第47話憧れのSランクパーティー②

「拙いな。方向を変えない」


 『千の宴』斥候、レックは木陰を背にオーガの群れの進行方向を見張る。


 動き出したオーガの群れの進行方向を変えようと数回戦闘を繰り返したが、その周りの数匹が足を止めただけで群れの方向は一切変わらなかった。

 群れが動いた時に見つかったと思っていたが、どうやら目的があって動き出しただけの様だ。

「一度状況を伝えなきゃならんな」とレックがつぶやいた時、目の前に小さな少女が膝を突いた。


「戻りましたっ。『千の宴』の皆さんはこっちに向かってます」

「そうか。どうやらあいつらは目的があって動き出しただけの様だ。お前の責任ではない。町に戻り状況報告を頼む」


 その言葉に彼女は首を横に振った。


「それなら大丈夫です。そっちにはラーサたちが向かったので」


 その真剣な目に命を賭けに来たと書いてあった。

 彼は「そう言えば、Bランクだったか」と一人つぶやく。


「仕掛けるのはイエローまで。約束出来るか?」

「はい。それ以上はこのナイフでも厳しいでしょうから」


 能力や覚悟に問題は無い。ならばこの状況下ありがたい限りだとレックは頷く。


「では、応援を頼む。どうせ進行方向を変えないなら今が逆に削り時だ。『隠密』」

「はいっ! 『隠密』」


 彼らは消えては現れ、光の反射の様な攻撃を繰り返した。

 イエロー以下に絞ったとは言え、二百を超えていた群れが僅かに萎むくらいの猛攻だった。

 だが、体力はそういつまでも続かない。


「そろそろ、一度休む。間違ってもパーティーが揃う前に動けなくなる訳にはいかないからな」


 サシャに声を掛けて巨木の枝に腰を下ろす。それに続いた彼女も同様に腰を下ろした。


「次のタイミングはベインとライルが突っ込んだ後だ。俺達は二人のサポートに徹する。リンの魔法発動にも気をつけろよ。声は掛けるが間は置かないからな」

「はいっ」


 サシャは絶望から一転、高揚していた。

 自分と同型の戦闘型の斥候と共闘と言うのもそうだが、それが憧れの『千の宴』で自分がずっと目標としていた人というのだから無理も無い。

 何より、この巨大な群れを一時と言えど翻弄したのだ。気持ちが高鳴るのも当然だろう。

 次の出番まではとその心地よい気分に身を任せていた。


 そんなひと時だった……


「中々好いスタイルだ。生きて帰れたら色々教えてやる」


 突如、かけられた声に彼女は目を見開き、見る見ると顔を赤く染めていく。


「ひゃっ、しょ、しょんなことないです。お、おこちゃまだってよく言われ……」

「い、いや、待て。戦闘スタイルの方だ。まあ、そっちも可愛いとは思うが……」


 少ししどろもどろする二人、その空気を打ち消す様に声が響いた。


「レック! 無事か!?」

「問題ない! だが、どうやら敵の狙いはこっちじゃなく街の方の様だ」

「……っ!? 最悪じゃねぇか。分かった。取りあえず止める。動けるな!?」

「ああ、小さな応援もいる。中々優秀だ。安心して突っ込んでいい」


 リーダーとレックのやり取りが終わると、ベインが声を荒げ特攻する。


「おらぁぁっ! 無視してんじゃねぇこのクソ野朗がっ!」


 『シールドバッシュ』で敵を吹き飛ばし、進行方向へと転がした。

 その行為でオーガ全員の向きが彼へと変わる。


「お、おお……全員じゃなくてもいいぜ?」

「何馬鹿やってるの。行くわよ!」

「はっ!? うぉぉぉぉ、ちょっとまてぇぇぇぇ」


 後方に全力疾走するベインを待たずして『ファイアーストーム』が放たれた。

 森の中だが、山火事よりも大惨事の瀬戸際。気にした様子も無く撃たれ燃え盛る。

 今の所入る隙が無いサシャが「凄い……」とぽつりと呟く。


「ああ、あんな感じなんだ。魔法の発動には本当に注意してくれよ」

「えっ、あっ、はい……」


 斥候二人が会話する中、ライルが『飛翔閃』で更に数を減らす。

 レックが全体の動きを見て声を上げた。


「一度、引こう。こっちを追う様なら時間稼ぎになる」

「そりゃぁいい。仕切りなおしで開幕魔法が一番楽だからな」


 と、斥候を残しマジックポーションを口にしながら走り出す面々。

 だが、少し離れるとやはり群れは進行方向を街の方角に戻した。


「この場所じゃ魔素が、足りないのかも……」


 サシャの呟きにレックも応える。


