第44話恐る恐るの帰還


 カーチェの生まれたダンジョンで、皆が安全にレベリング出来るくらいにはしてやろう。そう思って装備から戦い方まで面倒を見た。

 それがやっと形になった。

 ガイールたちには、ある程度慣れたら後輩の育成をしっかりとやれと言いつけ、あれこれと口を出すのは終りにした。


 無詠唱を付与したアクセサリーをお世話になった学院長と、将軍に、30個ずつ贈呈した。

 世界の脅威に対抗する戦力を育成する為に使って欲しいと伝言付きで。

 そこに私利私欲が混ざっても構わないから、と緩い感じに伝えておいた。

 要するに倉庫に眠らせるのは止めてくれれば自由にしていいって事だ。

 付与一つしかつかない失敗作を崩さずにあげただけだから条件なんて付けなくても良かったのだけどお互いの利になるのだからこのくらいはいいよな。

 付与二つ以上の品で仲間内のメンツの装備を整えた。


「じゃあ、行って来るよ」

「……寂しいです」


 あれから、何故かユミルが残ると言い出した。

 レベル上げに嵌ってしまったのだ。いや、ちょっと違うか。

 使命感に溢れてしまったのだ。

 ちょっと中二病なのかも知れない。本人には言えないが。


「私頑張ります。これも試練なのでしょう。共に世界を救いましょう」


 いや、俺としては一緒に来て欲しいんだけどね?


「でも、やっぱり寂しいから早く解決して、私のところへ戻ってきて下さいね。あと……皆には黙っていてください。絶対に……」


 彼女が言って欲しくない事。それはしちゃった事である。

 童貞を美味しく頂いたことが分かれば、私はきっと処刑されます。と何故かちょっと不思議な物言いをしつつ戦慄していた。


 もしかしたら、急に行くのやめたのってそれが理由なのかな?

 なら、上手くいったらユミルの所に戻る前に全員としちゃったほうが良いかな?


 まあ、レベリングもすこぶる楽しそうにやっているから理由がそこじゃないかもだけど。


 杖と剣を両方強請られてしまった程だ。

 ユミル曰く、魔法の方が強いけど、剣の方が楽しいらしい。

 寝たきりだった自分が妄想ではなく、こんな風になれるなんてとダンジョンに入った初日の夜はボロボロと泣いていた。

 彼女にとってはそれほどに衝撃的だった様だ。

 それでも『シールド』無しで狩りをさせるのは心配なのだが、カーチェとアンジェに守って貰うからと譲らなかった。


 それと、武器防具は奮発してオリハルコン装備だ。素材は教えないようにと厳命しておいた。ズルイとか言われてもこれは数作れないからね。

 ディアたちには悪いが、嫁優先なのだ。


 とまあ、そんな感じに王国へ戻ることが決定したのだが、すんなり決まった訳じゃない。


 当然の如くアンジェが大反対したが、ユミルが説き伏せた。

 このまま、弱いまま守られてて良いのかと。


「ランスさまより強くなるなんて無理なのだ。やっても無駄なのだ」

「そこには同意します。でも、自分のみを守れるくらいは強くならないと、ランスさんの邪魔になりますよ? 邪魔な女でいいんですか?」

「良い訳ないのだ! 嫌なのだ! けど、一緒に居ても出来るのだ」

「いいえ。それでは結局邪魔になりますよ? それにですね、強くなればあーんなことや……こーんなことが……」


 と、相談を重ねること数時間。何度もアンジェの『それは良いのだ!』と言う元気な声が聞こえて来たが、何のことかは教えてくれなかった。


 結局、俺が連れて行くのはエミリー一人と言うことになる。

 何故だろう。

 一番怒られそうな奴を連れて行かなきゃならなくなった。


 だって、ミラ達を治す方法を見つける旅だぜ?

