第4話 てんやわんやで1日は終わり

「うぉぉぉぉっ、ぶちょぉぉぉぉっ!!!!!!!」


 扉が開いて、入ってきたと同時に聞こえた男気溢れる叫び声。

 突然のことにびっくりした僕たちは、ほとんど反射的に入口に向けていた。

 おそらく部屋にいる全員の注目を浴びていた彼は……何というか、うん。

 時代錯誤の番長というか、頭に巻き付けた真っ赤な鉢巻に太い眉毛、濃い顔立ちに堂々としている体形と……そして、なんとなく暑苦しくて鬱陶しそうな空気が体中から溢れ出ている。悪い人ではなさそうだが……。


「えっ、えっ、あ、あの、この人は誰ですか!?」

「驚かせてすまない。こいつは吾野雄太あがのゆうた。今回の映画の“元”脚本担当だ」


 えっ、映画同好会の人なのか。そうは見えないけど。

 あと脚本を書けるというのか、この人が!? い、意外過ぎる……。


「こう見えてもストーリーを考えるのが得意でな。映画を作る際の脚本は毎回こいつに頼んでいたんだよ。だが、今回は違う人にしてみた。雄太が書くコメディや熱血青春という作風とは相性悪いからな」

「ああ、見た感じそれっぽいですよね」

「任せたのは、この大学の文芸同好会の……あれ、誰だったか。確か、お父さんがプロの作家だとか言っていたが」

「もしかして、卯月秋音のことですか?」

「そう、そんな名前だった。映画の前半を見せて、彼女に任せてみたら面白い脚本が仕上がってな。そのままノリで採用にしたってわけだ!」


 そうか、フィルムが存在しないから後半部分は想像で再現するしかないのか。

 それにしても、さすがは秋音。あの時、遠乃の唸らせた作品を書くだけ――


「あ、ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」


 すると、横から鼓膜をぶち壊しかねないほどの男の大声が飛んできた。

 ……声の主は難なく予想できた。もちろん吾野さんだった。


「あのっ、忌まわしき卯月秋音めぇぇぇ!!! お前のせいで俺はカメラ周りしか仕事がなくなった、映画に出してもらえなくなったぁぁぁ!!!!」

「この前も言ったんだけどな。お前、ホラーとは合わないんだよ。脚本としてもそうだふぁ、役者として出すにもその暑苦しいかつ鬱陶しそうなテンションが」

「そうですよね~。暗い雰囲気がぶち壊しだよ、雄太さんがいちゃ“あっ、こいつが物理で幽霊倒しそう”って感じだし」

「そんなこと、ないぃぃぃぃぃっ!!! 俺は小心者だぁぁぁぁぁっ!!!」

「じ、自分で言うんですか……」

 

