現代病床雨月物語      秋山 雪舟(作)     

秋山 雪舟

第十九話  「入院徒然記(後編三)」

 二○一七年の入院の出来事で書こうか悩みましたが彼(○○さん)の鎮魂と生きた証の為に書くことにしました。

 私が血液内科の病棟で一番感じた事は、過去二回の病棟より退院する患者が少ないことです。二人しか知りません。その内の一人は私自信です。他の一人は女性の高齢者でした。多くの入院患者が高齢者で中に若い人がいるときは癌患者でした。私の様な特殊(難病治療)患者は少ないと感じました。高齢者が多いため車椅子を使用している人が多く、同室の人は体調が良い時は院内のリハビリルームに毎日通うことになっていました。また病院内の売店に月に何度か杖の販売日がありました。高齢者が多くいる病室には、一時帰宅や退院後の生活の為に、介護保険の申請等で介護サービスを受ける為に市の調査員や介護支援専門員の方が来て面談や相談をしていました。比較的に体調が安定している患者や帰宅願望の強い患者には週末の一時帰宅が許可されていました。

 一時帰宅で高齢者を介護するのは奥さんであり同じ高齢者です。廊下の端で立ち話をしている入院患者の奥さんと女性看護師との会話では「私も高齢なので主人の面倒を看る体力も自信もありません。」と言っていました。私もその通りだと思いました。高齢の方が介護をして車椅子に人を乗せるだけでも大変だろうと思いました。

 ある日の深夜に喉が渇いたので自動販売機に行きました。その時通るナースステーションの中にベッドごと高齢の男性患者がいました。寝ながら両手を挙げて何かをつぶやいていました。次の「日の出」の観察の時もその患者はいました。同じ病室の患者が困るので不穏な行為をする患者はナースステーションで本当に完全看護されていました。

 また私の隣の病室は女性患者の部屋でしたがある日の深夜二時ごろ独り言を言っているのです。その内容は「よく来たね。あんたどうしてる、元気か。私も元気よ。」等を一時間ぐらい見えない誰かと会話をしていました。次の日も深夜二時ごろ独り言を言っていました。それ以降は聞こえてきませんでした。

 最後に私のベッドの横に入院されていた○○さんの事です。彼は高齢者で八〇歳前後だったと思います。今考えると癌の末期だったと思います。私より前に入院しておられました。彼は微熱が続き氷枕を一日に何回も交換していました。夜になると病室が静かになるので横に寝ている○○さんの息づかいの荒く苦しいのがよく聞こえてきました。

 ある日の午後(二時ごろ)転寝しそうな時間でした、その時窓から何か黒い影が私のベッドの上空をかすめて飛んでいった様に感じました。私は眠たかったので目の錯覚だと思いました。

 それから二、三日して何故か○○さんが朝から元気で微熱もなく付き添いの家族が来た時に「今日、Aさんを呼んでくれ」と依頼しました。その日の午後、Aさんが○○さんを見舞いに訪れました。女性の方でした。Aさんは○○さんを見るなり「早く元気になって、また旅行に行くよ」と言いました。○○さんはそれには応えず、「Aさん今までありがとうな。本当に楽しかったで」と言いました。Aさんは涙声で「何をゆうとるの。そんなこといわんといて。早くようなって旅行に行くんやで」そんな事があった次の日の夜からまた○○さんは、微熱が出て苦しんでいました。それから二日後の深夜に○○さんは息が苦しくてベッドから転落してナースコールを押しました。駆けつけた看護師は直ぐ○○さんをベッドに戻し当直の医師を呼びました。医師は人工呼吸器を取り付けました。そして横の看護師に「肺に水が溜まっている」と告げました。そして朝になり医師と看護師の総勢四人で○○さんをベッドごとICU(集中治療室)に運んでいきました。○○さんは二度と病室に戻って来ませんでした。

 ○○さんがいなくなった二日後の朝にベッドが搬入されました。その日の午後に私と同世代の人が入院して来ました。一〇年前に癌を治療したのですが再発したので。次の日から抗癌剤の治療を開始しました。

 私はその後、退院しました。

 今回の入院で、平凡な日常がどれだけ尊いかを実感しました。

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現代病床雨月物語      秋山 雪舟(作)      秋山 雪舟 @kaku2018

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