第15話 神林の名を持つ少女
「私は七星、そして“神林”の名を持つものなのだから」
いきなり出てきた謎の少女から告げられた言葉に、息を呑んだ。
――神林。この前のあたしたちに送りつけられてきた呪いのゲーム。それが入れられていた封筒に記入された名前。
つまり、こいつは。あれを作った張本人だというの!?
「あんたかぁー! 神林はぁー!!」
「えっ、ちょ、ちょっと、やめて……」
だから有無を言わさずに、あたしはこいつに掴みかかった!
整ってた少女の制服の襟を掴んで、逃げられないようにする。
「な、何してるの、とおのん?」
「こいつが! あたしたちに! 呪いのゲームを送りつけたのよ!」
「ええっ!?」
「や、止めなさい、話を聞いて……」
「危うく呪い殺されそうになったのよ! どう責任取ってくれんのよ!」
何をされようと今のあたしは止まらない。激怒してるのよ!
かの暴虐な……この先はなんだっけ。とにかく激怒してるの、こっちは!
「だから、待ちなさいよ! 話を聞いてと言ってるでしょ!!」
だけど、必死な少女の剣幕を前にとりあえず落ち着くことにした。
まあ咄嗟の勢いでやっておいてなんだけど、速攻でぶっ飛ばそうとしたのは流石にやりすぎだったかもしれない。
シズもおばあちゃんも、ついでに無能野郎も目をまんまるにしてるし。
「……はぁ。せっかくあなた達に協力しようとしているのに。ひどいわね」
「協力ぅ? あんたがぁ?」
「何よ、その怪訝そうな顔は。ムカつく態度ね」
「前置きもなく協力をする、なんて言われても信用出来ないわよ」
「個人的にちょっと関係があるの、色々と。その辺の話もするわ」
「……まっ、話だけなら聞いてやるわよ」
「最初からそう言えば良いの。でも、その前に――」
葵だっけ、そんな名前の少女が右の方を向いた。
釣られてあたしも同じ方を見る。目を丸くしているおばあちゃんがいた。
「ここを出ましょう? おばあさまに迷惑をかけてしまうし」
「ま、そうよね。おばあちゃん、お茶ごちそうさまでした!」
和やかな表情のおばあちゃんに手を振って、あたしたちはこの場を後に。
今回の調査が終わったら、高そうなお菓子を買ってお礼に行こうかしら。
「あ、あの自分は……」
「おばあちゃんの相手をしておいて。くれぐれも失礼のないようにね」
「失礼の権化である君に言われたく――って、ちょっと!?」
ついでに、邪魔になる無能もここに置いとくことに。まっ、妥当よね。
2号棟の入り口をちょっと出た場所にあった木かげの広場。
周りに人気はなかった。ここでなら変な話をしていても大丈夫そうね。
「改めて自己紹介をしましょう。私は七星葵。呪術師をしているわ」
「そっか、よろしくね! 葵ちゃん!」
「開口一番で名前呼びはともかく、ちゃん付けは辞めて欲しいのだけど」
「えー。だって可愛いんだもの~」
まあ、確かにそういう部類には入るのよね。見てくれは美少女だし。
……でも、そんなことより、もっとヤバイことを言ってなかった?
「って、呪術師ぃ!!?」
これよ。急すぎて理解が遅れたけど、自己紹介でこんなことを宣う奴なんて本物か触れちゃまずい奴かの二択しかないわね。
そう思ったから思わず相手の常識を疑ったけど、当の少女は自信満々なご様子なので、ひとまずあたし側も平静で振る舞うことにした。
「呪術師ねぇ。なんか胡散臭さがとんでもないわね」
「あなたたちには言われたくないけどね!」
と、したら、こう返された。夕闇倶楽部のどこが胡散臭いっていうの。
真面目に怪異を暴こうとしてる、極めて普通のオカルトサークルなのに。
まったく、これだから最近のガキは。表面しか物事を見てなくて嫌になるわ~。
と、まあ。そんな年寄りくさいことを考えていることはさておいて。
「あと七星って、まさか……?」
「ええ。今回の怪異に関係する七星顯宗は、私の母方の祖父よ」
なるほど。関係があるって、そういうことなのね。
そう納得したと一緒に、あたしたちが紹介してなかったことを思い出した。
「ああ、そういえば。あたしたちは――」
「知ってるわよ。ヨモツヒラサカに、人魚っぽい名前の」
「と・お・の! ひらさかとおの! 勝手に縁起悪い名前にしないでよ!」
「あれ? 確かにあの店主はそう言ってたのに……?」
「あいつか犯人は! というか、あなたも疑いなさいよ!!」
「八百姫雫だよ。人魚っぽい名前、なのかなぁ」
「比良坂遠乃に八百姫雫。今度はちゃんと覚えておくことにするわ」
……あの、馬鹿間抜け珍妙野郎め。
小さい頃に名前が名字みたいと馬鹿にされたことはあるけど、こんな間違いは初めてよ! 絶対に意図的よね!
