回想2 思えばこれから始まっていた
……岩が、砕ける音。静寂な空間にそれが響いた。
目の前には繰り広げられているのは、ハヤトくんがお地蔵さまを壊す光景。
急に同好会のみんなを集めて、やられたこの行動に困惑する私たちがいた。
「なに、してるの。ハヤトくん」
「なんだ、弥生か。見りゃ分かるだろ、この気持ち悪い地蔵をぶっ壊してるんだよ。ああ、台本にあった通り、映画の中では俊介。お前にやってもらうからな。その演出の細工も兼ねてんだ」
「そ、それは分かってるけどさ……いくらなんでも罰当たりじゃ」
「罰当たり、ねぇ。そんなんじゃ創作活動なんてできねぇ。たとえ他人を不快に、絶望の淵に追い込んででも心を動かそうとするのが芸術なんだよ」
「そんなこと、ないと思うけど」
別に私は仏さまを信じてないし、ハヤトくんの意見なら反対しない。
……だけど、こんな、こんなのって。こんな行動をするなんて異常すぎる。
そんな異様な空気に耐え切れなくなったのか、誰かがハヤトくんに駆け寄った。
「お、おい、隼人。この映画を撮影し始めてから、お前おかしくなってないか!? ぶつぶつ変な独り言呟いているし、訳の分からない場所を撮影場所に選んだし、挙句の果てには気味悪いおっさん連れてくるし! 何を考えて、こんな――」
「――黙れよ、クズ」
どこまでも、どこまでも冷めていて、低めに響いたハヤトくんの声。
ここに居る誰もがその声に震えあがっていた。誰も動けなくなっていた。
「あのな、お前らは俺に従っていれば良いんだよ。一番偉い俺の指示に従って映画を完成させる。十分じゃねぇか、観客はそれを望んでいるんだ」
「……そんなこと、いくらなんでもひどすぎるんじゃ」
「この映画同好会が真っ当な部活動になれたの、誰のおかげだ? みんな、俺のおかげなんだ。俺に期待して、俺を尊敬しているんだよ。だから、お前たちは黙って撮影を続けろ。この素晴らしい映画の犠牲になるしか価値はねぇんだよ」
その言葉には、私たちは俯いて黙り込むことしかできない。
ハヤトくんの言う通り、元々この映画同好会は一作品すらまともに作れない、単なる映画を見て感想を言うだけのサークルだった。
それを、ハヤトくんが変えた。誰もが認める才能で素晴らしい映画作品を作り上げた。今では彼の映画が大学の文化祭の名物になっているほどだった。
だから、誰も逆らえない。明らかにおかしくても。そして、私だって。
「おらっ、おらっ、おらっ……よし、完全にぶっ壊れたな」
そうこうしている内に、お地蔵さまは原形を留めないほど壊された。
ハヤトくんが笑みを浮かべる。そんな無残な姿を見て、邪悪なほどに。
「ああ、これだ。そうだ、そうなんだ、俺は完璧な映画を作るんだ。俺の芸術や崇高なメッセージを理解できない、馬鹿な奴らを根こそぎ黙らせられる、最高傑作を。ハハハッ、ハハハハハッ、ハハハハハハハハァァァッ!!!」
お地蔵さんが、ここに存在するすべてが私たちを睨んでいる感覚。
狂気を含んだ高笑いを轟かせる、まるで何処か遠くの世界に行ってしまったようなハヤトくんに対する危うさと恐ろしさ。
私は、私たちは得体の知れない恐怖に怯え、縮こまることだけがすべてだった。
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