聖歌隊

 少年二人が、ルーシの館の廊下で縋るようにオーランドを見上げている。オーランドは困惑こんわくしていた。神父と次期領主どちらがえらいかなんて、おいそれとは答えられない。聖なるものをつかさどる神父と、世俗せぞくを治める次期領主では、担当が違うとしか言いようがない。一応こう答えた。



「今は俺が領主としてのつとめをしているが、現領主はまだ俺の父親のローレンス・ガーティンだ」

「そっ、それでも次期領主様のほうが神父様よりえらいですよね!?」

「神父になにかあるのか?」



 つり目の少年が何か言おうとした時、屋敷にある鐘が鳴った。オーランドは言った。



「ほら、夕食の時間だ、お前たち、早く行かないと遅れるぞ」

「……はい……失礼しました」



 つり目の少年はまだ何か言いたげだったが、オーランドに向かって一礼し、巻き毛の少年をうながしてもと来た方へけて行った。


 オーランドは夕食はたわいのない会話を楽しみ、翌朝、部屋に運ばれてきた朝食を食べ、デリックと合流して教会に向かった。教会はハモンとの境にあり、馬で行く必要があった。行列の先頭を妹の棺を積んだ馬車が進み、その後ろに神父と聖歌隊が乗った馬車がゆく。そのあとからルーシやルーシの母、妹の母親が馬に乗って続く。最後尾あたりにオーランドはデリックと続いた。



 心配症の老人は、馬に乗った段階から、すでに気をんでいた。



「オーランド様、くれぐれも神父様と揉めませぬよう」

「俺は揉める気はない。俺のすることに文句をつけるのは、だいたい教会の方だ」

「しかし……」



 デリックが何事か言おうとしたとき、聖歌隊が歌いだした。





 光なる君の 共にしまさば 

 眼を暗ます 暗闇はあらじ

 御助けあらずば 生き行く術

 主 共に在さずば 死は実に恐ろし

 乏しきを富まし 悩むをなぐさ

 病めるを安けく いこわしめ給え


 独唱どくしょうの節になり、ひときわ澄み渡るような歌声が響いた。


 目を覚ますごとに まず恵み給え

 永久の朝 目覚むる時まで


 カーラがささやくように言った。



『あ、あの子、さっきの子じゃない?』



 独唱しているのは、昨晩の巻き毛の少年、ニールだった。たいして音楽には詳しくないオーランドが聞いても、よく通る素晴らしい歌声だった。


 教会に着くと、棺は馬車から降ろされて聖職者の手で教会の中へ運ばれた。女性が最初で最後に教会に入る場面だ。馬から降りたルーシの母や他の親族の女性も、教会に入らず外の芝生に置かれた椅子に座っている。


 聖書は、男の頭は神であり、女の頭は男であると教える。故に男は神の家たる教会に行く義務があるが、女は男の家で男の話を聞いていればいい、教会に入り聖職者を惑わす女は悪魔の手先だーーという理由で、女性が教会に入る事は禁じられている。


 しかし、女も男も一度死んでしまえば人間にはどうしようもない。神の慈悲を乞い、神の国へ迎えてもらえるよう教会でミサを開く事しか出来ないのだ。教会とのいざこざとは無縁なのは羨ましい、とオーランドは思った。



 巻き毛の少年の見せ場は、葬儀の最中にもあった。



 神ともにいまして 行く道を守り


 天の御糧もて 力を与えませ


 また会う日まで また会う日まで


 神の守り 汝が身を離れざれ






 荒れ野を行くときも 嵐吹くときも


 行く手を示して 絶えず導きませ


 また会う日まで また会う日まで


 神の守り 汝が身を離れざれ



 歌いだしの一行を冬の青空のような澄みきった声で歌い、そのあとに聖歌隊が続いたが、彼の独唱の方がオーランドには美しく聞こえた。女の葬式に出なければならないと決まった時には憂鬱ゆううつだったが、美しい歌声に出会えてよかった。不謹慎にそう思ってしまうほどの魅惑の美声だった。


 妹との永久の別れを惜しむだけで終わればよかったのだが、憂鬱なのは葬儀が終わってからの後のことだった。妹の葬儀を行った神父は中央協会と近しい。中央教会の呼び出しを断ったせいで、今度は彼を通して文句を言われるのだろう。



 案の定、葬儀が終わって人が去り始めた頃、神父がオーランドに近づいてきた。



「次期領主様、領地の視察に熱心で、領民の声を聞いてくださるのは、大変結構なことですが、教会の意向も聞いていただきませんとな。港で何か変わった物が見つかれば、すぐ中央協会に持ってくるようにと早馬が来ております」

「聖書には、変わったものを教会にささげよとは書いていないがな」



 デリックがとりなそうとするのをよそに、オーランドと神父は、しばらくにらみ合った。やがて神父が目をらして言った。



「……まあ、変わったものが見つからなければ、それでよろしいのですが。平穏無事が何よりです」

「ところで、聞きたいことがある」

「何でしょう」

「さっき、聖歌隊で独唱していた子供がいただろう」



 神父の表情がぱっと明るくなった。



「次期領主様も、あの歌声に気づかれましたか! あの少年、素晴らしい歌声でしょう、あの歌声を長く聞き続けたいものです」



 少年の歌声は、ほんのひと時の間だけ許されたものだ。長く楽しめるものではない。オーランドは不思議に思い……次の瞬間、あることに勘付いた。



 オーランドは言った。



「……素晴らしい歌声の少年だ、さぞ立派なテノールの持ち主になるだろう」


 神父は、やや顔をしかめた。オーランドと神父の間に、何とも言えない緊張感が漂った。



 カーラも何かを勘付いたようだった。



『ひょっとして……まさか、あの子が泣きそうな顔してたのって……まさか、カストラート……』



 返事の代わりに、オーランドは白い蛾に触れた。



「……少し、さっきの二人と話したい。デリック、呼んでこい」


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