第18話

「あなたたち、どういうつもり? 私達をこんなところにおびき寄せて何するってのかしら?」


 リリスはケツァルの自己紹介を聞くや否や、質問する。


「……オレの父……、龍王アトル様は東の勇者との一騎討ちをお望みになっている……。そのために貴様らを呼び寄せたというわけだ……」

「シェルドくんと一騎討ちですって!? そんな危ないこと……嫁入り前のシェルドくんにさせられるわけないでしょ! やるってんなら、私も相手になるわ……。あなたたち、私が誰か知ってるんでしょ? ただじゃ済まないわよ……!」

「……そうなるだろう……と我が父は睨んでいた……。故に我ら兄弟に貴様の相手をするよう命じられたのだ……」


 リリスはケツァルと会話しながら、なぜ、龍王アトルがこんなまわりくどいことをしているのか、考えていた……。昔、奴と会った印象では、わざわざこんなところにおびき寄せずに、自ら東の都に来て東の勇者を呼びだすはずだ……。そうすれば、わざわざ協定を破るような真似をせずとも、東の魔王国内で堂々と決闘ができる。それに、東の勇者が怖気づいて呼び出しに応じなければ、つまらない人間だと興味をなくす……。龍王はそういう気性の持ち主だったはずなのだ……。


「なんでか知らないけど……、えらく東の勇者に……シェルドくんに固執してるのね……。……はっ!? そうか……、そういうことだったのね……!」


 リリスが思考し、リリスなりの一つの答えに辿りついた時、東の空から爆音とともに超高速の飛行物体が草原に飛び込んできた……。巨大な衝突音と砂煙の中から現れたのは巨大な三体の龍よりも、さらに巨大な龍……。龍王アトルである……。明らかに雰囲気の違うドラゴンの登場に、アルカとシェルドも臨戦態勢を取った。しかし、龍王は動じることなく、ゆっくりとリリスに話しかける。


「久しいな……。西の魔王リリスよ……。おっと、今は『元』であったか……」

「……なんで、ドラゴン語で話しかけるのよ!」


 リリスは龍王を見上げるようにして話す……。アルカとシェルドは龍王とリリスの会話の内容が分からないでいた……。それもそのはず……、リリスが言うように、龍王はドラゴン語を話しているのだ。しかし、龍王は魔族、ヒトそれぞれに伝わる共通言語ももちろん使える。なぜ、ドラゴン語で話しかけて来るのか……、理由はひとつだ……。


「アルカちゃんとシェルドくんには聞かれたくない話をしたいってわけね……。ま、こちらとしても好都合だわ……。まだあの子たちに私が魔王だってことは知られたくないから! 交換条件ね。私もあなたが隠していることをあの子たちに話さない。アンタも私の正体をあの子たちに話すんじゃないわよ!」

「……わかった。承知しよう……。しかし、正体を隠して、眷属も連れずに旅をしているとは貴様も変わっている……」

「フーンだ……! 変わってると言ってもあなたほどじゃないわよ!」

「我ほどではない? それでは我が変わっているようではないか……」

「当たり前じゃない。あなたは変わってるわよ……。あなたがシェルドくんを狙ってるのはお妃にするためでしょ! 聞いたことがあるわ! ドラゴンの中には、人間を嫁にする変わり者がいるって話を……! まさかあなたがそんな趣味だったなんてね……。おかしいと思ったのよ! あなたがこんなまわりくどいことをするなんて……。街中で求婚するのが恥ずかしかったのね……。でも、シェルドくんを渡すわけにはいかないわ! あの子は私の息子……、アーくんのお嫁さん候補なんだから……!」

「アホか!? 誰がそんなことするかぁ! 我は妻一筋だ! そもそも我は人間にその類の感情を抱いたことはない!」


 アトルは大声でリリスの言葉を否定した。


「え……。違うの? 嘘……」

「違うわ……! ……相変わらず独特な思考回路を持っているな、貴様は……」

「だったら、なんでこんなことしてんのよ! 私が知ってるあなたの性分なら協定を破ってまで……街を襲って私達をおびき出すなんてことしないはずよ……! シェルドくん一人呼ぶなら、挑戦状でも送るなり、自ら呼びに行くなりするタイプの龍でしょ。あなたは!」