「それが一番濃厚か。ならば足止めは無理だな。次は深く突っ込む。援護は手はず通りに」

「分かりました。レック様」


 二人は再度『隠密』で消えて、各々サポートする相手に陰ながら張り付いた。



 ◇◆◇◆◇



「始まったみたいだね。さて、どうやって援護したらいいのやら」


 大迷宮で育った彼女は大規模戦闘の経験などない。

 邪魔になるのだけは避けようと必至に考えをめぐらせていた。


「ランス。そろそろ出てきて」

「いや、だから居ないっすよ」


 ミラはキョロキョロと辺りを見渡し目を見開いた。


「まさか……本当にいないの!? 許せない!」

「いやいや、普通いないっすよ?」


 と、アホなやり取りを交わす二人を見て、やっぱり帰った方が良かったかと気をもむラーサ。


「あれだね。彼らの後方に付こう。こっちには最強のポーションがある。補給部隊になるのが一番有効だろう」

「後は零れたグリーンオーガを倒すくらいはできるっすよね」

「ら、ランス!? おーい!」

「いい加減にしな。ランスさんがもし居るならもう出てきてる。それくらいは分かるだろう?」


 ったく、嫌いな相手にどんだけ依存してんだかと悪態を吐く。


「あらあら、うふふ。私の出番のようですわね」

「びびって帰ったんじゃないんすか?」

「あんた、どんどん失礼になるわね……仲間思いの聖女たる私が逃げるわけ無いじゃない」


「性行為の方の性女っすね……」とハルがポツリと呟く。

「イケメンが居るものな?」と、くつくつとラーサも同意して笑う。


 気持ちを持ち直した二人だが、打って変わってミラが絶望に顔を歪ませていた。


「そ、そんな事よりどうるすの? ランス居ないと勝てない」

「『千の宴』に賭けるしかないね。後は氷槍の杖がどこまでいい仕事するか」

「私がでしょう!」


 いつもなら無視するところだが、ラーサはアーミラの肩に手を当て、言葉を返した。


「そうだ。この戦いはアーミラに掛かってるんだ。だから全力で打ち続けな。魔力残量は気にしなくていい。杖を回して撃ちまくるそれがベストだ」


 正面からこういう頼られかたをしたのは初めてだった。

 彼女は少し面食らった顔をしつつ頷く。


「そうね。分かったわ。杖の貸し出しは今回に限り許します。でも功績は私のものよ?」

「ハイハイ、頼んだよ」


 一向は『千の宴』の後衛、リンの場所を目指して移動する。

 直ぐに前線に辿り着き声をかけた。


「応援に来たよ。と言っても後方支援とか、物資補給くらいしか出来ないけどね」

「え? あれ? じゃあ、街への報告は誰も行ってないの?」

「えっ、私らが行くなんて話し聞いてないが……ハル、ミラを連れて戻れるかい?」

「それじゃダメよ。そっちのパーティーの最速は誰?」

「町までってんなら私だね。サシャは長距離に弱いから」


 その時だった。


 前線から悲鳴の様な叫び声が聞こえて来たのは。


 目を向ければ、リーダーであるライルが胸から血を噴出させていた。

 体の中が見えるほどに深い切り口、もう助からない事が一瞬で見て取れた。

 彼を引き裂いた黒い影は群れにまぎれて見えなくなっているが恐らくブラックオーガだろう。


「ラ、ライルぅぅっ!!」


 本当ならばもう既に魔法を撃って離れていたはず。だが、街への報告も一刻を争う重要事項。

 ラーサたちとの会話が詠唱を妨げてしまった。

 酷く動揺して魔法の準備すらしていないリンに、数が多く対応しきれなくなっているベインと斥候二人。状況は絶望的に思われた。


「全員後退しなさい! 最強魔法を放つわ! 『アイスランス』」


 なだれの様に凄まじい数の氷の槍が地に突き刺さる。

 ライルが居る地点はしっかり外して撃っている。

 それを見たラーサが一目散にライルの下へと走り周囲のオーガに『パワースラッシュ』を決めて吹き飛ばした。


「最上級の上を行くポーションだ。飲みな」

「いや……流石にこりゃ……無理だろ……内臓出ちまってる」


 即死しなかったのが不思議なくらいのダメージだ。

 わき腹から腹部にかけて爪撃により抉り取られている。

 遠慮するライルに苛立ち、周りを確認しつつも声を荒げる。

 幸い魔法が続いている今、まだ魔物は防御体制をとっている。


「いいから早くしな。飲んだほうがぶっ掛けるより効果が高いんだから」


 口に突っ込み、無理やり飲ませると彼の体が淡い光に包まれた。 

