昔やったネトゲに似た世界。

オレオ

第1話異世界へ行けてしまう

「ああ、久しぶりにMMOやりてぇな……」


 ブラゲーやソシャゲーにどっぷり浸かりきり数年、漸く飽きが来た頃にふと感じた。

 昔ながらのMMOがやりたいと。


 高位装備を苦労して揃え、ひたすら強化する為に奔走した日々。

 やり慣れた者しか行けない狩場に仲間と共に通いつめ、更なる上位者が行ける狩場の模索をする。

 10年経った今、思い出してもワクワクした気持ちがぶり返す。

 そんな想いに引っ張られ、MMO関連のプレイ動画を漁った。

 だが、しっくり来るものは一つも無い。

 当然だろう。

 過去の幸せな記憶とは美化され思い入れも強くなるものだ。

 何の思い入れも無く、知らないゲームがしっくりくる筈がないと、溜息を一つついた所で一つの動画が目についた。


「ふむ、良いタイトルだ。あん? 再生0回か……仕方が無いな、俺が見てやろう」


 動画から動画へと転々として行った結果、『シャイニングストーンが好きだったあなたへ、異世界へ行けてしまう動画』という変なタイトルの動画を再生した。


 どうやら異世界をテーマにしたCG映像っぽい。


 魔物の群れと人の軍団が激突しようとしている所から始まった。

 その映像に圧倒された。


「いやいや、頑張りすぎでしょ。これ全部CGだろ? てかシャイニングストーン関係なくね?」


 今まで見たどのアニメより作りこまれた映像だった。

 魔物のリアルさだけじゃない。人の動き一つとっても実写の映像を見ているようだ。

 気合を入れる為だろう怒号、ダメージを受けたであろう悲鳴、魔物の雄叫び、どれもこれもが鮮明だ。

 BGMが無い事だけが残念だった。


 そして最後に画面一杯に精巧に描かれた魔法陣が映し出される。それを見て思わず心の声がでた。


「てか、異世界行きたい、異世界……」


 布団に転がって呟くも、実際行けても何も出来ないだろう。

 この平和な世界でも引きニートになってしまう程の社会不適合者だ。

 年齢的にも三十路を超えた良いオッサンだ。

 まあ、チートくれるってんならやっていけるだろうけど、そんな上手い話があるわけないし。

 ああ、何か寒いとコートを手繰り寄せ、肌がけ代わりに使う。

 

 ん? 何かPCの光ってる……画面が切り替わったのか?

 雨戸からカーテンまで締め切りの薄暗い部屋の中、黒字に赤で書かれた魔法陣の画面から明るい色の画面に切り替わったのかなとそちらに体を向けた。


 その瞬間

 ブツンと音がして視界が暗転した。


 え? 何? 停電?


 そう考えた直後、強い光を受けた。


「うぉぉぉぉぉ、目がっ! 目がぁぁぁ」


 手で目を押さえてのた打ち回る。何故、一人自室で古いネタを体現せねばならんのか。

 一体原因は何だ?

 目をシパシパさせながら光に目を慣らしていくと、自室に居た筈が、晴天の大草原にぽつんと一人取り残されていた。


 な、何だこれ。いやいや、何だよこれ!

 リアル異世界? いや、非科学的な考えは止めよう。

 恐らく、ここまでは自分で移動、もしくは誰かが運んだ。

 そしてそれまでの記憶を失った。


 そう言う事だろ?


 だが、そう考えても違和感がある。

 服装は変わってないし、車も無ければ持ち物もない。

 要するに自発的に来たと言う事はありえない。

 何者かに攫われた……?

 とは言え、ここに一人ぽつんと放置って……

 外傷すら無い様だしそれも可能性低いか?

