秘められた部屋

「オーランド様、一体地下に何があるというのですか、どうしてもと言うなら私もついて行きます」


「あとで教会といざこざがあった時、責められるのは俺だけでいい、ここにいろ」


 オーランドは老人を言いくるめ、近くの防火桶ぼうかおけから水をかぶった。水しぶきを散らしながら、燃えさかる教会へ飛び込む。煙を吸わないように姿勢を低くしながら地下室への入り口を探す。

 地下室の入り口は、煙と炎で隠されていた。服が乾き、炎の熱が直接オーランドを襲う。水。水が飲みたい。オーランドがそう思った時、水の音が聞こえた。ざあさあという、雨音のような連続した音。木が炎ではぜる音ではない。オーランドは無我夢中でその方向へ向かった。

 教会の奥、壁板が焼けて開いた穴の向こうで雨が降っていた。オーランドはその穴に転がり込んだ。息ができないほどの激しい水流がオーランドの服についた煤を洗い流す。オーランドが雨の中を転がり出ると、豪雨ごううのような白い水流の向こう側に真っ赤な火が見えた。雨のように見えた水流はオーランドの一歩分のはばだけしかなかった。そして、オーランドの足元には、地の底へ続く暗い階段が口を開けていた。これが、神父が言っていた地下室か。オーランドは慎重に一歩足をおろした。丈夫そうな石で階段はできていた。

 水の幕越しにちらつく炎の光を頼りに、オーランドは地下室への階段を降りる。地下室への階段は思ったよりせまく、段数があった。


『意外と深いのね……すぷりんくらーも作動してるし、何かあるといいんだけど』


「何か無いと困る。あのひこうきを追い払う方法があるかもしれないと言ったのはお前だろう」


『そうだけど……。少なくとも、電気が通ってたことはあると思うんだけどなあ』


 階段はどこまでも続いたが、地下によくある湿気や水分はまったくなかった。作りがしっかりしている。きっと何かがある。オーランドは自分に言い聞かせた。


 やがて、階段が終わり、入り口らしい扉が姿を現した。オーランドは扉を開けようとしたが、ドアノブらしきものはなかった。オーランドは手がかりを探して扉をなでまわしたが、扉はどこものっぺりとしていた。扉の横に淡く光る数字が書かれた板があるだけで、あとは何もなかった。


『あのう……』


「何だ」


 謎の声が女である事さえ忘れ、オーランドは普通に会話していた。ノーデンの平和の瀬戸際せとぎわだ。ノーデンの役に立つのなら、もう何でもいい。


『そこに数字が書いてあるボタンがあるよね』


「これに何かあるのか?」


『もしかしたらと思うけど、暗証番号……これを決まった番号順に押すと扉が開く仕組みなのかもしれないわ。もし電気が通ってるんだったら』


「決まった番号?」


『何か思いつかない? 何けたかの番号。教会ならではの番号とか。ひょっとしたらこの教会の人しか知らない番号なのかもしれないけど』


「……百五十三でどうだ」


 オーランドは、神の子が弟子に命じてらせた魚の数を挙げた。


『じゃあ、一、五、三って押してみて』


 声に従って、オーランドは数字を押そうと板に触れた。触れた瞬間、数字の上にある黒い壁石が白く光った。オーランドは思わす飛びのいた。


「何だ!?」


『わ、すごい、電気通ってる!』


「これが電気なのか? これが電気の明かり?」


『うん、怖いものじゃないから。続き押して』


 オーランドが言われた通りにすると、きしむような音がして、目の前の扉が動き出した。横に滑り、壁に吸い込まれていく。足元に一定間隔で淡く緑色に光る壁石のはめられた廊下がオーランドを迎えた。


「……開いた」


『電気通ってるってことは、中になにかあるわよきっと! 入ってみてよ』


「言われなくてもそうする」


 オーランドが数歩進むと、廊下は部屋になった。部屋の正面に巨大なガラスが埋め込まれており、薄ぼんやりと光っていた。


『モニタだ! こんな大きなの初めて見たわ、何かの作戦室みたい』


「これが、あのひこうきを追い払うものなのか?」


『えっと、操作してみなくちゃわからない……このモニタね、基本的には、よその映像を映し出すものなのよ、その映像によると思うんだけど……タッチ式かなあ、ちょっと触ってみてくれない?』


 オーランドが光るガラスに触れると、ガラスは黒い壁石と同じように一瞬白く光り、次に青と緑の絵を映し出した。緑色のいびつ「な円が、深い青の背景に浮かんでいる。その円は、この国の地図にとても良く似ていた。