 その輝きが収まるのを待たずしてライルを抱えて走る。


「アーミラ、一度ストップだ。皆聞こえたね!? このまま距離を取るよ。仕切りなおさなきゃ立て直しが厳しそうだからね」


 回り込まれない様、側面を守っていた斥候の二人も切り上げて距離を取る。

 ラーサからライルを受け取ったリンが震えた声でお礼を告げた。

「いいから走れ」と捲くし立て草原の広場まで戻ってきた一行。 


「おいおい、何飲ませたんだ? まさかアンデットになったとか言わねぇよな?」


 もう普通に立ち上がり、体の確認をしているライル。


「恩人に馬鹿いってんじゃないよ。最上級の上を行くポーションだって言っただろう?」


 説明を受けてもなお信じられないと唖然とするライルにすがり付き泣くリンから「ありがとう……本当にありがとう」と掠れた声が聞こえた。



 そのやり取りを交わす中、高い木の上で斥候同士のやり取りが進んでいた。

 群れの同行を監視しつつ、言葉を交わしている。


「ごめんなさい。帰るって言っていたからそれで伝わると思って……」

「責めてない。だが、急いで行かねばならない。それも速度を出せる者がだ」

「私、ですね。分かりました。でも報告したら戻ってきます」

「ならば、それまでには終わらせておくとしよう」


 サシャは、少し困った笑顔を一つ向けると即座にその場を走り去った。

 それと時を同じくして激しい咆哮が辺りに響き群れの進行方向が変わる。


 そして、その薄くなった群れの後方に、黒い固体が見えた。


 その姿を確認した瞬間、レックは音も無くその場から姿を消した。




 リンの様子も落ち着いた頃、ふわりとレックが姿を現す。


「群れがこちらを向いた。先ほどの咆哮はブラックオーガだ。これで足止めは成った。どうする?」

「どうするって言ったって知らせに行ってねぇんだろ?」


 やる以外に選択肢があるのかとライルは問う。


「そちらは小さな彼女に向かってもらった」

「そうか。それならこのまま南に引き連れて巻くか?」

「それが出来れば楽だな。群れは削れた。応援のSランクが到着すれば危険は減るだろう」

「おいおい、ここまで来て逃げんのかよ。これじゃどっちがSランクパーティーかわからねぇぜ?」


 ベインの言葉に珍しくレックの言葉が詰まる。

 ライルがそんな緩い状況じゃねぇだろうがと後ろ頭を掻き、リンが牙を向く。


「ライルが死に掛けたのよ! あんたそれでも仲間なの!?」

「いや、それお前が魔法撃たなかったからだろ? 俺らもかなりきつかったんだぜ」


 そう言われてしまうと返す言葉がないリン。

 その場の優先事項の判断を間違えたのは確かなのだから。


「っと、着ちまったみたいだよ。さすがにここからじゃハルやミラが追いつかれちまうね。アーミラ、どのくらい撃てる?」

「後10くらいかしら」

「なら杖かしな。今が一番いいタイミングだ。私は打てるだけ撃っちまうよ」


 アーミラから受け取るとラーサが『アイスランス』を連発する。

 立ち止まって防御体制を取るが、お構い無しに貫いて行く。


「おいおい、さっきも思ったがホントすげぇな。どうなってんだ?」

 と、ベイルが思わずといった風に呟く。

 だが、その信じられない現象は追い風と言えるもの。

 『千の宴』の面々は驚きながらも自然と笑みを浮かべた。


 十発ほど撃った後、ハル、ミラへと渡され普通の冒険者ではまず見ることが無いほどの魔法が放たれ続けた。


「私の『アイスランス』より強力ね」

「ああ、魔力余剰分はあんたらも打ってくれ」


 杖を渡し、向かってくるオーガの先頭が次々に倒れて行く。

 杖が全員に渡り、アーミラの手に戻る頃には残り10程に減っていた。

 だが、残ったのはレッドとブラックのみだ。

 さすがにブラックは避けるし耐える。レッドも上手く狙わないと避けてしまう。

 数発はブラックにも当ってくれたのが幸い。

 ブラックを含め結構な手傷を負っていた。


 ラーサではレッド一体の相手も無理だ。運よく出来ても時間稼ぎがせいぜいな所。


「悪いけど、私らが役に立てるのはここまでだ。レッドの相手すら厳しいからね」

「十分だって。だが、ブラックの相手は俺達でも厳しいんだよなぁ」


 打ち止めだと気がついたのか守りから攻めに転じたオーガ。

 それを何故かブラックオーガが止めた。

 そして、街の方角を向き咆哮をあげる。

 

