第46話憧れのSランクパーティー①

 ラーサはマクレーンの町並みを見つめ、背を伸ばした。

 流石に旅慣れた『か弱き乙女』の面々も、息を吐くように言葉を紡ぐ。


「漸く着いたねぇ。よく誰も大きなダメージを受けずに辿り着いたもんだよ」

「うん。ちょっと前の私達じゃお荷物無しでも不可能」

「あらあら、私のお陰ですわね、褒め称えなさい。うふふ」


 漸く辿り着いたと気の緩む『か弱き乙女』とプラスアルファの一向。

 堂々たる足取りで石畳の道を歩き、心なしか笑みを浮かべた顔で言葉を交わす。


「お荷物じゃない。そもそも付いてきてなんて言ってない。勝手に同行してその物言いは不愉快」


 護衛対象である彼女は大層ご立腹に言葉を返すが、その顔にも少し安堵が見える。


「それで、早速困っているっていうあの子の家に行くのかい?」

「ううん。強くならないと意味無いからもっと戦う」

「はぁ……仕事増やすのは止めて欲しいんだけどねぇ」


 そう。護衛対象である少女ミラは目的があってこの地を目指していた。

 先に王都に戻った少女たちに会いに言ってみれば、間が悪く時を同じくして届いた実家からの手紙を見て、泣き出してしまった事が起因となる。

 その手紙には、Sランク冒険者を数人は集めなければ町が滅んでもおかしくない魔物が確認された、と記されていた。

 それが解決するまで絶対に戻ってくるなとも。

 