 ユミル置いて来て関係ない女をお持ち帰りし『この子も彼女したよ』としれっと言わねばならなくなったのだ。

 色々怖いけど、行かない訳にもいかない。

 覚悟を決め切れなくとも出発はする。アルールへと向けて。


「んじゃ行くから、抱っこしていい?」

「駄目な訳ない。早くする」


 両手を広げて抱っこアピールしてきた彼女を望みどおり抱き上げると、彼女、エミリー・グランはホクホク笑顔で抱き付き返してきた。

 勿論嫌じゃない。嬉しい。

 だが、向こうに着いてからが心配で素直に喜べない。

 そんな心情のせいか、エミリーと色々寄り道をして無駄に野営とかしてしまった。

 本当ならその日のうちに到着していたはずなのだが……


「帰りたくないなら、ずっとここで遊んで暮らせば良い。私が居る」 


 と無性に不安になる言葉を掛けられ再始動する。

 だってここ、何も無い森の中だよ?

 もうちょっとさ、帝国帰ろうとか、違う町行って観光してからとか、そっち方向で誘惑してくれたら揺れたのだろうけど。

 まあ、平時は優秀で頭の良い子らしいから、気を使ってくれたのだろう。


「ありがとな」と、頭を撫でてお礼を告げる。

「うん。私彼女。ずっと一緒だよ?」


 と、上目遣いで無駄にぱちぱちと瞬きをして、可愛さアピールを見せ付けてきた。

 エミリーにとってそれが可愛い仕草なようだ。

 まあ、実際上目遣いで可愛いと言えば可愛いが。

 幼子的な可愛さの様に感じる。


「これで暴走癖が無ければ最高なんだけど……お子ちゃまだからなぁ」

「ん~~っ!!」


 しこたまボディブローを喰らった。

 仕方が無いのでクリンチで暴走を押さえ込み、そのまま持ち上げて移動した。

 


 そして、たどり着いたは中継地点の名も無き村。


 ミラと出合った時の村だから印象が強い。

 ちょっと渋い村長も中々にインパクトがあるんだよな。

 などと考えつつ、村の中へと走る。

 そこにはいつもと違う光景が広がっていた。



「なっ、なんだこれ……マジかよ……」


 色々な場所で人が倒れている。

 その中には、ミラと一緒に助け出した女の子の姿もあった。

 父親に抱きしめられながら死んでいる。


「『ソナー』……はぁっ!? 一匹も居ねぇのかよ」


 異常だった。


 村人が死んでいる。

 だと言うのに、魔物も一匹残らず居なくなっている。


 もしかしたら……あの件か?

