閑話 夕闇倶楽部の飲み会事情

 大学生の飲み会。

 サークルに所属するものであれば、誰しも経験したことだろう。

 新入生歓迎会、コンパ、活動の打ち上げ、大学生は何かと酒を飲んでいる。

 それは昔、ハレの日にのみ許されていた飲みの席が学生というお金や身分の低い立場も落ちてきた社会の発展を象徴しているのかもしれない。


「今日はお疲れさまー!」

「「「お疲れさまー」」」


 そして、それは変わり者の集まった夕闇倶楽部でも変わらない。

 今日も今日とて無駄極まりない怪異の調査を終えた僕たちは、打ち上げと称して大学の近所にある居酒屋に来ていた。


「大変だったわよねー、今日は」

「そうだな……」

「朝8時から夕方6時まで、10時間。よくもまぁ頑張りましたよね」


 僕を含めた遠乃以外の3人が、疲れたように息を吐く。確かに大変だった。

 

「UFOを呼ぶ方法100を試す。まさか本当にやるなんて……」


 そう。この日、僕たちはネット上で見つけたUFOを呼ぶ方法を片っ端から、朝から夕方までやり続けたんだ。

ちなみにUFOとは、ご存知の通り未確認飛行物体の略称である。

 UFOだとか宇宙人だとか、そういった分野は今まで夕闇倶楽部として扱ってなかったのだが、新入生を呼び込むネタとして使えるんじゃないかと調査を行った。

 結果は言うまでもなく散々。そりゃ当たり前の話ではあるけれども。


「普通っぽいものから、変なのまで全部試すのが辛かったよ……」

「……ああ。特にガン○ムを使って呼ぶというのはなんだったんだ」

「あれって宇宙世紀のお話なんでしょ。それのプラモデルを用意すれば、宇宙人くらい呼んでくれるかもしれないわ」


 宇宙は宇宙でも、そういう話ではないと思うが……。

 あと作品で舞台とするものが違うらしいけど、どうなんだろうか。


「それに、これはただのガ○ダムじゃないわ! 名前に2つ丸がついてるガンダ○よ! 宇宙人との対話とかやってくれそうだとは思わない?」

「思わないよ。というか、どこからそんな発想が出てきたんだ」


 馬鹿みたいな会話をしている内に。テーブルに店員さんがやって来た。


「学生さんですか? 学生証をお願いします」


 このお店は大学に近く、その学生を相手にしているのか値段が割安だ。

また、今みたいに学生証を提示すれば食事代が1割だが安くなる。

 だから、金欠の学生たちにとっては願ったり叶ったりのお店となっていた。

 お店側としても、未成年の人にお酒を飲ませないようできるので一石二鳥らしい。現に、店員さんが所持しているメモには1:3と書かれていた。


「まず飲み物の注文をどうぞ」

「ビール!」

「僕はラムネサワーでお願いします」

「え、えっと、私はチューハイで」

「カルピスでお願いします」

「かしこまりました。後の注文はそちらのタブレットでお願いします」


 注文を終えて、簡単な説明の後に店員さんが去っていく。


「ラムネサワーだなんて、けっこう子どもっぽいわね」

「うるさいな」


 こういうのは人の好みだろうに。僕はビールがあまり好きでない。

 それに僕がビールを頼むと、雫までもビールを頼む空気になってしまうし。

 誰かに同調するなんて空気は夕闇倶楽部にないけど、意識するのは必要かな。


「それじゃ、料理の方を注文しよっか!」

「んじゃ、これと、これと、これと、これ! ああ、これは五人前で良いわよね? 皆食べるでしょ、焼き鳥。それとチーズ牛鍋も!!」

「……遠乃。やたら頼んでるが、食べられるよな? 食べ切れるんだよな?」

「ふっふーん。だいじょうぶ、だいじょうぶだって!」

「僕の記憶が正しければ、大丈夫だった時なんて1つもないけどな!」


 ――楽しく和気藹々とした飲み会。

だが、それにはトラブルも付き物だったりする。

 当然のことだが夕闇倶楽部にもそれはある。というか、だからこそかもしれない。今日は僕たちの飲み会事情を紹介していきたい。


飲み会事情①

『どっかの馬鹿が食べきれないほどの料理を注文する』


 遠乃という人間は、常日頃から唯我独尊で後先を考えない奴である。そして、こういう飲み会となるとそれが更に顕著になるのだ。

 酒気にやられたか、居酒屋の独特な空気に飲まれたかは定かでないが、少しは価値基準の天秤を常識の方に傾けてほしいと思う。

 それに食べきれない食事はすべて僕が食べるはめになるわけだ。残すのは流石にもったいないし、お店の人にも申し訳ないし。


「こちらがお通しと、ビールとカルピス、チューハイ2つです」

「あ、どうも」

「よーし、揃ったことだしみんなで~」

「「「「かんぱ~い!!」」」」


 考え事をしているうちに飲み物が運ばれてきて。

 こうして、僕たちの普通で異常な飲み会が幕を開けたのだった。




 飲み会の開始から、かれこれ30分経過していた。

 ジョッキを何杯か飲みほしたことで僕も雫も遠乃も酔いが回っている。

 ……案の定、テーブルには料理がてんこ盛りだが。食べ切れるのか?