「仕方ない。俺が行こう。その間に街に戻れ。逃げ切れる可能性があるのは俺くらいだからな」


 存在がばれている常態では格上に『隠密』は効きづらいが、それでも彼らの中ではレックがダントツに速い。

 それでも群れがそがれて全速力を出せるブラックオーガを振り切れるかは分からない。

 レックは覚悟を決めたと強い視線をライルに向けた。


「おいおい、らしくねぇな。何だよ、あのお譲ちゃんにいい所見せたいってか?」


 ニヤリと汚い笑みを浮かべてレックを煽るベイン。


「全くだな。幸い、リンの魔力を温存させて貰ったんだ。俺達はまだ戦える状態にある。なのに仲間を置いて逃げろってか?」

「……嫌だけど、レックを見捨てたら、胸を張って生きられなくなっちゃうものね」


 涙を滲ませ杖を握り締めるリン。それを誇らしげに抱き寄せたライル。

 それを見たアーミラとベインが舌打ちをする。二人はおやっと目を合わせた。


「いいのか。今までで一番と言えるほどに無謀な戦いだぞ」

「いいも何も、もう始まってるだろう。引けないだけだ」


 やり取りを呆然と見ていたラーサが我に返り歯噛みする。

 自分はまだ、この中に混ざる事すら許されないレベルなのだと強く実感させられて。

 だが、考えれば、まだ手を出せる所があった事に気がつく。


「なら、私らも後方支援させて貰うよ。ポーションはまだあるし、アーミラは少し魔力を残してる。無理すれば全員後一発くらいはいけるだろうしね」


「今の内に持っておきな」とラーサはベインとライルにポーションを一本渡す。


「ありがてぇ。にしても、準備が整うまで待っててくれたのはありがたいが、何してやがるんだ?」


 町の方角に咆哮を上げてからこちらに唸り声を上げているだけで攻めてこない。

 こんな事を魔物がするのは初めてだ。


「確かに変だね。このまま全員で後退してみないかい? ついてこなければ万々歳だろう?」


 ラーサの案は受け入れられた。

 見晴らしのいい草原をそのままに後退する。

 だが、オーガは付かず離れずに追って来て取り折咆哮をあげる。

 そんな気持ち悪い状況が続いた。


「ありゃ、何か目論見があるな。先に潰すべきだと思うが?」

「ああ、異論は無いよ。無駄な手間かけちまったね」

「そんな事は無い。だが、贅沢を言わせて貰えばレックに足止めを頼めば上手く行ったかも知れないのが悔やまれるって所だな」

「おいおい、終わったことを愚痴愚痴言うなよ。おら、行くぜ!」


 ベインが盾を剣の腹でガンガン叩き前に出た。

 その勇ましい姿に頬を染めたアーミラが声を上げる。


「ベインさん! この戦い、私を守りきれたらこの体好きにしていいわよ。私一杯頑張っちゃう」


 いきなりで、あんまりな発言に皆口をポカンと開けた。

 だが当人のベインはそれに順応して見せた。


「なん……だと……やる気が漲ってきたぜ。今日は宴だ! ぜってぇ勝つ!」

「おい、出過ぎるなって。ははは、こんなピンチだってのにお前馬鹿じゃねぇの!」


 変なテンションがライルにも感染した。

 アドレナリン過剰分泌のハイな状況だろうか?