「な、何だこれは」


『え、なにこれ何の島? ……海面上昇とかで形変わったのかな? でもこんなに見覚え無くなるものなのかな……?』


 絵には、右隅に[Satellite Image, present location]とあった。


「サテライト? 現在地?」


『衛星画像!? え、やっぱりこれ大陸?』


「大陸? 何だそれは」


 オーランドが初めて聞く言葉だった。


 この国は海に浮かぶ大きな島国だ。他にはもう、どこにも人の住む国はないと言われている。氷河期にここ以外の全ての土地は凍りつき、神に導かれてこの土地に移住した人間だけが生き残り、この国を作ったのだそうだ。


「この国の名前は、新グレートブリテン王国だ」


『そうなんだ……とにかく、私の時代には無かった国ね』


「お前の話はいい。どうやってひこうきを追い払うのか教えろ」


『この、ピンの立ってる所が現在地。これがここの地図だとすると、あの爆撃機ばくげききが来たのってどっちの方からかしら』


「海の方だから……多分、こっちだ」


 歪な円の上のふちは、オーランドの領地、ノーデンの沿岸線に似ていた。オーランドはそこを指差した。


 絵の一番下に、[For Commons][For CLERK]という言葉がそれぞれ点滅していた。


「この文字を触ると、また何か出るのか?」


『そうじゃないかと思う……私達、一般人でいいのかしら』


 少なくとも、聖職者ではないだろう。オーランドは少し考えた。教会がこんなものを隠していたのだとしたら、聖職者向けに何かあるのではないか。そういえば、聖職者の務めがどうとか神父が言っていた。オーランドは[For CLERK]を押した。


 モニタは一瞬光り、青と緑の絵に重ねて大きな文字と、4つの赤い点を映し出した。


[INVENTED by other countries]


[make an ATTCK]


[YES][NO]


 赤い点は地図の上、海の方角から、少しずつ沿岸に近づいてきていた。


「攻撃するか、しないか? この画面が聞いているのか?」


『そう、だと思う……この赤い点が多分、この国を攻撃しようとして近づいてる何か、だと思う。でも……』


 声は急に気弱になった。だが、俺は義務としてノーデンを守らねばならない。攻撃だ。オーランドの指が[YES]に触れる直前、また声が響いた。


『いいの? あの飛行機の中、多分誰か人が乗ってるのよ……もしかしたらだけど、追い払うんじゃなくて撃ち落とすかもしれないのよ、そしたら飛行機のほうが爆発するし、中に乗ってる人は死んじゃうかもしれない、それでもいいの?』


「人、だと?」


 この国以外に人がいる? そんなはずはない。……そんなはずはないのが、これまでのオーランドの常識だった。しかし、どうやらその常識は、多少疑ったほうがいいようだった。



 オーランドは火事を思い浮かべた。教会に一発。復活祭の準備のために人が出払っている時だったから、神父が一人火傷をしただけで済んだ。しかし、あれが何発も町中に、領民が集まっている所に落とされたら、どうなるだろうか。


 俺には領民を守る義務がある。

 道を間違えた民を殺すことすらした。よそ者にかける慈悲はない。


 オーランドは、女の声に問う。


「あのひこうきには、何人人間がいるんだ」


『一機に、せいぜい一人、多くて三人だと思う……どうして?』


「……簡単な引き算の問題だ。あのつつをいくつも落とされたら、人間が何人も、下手したら何百人も死ぬ。それと引き換えなら、数人死んだところで、その罪くらい被ってやる。そもそも俺はノーデンの次期領主だ。ノーデンを守るためにノーデン以外の人間すべてを殺す必要があるなら、そうする義務がある」


 オーランドは、[YES]の文字に触れた。


「2番機はどこだ!」


層雲そううんに突っ込み、アルノーは方角こそ見失わなかったものの、風によって複雑な移動をせざるをえなかった。ゼーシュトゥーカにレーダーは搭載されていない。肉眼だけが、味方を探す方法なのだ。


「はぐれたようだな」


「待て。後ろに光点。何機かいるぞ」


「2番機か?」


味方機が3機、後ろからやってきた。彼らは見る見るうちに距離を詰めてきた。


「マーキング確認。リントヴルム隊だ。俺たちの後で発艦した連中だ」


「……遅れちまったか」


アルノーは後続と団子になって目標の大陸を目指した。一時間もしないうちに、水平線の向こうから陸が姿を現した。その海岸線に、旧世界の遺産の戦術高エネルギーレーザー砲がずらりと並んでいるのが見える。あれは故障しているらしいから、脅威ではない。アルノーがそう思った瞬間、そのうちの一つが、ぐるりと回って砲身をアルノーに向けた。


「嘘だろう……!?」


防空システムは故障してるんじゃなかったのか。

言葉を続ける余裕はなかった。驚きの一言が、アルノーの最後の言葉だった。レーザーが直撃したコックピットは光の渦に包まれ、爆撃機は2人の命ごとこの世から消し飛んだ。


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