第19話 悲報

(これは身体に残った彼女の残滓。私では、ない――)


 涙を拭く。状況は理解できないが、これもロベリタが体験したことなのだろう。

 ハーバードがどうとか言っていたが、なんなのだろう。約束って、一体……

 わけがわからないことだらけだ。それでも今は、目の前の友人へと向き合わなければいけないのだろう。ロベリタが大切な友人だと称した、この人に。


「ごめんなさい。いろいろと混乱しているみたいで……自分の事さえよくわからないの」

「あら、そうですの。大変ですわね」


 心なしか、クリスが安堵したように見えた。青い瞳がわずかに和らいだような、そんな気がした。それはもしかうすると、この部屋に入ってきてから一番。


「気にすることないですわ。無理に戻すものでもありませんもの。ね、護衛役」

「なんで僕に振るのさ」

「貴方が一番、彼女に近いでしょう。しっかりと支えるのですよ」


「近いのはハーバードじゃない? あいつに伝えておくよ」

「ち、違うわ! 貴方が一番近いのです。共にいる時間が長いのは貴方ですわ」

「……?」


 違和感を覚えた。アランが、私とハーバードが近い、と言うなんて。きょとんと見つめていると、アランが密かにウィンクしてくる。目配せのつもりだろうか。


「クリス様。随分と熱が入ってるね」

「……! きょ、今日は帰りますわ。気分の悪い。ロベリタ! あなた、主人なら護衛役の躾くらいしておきなさいな。次はありませんわよ」

「え? あ、えっと、ごめんなさい」

「……っ! ごめんあそばせ!」


 クリスがかつかつとヒールの音を鳴らしながら出ていく。顔がリンゴのように紅く見えたのは、気のせいだろうか。

 その姿を見送ったアランが、堪えていたらしい笑いを吐き出した。


「は、ははは……! 見た? あの顔! わかりやすー」

「アラン。あまり人を刺激するようなこと言っちゃだめよ」

「次はない、って言われたものね。流石に気を付けるよ、おねーちゃん」


 アランは結構、人をいじめるのが好きなのだろうか。

 どう見てもあの顔は、ハーバードのことを意識している態度だった。二十代後半まで女の園でOLをやっていたのだ。それくらいの顔色の違いは分かる。


(約束って、ハーバードに関することなのかしら)


 首をひねるが、答えは出てこない。そもそも出てきた記憶が断片的過ぎて、繋ぎ合わせるのが難しい。だって、ハーバードが。その次に続く言葉は、なんなのだろう。


「ごめん、お姉ちゃん。ちょっと待って」


 思案していると、急にアランの表情が険しくなった。気が付くと、何か見たこともない、機械のようなものを操作している。小声でその何かに囁きかけながら、アランは何かを聞き取っているようだった。


(……インカム、みたいなものかしら?)


 OL時代にも使ったことがある。しかし、ドジな私は投げかけられている言葉全てに反応し、名指しで注意された苦い思い出がある。使わなければ使いこなせない、特殊な機械。どうやらこの世界にもそれは存在しているようで、アランはそれを操作しているらしかった。


「クリス様、帰らせて良かったかもね。急用だよ」

「急用?」

「ハーバードが、倒れたってさ」


 嫌な知らせは、機械とともにやってきた。

 その言葉は重く、そして背筋が凍るほど寒く、細い身体にのしかかってきた。

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