 それは彼らにとっていい状況を作り出した。

 二人とも動きのキレがいい。

 ハイにはならなかったものの緊張の抜けたリンやレックも同じ事。

 万全の体制のSランクパーティーの動きを見せた。


「やっぱり凄いっすね。Sランクって」

「うん。レッド全部倒しちゃったね」


 一番場違いな二人は戦況を見つめ久々に声を出した。

 隣ではリンの高速詠唱が続いている。

 魔法の使い方が巧妙だった。足止めであり攻撃でもある。詠唱の待ち時間があってなおそのタイミングに合わせて放つのだ。

 それを見たアーミラが「負けた」と声を漏らす。


 残す所ブラックだけ。いけるかも知れない。そう思わせるだけの勢いがあった。


 はずだった。


 ずっとレッドに任せ回復に徹していたブラックオーガが動き出す。

 今すぐ喰らってやると言わんばかりの獰猛な笑みを浮かべて。


 巨体に祖食わぬ速度で動き出し、ベインを殴りつけた。

 ギリギリの所で反応して盾で受けたが、吹き飛ばされて地をゴロゴロと転がる。

 だが、意識とやる気は途切れていない様だ。転がった勢いのままに立ち上がり再び距離をつめに走る。


「クソッ、歯痒いね……もっと私らに出来る事は無いのかいっ」

「この杖でも決定打にならないんだから仕方ないじゃない……」


 アーミラは杖を構え、撃っていいタイミングを見計らい続けている。 

 動きが早く当てる自信が無い。かと言って無駄玉撃てるほど魔力も残っていない。

 一つも撃ててない状況が続いていた。


「私が手で合図を出すから、狙って撃って。当らなくてもいい」


 リンが詠唱の合間を縫って早口で指示を出す。

 そのおかげで待ち時間を無視した援護射撃が出せるようになる。

 ライルの『飛翔閃』リンとアーミラの魔法が着実にブラックオーガにダメージを負わせた。

 それでも倒れない。吹き飛ばされ続けるベインはポーションも尽きていてそろそろ限界に見えた。


「ランスが片手間で倒したブラックオーガがここまでの強さだったなんて……」


 ミラは今更ながらに思う。

 あの時は夢にも思わなかった。

 奴らの死体とは一緒に荷台に乗ったこともある。

 冒険者ギルドで騒がれたのは当たり前の事だった。


「さて、そろそろ私の出番だね。ハル、私が一度攻撃を受ける。お前はこれをベインさんに渡して来い」


 ポーチから取り出したポーションをハルに渡し、引き攣った笑みを浮かべ前に出る。

 するべき事は簡単。唯一手傷を負わせられそうな『パワースラッシュ』で捨て身特攻して一撃だけ耐える。それだけだ。

 瀕死でも命をつなげられればポーションでなんとかなる。

 まだあと7本も残っているのだから。

 多く渡さなかったのは割れてしまう可能性が高いためだ。

 まだ自分に使うことを考慮しても必要な時に持っていった方がいい。


 ラーサはハルが走り出したのを見て、ゆっくり走り出しスピードを上げて行く。


「ベイン、ポーションの支給だよ! 一撃だけ代わる」

「ま、マジかよ。だ、大丈夫か!?」

「はっ、大丈夫なわけないだろ! やるしかないんだよ。死にたくないからね」

「かっかっか、死にたくないから死地に行くってか。剛毅なこって。だが、マジ助かる」


 ベインはふらふらとした足取りでハルの方へと走る。

 これで間に合った。後は飲んで戻ってくる時間を稼がないといけない。

 アタッカーであるライルを潰されたら本当に終りなのだから。

 ラーサはかつて無いほどに神経を張り巡らせた。

 ブラックオーガの前に立ち『パワースラッシュ』の発動待機状態で構えた。