「とにかく、あんたに知ってることを洗いざらい話してもらおうかしら」
「わかったわ、まずは犯人について。誰かは流石に分かってそうだけど」
「まあ、そりゃ容疑者が1人しか居ないしねぇ」
おそらく今回の怪異における主犯は、もちろん七星顯宗よね。というか、それ以外に思い当たる人物が居なかったし。
「だけど、そこで問題になるのは誰がしたのではなく、何故したかよ」
「むしゃくしゃしてたから?」
「泥酔して事件起こすようなおじさんじゃないの! ……まったく。呪術というのはね、非常に厄介なもの。何の理由もなくできるほど楽じゃないの」
「じゃあ何で七星顯宗とやらは厄介なことをしたのよ、こんな場所で」
「それはね。“異界”を作ろうとしたのよ」
「はぁ? いかい?」
「そう、異界。現実世界とは異なる世界。人々の常識に囚われず、認識から乖離し、非現実なる怪異が支配する世界のこと」
異界。あまりにも異様でヘンテコな答えだった。
というか、さっきからなんか痛々しい解説するわよね、この娘。
そんなんで話の流れを止めるのあれだからスルーするけど見てて悲しい。
「それはわかったけど。何で異界とか作る必要があったのよ」
「自分の力を証明したかった。そんな馬鹿げた理由よ」
「そういえば、とおのんが言ってたね~。有名な人だったんだけど……」
「大ポカやらかして、消滅した」
「その通りよ。七星顯宗はどうしようないくらいインチキ霊能力者。でも、一応は呪術師として優秀な人だったのよ」
「ふーん。そいつも呪術師なのねぇ」
「元々はね。でも、ひょんなことから霊能力者として称賛を浴びた。街を歩けば持て囃され、自分の言動1つで世間がうごめく。専門外なのに彼は、自分には何でもできるんだと自惚れた。だけど、それ以上の称賛を得るため、自分の能力を大きく見せようとして失敗し、それがスクープにされた」
「そこそこ有名な霊能力者がインチキだったとか、格好の的よね」
「ええ。それに彼は敵を作る天才だったから。もちろん各所から手のひらを返したように叩かれた。だけど、彼は過ちを悔いることはなく。怪異の体現者の自分が批判され、便乗してオカルトは嘘だと人々に馬鹿にされることに腹を立てた」
「ふぅん、めんどくさいやつね。言わせとけば良いのに」
「冷静な分析ね。あなたの言う通り、そいつは面倒な性格で嫉妬深く、自分のためなら誰を犠牲にしても良かった人よ。まさに、こいつこそが怪異そのものね」
そんな言葉を発した後、葵はどこか遠くを見ながら息を吐いた。
なんか、やたらそいつを罵倒するわね。あなたの祖父じゃないのかしら?
「とりあえず、この話題はこれくらい。次に何故この場所なのか、についてよ」
「あっ、それは私も気になっていたかな。何でなの?」
「この場所、黒羽団地の4号棟は社会的弱者を集めた場所だからなの」
「しゃ、社会的弱者?」
「貧しかったり、生活上のハンデを背負っていたり。後は――狂気に肩足を踏み入れている人だとか。あのおばあさまみたいに普通の人もカモフラージュで入れてたみたいだけど……大体は普通の住宅では困ってしまう人を閉じ込めてたの」
「ひどい話ねぇ、それは」
怪異には慣れてるあたしも、生きた人の感情には耐性がない。
こういうような生々しい悪意に満ちた話を聞いてると、日本のホラーにありがちな『本当に怖いのは人間』ていうオチが真理だと思えてきたり。
あっ、そういえば。おばあちゃんが変わった人が多いって話してたわね。
あの人の言ってた変わった人って、このことを示していたのかもしれない。
「今じゃ考えられない話ね。でも、当時はそれが平然と行われていた。そして、七星顯宗はその場所に住んでいる人たちに目を付けた」
「どうしてよ?」
「他の空間とは比べ物にならないほど負の感情が大きかったから。自分が被害を受けている、そう思い込んでる人のコンプレックスは凄まじいのよ」
あー、それはあるかもね。人って自分が危害を加えていることには抵抗がないのに、自分が危害を受けてるってなると、途端に騒ぎ出すのよねぇ。
「負の感情は誰でも持っている。人や土地や場所、時間に取って変化はするけれど、それ自体は必ず存在していて、問題は生まれないはずなの。だけど、そこに怪異が入り込んだ。入り込んでしまったの」
「弱みに付け込んだってわけね、要するに」
「もちろん単なる呪いでは誰も協力しない。願いを叶えるという餌を持ち出したの。そうなれば、七星顯宗の意のままに一人ひとりが呪術を為し始める」