 なら、あのゴブリンの洞窟に調べに行くか。


 エミリーに事情を話した。

 皇帝が魔物に転生しようとして居たこと。

 それがここで成ったかも知れないこと。


「出来る訳、ない。ありえない」

「だな。だけど、実際に娘を生贄にするまではやった。その確認は取れている。その場所をもう一回見に行きたいんだ。付き合ってくれるか?」


 『当然』と真剣な顔で頷く。

 走って付いていこうかと提案してきた。相当俺の表情は優れないらしい。

 だが、どちらにしても此処に留まって居たくなかった。

 精神的にも安全面的にも。

 だからエミリーを抱き上げて走った。


「え、何だこれっ。マジかよっ!?」


 到着早々、二度目の驚愕に声を張り上げた。

 見渡す限り、ゴブリンの幼子が干からびた死体と動物の死体が所狭しと落ちて居る。


「これは、魔物の仕業じゃないわ。少なくとも、普通に生まれる魔物はこんな事態を起こした事は……いえ、無いとも言えないか……」


 先生モードになって説明をしてくれたエミリー。

 うん。混乱している今だからこそ、そうやって知識を与えて原因究明の方に意識を逸らさせてくれるとありがたい。


 ちょっと、今精神的に参ってるから……


「何か思い当たる節があるんだな?」

「うん。こんな事案ではなかったけれど。

 知性を持ったボスが生まれるダンジョンで、代替わり直後にボスが冒険者を無視してダンジョン内の魔物を一掃するという珍事が起きたわ。

 その数年後、町に繰り出してきて大殺戮を行った。

 当時のオリヴァー家とルジャール家が協力して討伐し、その時の功績でルジャール家は賢人の二つ名を貰ってオリヴァー家は子爵から伯爵に上がったって記録を見たわね」


 ピンポイントで知っている奴の家だなと口にすると、当然だと言葉が帰って来た。

 大きな討伐であの二つの家が関わらない方が珍しいらしい。

 相当遠くない限り、修行の感覚で参加するのだそうだ。

 逆にそんな家だからこそクーデター中に態々娘を皇都に寄越したのかも知れない。


 死骸を踏みつけながら、奥を調べに進む。

 そして、見つけたのはゴブリンの上位固体の死骸だった。


「上位固体がこの数……それにジェネラル……ロードは居ないみたいね。これをやったのはロードかしら?」

「なるほど。

 ゴブリンロードがランクを上げる為に味方殺しをしまくったと言う訳か」

「いえ、もしかしたら種族転生を狙っているのかも。

 魔物は進化しないと能力成長率が低いからあんまり意味無いらしいの。

 進化すると共に一気に反映される感じかしら?

 例外も居るらしいけど……上位のドラゴンとか、悪魔とかね」


 話を聞いていくと、稀にその上に進化する固体が居るらしい。

 種族自体が変わる進化を遂げる場合、まず間違いなく上位と呼べる強さの種族になる事、その魔物の初期状態で生まれる事、それくらいしか分かっていない。

 

「目的が達成されたから、出て行って村人も殺したのか……」

「多分だけど、その推論が一番しっくり来る。どちらにしても、用心が必要」

「いや、普通に生まれる魔物であれば、何が来ても勝てるけど……俺の所に来てくれないとな……」

「ん~~っ! それは過信しすぎ! 強い魔物一杯居る」 


 気張っているのは長く続かないのか、じわじわといつもの調子に戻っていくエミリー。

 洞窟を出て、彼女を抱き上げて移動を開始する。

 まだ、村人達の死体が頭を過ぎって落ち着かない。

 気を紛らわす為に、無駄話を続けた。


「強い魔物って例えば、どんな?」

「ゴブリンに近いけどその上位に位置するコボルト。それのロードも凄いらしい」

「それはもう倒したよ。三匹同時で襲ってきて結構強かった」

「……その奥にいるワイバーンの王」

「そいつも倒したよ」

「じゃあ」

「そいつも倒したよ」

「ん~~~っ!! まだ言ってない!!」


 ボディブローはこの体制だと打てまい。

 だからと言ってテンプルは止めよう? 痛くないけど、精神的に痛いんだよ?


