第30話【アレス視点】あなた達、読み書きできるの?




ドゴオォォォォオォオオォオン。



轟音とともに、ピリッとした痛みが身体に走る。


ちょ、ちょっと痛いわね。


目を覚ませば、目の前には陛下の側近───ガルシアちゃんがいた。


「う~ん。何するのよ、ガルシアちゃん。もう少し紳士的な起こし方はできないのかしら?」


状況が把握できなくて、とりあえず身体を起こせばカウンターテーブルが真っ二つに破壊され、そこに身体がめり込んでいることに気がついた。


もう、なによこれぇ……。


ていうか何でガルシアちゃんがここにいるのよぉ~。


あの面倒くさがりで読み書きもできないガルシアちゃんが書物を読み漁りにくるとは考えられないのだけれど……。


ウェーブがかった藍鉄色の乱れた髪をかきあげ、横目でガルシアちゃんを見た。


すると、見慣れない黒い頭がガルシアちゃんの後ろから見えた。


その子と視線が交わる。


「ふふふ………あらぁ? このごろ城で有名になってる人間ちゃんじゃないの。どうして君がここにいるのかしら?」


このごろというか、昨日からだったかしら?


駄目ね、ここにいると時間がいまいちわからなくなるわぁ。


それにしても……この人間ちゃんがねぇ。


ぱっと見、大人しそうに見えるけれど……。


普段から夢魔の間にいるせいで外からの情報はほとんど入ってこない。


敵襲にあっても情報が入ってこない。


まぁ、大抵、陛下の部下達がうまく対処してくれるからここまで敵が入ってくることはないけれど。


でもそれくらい情報が入ってこないのに、私の耳にまで目の前の人間ちゃんの情報が入ってきたのよね。


私の得た情報は、ローレンス図書館の利用者からだった。



最初の情報というのが、


『陛下が人間拾って来たって』


『人間の空腹音で皆んな戦意喪失して、客人としてここに泊めることになったって』


だった。


人間を拾って来たというとこまではいいのよ?


だって、人間の奴隷売買だって普通にあるわけだから、陛下が人間をペットにしたって不思議はないわ。


でも、空腹音で戦意喪失して人間が客人扱いってどういうことなの⁉︎


図書館の利用者は他にも『ドラゴンの腹みたいな音だった』と話してたわね。


思い返してみれば、思い当たる節がある。


……そういえば、ここにもそれらしき音は響いたわね。


あの音を、人間が?


と思い出す。


まさか、ね?



次は、『人間、リーナに殺されたって』


まぁ、陛下に対して忠誠心の厚いあのメイドならやりかねないわね。


次は、『人間、死んでなかったって』


はぁ⁉︎ 一体、どういうことなの!


死んだんじゃなかったの⁉︎


……本当、意味がわからないわ。


だから意味わからなさすぎて、ものすごく気になるのよねぇ。


私は、カウンターテーブルのまだ破壊されていない部分に身体を移し、うつ伏せになると頬杖をついて、じっと人間ちゃんを見つめた。


すると、それが合図だと思ったのか人間ちゃんは口を開いた。


「古の魔法の書を探しにきたんだ」


堂々と、はっきりとした口調で話して来たことに内心驚きつつも返す。


「何故その本が必要なのかしら?」


問えば、ガルシアちゃんが答える。


「こいつには魔核がないって知ってるだろ? だから、今の魔法は使えない。だが、古の魔法なら使える可能性があるんじゃないかと思ってな、な!」


「うぉっと!」


ガルシアちゃんが人間ちゃんの背中をバシリと叩いた。


知らないのかしら?


私、ここにずっと籠ってるから人間ちゃんの情報、あまり伝わってこないのよね……。


でも、そうね。


確かに、この人間ちゃんからは魔力が感じ取れないわね。


「古の魔法で一体、何をするつもりなの?」


「まぁ、ただ好奇心で使ってみたいっていうのと、あと護身用だな。あっちの世界に帰るのにこれから色々と行動を起こさなきゃならないわけだし、そうなると危険が伴うだろ?」