 困っているあの子とは、エドウィナ・マクレーン。

 この地の領主の娘である。


 数少ない友達の一人である彼女の為に、ミラは立ち上がった。

『私が行けばきっとあれが勝手に付いてくるから。私に任せて』と。


 勿論あれとは帝国に行っている彼の事である。

 そんな話だったはずなのに、魔物と戦う事に楽しさを覚えた彼女は自分も討伐に加わりたいと考え始めていた。


「先に言っておくけど、討伐に参加するのは認めないからね。あたしらの任務はあんたの無事だ。勝手をするなら今回ばかりは力ずくでも連れ帰る、そのつもりで居な」

「ラーサはビビリすぎ。何かあればどうせあれが近寄って来る。大丈夫、問題ない」


 希望的観測でものを言うミラにラーサは頬を引き攣らせた。

 サシャが溜息を吐きつつ、会話に入る。


「ずれているのはミラ。それで良いなら呼びに行くべきだった」

「それは二人があれをよく分かって無いから。絶対に来るもん」

「そうねぇ、いくら私の彼でも知らなければ無理よねぇ」


「「「お前のじゃない」」」


 少し険悪になってきた彼女らを一致団結させたのは、パーティーのメイン火力を勤める彼女だ。

 こんな風に否定されても余裕の笑みで『あらあら、うふふ』と口にしている。


「えっと、一先ずは落ち着ける場所行かないっすか? 魔物と戦うのは俺も賛成っすけど、長旅だったし一日二日は体、休めたほうがいいっすよね?」


 いつもなら女性陣の言い合いには口を挟まない彼も、慣れたのか疲れているのか、ラーサに向けての提案をした。


「そうだね。もっともな意見だ。ハル、あんたうちのパーティー入らないかい?」


 ラーサにとって、この中でまともな事を言うのはハルとサシャだけだ。

 サシャは普段はまともだが、アーミラをおちょくっては騒いでばかりだから疲労の元でもある。


「いやいや、俺乙女じゃないっすから。後、王都に残してきた彼女もいますからね」

「あらあら、それなのに来ちゃったの? 帰ったら他の男の腕にすがり付いているわよきっと」

「いや、アーミラさんじゃねーから」


 ハルはここ最近で初めて『っす』と語尾に付けるのを止めた。

 目も心なしか冷たい。

 それを見たサシャが「プッ、アーミラはハルにすら敬語を止められた。プププ」

 流石に『あらあら、うふふ』と返せなかったアーミラはサシャを追いかけ回し始めた。


「さて、行くか」

「そっすね」

「時間の無駄」


 三人は声をかけるでもでもなく、宿を探しに歩き始めた。



 ◇◆◇◆◇



 宿を取り一日の休養を挟んだ彼女らは、連れ立って冒険者ギルドへと来ていた。

 カウンターで確認されたと言う魔物の事や、そのほかの変わったことの情報を聞き込む。


「耳が早いですね。パニックを防ぐ為に高位冒険者以外には伝えていないんですけどね」

「それで、何が出たんだい? まあ、Bランクにも言えないってんなら無理には聞かないがね」

「ブラックオーガです」

「……からかってるのかい? オーガはここら辺にゃでないだろうが」

「ええ。だから魔素が溜まった固体だとの見解です」

「……マジかよ」


 オーガ。しかも最悪なことにブラック。

 リザードマンのイエローとオーガのグリーンが同格と言われるほどに強い種族だ。

 ラーサは天を仰いだ。

 レッドでも難しいというのにブラックはその数段階上をいく存在だ。


「私らには手に終えない。ランスさん待ったほうがいいね」


 ラーサは早々に受付での話を追え、酒の注文に行った。

 その隙にミラは別行動を始める。


「なら、邪魔な雑魚を倒す。Cランク辺りで何かいいのない?」

「えっと、Cランクですか。そうなりますとやはりグリーンオーガの討伐になりますね。他の魔物の縄張りで生息している状態でして、直ぐに出てきて人を襲うんですよ」

「グリーンは飽きた。レッドオーガは居ないの?」

「イエローでもCランクにはキツイですよ?」

「大丈夫。連れがリザードマンのレッド倒せてたから。しかも一撃」

「リ、リザードマンのレッドを一撃ですか!? そ、その方はどちらに?」


 ミラは隣に居るハルを指差した。

 彼は少し苦い表情になる。倒せたのはすべて武器の力だと理解していたから。

 周りを見るが、サシャもアーミラも酒場の方へと足を向けている。

 溜息を吐きつつも自分で言葉を返した。