「それが1人が相手なら勝手な怨念で済まされた。だけど、これは複数人。団地棟という一種の閉鎖空間の中で行われた。それからどうなったかは、簡単に予想できるわね。怪異が重なり合って、相互作用する。日常は少しずつ、確実に消えていき、非日常が埋め尽くすように。そうして生まれたのが――この“異界団地”なのよ」
「異界団地、随分と大層な名前ね」
「ピッタリだと思うけど? 認識を超え、人々に忘れ去られ、しかもそのことに何も疑問に思わない。4号棟が抜けているのに誰も気にしない。立派な怪異じゃない。むしろ、あのおばあさまが覚えていたことが驚きよ」
大体のことを言い切ったのか、少女がどこか疲れたように一呼吸を置いた。
しっかし、情報が大量に入ってきて何が何やら。まとめると、今回怪異は全部七星顯宗とやらが悪くて、神林は呪術師で、七星顯宗は呪術師かつ霊能力者で、目の前の少女はそれの孫で呪術師で。
……こうしてみても分かんないわね。シズもぽかんとしている。
「案外、今回の怪異も大変そうねぇ」
「大変そうで済むのがすごいわね。度胸があるようで羨ましいわ」
「色々と不安に思っててもしょうがないし。動いてりゃ知識を得られる……って、あんたはあたしたちが知らない情報をどうして知ってるの?」
「紙の記録を残してたのよ。ご丁寧にも、アイツが」
そう言って少女が取り出したのは、黄ばんだ表紙の日記みたいな本。
「まあ肝心な部分までは隠したかったのか、引きちぎれられてたけど」
「そりゃそうよね。あっ、そういや神林はどこに行ったのよ!」
「今から話す予定よ。話を急かすのはナンセンス。待てを覚えなさい」
あたしは犬か何か。相も変わらず態度でかいわよね、こいつは。
「神林というのはね、私の“呪術師”としての名前なのよ」
「そうなんだ。芸名みたいなものなのかな?」
「その例えは癪に障るけれど……確かにそんな感じね」
「んで、本名じゃないのは分かったけど。結局は何が言いたいわけ?」
「神林の名を騙るだけなら、誰でもできるということよ」
「つまり、別の誰かがあんたの名前を借りてただけってこと?」
「そういうことね」
うーん、そう言われても納得できないわよね。
だけど、こいつが犯人という証拠もない。こうなると互いに決定的な根拠のない水掛け論にしかならなかった。
だから、この場は収めることに。そんなあたしの態度が言葉にしなくても伝わったのか、少女がこの話は終わりと言わんばかりに別の話題を切り出す。
「それで、ここからが本題だけど。これからどうするつもり?」
「決まってるじゃない! その異界とやらに突っ込みに行くのよ!」
「あのねぇ。ミイラ取りがミイラになってどうするのよ。私が言った空間が危険なのはわかっているでしょ? 仮にもオカルトサークルなら」
「ふっふーん。幾多の怪異を乗り越えた夕闇倶楽部をバカにしないで欲しいわ!」
「夕闇倶楽部がどうかはわからないけど、あなたは馬鹿みたいね。私とあなたは大丈夫でも、この人が危ないのよ。冷静になりなさいって」
「わ、私!? た、確かにちょっと不安だなぁ……」
さりげなく、あたしが大丈夫だと思われてる。何でなのかしら?
「じゃあ、どうすんのよ」
「ここで考えられる方法は1つ。携帯は持ってるかしら?」
「あるけど……繋がらないのよ。行方不明直後にかかってきて以来」
「でしょうね。何度も言うようにそこは異界だもの。でも、私の力を使えば――何とか、ちょっとだけなら繋がることができるわ」
「できるの、そんなこと?」
「流石に専門家じゃないから完璧にはできないわ。でも、ある程度は可能。呪術という深遠なる闇を制しているもの、その反対の――闇を払いのけられるのも世の道理なのよ」
……やっぱり痛々しいし、胡散臭く感じるわね。
でも、嘘を言ってるわけではなさそう。それに提案を拒否する余裕はない。
まだまだ不信感は拭えてないけれど、変なこの娘を信用するしかなかった。
「ま、頼りにしてるわ! 夕闇倶楽部の非常勤部員として!」
「それが良いよね。きっと悪い子じゃないもんね!」
「誰が、非常勤部員よ、悪い子よ! ……はぁ。あんたたちを見てると、どうしても楓を思い出してしまうわ」
こうして、あたしたちが暴き出すべき怪異は完全に判明した。
情報も協力者も得た。そうなれば夕闇倶楽部がやることは1つだけ。
暴いてみせる、怪異を。そして、あの2人を助け出してみせるんだから!!
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