「でも、これは本当に無理。死の谷に居る、ドラゴンゾンビ。ドラゴンスレイヤーの英雄がやられるほどに強いらしい」

「ああ、うん。倒した。多分そいつの鎧と剣、ドロップした。友達にあげちゃったけど」

「と、友達にあげちゃったって……からかってる?」

「本当。後で一緒に倒しに行こうか? もう沸いているだろうし」

「ほ、本当!?」


 おっ、嫌がるかと思ったら好反応だ。

 にしても、本当にあのドロップにそんな裏話があったなんてな。

 あとでハルに聞かせてやろう。


 っと、アルールが見えてきた。


 ああ、何か久々に感じちゃうな。まだ一月程度だってのに。

 いや、間で一回帰って来てるからホントはもっと短いけど……

 あっ、珍しく門にハンスさんが立ってるじゃん。


「ハンスさん、おひさしぶりです」

「あっ! このクソ野朗……リーゼちゃんに何したんだよ。まさか乱暴したんじゃないだろうな!!」


 開口一番、悪態を突かれた。

 まあ、愛され娘の彼女が悪口を言い捲くってたらそう言われてしまうよな。

 ユミルの話だと、永遠と俺の悪口を皆で言っていたようだし。


「してないよ。言って置くけど、本当だからね? ダンジョンで拾ってきたマジックアイテムが悪さしたみたいで、恨まれちゃってるんだよ」

「ばっ、お前……なんて危険なもん拾ってきてるんだよ。俺が嫌われたらどうする」


 くっそぉ、ハンスめ、下手に出てれば……

 エリーゼと良い仲になってから地味に態度を悪くしやがって……

 ハンスめ。

 と思っていたら、マイハニー(仮)がいつの間にか剣を抜いていた。


「彼を悪し様に言うのは許しません。所属を申しなさい。抗議をさせて頂きます」


 お、成長したじゃん。ありがとなぁ、エミリー。

 頭をよしよしと撫で撫でしておく。

 抜刀に驚いて数歩下がったハンスは、公的手段に恐れおののき、こっちに『おい、どうなってんだよ』と問いかけてきた。


「エミリー、彼はアルール騎士団、副団長のハンスさんだ」

「なるほど。男爵領の騎士団副団長ですか。

 こちらは帝国の、次期公爵閣下です。頭が高い!」


 あっ、こらこら、なってないし、面倒な事言うんじゃありません。

 唇を親指と人差し指で摘み、黙っていろと伝えたつもりだったのだが、エミリーは止まらなかった。


「こ、公爵閣下!? って、こいつが!? おいっ、どうなってんだ!?」

「ケンヤ、ちょっと離してください。ふっふっふ、良いでしょう説明してあげます。我が名はエミリー・グラン。皇都の名を冠する公爵家嫡子であり、その婚約者である彼はゆくゆくは公爵家を継ぐ男なのですっ!」


 これ、エミリーって俺と話している時が作ってるぶりっ子なのかな?

 こっちの方が生き生きとしているし、もしそうならこっちにでいて欲しい所なんだが……


「なっ!? またお前、そうやって今度は公爵令嬢様に乗り換えたのかよ!! このクソ野朗!!」

「私の旦那様にまたクソ野朗と言ったなぁ、死ねぇぇ!」

「あっ、こらこらっ」


 即効で切りかかったエミリーをとっ捕まえた。

 今回は予想していたから余裕だった。


「乗り換えてないから。因みに彼女の家も継ぐつもり無いから。あと、エリーゼの事もちゃんと元に戻す手立て探し出して来たんだから」


 と、ハンスさんにそんなに怒らないでくれと願った。


「……なら、さっさと行って直してくれよ。見てらんねぇんだよ」

 そう言って、彼は門番の仕事にとぼとぼと戻って行った。


 ど、どんな状況なんだ? そんなに酷い状況なの?

 えっと、じゃあ小鳥の囀り亭よりも先にアルール男爵家に向かおうか。




 ◇◆◇◆◇



「はい、はい。そうです。はい。ええ、あれから姉さんはいつもそんな感じです」


 と、弟エリールから彼女の話を聞き、どんな状況なのかを把握した。

 最近の彼女は、騎士団の仕事もせずジュースを飲んでは酒を飲んだみたいに管をまき、周囲に俺の悪口をこぼし同意を求める。

 それを永遠と繰り返しているのだと言う。


「でも、本当に良かったです。ずっとあのままだったら如何しようかと……ランス様にもご迷惑を掛けっぱなしでしたし」

「いえいえ、こちらが持ち込んだトラブルですから。しっかりと治療ができたら、彼女やご迷惑をかけた方々にお詫びしなければと思っております」


 と、社交辞令の様な譲り合いをしたあと、彼は姉を呼びますのでとエミリーを連れて部屋から出て行った。

 念のためにこっそりエリールに『シールド』『マジックシールド』を掛けた。

 エリールは社交的で良い子だが、エミリーの沸点の低さは異常だからな。


 コンコンっと、扉をノックする音が響いた。

 返事を返すとメイドが扉を開けて頭を下げた。

 その後に、ドレスで着飾ったエリーゼが姿を現す。


「あらなんですか、みすぼらしい。そんな格好でよく人前に出られましたね」


 幼いがキリッとした瞳で見下ろそうと仰け反る。

 ちっちゃいから一杯仰け反る。可愛い。

 ちっちゃなエリーゼ様、怒ってても可愛い。


「す、すみません」


 確かに、野営したから結構汚れてる上に学生服だ。


「それで、今回は何を企んでいるのかしら。

 敵わないのは分かっています。

 けれど、貴方みたいなクズの思い通りになるくらいなら……『ディスペル』」


 た、頼むよ!?