「あれは、たまたまっすよ。全部武器の力っす」

「すみませんが、ランク測定させて頂いても!?」

「あ、お願いするっす。下手に強いと思われても困るっすから」


 ついでとばかりにミラも測定に混ざる。

 王都で測定した時はDランクだった。


「あー、まだDランクですね。ハルさんはもう少しでCに届きそうですが」


 さらに上がっているだろうと高を括っていたミラは結果に不満げだ。


「一応Bランクのパーティーと行動をともにしてるのでCランク依頼がいいんすけど、受けられます?」


 ミラが無茶を言い出す前に無難な依頼で固めようと彼は動いた。

 彼女もランクがランクだけにこれ以上文句を言う気はなさそうだ。


「ええ。そうなるとやはりグリーンオーガになりますが……」

「それでお願いするっす」

「でしたら問題ありません。討伐依頼は基本的に制限はありませんから。討伐なされた際は証明部位をお持ち下さい」


 ハルは軽く胸を撫で下ろし、ラーサたちの元へと向かう。

 ミラもそれに続き、併設された酒場のテーブルに腰を落ち着けた。


「グリーンオーガの討伐依頼受けちゃったっすけど、大丈夫っすよね?」

「まあ、この状況じゃそれしかないだろうね。行きたくないんだけどねぇ。まあ、うちは斥候が優秀だから気をつけてやれば何とかなるだろ」


 ラーサは胸を張るサシャからミラに目を向け、息を吐く。

 彼女はどんな強敵でもやれば倒せると思っている節がある。

 状況を把握してない事に憤った。

 とは言え、討伐対象がグリーンオーガなのは仕方が無い。こういった事に対応するのが冒険者なのだ。

 今の所、強制ではないのだから無理をする必要は無いが、早期の対応は自分達の為にもなる。

 結局の所、駆り出されるのだから。


「ランク、上がってなかった。何で?」

「そんなに早く上がるわけないだろう。Dランクになるのだって早すぎなんだ。Cランクになってからはさらに長いからあげるなら覚悟しておくんだね」

「それはおかしい。あいつは一月でSランクまで上がった」

「はぁ、ランスさんと比べるんじゃないよ。あれは間違いなく世界最高記録だろうよ。あの言葉が本当ならどう考えても勇者より早い」

「……勇者超えてんすか。ありえないっすね」


 酒肴で腹を満たしつつも彼の異常さはまだ上をいくのかと首を横に振る。


 ラーサは言い足りないのかお説教の様に言葉を続けた。


 曰く、自分達ですらランクアップが早いと注目されたがそれを超えているんだと。

 装備も最初から揃った状態でなんて恵まれてると。

 普通は楽しいからなんてふざけた理由で魔物討伐する奴なんて狂戦士だと言われちまうもんだとか。


 命が掛かるこの世界では当然の事といえた。

 Dランクにもなれば、冒険者は週に一度か二度しか討伐に出ないのが普通である。

 しっかりと依頼を吟味すれば、その程度の働きで暮らせるのだ。

 勿論、強くなりたいといった理由で人より多く討伐に出る者も居る。

 だが、それでも二日に一度行けば、周りからはおかしな奴だと見られてしまう程にそれが常識として通っていた。

 彼女は二人に言い聞かせる。『焦るな』と。


 一通り言いたい事を伝えて満足したのだろうか、最後に締めくくった。


「まあ、何にせよ情報収集からだね。あんた達も覚えておきな。遠征したらまず情報集め。それが出来ないやつは結構いい確率で死ぬからね」

「マジっすか」


 唖然とするハルに向けて、サシャが片目を閉じて一つ指を立てた。


「当然。

 ハルも見通しが甘い。

 受付でブラックオーガの話聞いた。

 グリーンオーガやるのはかなり危険。

 だけど出来ることなら冒険者としては有事に協力すべき。

 街まで来れば冒険者は強制で駆り出されるから。

 ならばどういう状況なのか出来る限り把握は当然」


 その後『まあ、見てな』と三人が立ち上がり別々にテーブルを移る。

 ベテラン冒険者に当りを付けて聞き込みに行ったようだ。

 意外な事にアーミラでさえしっかりと情報を集めていた。

 テーブルを移った先で、一人『子供じゃない!』などと冒険者カードを掲げながら声を荒げている者もいたが。


 各々、全員が戻ってきたのを確認してラーサが纏めに入った。


「南西。私らが来た方向だね。運が良かったのか悪かったのか……」

