第1話 私と契約して、映画女優になってよ!

「これ、なかなか面白かったわね~。今までパニックホラーは避けてたんだけど、良い意味で怪異してたわ!!」

「ネットでもそれなりに評判良かった作品ですから。新聞部の皆さんとも見に行ったんですけど……って、あっ。電気、点けますよー」


 映画を終わると、遠乃がリモコンでモニターの画面を消した。

 それと一緒に千夏が閉め切っていたカーテンを開けて、電気を点ける。

 ……眩しい。目が光に慣れると、普段の見慣れた景色が姿を現す。

 ここは夕闇倶楽部の部室。僕たちは部屋でホラー映画を見ていたのだ。こうして暗闇にするだけで雰囲気が出るから不思議な気分である。


「でも、やっぱり納得いかないわよね! なんでホラー映画に出てくる奴らはどいつもこいつも怪異という理不尽を超えようとしないのよ!!」

「……無茶ぶりをするんじゃない、お前は。あと雫。終わったから大丈夫だぞ」

「ううっ、怖かったよぉ」

「きゃっ! ちょ、ちょっと待ってよ、シズ! 抱き着かないで~」


 今日は8月の某日。外は茹だるような暑さと湿気が広がってるのだろう。殺人的な暑さとテレビで報道されていたが、まさにそうだな。

 もちろん大学は夏季休暇中。だけど、もちろん夕闇倶楽部は無休である。むしろ活動が無い日の方が希少だったり。いつ休んでるのかな、僕たちは。

 といっても、怪異や超常現象は年がら年中出てくるわけもなく、調査という名の旅行に出かけるにもお金やスケジュールの余裕はなく。

 今日は研究と評して、巷のホラー映画を片っ端から見ていたのだ。

 果たしてこれが活動なのか甚だ疑問なのだが、暇を持て余すよりはマシか。

 それにしても、たまに怪異がなんたるかを分かってない作品があったが――


「たのもっー!」


 ふと、元気の良い言葉が飛んできたと同時に扉が開かれた。

 声の主である少女は部屋に勢いよく入ってくると、僕たちを一瞥する。

 金髪に、朗らかな顔立ち、ボーイッシュな雰囲気。彼女には見覚えがあった。


「えっと、宮森友梨みやもりゆうりさんでしたっけ?」

「そのとーり! いや~。私の名前、覚えてくれてて嬉しいなぁって」


 宮森友梨さん。遠乃と学部が同じで、友人らしい。

 遠乃の友人だけあって、彼女のことは印象強かった記憶がある。何故なら、そんな宮森さんが目を丸くして見ていたのは、恐怖で遠乃に抱き着いた雫。


「やっぱり遠乃と雫ちゃん。そういう関係だったんだっ!!」

「違うわよ!! 変な誤解生むようなこと言わないでっ!?」


 ……そうだった。彼女は女性同士が仲良くしているのを見るのが好きらしい。

 遠乃が言うには、宮森さん自身にその手の趣味があるのではなく、単純に女子同士の絡み合いが好きなだけみたいだが。


「ただでさえ、あの一件から、変な目で見られるようになったんだから!」

「すみませんね、なんか。佳代子さんが話題になるからって押したんですよ」

「冗談じゃないわよ!! 根も葉もない噂を垂れ流してっ!!」


 いや、根か葉はあったはずだぞ。それを作ったのはお前だったし。


「んで、どしたの。ユーリがここまで来るなんて珍しいじゃない」

「ふっふっふっ。よくぞ聞いてくれました!」


 むすっとした表情で髪を弄る遠乃に、胸を張って答え始める宮森さん。


「私と契約して、映画女優になってよ!」


 そして、想像だにしなかった唐突かつ核爆弾級の発言をしてきた。

 もちろん僕たちも、さすがの遠乃すらも驚きでぽかんと口を開けていた。


「いや、なんで? あたしたちには関係ないでしょ、映画見てたけど」

「ううん、関係あるんだよね、大ありなんだよね」

「なんでよ」

「なんたって今回。ウチたちが撮るのは――呪いの映画なんだから!!」

「の、呪いの映画っ!?」


 だだーん。そんな擬音が聞こえそうな勢いで宮森さんが右手を前に押し出す。

 呪いの映画。その単語に歓喜した遠乃に対して、冷静な千夏は溜息を吐いた。


「ひとまず。その呪いの映画とは、どのようなものなんでしょうか」

「それはね大学の映画同好会の界隈では知らない人がいない、噂があるんだけど。それによると…… “見たものすべてを狂気に陥る映画”と言われているの」

「み、見たものすべてを狂気に陥る映画かぁ……」

「起きたのは今から10年前。ある大学の映画同好会での話なんだけど――」


 ある種の緊張感を発しながら、宮森さんはゆっくりと話を始めた。

 2009年7月。T大学の映画同好会は当時、少数精鋭ながら優れた映画を作っていた。天才と呼ばれていた部長の才腕があってのものらしい。

 そんな彼らがこの年の文化祭に向けて制作しようとしたのが……ホラー映画。

某所の、実際に心霊現象が起きるという噂の廃村にて撮影を行ったようだ。

 そして、映画は完成。大学の文化祭で発表を……と、思いきや。肝心の彼らは姿を現さず、映画のフィルムだけが大学に届いた。とりあえず係の人はそれを受け取り、映画が放送された。最初の数十分くらいは普通の映画が流れただけのようだ。

