超めんどくさがりのお師匠様

木下源影

第1話 セイル・ランダ

ボクの目の前には高い山がそびえ立っている。


さらにはこの山には道はないので、


自由に歩けるんだけどその分地面の状態が不安定だ。


砂利や小石、時には大きな岩もある。


だからまっすぐには歩けない。


この山は大昔から神の坐山おわすやまとして、


人々に崇められ、そしておそれられている。



山肌は薄くまたは濃い土色だけの世界。


でも、頂上近辺は白く色づいている。


万年雪というやつだ。


きっと、万年氷もあることだろう。


木や草もあるんだけど、それはごくわずかだ。


でも今日はすごくいい天気で、


薄っすらと雲がかかっているだけだ。


ボクは右足でチカラ強く、


神坐山の大地を踏みしめた。



今いる山裾やますそはなだらかだけど、


ここですでに標高1000マルリある。


酸素が少し薄いと感じる。


道はないけど、何とかしてこのまま真っ直ぐ走っていけば、


すぐにでも山頂に到着できるように感じる。


だけど山のほぼ中央からは、勾配が異様に厳しくなるはずだ。



お師匠様の言いつけなので、破るわけにはいかない。


ボクはこの壁に近い山を自分自身の両腕両脚だけで越えなければならない。


『空を飛んだ方が楽なのに…』と、当然こんなことを考える。


だけどそれでは修行にならない。


そして絶対にずるいことをしてはいけない。


お師匠様にすぐに気づかれるって聞いていた。



お師匠様は弟子を可愛がらないということも小耳にはさんだ。


それに免許皆伝をもらった弟子は誰もいないそうだ。


厳しいことで知られているボクのお師匠様は、


できれば弟子を取りたくないって、妙にめんどくさそうに言っていた。


だけど、願い出れば必ず弟子にしてくれる。



お師匠様の言い付けを破ると確実に破門される。


破門されてもまた弟子入りはできるんだけど、


再入門の試験が厳しくて合格した人は誰もいない。


ボクはこの高い山に挑むように意気込んで、


第二歩を踏み出したんだ。



直進すれば目的地までの移動距離は短くなるんだけど、


勾配が激しくてすぐに息切れをする。


だから距離は長くなるけど、山の麓から円を描くように丸く歩き始めた。


慣れて来たので速足に替えた。


さらに慣れて来たので小走りに替えた。


今はこの程度が清々しくて気持ちいいと思うようになった。



ボクはいつの間にか山を越えていることになっていた。


さっきまでいた場所の真裏なので、越えたといっていいはずだ。


だけど、頂上を制していないので越えたとはいえないと思って、


少しペースを落としてゆっくりと山を駆けている。



標高が増すと今度はさらに酸素が薄くなったように感じる。


さらには勾配が急になるので左足にチカラを入れないと滑って転んでしまう。


ボクは少し考えて、逆回りに昇ることにした。


今度は右足に負担がかかる。


―― こっちの方がチカラを入れにくい… ――


ボクの利き足は左のようだ。



目前に絶壁がある。


少し休憩することにして今は眺めているだけだ。


ここを昇れば近道になる。


一時間ほどは予定よりも早く頂上に着くだろう。


だけどボクはこの壁を昇ることなく回り込んで頂上を目指すことに決めた。


―― でも、次にここに来た時にはこの壁を昇ろう ――


ボクはこう思ってその絶壁を横目に見てから、


まだまだ遥か彼方の頂を眺めた。



しばらく行って深い谷底のような眼下を見ると雲海が発生していた。


ここで標高3000マルリほどだ。


頂上まで、あと2000マルリほどある。


この幻想的な風景に、ボクは少しみとれてしまった。


その雲海に、山並みが影を落としている。


ボクの影も映っていたので手を振って少しおどけた。


この感動的で少し楽しい景色を振りきって、


さらに遥か遠くの頂きを目指した。


… … … … …


「…あれ?」


やっとたどり着いた頂上付近にある、


大きな広場に人影が見えた。


「お師匠様ぁーっ!!」


よく見なくてもひと目でわかった。


お師匠様には頭がないからだ。


「見事だよ、セイル・ランダ。

 12才とは信じられない。

 恐れ入ったよ」


不思議に思うんだけど、どこから声がするのだろう…


でも今は、お師匠様に頭があるとすれば


そこが口だろうという場所から聞こえている様に思うんだ。


「さ、免許皆伝証だ」


「ええ―――っ?!!!」


いきなりだったので驚いちゃった。


だけど、はっきり言ってうれしかったんだ。