 それに何も思い出せないと言うより一瞬で居場所が飛んだ感覚なんだが……


 よし、結論が出ない事は放置だ。

 取りあえず、ここが視覚触覚嗅覚に至るまでガチでお外な事は把握した。

 このままここに居ても餓死すること間違い無しだろ。

 目指すは町やら民家やらだ、と靴下のままな事を不快に感じながら立ち上がった。

 あ、靴までねぇのかよ。やっぱり自分で来た線は消えたな……


 見渡す限り草原と森、他に何も見あたらない……

 と思いきや、かなり遠目に何か移動するものが見えた。

 米粒の様に小さく見えるのでそれが何なのかは分からない。だが、何一つ分かって無い今、それを確認しに動くべきだろう。

 人である事を願いながら石を踏まないようにとひたすら歩いた。 


 何処までも、何処までも……


「あー、もうさっぱりどっち行ったか分からんな。まあいいけど」


 結構な時間を掛けて歩いたが、それから動くものを目にすることは無かった。

 だが、代わりに発見できたものがある。


 道だ。


 とはいえ、余裕を持って『まあいいけど』なんて呟いている訳では無い。

 本州でここまでひたすらに何もない草原と森を見た事無いのだから。


 森に近づいて気がついた。

 見た事が無い様な葉っぱが酷く厚い草や『ちょっとおかしくないですか?』と問いたくなる程の大木。

 要するに、日本ではない可能性がめっちゃ高く、町が見つかったところでどうにもならないのではないかと言う思いが強くなった。


 諦めの境地と言う奴である。


 幸いなと言うのも皮肉だが、いきなり過ぎた不幸に心が追いつかず、絶望よりも唖然としてしまい思考が深くまで及ばない。

 そのお陰でまだ絶望に暮れてはいない。


 何かもう疲れた。

 多分4キロくらいは歩いた。

 靴も無いからかなりつらい。

 そう、靴が無いのが宜しくない。尖った石踏みそうになって足場を急激に変えると重心がずれてよろけてと無駄に疲れる。

 せめてスリッパでも履いてればな……


 あ、待てよ……無いなら作るか。

 流石に怠け者の俺でもこのまま生を諦めるという選択肢はない。

 ならここからひたすら歩く事になるんだから、やるなら早いうちが良い。


 草原には何も無かったけど、折角森のすぐ傍まで来たんだ。素材となる物は一杯あるだろ。最悪、葉っぱを一杯重ねて足を包むだけでもたいぶ楽になるだろうし。


 結論が出て森にしっかりと目を向けた。

 巨木が立ち並び、葉で光が閉ざされ少し薄暗い。そこかしこに蔦が這い、実を生らしているのか赤黒い芋虫の様な物が生えている。

 少し、光が入る場所には威嚇する様に見えるほど鋭い葉を大量に生らしている。

 その草は人の背丈よりも高く、あそこに入ろうとはどうやっても思えない。

 見れば見るほど異様な光景に足が竦む。 


「とは言え、やるしかないよな……」


 ここから何十キロ歩くか分からない。

 靴下しかない状態でヨチヨチ歩いている場合では無い。

 だからやるしかない、仕方が無い、と森に入る直前まで歩を進めて観察する。

 仮に……そう、本当に異世界だとするならば、魔物が居る可能性がある。

 そうでなかったとしても、獣が居て当然だと思える大自然。このまま安易に奥に行くのは愚策だろうと一番近い枯れて倒れた巨木に近寄り、表皮を剥げないかと脆そうな場所を力いっぱい引っ張った。 

 バキッと音がたち、割と簡単に表皮を剥がせた。


 後は紐代わりの蔦だ。

 これはそこかしこにある。ミッションコンプリート! と思って引っ張ったが、こっちはどんなに力を込めても切れない。


 生きてる植物つえぇ……

 これは刃物が必要だ! が、そんな物は持ってない。

 俺の足を散々攻撃した石ころに役立って貰うしかないな。

 台になる石と打ち付ける用に石を持って来てなんとか紐代わりの蔦もゲットできた。

 後は表皮を足のサイズに大体合う様に折り、蔦をぐるぐる巻きにして靴もどきが完成した。直ぐ壊れそうなので表皮は持ち歩く事にした。


 そして、街道らしき道を森から離れる方向へと歩き出した。


「ぐぬぬぅ……」


 靴もどきは余り良い出来ではなかった。

 足つぼマッサージ器を踏み続けている感覚。

 蔦をぐるぐる巻きにしているからバランスも悪い。

 まあ、尖った石を踏んで傷つくより断然良いけど。

 よし、ここからは前向きな事を考え続けて適当に進もう。まだ先が一つも見えないのだから相当歩くはず。多分現実逃避してないと心がやられる。


 うん。俺は、念願だった異世界転移を果たしたのだと言う前提でいこう。

 チートも無く町でもない場所に放り出されるという最悪の形で……

 いやいや、前向きに行こう。前向きに。


 ほらきっとこうやって「ステータス!」とか口にすればきっと数値が……

 出ませんね、はい。  


 えっと……今までは感じなかった体の中の力に気がつければ魔法だって……

 ただの中二病ですね。はい。

 

 ああ、あれだ! 魔物を倒してレベルアップすればきっとそう言う事も出来る様になるんだろ? 武器も防具もお金も無いけど。

 引きニートにそこを乗り越える能力があるとは思えないけど。


 ヤバイな、相当精神が病んでる。だって先が見えないのにただ歩くって怖いじゃんよ。

 いや、だからこそ真面目にふざけよう。


 うん。異世界と言えばあれだ。

 一夫多妻制とかもあればハーレムも夢じゃないわけだろ?

 ん? ハーレムが出来ちゃう……? ああ、それいいな!

 けど、仮にだ。

 仮にそれが出来るとしてもハーレムって実際はクソだって話じゃん?

