第2話 空想下のエンターテイナー
活動場所に向かうため、宮森さんと一緒に僕たちは5号棟に来た。
5号棟は、主に教育学部が使っている場所で、棟内には音楽室や図工室といった、小学校のような部屋が多く置かれている場所である。
そのためか、他にも茶道部が使う和室や、吹奏楽部が使うスタジオなどの一風変わった教室もこの中に押し込められていた。映画同好会が使用している大教室も、ここにあるらしい。
「そういえば、遠乃。あの講義の補習ってさ、どうなったの?」
「あれねぇ……まあ、なんとかして単位取れたわ」
「ええっ、あの人の再試って難易度爆上げしてるって噂だけど、さすが」
先頭で、何やら楽しそうに会話を繰り広げている遠乃と宮森さん。
その1歩か2歩後ろのところで、僕たち3人は彼女たちの後を追っていた。
「流れで話が進んでたけど……大丈夫なのかなぁ」
「映画女優ですよね。遠乃も宮森さんもその辺、何も話してないですしね」
「うーん、どうなるんだろう」
確かに遠乃と宮森さんのテンションで事が進んだが、僕も未だに状況が不明だ。
宮森さんの映画女優に関する話、噂に会った呪いの映画、情報が錯綜としている。もう少し話を聞きたいのだが……。
そんなことを考えていると、宮森さんが立ち止まって部屋の中に入った。
「おーい、ノンさんいるー?」
「ノンさんって誰よ」
「うちの同好会の部長だよ。すごい人なんだ」
「ふーん。てか、少人数って聞いたけど案外いるのね、映画同好会」
部屋の中を覗いてみると、遠乃の言う通り、ちらほら人がいた。
それも演技の練習をしている人たちに、部屋の端でノートパソコンに向かう人、道具を片手に何やら小道具の製作に精を出している人。
なるほど。ここの映画同好会は色々な作業を自前で行っているらしい。
「まあね~。でも、他の大学と比べたら少なめだし、今回は違う映画の製作で頑張ってるみたいだけどさぁ。それよりもノンさんはどこなんだろ、倉庫かな?」
「倉庫?」
「うん。この廊下奥の、実質映画同好会が占拠してるところ。場所が空いてない時は、そこで練習することも多いんだよ」
宮森さんからの説明を受けながら、3階廊下の奥の方に向かう僕たち。
すると、他の教室とは一回り小さく、また古めの扉が右手の方に見えた。
「ここかな、ノンさん……って、えっ?」
その直後、宮森さんの変なリアクションを見て、僕たちも中に入る。
――部屋の真ん中に井戸があった。
やけに重圧感のある、リアリティのある極めて非現実的なオブジェクト。
多種多様な芝居道具が混在した空間でも、とんでもない存在感を放っていた。
「えっと、何これ」
「こんなの、はっちゃん作ってたかな……あはは」
映画同好会の人が作ったのだろうか。やけに精密な道具だな。
というより、なんでそんなものが部屋の真ん中にあるのだろうか。そんな疑問を皆が皆抱きながら、井戸を外から眺めていると。
「…………」
――誰か、知らない人が出てきた。
見た目から察するに女性だろうか。腰まで伸びたボサボサの髪に、所々が破れた、薄汚れている白いワンピースは、確実にそれを思わせるものだった。
だけど、性別のこと以上に。井戸から出てきたその人を見て、僕たちの頭に浮かんでいたイメージは、おそらくは。
「も、ももも、もしかして……〇子ぉ!!?」
日本でトップクラスに有名な、とあるホラー映画の登場人物。
僕の知識からすると、彼女はテレビ画面から出てくるはずなのだが。
しかし、この状況でそんなことはどうでも良かった。とにかく、それと酷似した異様な姿に、僕たちは恐怖を感じて1歩後ろに下がっていた。
誰も言葉を発することができず。そのまま女性は徐々に井戸から体を動かし、上半身が完全に見えるようになって、右足が井戸から出た、その時。
「ミーツケタ」
底冷えした微かな呟きと一緒に井戸から出ると、僕に襲い掛かってきた。
手には銀色に光るものが見えた。いや、これは刃物なのか!!?
当然、僕も応戦するが……とんでもなく腕力が強い。冷たい感触と一緒に、女性の細い手が万力のように僕の両腕を強く握りしめていた。
……どうする。どうすれば良い。大学の倉庫でこんな怪異と遭遇するなんて!?