「フン……。確かにそうだな……。我らしくない行動ばかりだ……。もちろん、こんなことを……街を壊すようなことをしていることには理由がある……」

「……どんな理由があるか知らないけど、話はまた今度、聞いてあげるし、シェルドくんとの戦いを望むならやらせてあげるわよ……。でも今日のところは帰りなさい……。帰るなら、協定を破ったことを見逃してあげるわ……。幸い、人間側に死者は出てないみたいだし……。これ以上やるってんなら、あなたを殺さなきゃいけなくなるわ……」

「殺す、か……。それは好都合だ……。……帰ることはできん……。我は死に場所にここを選んだのだからな……」


 リリスは竜王の言葉に眼を丸くした……。


「死に場所に選んだってどういうことよ!?」

「この世界はようやく、閉塞から脱しようとしている……。いや、この機を逃せば二度と閉塞から解放されることはないかもしれぬ。まさに奇跡が起ころうとしているのだ……」

「なに、訳わからないこと言ってるのよ?」

「お前が……、お前たちがきっかけとなろうとしているのだ。この世界の閉塞を解くカギになろうとしている……。すべてはお前とヨルムンガンドの杖の勇者が牛魔王を倒したことにある。この五千年の間、我は世界を見続けてきた……。……初めてなのだ。勇者と呼ばれる存在が同時代に現れる事態は……」

「なんなのよ! 意味分からないことばっかり言って! ていうかあんた十万年以上生きてるんじゃないの!? なによ、五千年見てきたって。もっと長い間見ているでしょうが!」

「確かに貴様の言うとおりだ。我は十万年生きている……はずだった」

「はずだった……?」


リリスは竜王の発言を訝しむ……。


「……リリスよ……。貴様は我が東の魔王国の更に東側に行ったことがあるか?」

「あなたが支配しているんだから行ったことあるわけないじゃない!」

「……それもそうだな……。……では質問を変えよう。貴様は自分の国である西の魔王国、その西側に行ったことがあるか?」


リリスの眉がピクッと反応する……。龍王アトルはリリスの反応を見逃さない。


「……どうやら我が東の魔王国と状況は同じようだな……。我は貴様が牛魔王を倒してから北の魔王国のさらに北側に行こうとした……が、結果は貴様の想像する通りだった……」

「……その言葉に偽りはないのね……?」

「ああ、ない。それ故、我は同胞たちのため、自らの死を選んだのだ。同胞たちに真の命を吹き込むために……」

「真の命……? ……あなたが死ぬことで何が起こるというの?」

「……正確には我が死ぬことに意味があるのではない。東の勇者が誕生することにあるのだ。シェルドとか言う小娘……、貴様と接触したことで技量を積み、真の『ドラゴンの盾』の所有者になりつつある……。ヨルムンガンドの杖の真の所有者となった、そこの赤髪の娘と同様にな……」

「あなたが言うことホントにイマイチわからないわ……。でも何か考えがあるのね……」

「ああ……。リリスよ……。我が死んだ後、南の魔王国の魔王に会いに行くとよい。奴もまた『アレ』を持っておる……。皆まで言わなくとも貴様なら理解できたはずだ……」


またしてもリリスの眉がピクッと反応する……。


「全てお見通しってわけね……」


竜王はうなずくと厳しかった表情をさらに厳しいものに変える……!


「我が最後の戦い! がっかりさせてくれるなよ! 東の勇者シェルド……、そして西の魔王リリスよ! 貴様らが不甲斐なければ我は死ぬことができん……。……逆に貴様らを殺すことになるかもしれんからな……!」


 龍王は雄叫びを上げる……! 雄叫びは振動となり、大気を媒介にしてアルカとシェルドにもビリビリと伝わる……。


「上等よ……。私と私のレッスン受講生第一号と第二号をなめるんじゃないわよ!」

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