第8話 ホリゾント幕はしっかりと
「わかったわ、話しましょう。あいつのこと、そして“幻死病”のことを」
諦めたように首を振った七星さんが、ようやく今までの謎を語る。
彼女の口から出てきた言葉に、場の空気が一段と重みを増したのを感じた。
「あいつって、あんたのおじいさんのことでしょ」
「そうね。七星顕宗、己の肥大化したプライドと怪異に取り憑かれた男よ」
「まあ、それはわかったけど。んで、それが何か関係あるの?」
「大有りよ、狂霊映画にも。だって――映画にあいつが映ってたんですもの!」
「はい?」
――霊能力者役をしていた謎の人物。それは七星顕宗だった。
想像もしてなかった事実に、身構えていた僕たちはある種の肩透かしを食らう。
そして、何よりも印象的なのが今まで見たことないほど切羽詰まった様子の七星さん。そんな彼女に、真っ先に声をかけたのが遠乃と親友の雨宮さんだった。
「それは……あんたのおじいさん、かなりノリノリだったわね」
「まあ、元々テレビに出るような人間だったし――って、そこじゃない!」
「自分のおじいちゃんが呪いの映画が出てるなんてホラーだよね。わかるよ」
「確かに、私も最初に見た時は血の気が引いたけど――それも違うわよ!! とにかく、あれが関与していたの。つまり狂霊映画と呼ばれる怪異もあいつが原因よ」
「さすがに決めつけが過ぎると思うけど」
「あんたはあいつを知らないからよ、そんな呑気なことを言えるのは。と、まあ。私も何の根拠もなしに発言していないわ」
七星さんが自身のスクールバッグから、あるものを取り出す。それは――
「もう1つの根拠。このノート、忘れたとは言わせないわよ」
「異界団地で見つけた、七星顕宗のノートか」
「ああ、誠也が神林に返したっていう奴ね。“ぴーでぃーえふファイル”だっけ、部のパソコンに入れていたかしら」
「何をやってんの、あなたは!? 危険な情報を変に写さないでよ!!」
「……すまない。気になっていた情報を易々と手放せなかったもので」
“マモリガミ”。情報も手掛かりも見つけられてないし、な。
申し訳なさ一杯で謝罪すると、何度聞いたか諦めたような溜息が返ってきた。
「まあ、ノートの話に戻るわ。このノート、あいつの所有物なのだけど。これに土螺村のこと、そして楓たちが向かった廃病院が書かれてたの」
「そっか。私たちを止めたのは危険なのが分かってたからなんだ」
「そうよ。一般人が怪異に首を突っ込むなんてロクなことにならないのよ。楓や一秋くんが巻き込まれたら……嫌だったから、絶対に」
「葵ちゃん、やっぱり結婚しよう」
「ぶふっ! だ、だから、何でなのよっ!!?」
こうして今までの彼女の忠告、言動。理由は紐解けたわけだが。
だけど、謎は増えている。あのノート、正体を未だに聞けていなかった。
「あんたのおじいさんが映画に関係してることが分かったわ。でも、あんたのおじいさんは何が目的でノートを作ったのよ」
「怪異を生み出すため、と言ったら。あなたたちはびっくりするかしら」
「……怪異を、生み出すだって?」
「そうよ。このノートは怪異を生み出せると予想される地域が記録されているの。これは初期に出来たノートみたいだから最低限のことしか書かれてないけど、ね」
怪異とは人知を超えた存在。人に害を及ぼす存在。禁忌に触れた存在。
それを世に生み出そうとする発想、まさしく怪異に取り憑かれた男。七星さんが、そう力説するのもわかるような気がした。
“怪異に関する様々な情報を集め、“実験”をしていたの。それは、あの異界団地みたいに……私みたいに、ね“
思えば、彼女のノートを返した時にこんなことを言っていたな。
でも、待てよ。あのノートが怪異を生み出すためのものだとしたら。怪異を記録するためのものだったとしたら。
最後のページに書かれていた、あの“マモリガミ”はどうなるんだ――
「さて、本題に入りましょうか。あなたが疑問に思っていた“幻死病”のこと。これは、あの地域に存在するはずの怪異なのよ」
僕の思考を遮るように出てきた単語。もう1つの謎、幻死病だった。
「幻死病? なんなの、その怪異。聞いたことないんだけど」
「さぁ。内容までは記載されてないし、記録も残されてなかった。でも、想像することはできるでしょう。幻に惑わせ、死に誘う病。実際にあの地域にはそれらしいものが発生したらしいわね。体調が悪化したり、怪奇現象が出現したり、中には自殺した人も出たり。不可解な事件が、まるで病原体のように蔓延した。そうでしょう、一秋くんのお姉さん」
七星さんがそう問いかけると、千夏はこくりと頷いた。
「そうね。そうした事件は多数確認されてるわ。先輩方には伝えた通りです」
「そして、これらの症状。あなたたちが追う存在にも近いんじゃないかしら」
「……なるほど。狂霊映画か」
「ご名答。詰まる所、この映画に関係する人物に起きた――映画同好会の人が自ら死を選んだのも、視聴した人々が狂気に陥ったのも幻死病に感染したから。私はこう推測してるわ」
「理にはかなってるわね。幻死病が何かわからない以上、確定じゃないけど」
幻死病が、七星顕宗の存在が映画の怪異に関係していたとは。
だけど、思えば……土螺村の地名を見た時の既視感。僕がノートでそれが記載されたページを見ていたからかもしれない。
あのノート。データは僕のパソコンにもあった。帰ったら見る必要があるな。
「ひとまず、今の私から話せることはここまでかしら」
「今回はやたら協力的ね。今まではぶつくさ文句を言ってくるだけだったのに」
「この怪異に関しては私でも調べるつもりだったの。あいつが関係してるし、何より楓たちが危険に晒されたもの。それで協力させてもらったってわけ」
「ふーん。なんか腑に落ちないけど、いるに越したことはないか」
「仲間は多いほうが良いよね~。ちょっと怖いのはなくなるかもだし……」
しかし、呪いの映画に、土螺村に、廃病院に、そして幻死病か。
次から次に重要な情報が錯綜して、僕でも理解が難しくなった。それは後々にまとめるとして、とりあえず遠乃のメモに情報を付け足しておこう。
④幻視病
→この地域に存在する(可能性のある)怪異。感染した人間を狂気に陥らせ、死に誘うという。呪いの映画に起きた現象も関係しているというが……?
