第16話
翌日以降もリリスとシェルドの特訓は続いた……。シェルドも伝説の武器『ドラゴンの盾』に選ばれただけのことはあり、メキメキと実力を付けていった……。
「くっ!? は、速いじゃない……」
特訓を付け始めてから、2週間が過ぎた。シェルドの身のこなしは日を追うごとに良くなる。この日ついに、リリスでさえ避けることができなくなり、シェルドの模擬刀を腕で受け止めることになったのだ……。
リリスは心の中で、「こ、この子……。もう、牛魔王より強くなっちゃったんじゃないの?」と呟く……。それくらいにシェルドの成長速度は凄まじかった。
シェルドはこの短期間で、必要最低限の魔力で最大限の効果が発揮できるように身体強化魔法を操ることができるようになっていた。移動の時は足のみを、攻撃の時は腕のみを強化する、といった具合だ。更に言えば、魔力量も格段に上がっている。もちろん、アルカ程ではないが、その辺の三流魔導師よりよほど多い魔力を持つようになっていた。要因はリリスと修行していることにあるのだろう。リリスという強大な力を持つ者と訓練を重ねることで、自然と腕前が上がっていったのだ。高いレベルの者と研鑽をともにすれば、低い者は引き上げられる。まして、二人は魔王と勇者なのである。その効果は計り知れない……。
「はい、今日は終わり!」
「先生、ありがとうございました!」
シェルドはリリスにお礼の挨拶をすると、そのまま居残りで素振り練習をし始めた……。シェルドは根がまじめなのだ。短期間で急成長できたのはシェルドが元々持っていた性格のおかげでもあるだろう……。
リリスは「ふう」とため息をつき、庭園内のベンチに腰を置く。そこにアルカがコップを持ってやって来た。
「師匠、お疲れ様です。はい、お水」
「ありがとう、アルカちゃん」
「どうですか? シェルドくんの様子は……」
「凄いわよ。あの子……。近いうちに私、負けちゃうんじゃないかしら……」
「そ、そんなにですか!?」
「ええ……。あ、もちろん体術だけで勝負したら、の話よ。魔法ありなら余裕で私の方が強いから! ……それより、アルカちゃん、最近太ったんじゃない?」
アルカはギクっとしてリリスから目を背ける。
「今はシェルドくんに付きっきりだから、アルカちゃんのレッスンは自主に任せているけど……ちゃんとやってるんでしょうね……? シェルドくんのレッスンがひと段落ついたら地獄を見せてあげるわよ?」
リリスは邪悪な微笑みでアルカに視線を向ける……。アルカは苦笑いしながら、それに答えた。
「リリーさん……。訓練ありがとうございます……。日に日にシェルドがたくましくなっているのがわかります。……女の子なので、手放しで喜んでいいのかは判断が難しいですが……。とにかく、お礼を申し上げたい……」
「い、いえ! こんにちは! イルドさん!」
リリスはイケメンの声に……イルドの声に過剰に反応し、声を裏返しながら挨拶する……。隣にいたアルカは「普通にすれば良いのに……」といつもの突っ込みを心の中で実施する……。
「……失礼ながら、あなたとアルカさんの素性を調べさせて頂きました……。只ものではないとは感じていましたが……、リリーさん、アルカさん、あなた達お二人は北の牛魔王を倒した勇者だそうではないですか! 驚きましたよ!」
「ええ!? な、なんでご存知なんですか!? 目立ちたくないから、表彰も固く断って名前も出さないようにしてもらったのに……」
「ははは……! こう見えても私……ガード家は名門の貴族なのですよ。調べようと思えば、いくらでも調べられます」
リリスは「なるほど」とうなずく。アルカは「え? 怖……」と少し引いていた。イルドは話し続ける。
「シェルドの講師が、勇者ならばこれほど心強いことはありません……。是非、今後ともご指導をお願いしたい……。そして……勇者であるリリーさんとアルカさんには耳に入れて頂きたい情報があります……」
先ほどまで笑みを浮かべていたイルドは一転して、少し曇り顔になる……。
「一体なんですか? 私達に伝えておきたいことって?」
「ご存知のとおり、ここ東の都は、東の魔王国と隣接している地域……。ですが最近東の魔王国に奇妙な動きがあるのです……」
「奇妙な動き?」
「ええ……。偵察兵と思われるドラゴンがこの東の都方面を窺っているらしいのです……。……知っての通り、東の魔王国は龍王が支配しております。しかしこれまで、東の都を……連合国を襲うような素振りを見せることはなかった……。偵察のような行為をすることも……。はっきり言って異常なのです……」
リリスは顎に手を当て思索に耽る……。四大魔王国、東の魔王『龍王アトル』……。当然リリスは面識がある……。粗暴な牛魔王やクソガキの南の魔王と比べれば、非常に落ち着いており、話しやすい相手だった、とリリスは感じていた。魔王国間の協定もしっかり守っていて、領土内に入った人間には容赦しないが、自ら人間の国に……連合国に手を出すような人……もとい、龍ではない……。そんな龍王が偵察をしていることにリリスは違和感を覚えた……。
ちなみに、東の都が連合国内で一番栄えているのも龍王がいたからである。龍王が狙ってそうしたわけではない。強力な東の魔王国が隣接しているため、他の魔王国やはぐれ魔族がちょっかいを出してこない。かといって、隣接する東の魔王国も協定を守って攻めてこない。それによって平和な時代が長年続いていたために繁栄することができたのである。
「確かに妙ですね……」
リリスはイルドに与えられた情報に首を傾げる。
「リリスさん、これは私の憶測です。心配性と笑っても構いませんが……、龍王はシェルドが『ドラゴンの盾』の所有者になったことに気付いたのではないでしょうか……。そして、抹殺せんと偵察しているのでは……」
リリスは再び思考する……。「あんなにドンと構えていた龍王が勇者を恐れてそんなことをするだろうか……。どうせやるなら、すぐにでも飛んできてタイマンを挑む……。そんな気性の持ち主だったはずだ……」と。しかし、イルドが不安に思う気持ちも理解できるリリスは安心させるため、こう答えた。
「イルドさん。大丈夫ですよ! 考え過ぎだと思います……。それにもし、龍王が攻めてきてもシェルドくんは私が守ります」
リリスは満面の笑みをイルドに向ける。
「私は東の魔王の二倍は強いですから……!」
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