お師匠様から免許皆伝をもらった人なんてひとりもいないって、


また思い出した。


―― あ、でも… これって… ひょっとして破門? ――


「…あ、あのぉー…」


「本物だぞ」


「あ、いえ、それは疑ってなどいません。

 ボク…

 昨日弟子入りさせていただいたばかりなんですけど…」


「そんなもの関係ない。

 セイル・ランダは素質も実力も備わっているからな。

 だから、ほれ…」


お師匠様はボクに免許皆伝証を無理やり手渡してくれた。


「あーやれやれ…

 めんどくさかった…」


一体何がめんどくさかったのか聞こうと思ったんだけど…


でも、免許皆伝ならばと思い直して、


お師匠様の体の正面に立ってから片ひざをついたんだ。


「お師匠様…」


よく考えるとボクはお師匠様の名前を知らない。


今登ってきた山、エラルレラの仙人という別名でしか聞いていなかったんだ。


エラルレラは大昔の偉人で七勇巌のうちのひとりで、勇者の名前だ。


「めんどくさいとは一体…」


「おっ?

 興味、沸いたようだな」


お師匠様はすごくうれしそうに言った。


「その免許皆伝証を創る事がめんどくさかった。

 なにもないところからものを生み出す技術で創ったんだよ」


ボクは免許皆伝証をまじまじと見た。


プラスチックのようだけどそうじゃない。


紙の様だけど違う。


そして、金属のように固いけど、重くなくて柔らかい。


これほど矛盾した物質はないってボクは思ったんだ。


「…ボク…

 この免許皆伝証の創り方を知りません…」


お師匠様は、「あっはっはっはっ!!」と大声で笑った。


「免許皆伝となっても、

 セイル・ランダが師匠になれるとは限らない、

 ということだな。

 セイル・ランダはまだ弟子持ちにはなれないということだ。

 あ、言っておくけどな。

 セイル・ランダとこうして話したりすることはめんどくさくはないぞ」


お師匠様はすごく優しい声でボクに言ってくれたんだ。


お師匠様にはない顔が微笑んでくれているように思えた。


「おっとっ!!」


なんと巨大な岩が、谷底のような山すそからいきなり現れて、


お師匠様のない頭を目掛けて落ちてきたんだ!


「セイル・ランダ!

 動くなっ!!」


ボクは体が硬直した。


お師匠様が言霊を発する前、


ボクの体はお師匠様の盾になろうとしていたんだ。


「それはイケないことだぞ、セイル・ランダ」


お師匠様はとんでもない大きな岩を軽々と受け止めて、


左手で支えるようにして持ち上げている。


「だが、ワシも叱られたことがあるんだっ!!」


お師匠様は大声で笑って、


頂上の中央に、口先でつむじ風を起して柔らかい土に変えた。


その土の上に左手に持っている巨大な岩を置いた。


巨大なのに音もなく岩は地面に吸い込まれるように留まった。


「標高が10マルリほど高くなったなっ!!」


お師匠様はまた大声で笑い始めた。


「…お師匠様…

 あのぉー…

 イケないことって…」


ボクは恐る恐る聞いた。


「簡単なことだ。

 身を盾にしてワシを守ろうとしたことだ。

 自己犠牲は毒でしかない」


ボクは言葉が出なかった。


勇者は自己犠牲あってこそだと思っていた。


だから強靭な肉体を作り全てを跳ね返すチカラ。


それが勇者だとボクは信じていた。



今度は小石がお師匠様を襲った。


一体なにがどうなっているのかボクにはよくわからない。


お師匠様は楽しそうに、


手のひらと足の裏を使って小石と格闘している。


「わかったわかった、エラルレラ」


「…えっ?」


エラルレラはこの山の名前だ。


そして大昔の勇巌、勇者のひとりの名…


「セイル・ランダのもうひとりの師匠でエラルレラ。

 この山がそうだな。

 早く紹介しろと急かしていたんだよ…」


お師匠様は小石との格闘を終えて、平たい大きな石に座った。


そこらじゅうに転がっている石がひと固まりになって石人形になった。


そしてなんと、お話にあった偉人で勇者のエラルレラが現れたんだ!


石人形なのにやわらかそうで、すごくやさしそうに見えた。


偉人だけど小人こびとなので、ボクは正座をして頭を下げたんだ。


「あ、そんなのいいからいいから」


エラルレラは気さくに笑顔をボクに向けて言ってくれた。


「…それよりおまえ…

 勝負してやろうかぁー…」


とんでもないエラルレラの畏れがお師匠様に襲いかかったんだけど、


『フュッ』という口笛ひとつで吹き飛ばしたんだ。


「相変わらず乱暴なヤツだ」


「やかましい!

