/02-10

「ユウ、もしかして貴方、元は軍属か何かなの?」

 僅か数分で七機の敵PAを、しかもたった独りで撃破したユウに対し、リンが驚きをもう隠すこともなくシート越しにそう言った。ユウはそれに対し、やはり彼女の方を振り返らないまま「否定はしない」と、戸惑う彼女に対しいつもの仏頂面のままで答えた。

「詳しい話はまた後でだ。あまり喋りすぎるな、さっきのように舌を噛む」

「アレはユウが言うの遅すぎたからじゃないのっ!」

「悪かったよ、それに関しては俺が悪かった。……ほら、お代わりが来た。警告はした、二度目はよしてくれよ」

「分かってるって……!」

 センサの反応と同時に、ユウたちの前に最後の一団が現れた。残った三機の有人機が、まだ生きている二機の無人機を引き連れて突撃を敢行してきたのだ。ローラーダッシュを全力で回し、大通りの路面が派手に削れるのも厭わず、白黒の塗装が施された治安部隊の≪翔雷≫が突っ込んでくる。

 ユウはそれを、仁王立ちしたままアサルトライフルで迎撃した。二十ミリの砲火と砲火が交錯し合い、互いの装甲を浅く削り合う。

「チッ」

 が、すぐにアサルトライフルは弾を切らしてしまった。さっきの奇襲で、弾倉内の弾を殆ど使い切ってしまっていたらしい。

 舌打ちをすると、ユウは仕方なく一時後退の選択肢を取った。ローラーダッシュを逆回転させながら敵の集団と距離を取りつつ、アサルトライフルの空弾倉を捨てる。後は左手で手繰り寄せた最後の弾倉をセットし、また牽制程度にパラパラと撃ちつつ、後ろ向きに走ったまま交差点を折れる。

 折れたところで急停止し、交差点のビルの陰に張り付くようにして隠れ、ユウは敵を待った。有人機はさておき、そこまで柔軟な判断の出来ない――言ってしまえば頭の悪い無人機ならば待ち伏せに容易に引っ掛かってくれるだろうと、そういう判断だ。

 とすれば、目論見通りに二機の無人機を先頭に、ユウの潜む交差点の方に敵が突っ込んでくる。ユウはニヤリとほくそ笑んだ。

 先頭の無人機が警戒もなしに交差点に突っ込み、ユウの目の前に現れる。そこに見舞うのは、展開した左手のトンファでの不意打ちだ。トンファの質量、そしてローラーダッシュで突っ込んできた敵の勢いを最大限に利用すれば、ただトンファを突き出しただけで≪翔雷≫の胸にトンファが左腕ごと、深く深く突き刺さる。

 トンファを突き刺したまま、ユウはその沈黙した機体を盾にするようにしつつ、右手のアサルトライフルを斉射。少しの間を置いて突っ込んできた最後の無人機も撃破するが、しかしユウの待ち伏せに気付いた有人機たちには逃げられてしまう。

「後は肉入りの三機だけか」

 後退する最後の三機を遠目に眺めつつ、ユウは≪飛焔≫の左腕を振り、トンファに食らい付いていた残骸を力任せに払った。ガシャンと派手な音を立てて、胸部の貫かれた≪翔雷≫が歩道に叩き付けられる。

「……あと五分、あと五分で皆、逃げ切れる」

「善処してみせるさ」

 リンの言葉にユウは答えながら、ビル陰より≪飛焔≫の半身を出しつつアサルトライフルを斉射し、敵の動きを牽制する。有人機だけあって警戒し、中々顔を出してはくれないが。しかし動きを封じることぐらいは出来る。

「来たか……!」

 としているのも束の間のことだった。両手に大きなシールドを携えた一機を先頭に、残りの三機が一列になって突撃を敢行してくるではないか。まさかここで攻勢に転じてくるとは考えていなかっただけに、ユウは少しだけ驚く。

 驚くが、それだけだ。冷静に状況を判断し、ユウはアサルトライフルを撃ちまくって迎え撃つ。だが豪雨のように降り注ぐ二十ミリ・徹甲榴弾は、先頭の奴が構えたシールドに弾かれてしまい、思うような効果が出ない。派手に跳弾の火花を上げるだけで、まるで有効打は与えられない。