 だって逆ハーレムの一員になった自分と同じような感情を女が抱くんだろ?

 俺だったら如何するだろう……


[脳内インスピレーション]


「A子は俺たちで守るぜ」

「ああ、良い事言うな。じゃあ今日は俺、ケツで良いぜ?」

「じゃあ、俺が前な?」

「待て、じゃあ俺は口か?」

「ま、待ってよぉ! 私の意志は? 何で勝手に決めちゃうの!?」

「「「分かった。じゃあ多数決にしよう」」」


 あれ? A子かわいそうじゃね?

 いや違うそっちじゃねぇ。

 男が良い奴等ならと仮定すればだが、割と楽しそうだぞ。

 だってエロい事はシェアだけど養って貰えるんだろ?


 ならどうしてクソな結果になるんだろう……


 ああ、分かった。

 独占欲だ。うん、当然だな。

 そりゃそうだよ。

 普通に出会って付き合ってラブラブしてる所で新しくもう一人彼氏追加です。なんて言われたら俺でもキレるわ。


 と言う事はだ。


 養ってやるからハーレムの一員になって欲しいという前提で進めれば諍いは起こらない? 

 いや、諍いは起こるか。

 でも一夫多妻制有りで、その前提があれば暴走は抑えられそうだな。

 って考えてみたけど、俺達男が求めるのはそう言うビジネスライク的なのじゃないんだよなぁ。

 ほらぁ、やっぱり『一緒に居られればそれでいいのぉ~だいしゅきなのぉ~』って奴?

 間違っても『お金くれるならエッチさせてあげても良いけど、演技面倒だからマグロでいい?』とかじゃないのだ。

 そう、俺達はマグロを並べたいわけじゃないのだ。


 では、その理想を叶える方向でもっと考えてみよう。

 理想を求めると恋愛感情が必須になる。すると独占欲が生まれ嫉妬がぶつかり合い俺も女も辛い。

 となるとどうやっても無理じゃね?

 ああ、だからハーレムは夢の中だけなのか。


 いや……待てよ……


 人間って慣れる生き物だよな?

 俺だって最初はNTRものは苦手だった。だが、それも日々の努力によって日常化されイケる様になった。リアルNTRは経験無いけど。いやその前にその前提となる経験が無いけど……

 いやいや、待て。考える方向そっちじゃねぇ。


 ……と言う事は、嫉妬のぶつかり合いは最初だけと言う事か?

 ならば、その最初を乗り切る方法を考えればいけるのではないか?


 一夫多妻が常識の世の中だったとすればどうだろうか?

 あるいは、物を知らぬ子供のうちからその様に教育が施されればどうだろうか?

 動物は群れの長である雄がハーレムを形成する事はざらであるからして人でもそれは当然の事だとか言い聞かせれば……

 割と、いけるのではないだろうか?


 そう、人間は『皆やっている』『皆我慢している』『それが当然』などと、そういった言葉に弱い者なのだ。

 ふむ、是非ともその実験結果をレポートする必要がありそうだ。

 だがその為には自分の心に『クソ野朗』というシールを貼り付け、罪悪感と戦っていかねばならない。果たしてそれで俺は楽しめるのだろうか……


「あっ……!」


 などと考えていた所で思考が現実へと引き戻された。

 視界の先に人工らしき物が見える。あれは町の外壁だろう。

 もう夕暮れだ。入れるのであれば今日中に入りたい。

 そう思って足つぼマッサージに耐えながら小走りを続けた。 


 近づく事でここが異世界、もしくは過去であろうという線が強くなった。

 何故か門の前に兵士が居る。

 明らかに門兵ではない。何故なら三十名ほどがガチガチに武装して旧時代の武器を構えているからだ。槍、剣、弓である。

 もしかして戦時中の町に来ちゃったのか?

 けど、ここまで来た感じからして次の町まで馬車で数日とかだよな?

 その前に餓死るよな?

 もう向こうもこっちに気がついているだろうし、威嚇しないようにゆっくり近づくしかないな。

 あ……言葉……通じないよね?

 詰んだ? コミュ障なのにジェスチャーで伝えるとか無理なんですけど。

 ううぅ、でもここで行かなければ怪しすぎる。

 完全な不審者だ。二度とここには来れなくなるだろうな。

 そうなれば餓死が待っている。


 ああ、行きたくねぇのに……


 精一杯笑顔を貼り付けて普通の歩調で歩いて近づいた。

 どうしよう。こっちでも両手を挙げたら降参のポーズになるのだろうか?

 

 近づけば近づくほど武器の先がこちらに向いている事が分かった。


 ならば、あれだ。

 こういう時の必殺技。

 行き倒れて保護して貰う作戦。


 俺は、残り10メートルと言うかなり近い所まで近づき、腹を押さえてポテリと力なく倒れた。


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