第4話 救世主の噂

村人はまだ勘違いをしている。


「許してくれ。どうか子供だけは食べないで」

 ある男は、土下座をし。


「私を食べな。ほら、食べな!」

 ある女は、近づき手をあげてアピールをし。


「お母ちゃんとお父ちゃんをいじめるな」

 それを見ている子供が親の前に立ち、ドラゴンの注意を引こうとしている。

 まさに地獄絵図とはこのことを言うのだろう。


 どう説明しようか腕を組んで考えていると、足音が聞こえてきた。


 〈ザッザッザッ〉

「皆さん安心して。このドラゴンは、伝説のドラゴン。いわば救世主です」

 レッドが村娘を背負って、村まで来てくれたのである。


(レッドさん… これからは、安全運転で飛行します)

 

「てか、伝説のドラゴンさんも人間の姿になれるわよ。そんなことも知らないの?」

 レッドは笑いながら、こちらを見ている。


(くそ。やっぱり安全運転は無しだ。というか人間に変身?願えばいいのかな)


 〈ボンッ!〉

 辺り一面が白い煙に包まれ、視界が見えなくなった。


 当然、突然の出来事に村人は騒ぎ出したが、レッドが場を鎮めるために声を張り上げ、安心させる。

「落ち着け!これは攻撃行為ではない。しばらくすると人間が現れる」


 その言葉通り、白い煙が晴れ始めると中から30歳くらいの渋めのおっさんが出てきた。

 正直、ニートだった時のおれよりこっちの方が全然カッコいい。


「流石、異世界転移だな」

 自分で人間の姿に感動しているより先に、村人に説明するのを忘れていた。


 ドラゴンが来ても驚くのに、それが人間に変身したのを目の前で見て相当混乱しているだろう。


「すみません驚かせてしまって、おれは村を救いに来ただけで特に何もしませんよ」


 精一杯の笑顔で答えた。

 爽やかなおっさんの笑顔を見て、村人は一瞬固まっていたが大歓声へと変わる。


「おおぉぉぉお!救世主様が現れたぞぉ」

 村長らしき人物が最初に雄叫びをあげると、他の村人もそれに続く。


「救世主様、先ほどは助けて下さいましてありがとうございます」

「お父ちゃんとお母ちゃん救ってくれてありがと」

「ありがと!ドラゴンさんこれあげる」

 小さな女の子から、ドングリをもらった。


「うぅぅぅう」

 するとおれは、泣き出してしまった。

 親以外から貰うプレゼントは初めてだったので、喜びが抑えられないのはしょうがないだろう。


 通常なら、おっさんがドングリを貰って泣くなど、一種の気持ち悪い瞬間に選ばれるかもしれないが、村人達が気持ち悪い瞬間を美談に変えてしまった。


「伝説のドラゴン様は、ドングリの報酬を喜んでくれる善人様じゃあ」

 村長が場を盛り上げ、結局、この出来事のせいで魔人から村を救ったドラゴンとして噂が広まってしまった。

 近くの王国にさえもだ。




 ー襲撃された村を管轄するランデル王国ー


 〈パカラッパカラッ〉

 ランデル王国内に、騎馬兵が入った。


 本来は魔人の侵攻具合を調査するために派遣されたのだが、単なる村のみで魔人を撃退したとの情報を手に入れたため、急ぎ報告に向かっているのだ。


 王国内の城門付近には一際大きなテントがあり、その周辺に王国兵の大軍が待機していた。


 魔人の侵攻を調査していた騎馬兵は、馬を降りるとすぐにテントへ向かい走り、中に入る。


 そして大きな円卓を挟んで膝まづき、自身の知る限りの情報を軍のトップである兵士長に今まさに報告しようとしていた。


「兵士長。報告です!」

「ご苦労様、ずいぶんと早いご帰還ね」


 大きな椅子に座って報告を聞いている兵士長は、歴戦の大男でも、髭を蓄えた切れ者でもなく、綺麗な銀色の髪をたなびかせる女性だ。


 しかも綺麗な髪だけではなく、兵士長は理想的なスタイルを有していた。身長は高くはないが痩せ型でスラリとした体型をしている。


 分厚い鎧も彼女が着るとアクセサリーの一つのように思われる。


 だが、そんな外見とは裏腹に口調は豪快であった。


「村は陥落したのか?全く、陛下は何を考えている!私たちは、何のためにいるんだ」


 〈ガッ!〉

 細い腕で、机を豪快に叩き、怒りを表している。


「い、いえ。兵士長それが、魔人の撃退に成功した模様です」

 報告している兵士も震えた声で話し、自身も未だに信じられないといった様子だ。


「村の自警団か?」

「いいえ。ドラゴンが救ったらしいのです」

「ドラゴン?… 我らも、そのドラゴンのように自由に動けたらいいのだがな」

「それは、無理ですよ」


 その後少し、沈黙が訪れる。顔に手をあてている兵士長は何か考え事をしているようだ。


 しばらくすると頭の整理がついたのか、兵士長はゆっくりと喋り出す。


「戦闘のための移動は禁止されているが、情報調査は必要だ。よし!私が今からその村へ行こう」


 兵士長は、勢いよく椅子から立ち上がり、テントの外へ向かい歩き始めた。


「兵士長、今から行く気ですか!そんな急なこと‥ 上になんて報告すればいいか」

「適当に頼んだわ」

「そんな‥」


 困惑している兵士たちを置いて、兵士長は笑いながら騎馬に跨り王国をあとにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る