 そうしている内に、アサルトライフルの弾が切れてしまった。もう予備の弾倉はない。ユウは潔くそれを投げ捨てる。

「弾切れ……!? ユウ、どうする!?」

「何とかする」

 焦燥するリンとは対照的に、ユウの方はこの状況下にあっても冷静さを崩してはいなかった。

 深紅の≪飛焔≫は左手のトンファを展開。それと同時にフリーになった右手は、腰に据えられたナイフを手繰り寄せる。飛び道具がなくなった以上、後は格闘戦でどうにかするしかない。

 ローラーダッシュを起動、路面を滑走し敵の前へと躍り出る。正面から突っ込んできたシールド持ちは上手く勢いを利用して……それこそ合気道の要領で受け流してやった。

 するとユウはそのまま敵に突っ込み、シールド持ちの後ろに隠れていた一機に対し、すれ違いざまにトンファを腰に向かって勢いよくブチ当てた。お互いこれだけの逆ベクトルへ向けた速度が乗っている中、まして質量の大きなトンファが直撃したのだ。PAの装甲でもこの衝撃には耐えきれず、トンファを喰らった≪翔雷≫は腰から上が文字通り千切れ飛んだ。

 別離した上半身が路面に落下する。それを一瞥することもなく、ユウはそのままローラーダッシュで強引に向きを反転させ、シールド持ちでないもう一機の≪翔雷≫の背中目掛けてナイフを投げた。高周波振動のブレードが背中に深々と突き刺さり、眼に見えないほどの速度と細かさで震える切っ先はコクピットにまで到達。中のパイロットをぐちゃぐちゃの挽き肉にして絶命させれば、動きが止まった≪翔雷≫が前のめりに倒れる。

「ユウ、前っ!」

「来たか……っ!」

 上半身だけで転がる奴にトンファを叩き付けて始末していると、反転し再度勢いを付けてきたシールド持ちの奴が、またユウたち目掛けて突っ込んできた。流石に今度は避けきれず、≪飛焔≫はそのまま正面からぶつかってしまう。

 とすれば、コクピットを襲うのは強烈な衝撃だ。交通事故かってぐらいの凄まじい振動がコクピット全体を揺らす中、リンが「きゃっ!?」と小さな悲鳴を上げた。

 見ると、彼女はコクピットの端に軽く頭をぶつけ、切った頭皮から血を流しているではないか。綺麗な黒髪と白い肌が血に濡れ、台無しになってしまっている。

「心配は無用だ、リン。大した怪我じゃない。頭の傷は派手に見えるものだ」

「知ってるよ、それぐらい……痛っ」

 一応案じたつもりなユウの言葉に気丈に返せば、リンは「それよりユウ、早くやっちゃって!」と操縦桿を握る彼に向かって叫ぶ。

「言われなくても、そのつもりだ」

 ユウはローラーダッシュ同士で大きな鉄塊めいたシールドと押し合う最中、展開していたトンファを仕舞い、左手でもう一本のナイフを手繰り寄せていた。

 手繰り寄せたそのナイフを鋭く足元に投げ、押し合うシールド持ちのPAの足を刺し貫き、地面と文字通りの釘付けにしてやる。ローラーダッシュ機構までもが破壊されたシールド持ちの≪翔雷≫は、片足のトルクを失い。そのままバランスを崩すと、ひょいと半身を逸らしたユウの≪飛焔≫が避ける傍らで、前のめりに鳴って派手に倒れ伏した。

 無防備な背中を見下ろす形で跨がり、ユウはその背中に向かってトンファを叩き付け、始末する。派手な破砕音が雨に濡れる街に木霊すれば、中のパイロットは圧死し。最後に生き残っていたそのPAも、二度と動かなくなった。

「――――これで、一二機全部だ」

 死骸のようになってあちこちへ無残に転がる≪翔雷≫たちの残骸を一瞥し、ユウはいつもの仏頂面のまま、さも当然のようにひとりごちていた。

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