 数秒の間が長く感じる。それほどに緊張している。


 顎から汗の雫が落ちた瞬間、ブラックオーガの体がぶれた。


 完全な賭けだった。

 まだ居もしない正面に『パワースラッシュ』を放つ。

 そして発動して勢いが乗った瞬間に目の前に現れた。

 賭けに勝った、と口の端が釣りあがる。

 ガツンと全力で巨木にでも打ちつけた様な強い衝撃を感じた。

 だと言うのに、腕に切り傷をつけた程度。

 『パワースラッシュ』の方が火力が数段上だと言うのに、ライルが放つ『飛翔閃』よりも小さな切り傷。

 体勢すら崩していないオーガが腕を振り上げて居る姿が目に映った。


「あ、これは死んだね……」


 大剣を振り切った構えのまま、彼女はボソリと呟いた。


「『パリィ』! ったく、無茶する。今の内だ」


 いつの間にか正面に回ってきていたライルが『パリィ』で攻撃を弾き返していた。 


「す、すまない」

「大丈夫だ。知らなかったか? Sランクは俺なんだぜ」


 彼はそう言ってギリギリの所でブラックオーガと渡り合う。

 危うい所にはレックがサポートに入り絶妙な接戦を繰り広げる。

 その間にベインが復帰して本来の形へと戻った。


 ラーサが後方へと戻るとリンが感謝の微笑みを向ける。

 余裕の無かった彼女はそのままストンと草原に腰を下ろした。


「うおぉぉっ! 今日の主役は俺だぁぁぁ」


 復活したベインの咆哮が響く。

 スキルを織り交ぜた怒涛の攻めを食らわせている。そのお陰でリンの精神疲労は溜まりに溜まっているが。


「も、もう魔力無いわよ!?」


 腹立たしげに出されたリンの指示にアーミラが声を上げた。


「私が撃つ!」


 アーミラに代わりミラが援護射撃を送るが数発でダウン、次にハル、彼の魔力も尽きたと思われた時、ブラックオーガが膝をついた。


「か、貸しな。『アイスランス』」


 ラーサは最後の魔力をすべて使うつもりでオーガに『アイスランス』を放った。

 おいしい所をさらった形になるが、ライルもベインも魔力を使い果たしていた。

 恐らくレックも同様だろう。

 決定打を出すにはこれしかなかった。


「頼む……決まってくれ」


 強い願いの込められた『アイスランス』は真っ直ぐとオーガへと突き進む。


 数発のアイスランスが突き刺さり、断末魔も無くブラックオーガは前のめりに倒れた。

 しばしの静寂が訪れた。


「勝った? ねぇ、勝ったの!?」


 アーミラが居ても立ってもいられず声を上げる。


「……動かないわね。あ、今ライルが首を落としたわ。ええ。完全に死んだ! 私達の勝利よ!」


 リンの表情が緩み、地にへたり込み、女の子座りのまま顔を上げて可愛い笑顔を見せた。

 それと同時にアーミラがベインの元に走り出す。

 辿り着くと彼に飛びつきキスの嵐を降らせる。


「……あいつ、今日知り合ったばかりの相手に良くあんなこと出来るね」

「日頃の宣言はガチだったって事っすね……」

「さすがは性女……」


 アーミラのお陰で素直に喜ぶ事が出来なくなった彼女らは冷たいジト目をアーミラに送る。


「けど、いんじゃないっすか? 今回はベインさんも乗り気っぽいし」

「うん。相手を知る前なのが功をそうした?」

「……後で揉めないといいんだけどね」


 ラーサはいつもの如く、パーティーの問題児の気をもんだ。

 だが、その表情は晴れやかなものだった。

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