「そっすね。何の情報もなくグリーンオーガが出てきたら普通に戦っちゃうっすもんね」

「そこは有り難かった。でも、帰り道を塞がれたのは痛い」


 手に負えなそうでも、帰ることが難しいとサシャが顔を顰める。

 珍しく、顎に手を置き深く考え込んでいたアーミラが口を開いた。

「この杖でもブラックオーガは無理かしら?」と。


「前衛が居ないだろうが。攻撃を避けながら一人で戦うのかい?」

「流石はアーミラ。その程度も分からない」

「前衛がいればやれるのよね? なら、Sランクの人たちと一緒に行けばやれるんじゃないかしら……」

「確かに、その杖ならSランクが二人増えたくらいの火力になるだろうね」


 ラーサはじっと目を伏せ思考に耽る。 

 しばらくしてはっと何かに気がついた様に口を開いた。


「なら、アーミラを討伐隊に貸し出そう。あたしらには手に負えないし本人もやる気なら丁度良いだろ?」


 少し輝いた笑顔で案を告げた。

 その笑顔はゆっくりと感染していく。


「いい案。きっとアーミラも喜ぶ!」

「そっすね。俺が行っても足手纏い確定っすし」

「なら私も行く。アーミラでいけるなら私もいける」

「ま、待ちなさい。あなた達、魔法使い一人を出すなんて非情にも程があるわ!」


 ミラの言葉を取り合う者はおらず、騒ぐアーミラに視線は向けられた。

 アーミラの鋭い視線に気まずそうに視線を逸らしていくラーサとハル。

 そんな最中、サシャが意気揚々と口を開いた。


「きっと来る。Sランクイケメン。多分その杖との相性をアーミラとの相性と勘違いしてくれるはず」

「……っ!?」


 アーミラは何かに気がついた様にハッとしてニヤリと笑みを深めた。


「あらあら、うふふ。仕方ありませんわね。私が居る事に深く感謝しなさい」

「じゃあ、早速参加表明に行く。取り消しはさせない」

「いや待て待て、冗談だ。参加義務は無いんだよ。無理してまで行く必要はない」


 本当に行くことになってしまって少しラーサは焦りながら制止した。


「まぁ、嫉妬はいけませんわ。大丈夫です、私が有名になってもかまって差し上げます。うふ、うふふふふ」


 だが、その意図を尽く勘違いしていく女、それがアーミラである。


「う、うわぁぁ、すっごくうれしいなぁ? ほら、アーミラ様、受付行こう?」


 本気で連れて行こうとするサシャにラーサは深い溜息を吐いた。


「分かった。これだけは伝えておくよ。

 ブラックオーガは王国と帝国のSランクパーティー集めてギリギリ相手できる魔物だ。

 王国Sランクだけの今回は守ってもらうのは無理だろうよ。覚悟するんだね」


 ピクリと反応しキョロキョロと周りの顔を見回す。

 その顔を見て、漸く我に返った彼女。


「ま、まあ? そこまで引きとめるというのであれば、や、止めておこうかしら」

「誰も引き止めてない。覚悟して行けと言っている! 早く立て」


 ラーサはアーミラが現状を理解した事で二人の言い争いに関与することを止めた。その視線の先はミラへと向かう。


「ちなみに、あんたの目的ってなんなんだい? ただ、強くなりたいってだけじゃないんだろう?」

「……正直分からない。けど、弱いままは不安。凄く」

「そうかい。だが、今でも一足飛びに強くなってるんだ。これ以上はランスさんの手伝いでもない限り無理だよ。これ以上を求めれば死ぬ。分かるだろう?」


 俯いたミラに真摯に問いかけるラーサ。

 それを見たハルが食事の手を止めた。


「なら、ランスに任せればいいんじゃないっすか? ミラさんに取っても都合がいいと思うんすよね」

「確かに……許した振りをして強くなったら牙をむく。悪くない」

「いや……そこまで陰険にはなって欲しくないんすけど……」

「いいんじゃないか? 確かに本人に任せちまうのが一番早い。あの時とはもう状況が違うからね。本人がそれでいいなら大歓迎だ」


 そう、頼まれた根本的理由は一緒に居ては死のうとするからだ。

 落ち着いて報復に燃えている今ならば、何も問題はない。


 ラーサは限界を感じていた。

 当然の様に死地に向かう者は守りきれるものじゃない。

 縛り付けておきたいくらいだが、それも出来ない。

 アルールで一悶着あった時に『妨害するつもりなら死ぬ』と彼女に宣言されてしまったから。


「問題は帰れないって事だね。せめてアルールか王都に居なきゃ会う事も出来ないだろうに」