「ちょ、ちょっと、何やってきてんのよ、こいつ!!?」
「まずい、まずいよ。ノンさんってば、また役に取り込まれてる!!?」
「役に取り込まれてるって、なにぃぃぃっっ!!?」
「と、とにかく全員で止めるよ! 割と本気で殺りに来てるみたいだし!」
「す、すまない! 役に入り込みすぎていた!!」
あれから女性が気を取り直して、10分くらいだろうか。すっかり正気に戻ったその人は、困惑している僕たちに頭を下げていた。
おそらく、この人が映画同好会の部長さん(?)なんだろう。乱れた髪のウィッグを取り、白い服から着替えた姿はなかなかに美人だった。
美しく、それとカッコ良い。威厳と麗しさを感じさせる外見だった。
だからこそ、先ほどの殺されかけたあの光景が変に印象付けられるんだけど。
「なにぶんホラー作品の役を演じるなんて経験、少なくてな。貞〇の気分にでもなったらわかると思ったのだが、このザマだ。君たちが止めてくれなければ、危うく人を刺殺しまうところだったぞ……」
「なによ、この危険人物」
「あ、あははっ。ノンさんって、たまにこうなるから許してあげて」
「本当に申し訳ない。改めて自己紹介すると、私は大学3年の
話を聞く限り、この人が正真正銘の映画同好会の部長さんらしい。
とりあえず僕たちは先輩らしきの人に慌てながら頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします。僕は青原誠也です」
「えっと私が八百姫雫で、この子がちなっちゃん……小山千夏で」
「あたしが比良坂遠乃です。呪いの映画のこと、聞かせてくれるかしら!」
そして、すぐさま遠乃が一歩前に出ると本題を切り出した。
物事には順序があるだろうに。咎める視線を送ったが、気にしてない様子だ。
「そういえば、そうだったな。友梨に頼んでいたよな、カモ……いや、撮影に協力してくれる人を探してこいって」
「待って。今、あたしには“カモ”って単語が消えたんですけど」
「気のせいだ。それで、呪いの映画の話だよな。噂は友梨から聞いているだろう」
何を話すかと思えば、さっそくか。遠乃がすかさず質問を投げかけた。
「はい。でも、それって本物なんですか? 今まで見つからなかったって」
「確かに行方不明だった代物だ。作品を探している人も少なくなかった。なにせ天才映画監督と謳われたの風間隼人が手掛けた最後の作品だからな」
「カザマ、ハヤトねぇ。聞いたことないわね」
「飽くまで大学の映画同好会では有名ってだけだからね~。大学生で映画やドラマで役者として出ているノンさんの足元にも及ばないよ!」
「あっ、この危険そうだった人、案外すごい人だったんだ」
そうだったのか。確かにあの時の演技(?)は恐ろしかったし、そう言われたとしても……嘘だとは思わないくらいだったけど。
「いや、私はまだまだだよ。それで映画が本物かどうかだが、十中八九本物だろう。当時を知る人物が見せたが、間違いなく実物らしい。当時のメンバーも出ている」
当時のメンバーとは、作品を制作した映画同好会のことか。自殺したという。
「覚えている人がいない……というのは後編だっけ。前編だけならわかる人もいるわよね。でも、よくそんな人を見つけられましたね」
「色々とツテがあるんだ。とにかく、今は実物を見てもらった方が早いだろう。夕闇倶楽部の諸君には、呪いの映画を視聴してもらいたい」
「それが手っ取り早いわよね。だけど、映画を見られる場所なんて」
「問題ない。上の階の視聴覚室を予約してある。あの場所は特別でな、巨大なモニターと数十人が一斉に見られる座席があるんだ」
となると、これから呪いの映画の実物に触れるのだろうか。
見た人すべてを狂気に陥らせる映画。噂では前編のみだと問題ないとはいえ、やはり僕たちの間では得体のしれない緊張感が――
「あっ、その前にポップコーン買ってきて良い?」
「ウチはコーラかな~。前編でも1時間かかるらしいんだよね、この作品」
「う、うーん。とおのんや宮森ちゃんが頼むなら、私も買おうかなぁ」
……前言撤回しよう。他のみんなは意外にも呑気なものであった。
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