 しかし、徐々に内容が狂気に満ちたものになり、それを見た者が1人、また1人、体調不良を訴え、意味不明な言語を呟き――やがて狂い始めた。

 狂気に満ちた人々はたちまち異常行動を始める。会場は阿鼻叫喚の地獄絵図となり、その映画の放映は即刻中止になったという。

 ちなみに肝心の内容は残されていないらしい。唯一わかってるのは、その映画が見る人すべてを狂わす“狂霊映画”と呼ばれることだけ。


「その後に映画を見た人から話を聞いてみたら、ほとんどの人がその時の記憶を失ってたの。覚えてた数少ない人は、狂気の世界から帰ってこれなくて……そのまま、精神病院に入院になったんだとか。更にね、映画を制作した人たち、大学の映画同好会メンバーは……みんな、死んだんだ。放映前に、ほとんどが自殺みたい」

「全員が自殺って……怖い。でも、そんなことってありえるのかな?」

「まあ、噂だからそれが本当かわからないけどね。確かめようにも昔の話だし……それに、映画のフィルムも今まで行方不明になってたから真相は闇の中だった」


 確かに、ホラー映画にはその手の噂は付き物だったな。撮影中に超常現象が起きたとか、映画内に心霊現象が映ったとか。

 関係者が次々に死亡した映画も思い当たる節がある。かの有名な『エクソシスト』や『ポルターガイスト』とかもそうだったはず。

 考えられる原因としては、撮影場所が心霊スポットといったアレな場所だったりとか、ホラー作品を演じているうちに非常識の世界に踏み入れたりとか。

 ……もしくは、映画を売り込むための嘘や宣伝、誇大表現の一種とかも。

 だけど、見た人を狂わせる映画は聞いたことがない。ちょっと興味が出てきた。


「とりあえず、その噂話を調べるのは面白そうじゃない。でも、」 

「実はそうでもないんだよ。呪いの映画は、ウチたちの手元にあるのです!!」

「おおっ!! ユーリ、やるじゃない!!」


 唐突に、とんでもない爆弾発言をしてくれたな。宮森さん。

 遠乃は無邪気に喜んでいるものの……その呪いの映画、大丈夫なのか?


「えっ、ええぇっっ!!? そんなもの持ってて、大丈夫なの!?」

「大丈夫だよ。手に入れたのは見ても大丈夫な前編だけだから。そして、ここからが本題なんだけど。映画同好会では――この映画を再現することになりました!!」

「お、おおぉっっ!?」

「今まで未踏の領域だった噂の謎が、明かされるってわけなのだよ!!」


 それなら大丈夫……いや、大丈夫なんだろうか。

 手に入れた手段も気になった。今まで紛失していた映画の、それも大学の同好会が作ったような作品をどうすれば見つけ出せるんだ。

 あと、やたら遠乃と宮森さんのテンションが高い。ついていけなさそうだ。


「あっ、ちなみにパンフレットはこれだよ。はい、サービス!」

「撮影前なのに、もう作ってるんですか。けっこう凝ってますね」

「でっしょー! 実はね、うちのサークルにそういうのが得意な娘がいてさぁ」


 そんな僕の疑問を遮るように宮森さんがパンフレットを差し出した。

“今夜、噂の存在だったあの呪いの映画が復活!?”、か。見出しや表紙のデザインを見た限りだと、正直のところ僕は面白そうに感じるな。


「それで、ここからが本題なんだけど……映画の台本とか段取りとか、その他諸々考えてみたところ、人手が足りなくなったんだよね~、あはは」

「あれ、呪いの映画を作ったのも少数だったんでしょ。できないの?」

「それがさぁ、呪いの映画と聞いて、元々少ない映画同好会のメンバーの中から不参加の人が出ちゃってね~。今回の参加者は4人なんだ」

「4人って。映画どころかテレビの30分ドラマすら作るの難しくない?」

「野球はおろか、フットサルのチームですら足りませんよね」


 映画制作にはどれくらいの手間暇かけられているのか、僕は知らないが……確かに、その作業を4人でやるとなったら大変そうではあるな。

 だけど、ということは。宮森さんが僕たちのところに来た理由って。


「だから、私たちに協力して映画女優になってよ! お礼は弾むよ!」

「呪いの映画なのよね、まさに怪異なのよね」

「そうだよ、呪いだよ、ホラーだよ、怪異なんだよっ!!!」

「やるわっ! 夕闇倶楽部総出で調査してやりますとも!!」


 なんだろう、相乗効果というべきか、2人で勝手に盛り上がっていた。

 やはり彼女と遠乃とは、いろいろと波長が合う人間なのかもしれないな。

 傍観したようなことを思いながら、夕闇倶楽部と映画同好会の奇妙な映画作り(?)は幕を開けたのだった。

 ……呆然と、完全に状況を飲み込めてない僕たち3人を置いてけぼりにして。

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