「あっはっはっはっはっ!! せいや~、元気ないわね~!!!」

「誰のせいだと思ってるんだ?」

 

 そして、僕の隣には顔を真っ赤にして高笑いする遠乃。

 こいつめ。あまり酒は強くない癖に酒が好きで飲みまくる性格である。

 呂律が回らないまま大はしゃぎする奴の姿を見て憂鬱な気分になった。


 飲み会事情②

『誰かが理性を失うくらい酔っ払って大暴れする』


「えっへへぇ……。とおの~ん。その大海原を……うへへっ」

「きゃ! も~う、なにすんのよぉ」

「すべすべぇ。でも、ちょっとの膨らみがエロくて興奮しちゃうなぁ」


 まるでセクハラ親父のように卑しい笑みを浮かべ、雫が遠乃の胸を揉む。

 僕も千夏も流石に見慣れたから驚きはしないが、やはり引いてしまう。

 ……そう。雫は意外にも酒は強いものの――酔うと変な感じになる。


「さて、そろそろこなっちゃんも――」

「お断りします。あと誰がこなっちゃんですか」

「イジワルだなぁ、こなっちゃん。でも、とおのんもこなっちゃんも可愛いんだけさぁ。たまには大きいのが揉みたくなるよねぇ」

「……自分のものを揉んでいれば、よろしいのではないでしょうか」

「ええっ~? それは違うんだよ……誰かのものを揉むから気持ちよくなるんだよ~。今度さ、麻耶先輩を呼んで飲もうよぉ」

「やめてやれ。去年、雫に絡まれてしまって以来、トラウマになってるんだから」

「……ご愁傷様です、麻耶先輩。というか、あの人飲めるんですか?」

「すぐ潰れるけど飲めるぞ。甘い甘いカクテル限定だけど」

「えっへへへぇ……とおのん大好きぃ~」

「あたしのシズが汚れちゃったー! ぴゅあぴゅあのシズを返してー!!」


 ……それにしても。ああ、面倒くさい。


 飲み会事情③

『たまに同性愛に目覚めて、セクハラする人が現れる』


 まあ2人とも他の客に行かない分、最低限の理性は残っているのか。

 とはいえ、絡まれるこちら側としてはたまったもんじゃないけど。


「はぁ。この場におけるまともな人間は僕たちだけだな、千夏――」

「なんでしゅかぁ~」


 ふやけた千夏の反応に嫌な予感がして、思わず振り返る。

 ……そこには、カルピス(?)を片手に酔っ払ってる千夏の姿があった。


「誰だ!? 千夏にお酒を飲ませた奴は!」

「ふっふーん! カルピスとカルピスサワー交換作戦だいせいこー!!」

「いえ~い!!」

「いえ~い、じゃない!! 何を考えてるんだ、お前らは!! と、とりあえず、今は水だ。水を飲んで酔いを――」

「それよりも誠也先輩」


 水を持ってこようとする僕の腕を掴んで、千夏は何かを語り始めた。


「経団連が終身雇用を否定した問題として――」

「……」

「日立やトヨタの社長も無理だとおっしゃってます。私はこれからの日本が――」


 ……まさか千夏は酔うと、こういう重い話をしてくるのか?

 その後も話題を多彩に変え、様々な切り口から鋭い意見が飛んでくる。

 そりゃ自他ともに認めるジャーナリスト志望だからか内容は決して悪くない。

 むしろ客観的事実と彼女自身の考察の中庸が取れた、含蓄のあるものだと思う。

 だけど、しかるべき場所で、少なくとも飲み会の席でこんな話は聞きたくない。


 飲み会事情④

『たまに社会問題とかの話をしてくる人も居る』


 ……気づけば、1時間が経過していた。合計で1時間半くらいか。

 あれから僕以外全員悪酔いしてるという地獄絵図が繰り広げられていた。

 正直、お酒が入ってなきゃ耐えられなかったかもしれない。この惨状には。

 遠乃には面倒に絡まれ、雫はセクハラで、千夏からは政治の話を聞かされて。


「ふわぁぁ……むにゃ」

「わー、ちなっちゃん寝てるー。夜弱いもんねぇ」

「まったくガキみたいよねぇ! うげっ、あたしはあたしで気持ち悪い」

「飲みすぎなんだよ、子供じゃないんだから少しは抑えろ」


 だけど、酒の力があってもそのテンションがいつまで続くわけではない。

 飲み疲れか、はしゃぎ疲れかでこの飲み会の空気も落ち着いていた。


 飲み会事情⑤

『メンバーの誰かが飲み疲れて、眠たくなってくる』


「わかってるわよ。てか、10時半ね。そろそろ帰らないとねぇ」

「だな。女子勢はそろそろ帰らないと危ないからな」


 波乱に満ち溢れた居酒屋の席も終わりを告げる時が来た。

 あれだけ注文したお酒や料理も何とか完食した。主に僕が、だけど。


「そうよね。んじゃ、誠也。支払いの方ヨロシクゥ~」

「何でもかんでも僕に押し付けるな」

「この状況でまともに支払いできるの、あんたしかいないでしょー。あとみんな帰るまで付き合いなさいよね。あたしたち、か弱い乙女なんだから」

「…………」


 辺りを見渡してみる。酔いで完全に顔真っ赤な遠乃、幻覚でも見てるのか気持ち悪い笑みを浮かべる雫、酔いと眠気とで寝転がる千夏。

  確かに1人じゃ帰れる気がしない。かといって、タクシーを頼むのもお金の問題的に可能かどうかわからなかった。

 ……はぁ。この場で、まともなのは僕だけみたいだな。


 飲み会事情⑥

『そして、最後に割りを食うのは真っ当な人である』


 酒は飲んでも飲まれるな。これだけは守ってほしいものだ。

 酔い潰れてふらふらの3人を連れながら、僕はつくづくそう思った。

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