「問題ない。絶対来る。だから暇つぶしにオーガ倒しに行こう」


 ミラは立ち上がり、腰に手を当てると不敵な笑みを作る。

 余りの自信に二人は関心しつつも、どの道そうするはずだったと、その意見を受け入れた。




 向かった先は通って来た道である南西。

 少数で行動しているオーガをこつこつと倒すことにした。

 万全を期すならば、方角をずらしたかった所だが、本来の生息地ではない為、群れに近寄らなければ遭遇することすら叶わない。


「いいかい? 面倒でも広場まで釣るんだ。絶対にその場で戦闘しちゃいけないよ」

「大丈夫。死にたいわけじゃないから」

「ったく、どの口が言うんだか……」


 散々無謀な特攻を繰り返してきたミラに悪態を吐きつつ、索敵をスタートさせた。

 広大な草原から森に入り、ゆっくりと索敵しつつ進んでいく。

 暫く進むと進展があった。


「居た。けど数が多いし固まりすぎて釣れない」


 先行して索敵をしていたサシャが戻り、状況の説明を行う。


「動きがあるまで待つしかないね。無理して今すぐ動く必要はないよ」

「同意。了解した」


 作戦会議が終了して一度群れから離れる事にした。

 本来であれば張り付き機を待つべきだが、討伐依頼はあってない様なもの。

 狩れなくとも何のペナルティーもないのだ。


 いざ、広場に戻ろうと足を向けた瞬間、背後からガサリと葉のすれる音がした。


「敵襲、予定通り広場に引くよ!」

「あ~、ちょっと待った。魔物じゃねぇって」


 と、出てきたのは数人の冒険者。

 ラーサはその顔に見覚えがあった。


「まさか、Sランクパーティーの『千の宴』かいっ!?」

「おお、そうとも。もう千回以上宴を開いちまってるがな。ははは。俺はリーダーのライルだ」


 全員がSランクと言う訳では無いが、SとAだけで構成された列記とした王国屈指のトップパーティーだ。

 冒険者を志すものなら、誰でも知っている。そんな名前。

 分かっていないのはミラ一人だけ。

 ハルでさえ目を輝かせて彼らを見ていた。


「手を出すつもりなら忠告しようと思ったんだが、おせっかいだった様だな」

「流石にね。散らばるようなら削れればいいと思っているんだけどさ」

「なるほどな。目的は一緒か。ランクは?」

「ああ『か弱き乙女』一応Bランクになったばかりだね」

「あー、知ってる知ってる。王都の迷宮娘だろ? そっか、Bランクになったか。おめでとう」


 ラーサとライルが雑談をしつつ情報交換を進める中、パーティーメンバー方も交流を図っていた。


「魔導師のリンよ。宜しくね。いいわねぇ、うち女が私しか居ないから結構大変なのよね」

「ま、魔導師って何?」

「そんな事もしらないんすか。上級魔法を使いこなせる魔法使いは魔導師と呼ぶんすよ」


 ハルがミラに呆れ顔で説明をするとそれをさえぎる様にサシャが前に出る。


「あ、『か弱き乙女』の斥候サシャです。ずっと憧れてました。握手してください」

「ありがとう。でも、そんな大したもんじゃないわよ?」

「魔導師ですか。私の魔法とどちらが上でしょうね」


 顔を真っ赤にして手を差し出すサシャとは対象的に、アーミラが値踏みをするような目を向けている。

 だが、アーミラは即座に崩れ落ちる事となった。サシャのボディーブローによって。

 快く握手を交わしたリンだが、唸るアーミラを見て少し顔が引き攣っている。

 リンは「えっと、大丈夫?」とアーミラに声を掛けた。


「これは情けなくて失礼な生き物なので、この対応で問題ありませんっ」

「ふ、ふざけないで。私は魔法使いなのよ。反撃出来ないんだから止めなさいよ……」

「あ、あはは……女一人だけってのも恩恵があるのかも知れないわね」

「そうだぞ。それに大変なのはこっちだ。ライルとイチャイチャしてんのを見せ付けられてよ」


 フルプレートメイルの重装甲で固めている男は兜を取り苦笑する。

 もう一人男がいるが寡黙なのか一歩はなれて目を閉じていた。


「俺はベインだ。パーティーの盾をやってる。んでそっちがレック、斥候だ」

「あー……俺とミラはおまけって言うか、見習いみたいなもんで名前はハルって言います」

「の割にはすっげぇ良い装備だな。まあ、いいや。宜しくな」

「大丈夫。ハルは装備だけ。装備があれば強いのは私のほう」


