第16話【陛下視点】人間というのは、羞恥心で死ぬことはあるのだろうか?

リーナを連れてくるように命令し、玉座の間に移動した。


しばらくして、リーナは腕を後ろに拘束されたまま、余の前に両膝をつく。


念のため、兵士二人はリーナを挟むように配置した。


「リーナ、あの人間を殺したとは本当か?」


真紅の瞳を濁らせ、リーナを見た。


瞳が濁るのは、怒りの表れまたは魔力の大量放出を示す。


勝手に人間を殺したことへの怒り、そして、殺したことを白状させるための魔力大量放出による威圧のため、魔王覇気を出したのだ。


殺さぬ程度の覇気を浴びせ、手っ取り早く吐いてもらうために。


リーナは顔を歪めて、額から汗を流した。


「いいえ。それは、事実ではございません」


リーナは否定し、昨日の出来事を話しはじめた。


簡潔に言えば、


リーナは昨夜、人間の寝言で早とちりして敵と勘違いし、短剣を人間に向け、タイミングの悪いことに短剣をしまう前に他のメイドに見られてしまったのだという。


拍子抜けである。


この余を前に、こうも堂々と嘘をつけるとはたいしたものよ。


随分となめられたものだ。


「貴様、余を馬鹿にしているのか?」


「いいえ。滅相もございません」


「リーナ‥‥‥‥もう言い訳はいい。貴様には失望した。覚悟は‥‥‥‥出来ているのだろうな?」


「はい。陛下」


「何か言い残すことは?」


「では最後に言わせていただきましょう」


「陛下にお仕えしたこの120年間、私はただのメイド長にしか過ぎませんが、貴方様を支える者の一人となれたことを心より感謝いたします。今まで本当にありがとうございました」


リーナの膝に大粒の涙が数滴こぼれ落ちた。






「勝手に殺すなあああぁああぁあぁぁぁあぁぁぁぁーーーーーーーーー!」





玉座の間のドアが勢いよくバタンと音を立てて開くと同時に、怒号が部屋に響き渡った。


それは、余が知っている声だった。


「人間っ! なぜ‥‥‥‥‥」


一体、どういうことだ!?


死んでいなかったのか!?


この人間、蘇生したのか?


いや、誰かが蘇生させたのか?


もともと、不死身の身体ということも。


表情は冷静を取り繕っていたが、頭は混乱していた。


呼吸を整えた人間が、余の元へ歩み寄った。


「死んでいなかったのか‥‥‥‥‥」


「‥‥‥‥‥いや、最初っから生きてるし」


人間は苦笑いでへらりと答えた後、今回の騒動を説明した。


内容は、リーナと一致していた。


内容が内容で、ばかげていて信じる気になれない‥‥‥‥。


とはいえ、リーナの味方をする者たちに人間が脅され、このような行動に至ったのだとは思えない。


リーナが魔王覇気を浴びてもなお、堂々としていたのは事実しか話していなかったからだ。


納得である。


‥‥‥‥それにしても、たかが寝言と変な寝相ごときでここまでの騒動を引き起こすとはおもわなんだ。


無力な人間に‥‥‥‥情けない限りである。


この先の魔大陸の将来が心配でならない。


勇者に滅ぼされる前に、勇者以下のこの人間に滅ぼされてしまうのでは? という不安に襲われた。


天井の一点を見つめて遠い目をした。


「へ、陛下?」


「‥‥‥余をからかっているわけではないのだな?」


「じゃなきゃ、こうやって止めにこないって」


‥‥‥‥おい、人間。余を相手にため口とは良い度胸ではないか。


「‥‥‥‥‥人間、敬語はどうした?」


「あっ‥‥‥‥‥すみません。さっきまで混乱していたので敬語を忘れていました。以後、気をつけます」


悪気はなかったようだ。そこらの馴れ馴れしい貴族共よりは、礼儀はあるようだ。


見た目は幼い子供だ。


多少の無礼は多めに見るべきであろうな。


「‥‥‥‥‥いや、そちらのほうが新鮮でいい。ため口でいい。許可する」


「ありがとう!」


素直なのは良いことだな。


人間はハッとした顔をして何かを思い出したようだ。


「陛下、リーナの拘束解いてくれない?」


「‥‥‥‥そうだな。リーナ、すまなかったな」


リーナは真実を述べていたというのに、信じてやれなかった。


本当に申し訳ないことをしてしまった。


「いいえ。そもそも私の犯した失態が招いた結果です。陛下のお手を煩わせてしまい申し訳ございませんでした」


「いやいや。私の寝相が悪かったせいで起きた事件だ。リーナ、陛下、ごめんなさい」


「いいや。余、自ら動いて調べれば死んでいないのだと気がついたはずだ。余にも責任がある」


「いいえ、私が悪いのです!」


「いやいや、私が!」


「余が!」


「私が!」





グオオオオォォォォォオオオオオォォォォォオォーーーーーーーーーーーーーーー!





「これは‥‥‥‥‥」


「‥‥‥‥‥」


「‥‥‥‥‥またか?」


また、なのか?


「すみません。また、私です」


人間の顔が真っ赤に染まった。






バダーーーーーーン。





玉座の間の扉が乱暴に開かれた。




「「「「「陛下あぁあぁぁああああぁぁぁぁ、ご無事ですかああぁぁあぁぁ!!」」」」」



駆け込んできた兵士とメイドの数も前回よりも倍だった。


因みに装備している武器もレアなものばかりだ。


「‥‥‥‥余は無事だ」


余は、はぁ、と呆れたようにため息をついた。


こやつらには、襲撃の音と襲撃でない音を覚えてもらわねばならんな、あと腹の音もな。


とりあえず、これ以上騒がないでやってほしい。


人間に目を移せば、赤色に染まっていた顔が黒に近い赤になったり青っぽくなったりしている。


‥‥‥‥‥このままだと人間が可哀相だ。


というか、死ぬ。(恥ずかしさのあまり)


だから、一刻も早く出て行ってくれないだろうか?



余は人間に哀れみの目を向けたのだった。




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