第5話

 冷たい雪が徐々に体温を奪っていく。顔に触れては、涙のように溶けて消える。手に握られていたショップバッグは雪に濡れて、綺麗だったその形をゆがませていた。まるで、自分の心を表しているかのようで、嫌だった。


 瞳に忌々いまいましく映るイルミネーションを横目に、溢れた男女の人混みを掻き分けて、その場を離れる。もう、要らない。もう、何も見たくない。そう思えば思うほどに、自分が酷く惨めで、速度を上げて街中を駆けて行く。


 そして、交差点に差し掛かった時だった。


 君の姿が見えた。遠目からでも、はっきりと分かったんだ。


 彼女がいつも身に付けている、あの真っ白なマフラーが夜風に揺れていた。息を乱し、赤信号の待ち時間をもどかしげに足踏みしていた。歩道信号機の表示が赤から青へと変わる。


 彼の視線に気がついた彼女が、大きく手を振る。


 そこで、見えてしまった。


 赤信号を無視した乗用車が、交差点に向かって行くのを。黒い影に気付かない君に、無い声を張り上げる。


 ──止まってくれ。お願いだ。


 けれど、黒い影は伸ばした手の先を無慈悲に通過する。視界は遮られ、君が見えなくなる。世界が閉ざされる。音だけが聴覚を衝く。何も見えない。──君が見えない。


 もし、僕に声が有って、この声が君に届いたのなら。


 僕は君を救えただろうか。


 けたたましいブレーキ音と、アスファルトを擦ったタイヤの焦げつく匂いに眩暈めまいがした。

 

 光は消え、目の前が真っ黒に染まった。


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