好奇心で魔法を使うのならまだわかるけど、正直言って護身にはならないと思うのだけれど……。


何せ古の魔法は、呪文が長すぎて使い勝手が悪いのよねぇ。


チラリと人間ちゃんの瞳を見れば、その目は好奇心と希望でキラキラしていた。


………悲しい現実は今、伝えるべきではないわね。


私は子供に絶望を与えられるほど残忍ではないもの。


でも、いつか知ることになるのよね……。


まぁ、それはそれとして─────


「あっちの世界って、人間ちゃんはどの大陸出身なのかしら?」


「ユーラシア大陸だが」


ガルシアちゃんが腕を組んで首を傾げた。


「………そんな大陸あったか?」


聞いたこともない大陸ね。


今まで読んだ書物の内容を思い返してみても、そんな大陸はなかった。


「最近できた大陸なのかしら? それとも、認識されづらい位置にある大陸なのかしら?」


「いや、この世界の大陸じゃない。私は別の世界から飛ばされて来たんだ」


そう人間ちゃんがしれっと真顔で衝撃的真実を明らかにし、私とガルシアちゃんは目を丸くした。


「ハァアァァアアァァ⁉︎ そんな話、初めて聞いたぞ!」


ガルシアちゃんも初めて聞いたのね……。


「そりゃ、今はじめて話したしな」


「何で隠してたんだよ!」


「別に隠してたわけじゃない。話すタイミングがなかったんだってば……。私がここに来てからの騒ぎを思い出してみろよ」


ガルシアちゃんは5秒間、空を見つめた後、


「あぁ、なるほどな……」


首を数回縦に振った。


大方、私がここで聞いたような騒ぎのことを思いだしたのでしょうね。


「でも納得ね」


「何が?」


ガルシアちゃんがきょとんと首を傾げた。


「この世界に存在する者たちは、ほぼ百パーセント魔核を保有しているというのに、あなたには、その魔核がないんだもの。他の世界の人間だというなら納得だわ」


書物には、『魔力の多い少ないに限らず、人間にも魔族にも魔核がある』と記されていた。


でも、逆に『魔核のない人間も魔族もいない』と記された書物はなかった。


ということは、この人間ちゃんは例外────つまり、この世界の人間ではないのかもしれないということが考えられるわ。


ガルシアちゃんは首を縦に振る。


「ほぼ百パーセントってことは、私以外にも例外はいるのか? 実際」


「いいえ。あなたが魔核を保有していないという真実によって百パーセントが揺らぎ今、ほぼ百パーセントに確率が下がったのよ」


「あぁ、なるほど。っていうか、そんな簡単にこっちに転移して来たってこと信用していいのかよ?」


「陛下は、おまえが武器も何も持たず魔大陸に侵入した上、無防備な状態で昼寝していたと言っていたしな。それに、この魔大陸は人間が昼寝できるほど安全な地帯ではないし。何も知らなかったから、無防備でいたというなら納得だな」


「昼寝、見られてたのか⁉︎」


私の知らないところでそんな面白いことがあったのね。


是非ともその光景を見たかったものだわ!


「そりゃ、この魔大陸は陛下の監視下にあるしな」


「むぅ~」


人間ちゃんは納得いかないと、両頬を膨らませた。


けれど、すぐ元の真顔に戻って、


「ということで、古の魔法の書貸してくれないか?」


と、手のひらを私に見せて来た。


「ちょっと待ってね」


私は背中から黒い翼を出して古の魔書をとり、


「はい、どうぞ」


人間ちゃんに渡した。


「ありがとう」


人間ちゃんは笑顔で私に感謝の言葉を述べた。


夢魔の間とローレンス図書館を後にするガルシアちゃんと人間ちゃんの背中を見送りながら、思った。


ふふふ、変わった人間だこと。


夢魔の私に『ありがとう』だなんて……。


でも、あの子にとってはそれが普通みたいね。


あの子が今も生きていけてるのは、その普通が魔族にとって心地よいものだったからなのでしょうね。


もし人間ちゃんが私たちの知る下等生物と同様だったなら、今はもう生きてはいないでしょう。


アレスは目を細めると口角をあげた。


しばらくは、退屈しなさそうね。


あれ? そういえば……


と、人間ちゃんの言葉思い出す。


『私は別の世界から飛ばされて来たんだ』


あの子、字、読めるのかしら?


それにガルシアちゃんは、読めないしどうやって教えるのかしら?


………まぁいいわ。


わからなかったら、近いうちに聞きにくるでしょう。


その時、ついでに人間ちゃんともっとお話ししてみたいわね。







だって、人間ちゃんの面白おかしいエピソード、聞き逃したくないんだもの。





























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