 うん、反応があったし多分大丈夫ってあれ? 涙!?


「クズは私でしたわ……もう、生きては居られません」

「ちょちょちょ、何言ってるの! ってその前に確認させて、俺の事嫌い?」

「そんな訳ございませんわっ、大好きですっ。お慕いしております」

「ホントに? ホントにホント? 嘘じゃないよね……? もう嫌だからな……うぐっ……ううぅっ……」


 その言葉を聞いて居ても立ってもいられず、ドレス姿で髪型までぴっちり決めているエリーゼにお構い無しに縋り付いていた。

 彼女の服をぬらし『スンスン』と鼻を鳴らしていつまでも泣き続けてしまった。


 何ということだ……

 男がやって良いことではないのではないだろうか?


「ご、ごめん。情けないところ見せた……」

「いいえ、わたくしは幸せです。そこまで思って頂けていたなんて。だと言うのに……どうやって責任を取れば良いのかわかりません」

「責任の取り方は簡単だよ?」


 バっと顔を上げ『教えて下さいましっ』と懇願の瞳を向ける。


「うん。あとで教えるよ。エロい事一杯させるから、覚悟しておいてね」

「え!? そ、そんな事で良いのですか!?」


 ふぅ、分かって無いよ。全く分かって無い。


「そんな事じゃない。もう一度言うぞ、そんな事じゃない! 絶対にだ!」

「は、はひっ……」


 うーむ、此処で一泊してエリーゼに責任を取らせてすっきりさせてやりたいが、エミリーが居るんだよな。

 彼女を放置ってのも、酷い……

 あっ、そうだ。今の内に紹介しないと。


 今ならきっと怒られない!!


 メイドにエミリーを呼ばせ、程なくして入って来た彼女を対面に座らせた。


「紹介するよ。彼女がエミリー、訳あって彼女って事にしている。それでこっちがエリーゼ、アルール男爵の長女で俺の嫁になる人だ」

「事にしている、ですか?」

「違うっ! 付き合っている! 

