第51話 剣戟

「――!!」


 キィン、と金属のぶつかり合う音が背後から聞こえた。振り返ると、アランがククリナイフを取り出し――鼻のあたりまで覆面を被った男の大剣を受け止めていた。顔はよくわからない。髪の色も。ただその瞳が青い事だけ、それだけがわかっただけだった。


「アラン!?」


 思わずセシルの手を離す。駆け寄ろうとした時、ひゅ、と何かが顔のすぐ横をかすめた。ギリギリ、皮膚を切ることのない距離。小さな、暗器のようなナイフだった。それは大剣を持った男の腕に刺さり、体勢を崩す。その隙をついて、アランは男の首を落とした。


「助かったよ、狐野郎」

「それはどーも。ロベリタ嬢、怪我はない?」

「え、ええ……」


 ナイフを投げたのは、口ぶりからして恐らくセシルだろう。しかし安心したのもつかの間、今度はセシルの背後から剣戟が飛んでくる。アランがククリナイフを投げ、それを弾く。相手は複数の様だった。


「……!」

「厄介だねえ、この調子じゃ、馬もやられてるかもしれない」

「ひとまずここを片付けなきゃ。お姉ちゃん、ナイフ持ってるよね? 持っといて!」


 アランが叫ぶ。私は言われるがままに、ナイフを手に取った。護身用にと、念のため持たされていたロベリタのナイフ。鞘には宝石が埋め込まれており、柄と刀身は十字架の様に美しい線を描いている。

 場はほとんど、アランが制していた。時折セシルがナイフを投げ、相手の体勢を崩す。その繰り返し。それを見ているうち、私は背後の殺気に気づかずにいた。


「お姉ちゃん、危ない!」


 アランが叫んでようやく、私は背後の気配を知った。身体が、知らぬ間にナイフを抜いていた。大きな剣戟が降りかかる。――体は覚えている。五日アランが言ったその言葉通りに、私の身体は勝手に、横へと逸れていた。頬に鋭い痛みが走る。剣先が掠めたのだと悟り、抜けそうになった足に力を込めた。ナイフを構える。


「……っ!」


 必死だった。アランのククリナイフも、向こうも応戦しているため間に合わない。やらなければ。殺さなければ。守らなければ。体の中からそんな言葉が浮かび上がってくる。気づけば私は、相手の懐に入り込み、その胸をナイフで貫いていた。我に返らせたのは、生ぬるい血が全身を染める感覚だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る