弦奏のハルモニア

Palmette Lotus

序曲 Pilgrim on her road

 これは、御伽話と呼ぶにはあまりに拙い。

 しかして、歴史と呼ぶには全くもって不確かだ。

 そんな数多の世界の中で生まれては消えた、ある二人の女の話をしよう。






 昔から、音楽が好きだった。

 歌でも楽器でも、メロディに乗る時、自分は世界と繋がっているように感じるのだ。家がそこそこ裕福だったこともあって、幼い頃より音楽に触れてきた。ピアノ、フルート、フィドル……ではなくヴァイオリンか。とにかく色々とやってきたものだった。ジャンルだってそれこそ、たしなみだと教え込まれたベートーヴェンから親しんだリールやジグまで、幅広く吸収してきている。

 お父様は常々、アイリッシュなんて田舎くさい音楽はもうやめなさいって言っていたけれど、私はそうは思わない。小さい頃から何度も耳にして、何度も踊ったアイリッシュわたしたちのおんがくは、生涯誇れるものだって思うから。

 そんな田舎くさい私も、なんと都会で生活することになった。しかもかのヴィクトリア女王のおひざ元、大英帝国が帝都、ロンドンでだ。

 お母様は喜んでくださったけれど、家のことを考えると頭が痛い。お父様と半日に及ぶ口論の末、半ば勘当に近い形で旅立ちを許可されたわけだし。まあ、家を追い出されようが、お給金はきちんと家に入れよう。ここまでこんなはねっ返りを育ててくれたお礼はしなきゃいけない。

 ということで、現在はロンドンより西に約120マイル、ブリストルにて宿泊中。上手くいけば明日の夕方には、晴れてロンドンっ娘だ。

 娘って年でももうないけど……

 真面目に付けたことなんてろくにない日記も、こうして書いてみると中々に楽しい。三日坊主にならないように、気を付けようと思う。


 ベッドに入る直前、私はもう一度運命の合格通知を手に取る。


 フローレンス・ガートルード 大英帝国王立遣奏団への入団を許可する


 それが、新たな演奏舞台ステージ


 私はここで、どんな音に出会えるだろうか。





 「陛下……恐れながら申し上げます。 現在、我が帝国は彼の国と緊張状態にあります故、なんとしても大英帝国とは同盟を結ばねばなりません」

 重臣、ロスタムがそう言えば、取り巻きの貴族達も追随する。昔からこうだった。我に意見できるのはロスタムのみ、他の者はみな後出しで我かロスタムに声を合わせる。


 みな政の責任を負いたくはない一心でのこの体たらく。一体何のための御前会議なのか分からなくなります……父上。


 我が父も、同じ気持ちを抱いたのだろうか。ロスタムは先代の父の頃より仕えているが、代替わりした後も我に忌憚なく意見をぶつけてくる。それが有難く、また同時に厄介な悩みの種でもあった。

 「ふむ。 確かにロシアは難敵だ。 彼奴らは帝国領内の不凍港を狙ってこちらへ南下しているとも聞く。 我らの軍事力を鑑みれば敗戦こそ有り得ぬが、万全の準備は必要ということか」

 「左様です陛下。 我ら帝国の勝利は揺るぎませぬ。 ウィダルナ将軍率いる『不死軍』のある限り、ロシアなど此度も返り討ちでしょう」

 貴族の一人がそう言うと、周囲からも笑いが起こった。


 建国よりおよそ300年、ユーラシアの覇権をかけてロシアとは何度目とも分からぬ戦をしてきたが、未だかつて無敗、常勝どころか必勝の歴史を持つ我が帝国は、まさにその覇権を掴まんとしていた。

 そのような栄光とは裏腹に内政はひどく腐り果て、こうして形骸化した話し合いが行われているのだがな。

 真に国を動かすべきは民草であり、貴族でもなければ皇帝でもない。そんなことはとっくに分かっていた。

 だが、現状の御前会議を解体し、民主主義を取り入れんとすれば、ロスタムと殆どの貴族が反対する。厄介なのは、自らの地位に縋る貴族とは裏腹に、ロスタムは王家の威光を真に案じて反対していることだった。それが分かってしまう我は、どうしても、踏み切れずにいた。

 全て、我の弱さが招いたこと……我が、弱い故の……

 「それでは陛下、お許しを頂きたく存じます」

 ロスタムの言葉に続き、貴族達も姿勢を正す。

 今日も会議は踊らず、されど決まった曲で進む。


 「ジャムシード帝国皇帝、メリエム・アル・シャミラームが命ずる! 敵国ロシアとの開戦に備え、大英帝国との同盟構築を急げ!!」

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