 結婚を前提にした清いお付き合いしている。負けてないっ!!」


 こうやって、本気で好意を向けてくれるとぐらっと来るよね。

 もう、認めてしまおうか。短気も直そうと頑張っているし。


「あー、うん。そう言う事かな。エミリーも、これからよろしくね」

「~~っ!! もう、取り消しダメ! ダメだからっ!!」 


 対面から飛びついて来た彼女を受け止めて、膝に座らせた。


「彼女は、帝国でエリーゼたちを治す方法を探すのを手伝ってくれていたんだ」

「まぁ、それでは私にとっても恩人ですわね。よろしくお願いしますエミリーさん」

「ええ、こちらこそよろしくお願いします。一緒に彼の敵を打ち倒しましょう」


 エミリーの言葉にエリーゼは首を傾げ「彼の敵とは?」と問い掛ける。


「まず、あのハンスって男。無礼な事言った。ケンヤにクソ野朗って……」

「まぁ、処刑ですわね」

「ちょっと待てって……」


 んもぉ……エリーゼが止めないとは思わなかった。


「エミリー言っただろう。我慢できないなら傍に置けないって」

「やっ、やだぁぁっ! 私も言った! 取り消しダメって!」

「じゃあ、そのくらいは我慢しなさい。せめて拳骨くらいにしておけっての」

「拳骨……分かった」

「よし、じゃあハンスのところ行くか。俺も腹立ってたし」


 何て冗談を言って小鳥の囀り亭へと移動を始めた。

 道中、エリーゼから「ハンスはそちらに来させるよう伝令を出して置きました」と、言われてしまった。本気だと取ったようだ。

 エミリーも親指を立ててさすが嫁と良い笑顔だ。

 なんにせよ、二人が仲良しになってくれてホッとした。


 そして、俺はとうとう苦節一ヶ月、この場所へと戻ってきた。

 カランコロンと小鳥の囀り亭の暖簾を潜る。


「「「いらっしゃいま……あああああ!! せーのっおかえりぃ」」」


 子供たちが既に働いていた。

 いや、ユミルから引き取ってくれたことは聞いて居た。

 だから当然と言えば当然なんだが、もうすっかり元気になってちゃんと働いている姿に感動を覚えた。


「いらっしゃいまー……」

「『ディスペル』」


 今度は話をする前に掛けた。

 もう効くと分かっているのだから引き伸ばす必要はない。

 これで元に戻ってくれるはず……


「い、今更、何しに来たのよぅ……」


 ユーカは髪を弄り、目を逸らした。肩がわなわなと震えている。

 まだ、怒っているのだろうか?


「え? あれ? ユーカ?」


 まさか、ユーカは解けないとかそんな事あるのか……

 と思っていたが、彼女が泣き出した事で強がっていたのだと分かった。

 恐る恐る、そっと抱き寄せてみた。

 一番を争うほどにキレてたからまだちょっと怖い。


「怒ってないの?」

「ああ」

「嫌いになった?」

「いや、そんな訳ないだろ?」

「ううん。そんな訳ないよ……ホントは?」


 ギュッと抱きしめ、彼女の問いに相槌を返していく。

 お茶目な彼女はちょいちょい引っ掛けを出してくる。

 引っ掛からない様に丁寧にイエス・ノーを答える。


「ねぇお兄さん、お姉ちゃんは?」

「勿論無事だけど、まだ彼女は帝国にいるよ。ランク上げに嵌っちゃってさ」

「はぁ!? 一番やる気無かったのに……」


 話を聞くと、ユミルの言っていた通り、かなりこっちでもレベリングが流行していたらしい。

 その話が一段落して、エミリーを紹介する。

 エリーゼの時よりはジト目を送られたりと抵抗をみせたが、怒られるような事は無かった。


「ユミルは言っていた。ケンヤにただ守られているだけの雑魚は邪魔なだけだから傍に居る資格は無いと。だからあの子は頑張ってる。私も早くランク上げたい……」

「はぁ? 何でお姉ちゃんが仕切ってるの? た、確かに、すっごい迷惑かけちゃったし、嫌な思いも一杯させちゃったけど、アイテムのせいじゃん!」


 うんうん。そのくらいの感覚で十分だと思う。

 エリーゼが気にしすぎなんだよな。


「ごめんな。あの仮面が犯人だったみたいだ。ローブ関係なかった」

「どういう事!?」


 彼女達に最新情報を伝える。


「そっか、良かった」

「ええ、これで私達の想いは本物です、と自身を持って言えますわ」

「気持ちなら負けない」

「こらっ、そんな勝負すんなよ。エミリーは直ぐ手が出るんだから」


 と、取り押さえつつ、忘れないうちにと全員に『シールド』を掛けた。

 




 一息つくと、二人を正気に戻せた事で自然と口から言葉が出た。


「漸く、漸く取り戻せた」と。


 後少し、あと少しだ。


「そう言えば、ミラや『か弱き乙女』の面々はどこに居るんだ?」

「あー、なんか、ミラちゃんがやっばいくらいやる気が漲っちゃってさ……」

「ランクあげの?」

「うん。それでアルール近辺は卒業だって王都へ向かったよ。ラーサさん達も護衛だから付いていった。ミレイさんは……ってそれは知ってるよね?」


 あ、こっそり来たのバレてるんだった。

 恥かし恥かし。


「子供たちは宿任せられるようになったかな?」

「そんなに早くは無理だから。あーでも素泊まりならいけるかな。料理が絶望的」


 ごめんなさいと誤る彼らの頭を撫でつつ、ユーカとこれからの予定を詰める。

 素泊まりのみにして少し値下げして営業する事になった。

 それならば子供たちにも問題なく出来るそうだ。

 

 少しの間彼らに任せ、エリーゼとユーカを連れて王都へと行くことに決定した。


 それから、ハンスに拳骨を落としたりラリール男爵とエリールに一応挨拶に向かったりと、王都へ向かう為の準備を整えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る