 雄たけびを上げながら首を振っている吾野さんには悪いが、完全に同意だ。というより、暑苦しいとか鬱陶しそうは映画同好会でも共通認識なのか。


「うぅぅぅぅ、分かってるけどぉぉぉぉぉ、それでも憎い!!! 憎いんだぁぁぁぁ!!! ちくしょぉぉぉぉぉっ!!!」

「ねぇ、ユーリ。この映画同好会には頭おかしい人しかいないの?」

「そ、そんなことないよ……まともな人だって、い、いるよ! 例えば――あっ、つ、都合良いところに!! おーい、はっちゃぁん!!!」


 宮森さんが、タイミング良く視聴覚室に入ってきた女性に迫った。

 相手はそれを見て、逃げようと、もしくは女性の視界がふさがれるほどに積まれたダンボールをどうにかしようと慌てるものの、時間切れで宮森さんに抱き着かれた。


「ほら、この娘!! はっちゃん、はっちゃんはいい娘だよ!!」

「きゃあ!! に、荷物、持ってたんだから、いきなり絡まないで」


 抱き着かれたことでA4サイズの紙や小道具が散らばっていた。

 それを拾い集めていたのは……宮森さんとは正反対のような可憐さを感じさせる、でもある種の儚さを感じさせる少女。

 全体的におとなしめの外見や、背丈の低さといった自己主張に乏しい彼女の要素も、そのように見えてしまう一因となっていた。


「そういえば、紹介してなかったな。おーい、来てくれ」


 彼女は散乱したものをすべて拾い集めると、部長さんの隣にやってきた。

 目尻が下がった、彼女の弱弱し気な視線が夕闇倶楽部の面々に向けられた。


「この子が鳴沢葉月だ。映画で使用する小道具とかデザインとかを主に担当している。映画の大体の裏方仕事とかも大体は葉月だな」

「デザインということは、あのパンフレットも彼女が?」

「ああ、見たのか。そうだよ、なかなか良いセンスしてるだろう」

「…………」


 鳴沢葉月なるさわはづき。パンフレットを作ったのは彼女だったのか。

 納得した時、偶然にも視線が合った。どうやら彼女も僕に気づいたらしい。


「あっ」

「…………」

「久しぶりだな、葉月」

「そ、そうだね。久しぶりだね、誠也くん」


 そうだった。僕と彼女は元々知り合いの中だったのだ。

 久々の再会に、僕たちは同じようにぎこちない反応となっていたが。


「おっ、誠也の彼女!? 名前で呼び合うなんて隅に置けないわね!!」

「違うわ!! 高校生の時にクラスメートだったんだよ」

「誠くん。ちょっーとだけ、お話させてもらっても良いかな?」

「……なんか、雫が怖いんだが」

「へぇぇ。真面目なはっちゃんが親しい男友達かぁ。驚いたなぁ」

「だ、だから違うよ……そんなんじゃ、ないってば」

「えっ、あれ、はっちゃんの今の反応……本当に、もしかして?」


 そして、僕たちに……案の定、面倒くさい絡みをしてくる女子の面々。

 まったくの誤解である。彼女とは高校が同じで、偶然3年間クラスメート

 彼女と話をしたのも文化祭の時と、“ある事件”の時だけ。そりゃその辺の人とは面識があるとは言えるが、本当にそれだけなのだ。


「おーい、話はそこまでしてくれ。こうして集まったんだから」


 そんな僕たちにパンパンと軽く手を打って、話を遮った部長さん。……良かった。面倒な話が終わらせてもらって。

 この後は僕たち夕闇倶楽部と映画同好会とで、改めて自己紹介を行った。


「ここでお互いの紹介が終わったわけだが、今日は時間も時間だからお開きにしよう。明日からさっそく映画の製作が始まる。みんな、頑張るぞ!!」


 そう言われて時計を見ると、6時になっていた。映画を何本も見てたし当然か。これから何をするにも中途半端なこの時間だし、部長さんの意見に賛成だ。

 みんなもそれと同じなのか、反対することなく帰り支度を始めていた。

 こうして色々な波乱が見えてきたこの場は、ひとまず終わりを迎えたのだった。




 あれから家に帰ってきた僕は、やることを済ませながら考え事をしていた。

 なんというか、今日は色々と衝撃的なことが多すぎたな。……勢いで話が進んだものの、これから本当に大丈夫なのか。不安でしょうがない。

 かといって、決まったことにあれこれ言うのも無駄だった。とりあえず、用事を済ませようと僕はある人物に電話をかけた。

 

「もしもし、宏。暇か?」

『あー、何言ってんだよ。めっちゃ忙しいんだよなぁ』

「どうせ、ゲームだろう」

『まーな。よくわかってんじゃねぇか』


 電話の相手は佐藤宏。こいつはこいつで相変わらずである。


『んで、何の用だよ。お前から来るの珍しいな』

「お願いがあるんだ。映画製作で編集の仕事を――」


 それから、僕は宏に今回の映画製作に関することを説明した。


『うーん、動画の編集ねぇ。できるけどさ、面倒くさいな。まあ、友人からの頼みだしなー。休みでゲーム以外やることないし、考えてやるよ』

「来てくれるなら助かる。あと、あの高校生たち……七星さんも来るぞ』

『はー、葵も来るのか。高校生ってことは友だちと一緒ってことか。つーことは。もう大丈夫になったんだな』

「……大丈夫になったって、どういう意味だ。もしかして何かあったのか?」

『えっ、えっと、まあ。あいつも色々とあったんだよ。そういうこと、あまり深く突っ込まない方がいいぜ。デリカシーないぞっ!』


 この野郎にデリカシーを説かれるとは……ぐぬぬ。

 まあ、こいつがここまで言ってくるとはそうなんだろう。深堀りは無用か。


「とりあえず、考えてくれるんだな。じゃあ、明日部室に来てくれ」

『あー、あの部室か。お前らと出会うとあの時の記憶が蘇るからアレなんだよなぁ。まあ、いいや。んじゃ、明日な。起きれたら行くわ』


 頼りない言葉を最後に、電話を切られた。大丈夫なのか。こちらからお願いしている以上、強くは言えないし引き受けてくれるだけありがたいけど。

 まあ、これで用件が済んだというわけだ。……それにしても。


「S県T郡土螺どにし村跡地、か」


 部長さんが言った、映画が撮影された場所。関東の僻地にあるらしい。

 試しに調べてみたら、昭和40年に大きな土砂崩れで住民の大半が巻き込まれて、不幸なことに全員死亡。無人となり廃村となった場所らしい。

 奇跡的に建造物は残っているようで、一部の廃墟マニアの人がブログやTwitterに写真を残しているのが見ることができた。

 そうした廃墟にありがちな心霊写真や心霊目撃証言などはあったが、あの映画に関する情報は何一つ発見できなかった。

 そして、何よりも僕がこの地域に気がかりになっていた、その原因は。


「僕は、この場所を知っている……」


 おそらく心当たりがある、というより何かでこの地名を見たことがある。しかし、何にそれが書かれていたかまでは思い出せなかった。

 ……まあ、その内思い出せるか。そんな思いを胸に、布団で横になった。

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