「話も一段落したわけだし、帰りましょうか」
そんなわけで練習最終日、怪異の場に向かう前日は終わりを告げたのだった。
「あのさ、誠くんと鳴沢さんってどういう関係なの?」
――何気ない、いつもの帰り道。
未だにアスファルトが熱気を放っている道は新築のペンシルハウスが立ち並び、暑さに加えて一種の狭苦しさを感じさせるものだった。
道行く母子や高齢者も半袖にタオル、帽子とまさに夏の服装をしていた。
そんな帰路を、僕たちは会話をしながら辿っていた。額に汗を浮かべながら。
「ああ、それ。あたしも気になってたのよね」
「私もです。誠也先輩が」
「お前、鳴沢まで落としてたとは隅に置けねぇな。この野郎めが!!」
「……まったく、お前たちは」
話題は僕と葉月のこと。厄介になりそうだから今まで回避していたのに。
「誤解だよ。前にも言った通りだ。高校時代の知り合いだと」
「それにしては、けっこう仲が良いみたいだけど~?」
遠乃からの奇異とからかいの視線が送られてくる。
ああ、もう面倒臭いな。この際だ、本当のことを話そうか。
「彼女とは文化祭の製作発表で一緒だったんだ。これも3年間連続で」
「文化祭の製作発表?」
「ほら、葉月は絵が上手いだろ。それに止まらなくなるほどしゃべり続けるくらいに熱意もある。だから、デザインを任されることが多かったんだ」
まあ、気弱な彼女がクラスメートに押し付けられていたのもあったが。
同じく台本を書かされたり、いろいろな雑用を押し付けられたりした僕と制作を続けるうちに、彼女と仲良くなったのだ。名前を呼び捨てにするほどに。
「それと、もう1つ。高校時代に――僕たちの周りの怪異が出現したんだ。彼女もそれに巻き込まれて、偶然にも彼女を助けることになったんだ」
「怪異っ!!?」
予想していた遠乃の反応に合わせるように、僕は会話を続ける。
高校2年生の頃だったか。僕たちの周りである怪異が出現するようになった。
――悪夢を見る怪異。ただの悪夢ではなかった。家族や友人、恋人などを模した異形の怪物が自分を殺しに来る夢だという。
時には燃やされ、時には腹部を刺され、時には皮を剥がされ。中には語るのも憚られるような、凄惨な殺され方を、身近の人物にされる夢。
当然、そんなものが毎晩続いたら精神が異常をきたす。それが原因で起きた自殺や殺人事件が僕たちの周りで多発するようになった。
葉月はそれを見るようになった。ちょうど文化祭一週間前の日に。それを見た僕は……およそ6年ぶりの怪異の調査を行うことにした。
「なんつーか、すっげぇヤバいもんが絡んでたんだな」
「でも、驚いたわ。あたしと離れてから、怪異の話を聞くことがなかったし」
「言われてみれば、確かに」
……思えば。遠乃と離れ離れになってからは怪異に関わらなかった。
なんというか、色褪せて見えるようになったんだ。怪異という存在が。
それに、怪異と出会うこともなかった。夕闇倶楽部に入部して、遠乃と出会って、初めて怪異の潜む日常を生きることになったのだし。
「しっかし、お前ら。こんなに怖い思いをして平気でいられるな」
「そりゃ世界には怪異の謎が満ちてるもの。怖いと思うなんてもったいないわ!」
「俺にゃ理解できない世界だな。でもさ、それなら葵のじいちゃんか、そいつのやろうとしてることにも喜ぶんじゃねぇの? 怪異が増えるんだぜ」
「ふっふーん、それは愚問よ。怪異は生み出すものじゃないわ。暴き出すものよ! 神林のおじいさんがどうであろうと、あたしたちは暴き出してみせるわ!!」
空に拳を突き出して、得意げな様子で遠乃は語った。
目の前に怪異があるのなら謎を暴き出す。それが夕闇倶楽部なのだから。
このまま帰り道を辿ろう。でも、その前に――僕にはやるべきことがあった。
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