第47話 赤
「私、ちゃんとできていたかしら」
「ロベリタ嬢としては挙動不審だったけど、初めてにしてはよくやった方だよ」
「お姉ちゃん、途中、ぼうっとしてたみたいだけど……大丈夫?」
「人に酔ったのかもしれないわ。緊張したし」
行儀が悪いかもしれない、と思いながらも、壁に背を預ける。僅かなアルコールが心地よい。思えばこの世界に来てから、果実酒でさえ口にしたことがなかった。元の世界では毎日飲んでいたのに。なんだか不思議な気分だ。ロベリタの身体はアルコールも自制していた、そういうことだろう。
「探しましたわよ。ロベリタ」
気の抜けた一瞬。横からかけられた声に、更に辟易した。失礼かもしれないが、今はそっとしておいてほしい気分だった。
「……クリス。貴方も来ていたのね」
そういえば、そんなような事をセシルが言っていた気がする。女王陛下主催の社交界に呼ばれるということは、彼女もそれなりの身分なのだろう。
「わたくしが差し上げたドレス、ちゃんと着ていますわね。……大丈夫そうですわ」
私の全身をくまなくチェックし、彼女は満足げに頷く。そんな彼女の着ているドレスは、先日宣言していた通りの赤色だった。見事なほどに、薔薇と同じ赤色。胸には見事に咲いた薔薇の花を挿している。血を散らしたような鮮やかな色が印象的で、彼女のブロンドの髪とよく合っていた。
「クリスも似合っているわ。素敵よ」
「当然です、似合わないものを身に着けるほど愚かなことはありません。貴族たるもの、常に下々の手本となるべきなのです」
そう語る彼女の表情は、自身に満ち溢れていた。羨ましくなるほどに。
その自信を少しでいいから分けてほしい、と思ったが、貴族という階級には絶対に備わっている標準装備なのかもしれない。赤と青、対になる二人が並んでいると目立つようで、心なしか視線を集めているような気がした。思わず縮こまりそうになる。
――ロベリタ様とクリス様が話しておられるわ。
――対になる見事な装いだ。流石は武家の方々。
――絵になるわねえ……
丸まりそうになる背を、クリスがぴしゃりと扇で叩いた。冷たい眼差しで睨まれる。
「貴方はわたくしと連なる存在。自信を無くしてどうしますの。いくら記憶がないからと言って、許されることではありませんわ」
そうして、周りに聞こえぬよう、小声で耳打ちしてくる。近づいたクリスは、ふわりと華やかな香りを放っていた。ますます気後れしそうになる自分を抑え、私は背筋を伸ばした。
「では、御機嫌よう。……ハーバード様のこと、よろしく頼みますわよ」
他にも行く場所があるのだろう。クリスが背を向ける。去り際に、一言添えて。
ハーバード。そういえばクリスは、ハーバードが倒れたことについて、何を知って、何を想っているのだろう。聞けばよかったと後悔はするものの、触れてはいけない気もして、私は口を噤んだ。
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