 ベインは快活に笑い「そうかそうか」とミラの肩を叩いた。

 その頃、リーダー同士の話し合いが終り、ラーサから声が掛かる。


「今日だけ『千の宴』と行動を供にするよ。またとない機会だ。Sランクパーティーってもんを見せてもらおうじゃにないか」


 異論の声はない。ハルとサシャの二人に至っては大はしゃぎだ。

 作戦内容はシンプル。

 サシャとレックで広範囲索敵を行い、少しでもオーガを削る作戦。

 彼らと行動をともにする大きな利点は、戦闘中も本体の動向を探り続ける余裕が生まれたことだ。

 それは『千の宴』にとっても同じ。

 間を置かずして、作戦行動は開始された。


「……サシャと言ったか。なかなかいい『隠密』だ。宜しく頼む」

「ありがとうございます。レック様」


 うへへ、と顔が緩むサシャ。暫くして自分の頬を強打した。

 口の端にタラリと血が流れた。その様をみたレックがギョッとする。


「私は西に行きます。本体が動くか散らばるまでは待機で、制限時間は日暮れまで、でいいですよね?」

「あ、ああ。問題ない」


 引き締まった表情を見て、自分を律したのだと気がついたレックは我を取り戻した。

 『隠密』を使い、その場で消えるように立ち去った二人に『はぁぁ、あれカッコいいっすね』と声を上げるハル。


「さぁ、こっちも草原まで移動するよ。アーミラ、今回は絶対に遊ぶんじゃないよ。出し惜しみもなしだ」

「あらあら、うふふ。私が頼りなのね。任せなさい」


 草原に陣を敷いた。

 各々じっと森の方を見つめる。

 このまま数時間の待ちが訪れる。


「あいつらずっと群れで行動してるんすかね?」

「そんなことも無いぜ。現に人里目指して出てくるのもいるからな」

「ベインさんの言う通り気を抜くんじゃないよ。本体が移動をはじめちまったら最悪な事に私らが火中の栗を拾う事になるんだからね」

「まあ、そんときゃ任せろや。上手く釣ってから逃げるからよ」


 ラーサの気の張り方を見たベインが気を利かせて声をかける。 

 その一言でラーサも肩の力が抜けたのか、ぽつぽつと談笑に参加する。


 暫くして、森の方に変化が見えた。


「サシャだけが戻ってきたね。なら、戦闘開始ってことだ」


 大剣を構え目を凝らすが、サシャの様子がどうもおかしい。

 凄い速度で近づくと、走りながら声を上げた。


「見つかった! レックさんが一人で引きとめてる! 指示をお願いします」

「分かった。ブラックは居たか? レッドはどのくらいだ?」

「ブラックは見える範囲にはいなかった。レッドは二十くらい居た。他大半がイエロー。おかしな群れだった」


 ライルが走り寄り、詳しい状況を尋ねた。

 サシャが泣きそうな顔で状況を説明すると、『千の宴』はそのまま走り出す。


「ラーサ、私らも行く! 急いで!」

「ちっ、足手纏いになるかどうかの判断がつかないね。いや、ミラやハルが居る以上行くべきじゃないか」


 焦りながらも状況を見て留まるべきだと結論を出したラーサにサシャが食いかかる。

 それでも動かない彼女を見たサシャは踵を返し走り出した。


「来なくていい。帰ってこなければそのまま任務を追行して」


 その声色は悪態ではない。だが、真剣な意思が声に乗っていた。


「まっ、待てっ!」


 声を張り上げたがそれに答えが返ってくることは無かった。


「ラーサ、私は行く。だから私が原因なら来ればいい。危険を回避したいのなら帰ってもいいけど」

「ミラさん、流石に止めておいた方がいいと思うっすよ。俺らが行ったせいで誰か死ぬかも知れないし」

「帰りましょ。ハルの言う通りよ。もう、あんな思いはしたくないわ」


 各々が好き勝手な事を言う状況に彼女はもう限界だった。


「もういい。解散だ解散。『か弱き乙女』は解散だよ。もう勝手にすればいい。ランスさんにも金は返す」

「えっ? ちょっとラーサ、何を言ってるの。こんな状況なのに」


 アーミラの言葉に取り合わず、彼女は森へと走り出した。

 それにミラが続き、ハルも迷いつつ後に続いた。


「何で、解散したのに行くのよ……もうっ! 馬鹿じゃないのっ!」


 悪態をついたアーミラ。

 それでもその足は迷いながらだが、森の方へと向かっていた。

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