第6話食い物の恨みは怖いに決まっている。

厨房のシェフが料理のもりつけをしているのを確認し、壁にかけてある時計に目を移せば、針は19時を示していた。


「そろそろ、向かいましょうか」


陛下の命令で人間の世話を任されたメイド長のリーナは客間へ向かった。


「見張りの間、何か問題はございませんでしたか?」


客間前に配置されている見張りのメイドに聞けば、何もなかったと首を横に振った。


どうやらおとなしくしているようですね。


ドアをノックし客間に入れば、真っ暗で電気はついていなかった。


電気をつけ、再び部屋を見れば、キングサイズのベッドに大の字になって大きないびきをかいて眠る人間の少女の姿がそにあった。


陛下はこの人間を無害だと断言した。


しかし、何かあってからでは遅いと同じ考えを抱くメイドに協力してもらい独断で見張りをつけることにしたのだが、どうやらそこまでする必要もなかったようだ。


陛下のおっしゃるとおり、この人間は本当に無害なのかもしれません。


「はぁ‥‥‥」


なんだか警戒して損した気分です。


思わずため息がこぼれ落ちた。


この状態では、しばらく起きることはないでしょう。


食事はまた、朝にもってくるとしましょうか。


リーナは客間のドアに手をかけた。


「おい、貴様、逃げるつもりか」


その言葉に驚き、振り返る。


少女はむくりと身体を起こし、ベッドの上で立ち上がる。


うつむいて顔は見えないが、伝わってくる


これは────殺気。


リーナは舌打ちをした。


やはり無害を装った敵の人間だったのですかっ!?


陛下のご厚意を無下にした罰、受けるがいい。


リーナが目前の空気を手で切り裂くように振れば、そこに闇が出現する。


闇に手を伸ばし、そこから短剣を取り出して戦闘体勢に入る。


敵と思わしき言葉や殺気を放っただけでは、確かな証拠とはいえません。


今、この少女の身体を引き裂けば、無害な少女を殺害したと罪にとわれるかもしれませんね。


敵であるなら反撃してくるはずですから、それまで待った方が良いでしょう。


そのほうが後々説明するのに楽ですからね。


少女はリーナに向かって人差し指を向けた。


ま、まさか魔法を使う気なのですか!?


少女のその構えはなかなか様になっており、今にも指先から魔法を出しそうだとリーナは思った。


リーナは体勢を低くし、飛びかかる準備をした。


緊張で額の汗が頬を伝う。


陛下に自分は無害なのだと証明したこの少女。


ただの者ではないでしょう。


身元不明、目的不明のこの少女は一体何者なのでしょうか。


そんな輩を城に入れた陛下も陛下ですが‥‥‥。


ですが、あまり他人に心を開かない陛下が珍しいですね。


この人間に興味でも持ったのでしょうか?


いいえ、きっとこの人間が何かしたのでしょう。


魔法が使えるとすれば、おそらく魅了の魔法でもかけたのでしょう。


陛下のような強大な魔力をお持ちの方に通常の魅了の魔法が効くとは思えませんが。


ということは、この人間は陛下以上の魔力の持ち主ということなのでしょうか?


少女はゆっくりと顔を上げた。


少女の黒い瞳と目が合う。


その目は憤りに満ちていた。


「‥‥‥ろ‥‥や‥‥‥‥‥」


「っ?」


「私のアイスクリームを食った落とし前つけろやゴラアァァァ!」


少女はそう言い放つと、背中からベッドに倒れ込み、再び大きないびきをかきはじめた。


「‥‥‥はぁ?」


リーナの口から間抜けな声がこぼれ落ち、目が点になる。


寝言‥‥‥ですか。


アイスクリーム‥‥‥を食べられた夢を見たのですか。


ただの寝言ですか。


ただの寝言ごときに惑わされ、短剣まで出してしまいました。


恥ずかしい。


とんだ早とちりです。


メイド長であるこの私がこのような失態を犯したことを知られるわけにはいきません。


寝言といえどもこの少女と目が合ってしまいました。


それを覚えていたのだとしたら、私のこの失態が公になるかもしれません。


リーナは人間の少女に見張りをつけるのを止め、明日から少女のご機嫌とりに専念しようと心に決めた。




どうかこの失態がバレませんように。





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