん!」
遠乃は猫耳に豪勢な王冠、豪華なローブ、それと魔法の杖を持っている。つまりスコットランドの妖精猫、ケット・シーである。
確かに似合ってはいるな。……ケット・シーが人型か否かは置いておこうか。
「んで、シズは……メリーさんね。電話をかけてくる。キレイじゃない」
「えへへ~。メリーさんって外国製の人形だったんだね。知らなかったよ」
「そして、私はコロポックルです。アイヌの伝承で出てくる小人らしいですね」
「良いじゃない。この中では千夏が一番似合ってるわね。可愛いし、ちっこいし」
「ぶん殴りますよ」
雫は金色に輝きを放つ髪を真っ赤なリボンで結び、白いドレスを着て。
千夏はアイヌ民族の衣装に、蕗の葉の傘を手に持っている。2人とも似合っていた。こうして普段と違う彼女たちを見ることもハロウィンの楽しみかもな。
「誠也先輩は……今年はまともな仮装ですね。おめでとうございます」
「ありがとう。僕なりにいろいろと頑張ってみたんだ」
去年は物体Xで注目を浴びることに成功した僕だが、今年は違った。
醜い正体を隠す白い仮面に、漆黒に染まった洋風のコスチューム。オペラ座の怪人に出てくるファントムだ。
他媒体が有名だが、元はガストン・ルルーが書いた小説。もし僕が無理なく仮装できるならと挑戦してみたんだけど、良い感じだな。
「せ、誠也くん。すっごくかっこよいと思うよ!
「ふーん。意外と凝ってるじゃない。仮面の下も原作と同じにすれば完璧よ」
「流石に勘弁してくれよ。この場にいる彼らみたいに徹底するのは難しいんだ」
そう言うとちらり、と店内の同じパーティの参加者に目を向けた。
彼ら、彼女たちは他大学のオカルトサークル。いくつか見知った顔もある。
驚くべきはその格好。想像以上にレベルの高い仮装を彼らは平然としていた。心霊、溶解、超能力、UMA、好きなジャンルへの思いをぶつけている。
個人的に興味を持ったのは現代怪異を扱ったグループ。八尺様に、くねくねに、姦姦蛇螺。最もスゴイと思ったのはリョウメンスクナか。どうしてレベルが高い仮装ができるのか気になったと一緒に……何でそれを選んだのか気になった。
『ある日、廃墟に向かったことなんですけどね、幽霊に出くわして――』
『君は知ってるか。未確認飛行物体の存在をアメリカ海軍が本物と認めて――』
『フングルイ……ムグルウナフ……クトゥグア……フォマルハルト……ンガ――』
そして、なんというか、うん。仮装も話す内容も魑魅魍魎という感じだ。
「な、なんだかここのいる人たちも、すごいよね……あはは」
「オカルトサークルの奴らって、どうも変な奴ばっかなのかしら」
でも、お前だけには言われたくないだろうよ。
高級な味のシャンパンを口に運びつつ、心の中でツッコミを入れると。どこからか聞き覚えのある話し声が聞こえてきた。
「わーい、今日は葵ちゃんママの奢りだ―!」
「それは良いけど、常識の範囲内で食べなさいよ」
カフェのカウンターには、仮装した雨宮さんと七星さんが座っていた。
「おーい、楓ちゃんに葵ちゃーん!」
「あっ、どうもです!」
「わー、2人もすごく似合ってる! 狼男、少女? に魔女っ子!」
「ありがとうございます! 私はウェアウルフで――」
「いいえ、ただの魔女じゃないわ。黒魔術を司る魔女よ。トランシルヴァニアに伝わる黒魔術の学び舎“ショロマンツァ”を修了し、吸血鬼となりて無限の命と悠久の時を黒魔術の研究に捧げているの。すべては深遠なる闇、黒魔術の進化の為に」
「えっ……ああ、そうなんだ。えっと右目の眼帯、カッコイイな――」
「よくぞ気づいたわね。これは黒魔術の研究中に起きた事故によるもの。吸血鬼でも焼き尽くす黒魔術の業火に焼かれ、魔女は目を失った。でも魔道に導かれて、失われるはずの瞳は――見たものを焼き尽くす魔眼となったの!」
「…………」
「葵ちゃん、これのためにノート数ページ分の設定を書いたんです。読みます?」
「それにしても、けっこう本格的な仮装ね。どこで買ったのよ」
「実はですね、私たちの仮装は全部私が作ったんですよ! 去年と今年の千夏さんの服装も私が担当です。自信作なんですよ、ぶいっ」
そ、それはスゴイな。彼女にそんな特技があったとは意外だ。
「そうしないと大好きな葵ちゃんの厨二全開の衣装には合わせられないもんね~」
「……恥ずかしいこと言わないで。ま、まあ、感謝はしてるけど」
「はいはい。お二人とも、イチャイチャしないの」
「違うわよ!!?」
「ち、違うの……? あんなに一緒だったのに……」
「楓は紛らわしいこと言わない! それだからクラスで色々言われるの――」
「あらあら、いらっしゃい。夕闇倶楽部の皆さんも来てたのね!」
わいのわいのと盛り上がっていると、店の向こうから女性の人がやって来た。
「あっ、葵ちゃんママ、お世話になってまーす!」
「驚いたよね~。ここのマスターさんが葵ちゃんのお母さんなんて」
確かにそうだな。行きつけのカフェが知り合いの、七星さんの母親とは。
でも、言われてみると美しい見た目といい神秘的な雰囲気といい、確かに似ている。今までなんで気づかなかったのか不思議なくらいだ。
「いつも来てくれて、そして葵と仲良くしてくれてありがとう。今日はパーティよ、あなたたちなら無料でごちそうするわ」
「……別に、そんなことしなくて良いから。稼げる時は稼がないと」
「ダメよ~葵。常連さんだもの、こういう時こそおもてなしよ」
「それだから毎月赤字叩き出してるんでしょ! 物価の高騰に払う税金が増えてるんだから仮にこれで売り上げが出ても利益は出せないの。少しは経営を考えて!!」
母親に経営を語る高校生、もとい呪術師。奇妙な光景だ。
それと、やはりこの店は赤字を出してたか。少しは僕もお金を落とさないと。
「んじゃ、ちゃんとお金は払いましょうか。それでシズ、食べたいものある?」
「うーんと……カボチャパイお願いします! 期間限定なんだって!」
「わかったわ。作ってくるから、ちょっと待っててね」
料理を作るため、再びお店の奥に戻っていったマスターさん。
それを見届けた遠乃は、思い出したかのように七星さんに質問をした。
「そういえば、神林は呪術師を名乗ってるけど。本当にそうなの?」
「急に何よ」
「やけに呪いだの呪術師だの言ってるけど、それらしいこと見たことないし」
「えっと、それはですね――」
遠乃の質問には、雨宮さんがケーキをほおばりながら答えてくれた。
「葵ちゃんなら、ここから数分くらい歩いたとこでお店やってますよ」
「えっ、やってるの?」
「やってるわよ。そんなに仕事は入れてないけど。やる必要もないし」
「じゅ、呪術かぁ。どんな感じなんだろう……」
「やることは大体あなたたちのイメージ通りで構わないわ。依頼者が呪いたい相手を指定して、私が呪いを行う。一番安いコースで税込み6666円ね」
「ぜ、税金は払うんだね」
「呪いはただ呪いでしかない。日本の法律や国税庁には勝てないのよ」
どうやら呪術師の世界も世知辛いものらしい。法事国家だし仕方がないか。
「はい、お待ちどうさま。出来立てほやほやのカボチャパイよ!」
そうこうしていると、マスターさんが料理を持ってきてくれた。
暖かい湯気、小麦とカボチャの美味しそうな匂いが僕たちの食欲をそそる。
「いただきまーす! うーん、おいひぃ~」
「当然でしょ。ま……お、お母さんの料理は格別なんだから!」
うん、うん、確かに美味しい。ほくほくしてて、それでいて甘ったるくない。
このお店は雰囲気が良いだけではなく料理が美味しいのも素晴らしい。おまけに値段も良心的。……それが赤字に繋がってるみたいだけど。
「それにしてもハロウィン=カボチャのイメージだよね」
「確かに気になるわね。はい誠也、出番よ」
「なんで僕になるんだよ」
この手の薀蓄は僕の担当になっているような。あまり気乗りしないながらも、僕はハロウィンにカボチャを使う理由を語った。
「ハロウィンは古代ケルトの収穫祭が起源なのは知ってるよな?」
「知らないけど」
「去年、話したぞ。とにかく、それで祭りで行う悪魔払いの儀式のため――ランタンを作ったわけだ。カブを用いて」
「えっ、カボチャなのにカブなの?」
僕の言葉に雫や雨宮さんが目を丸くする。その反応が面白いな。
「そうだ。だけどヨーロッパからアメリカに伝わった際にカボチャが使われるようになり、アメリカからハロウィンが伝わった日本もカボチャを使っているわけだ」
「へぇ~そうなんだ……。知らなかったよ」
「良いことよね。もしアメリカ人がカボチャを使ってなかったら、今頃カボチャパイの代わりにカブの味噌汁を食べてるわけだし」
「それは嫌かな……あはは。それでちなっちゃん、スマホで何してるの?」
「ああ、新聞部の皆さんが渋谷に来てるみたいで。ほら仮装の写真です」
千夏がスマホに写った写真を見せてくれた。中岡さんに、他の人もいた。
「あれ、伊能さんは?」
「無能先輩はいませんよ。あれですね、twitterのインフルエンサーの方たちの『渋谷とかでハロウィンの仮装しているとか個性のない馬鹿』みたいな言論に触発されまして。今年は新聞部でイベントの滑稽さを証明するディスカッションを行うとか」
「……そ、そうなんだ。でも他の人たちはちゃんと仮装してるよ」
「んで、皆さん無能先輩をハブって出かけました。今ごろ1人で部室でしょう」
「バカねぇ。こういうのは楽しんだもの勝ちなのに」
結局のところ、僕たち夕闇倶楽部側の結論としてはこれだ。あれこれ言ったけど催し物は楽しんだもの勝ちである。
中には、ハロウィンに馬鹿騒ぎする人々を嘲笑う人いるけど。催し物なのだから、踊る阿呆に見る阿呆。踊らければ、むしろ損だろう。
度をわきまえつつ馬鹿になる。それがオカルトを楽しむ秘訣なのだから。
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