 首なしヤローッ!!」


なんだか仲のいい仲間の様で、ボクはうらやましく思った。


「あ、セイル、これ、免許皆伝証」


お師匠様の言った通り、ボクはエラルレラの弟子でもあったようだ。


ボクは迷うことなく、恭しく免許皆伝証を受け取ったんだ。


『大師:エラルレラ(八勇巌)』という署名が下の方にあった。


神話のようなお話では七勇巌のはずだと思い直して、


お師匠様にもらった免許皆伝証を見た。


『大師:ヘッドロス(八勇巌)』という署名に、


ボクは少し笑ってしまったんだ。


「あだ名はダメだろ…」


エラルレラがお師匠様をにらみつけた。


「そんなものどうでもいいことだ。

 その下の名の威厳があればそれでいい」


ボクは二枚の免許皆伝証の一番下を素早く見た。


『神フェイラレス(戦の女神でーす!)』


と書いてあったのでついつい吹き出してしまったんだ。


「…な?

 ふざけてるだろ?」


お師匠様が真面目な声でいうと、


『承認:女神フェイラレス』に変わっていた。


あの恐ろしい戦の女神が、


これほどお茶目だとは思いも寄らなくて、


ボクはかなりぼう然としてしまったんだ。


「この星を守っている者達は神。

 だがな、他の星や他の宇宙はちょいと違うぞ。

 最近は特に宇宙が騒がしい…

 至るところで救世主が現れているようだ」


話しが壮大過ぎて、ボクには理解不能だった。


ボクの家族すら守れないのに救世主って…



ボクは家族全員を失った。


それは戦争。


ボクは戦争を憎んだ。


そして神を憎んだ。


当然、戦の女神フェイラレスも憎んだんだ。



でもある日、妙な夢を見た。


『恨まず理解してみろ…』


神のようだけど神じゃなかった。


でも、すごく強いってなぜだか思ったんだ。


その人は見上げるほど大きかった。


普通に人間だと思ったんだけど…


「それが救世主である、仏だ」


お師匠様がボクに言ったんだ。


「ホトケ…」


ボクが言うとお師匠様から柔らかい感情が流れてきた。


よく考えると、お師匠様はボクの思考を読んでいると感じた。


「実はオレにもその仏が来た。

 夢の中でな…

 オレはフェイラと居所のわかっていた

 八勇巌のひとりエラルレラに話したんだよ。

 神たちは確認して、セイントと言う名を口にした。

 聖なる者、聖闘士とも言うらしい。

 だがこの仏の名がセイントということのようだ。

 仏とは神のようだが少々違う。

 神がそれほど持っていない慈悲というものを大いに持っているんだ。

 よって神よりも優しい。

 厳しい面もあるそうだが、それは教えてくれなかった」


お師匠様はひとつ咳払いをした。


「オレはある任務を帯びた。

 セイル・ランダを鍛えろ、とな…

 めんどくさいと言ったがこればかりは聞き入れてもらえなかった。

 だが、セイル・ランダに会って考えが変わったんだよ。

 …教えることがほとんどなくて、

 めんどくさくなくていいだろうと思った…

 ぐはっ!!!!」


お師匠様の腹に、エラルレラの鉄拳ならぬ石拳が突き刺さっていた。


「こんなヤツ、師匠と思わなくていいから。

 あ、ボクの事は友達でいいよ!

 …八勇巌、気になるよね?」


ボクは、「あはは…」と笑って感情をごまかして、


「…はい… お話では七勇巌だと…」と言うと、エラルレラが笑みを浮かべた。


「ボクたちの仲間にね、ひとりだけすごいヒトがいたんだよ。

 そしてね、オレのことは誰にも言うなって…

 今言っちゃったんだけど、

 このお話しってもうしてもいいって許可が出てるんだ。

 もうひとりの勇巌、勇者は、ルオウという名前だった。

 彼もね、実は仏だったんだよねー…」


この星にもホトケがいた。


ボクはなぜだかすごく会いたいって思ってしまったんだ。


「あ、これ、ルオウの写真…」


そんなものまであるんだと思って、


ボクはエラルレラから写真を受け取った。


ボクは少しがっかりした。


でも、ボクに少し似てるかなぁーって思っちゃった。


「…夢の中の人、じゃないです…」


「じゃ、こっちは?」


エラルレラはもう一枚写真を出した。


その写真には見たことのある人が写っていた。


「はいっ、そうですっ!

 この方ですっ!!」


ボクは写真を食い入るように凝視した。


「オレはこいつに…

 この首を取られたんだよ…」


お師匠様がすごく悲しい空気を言霊に込めているように感じたんだ…


「がはぁ―――っ!!」


お師匠様が痛そうな空気を言霊とともに一気に吐き出した。


「ウソつきは殴ってもいいから」


エラルレラがお師匠様のお腹を殴ったあとに言った。


だけどボクはすごくうれしくて楽しく思えた。


お話でしか知らなかった勇巌がふたりも、


それにすごく近くにいて、


すごい親近感が沸いたんだ。


… … … … …


ボクは村に帰って、早速狩人登録をしようと、


いつもお世話になっている…


というかボクの家でもあるメリスンの店に行った。


この辺りだけは村じゃなくて町っぽい。


役所などが全部ここに集まっているからなんだ。



メリスンの店は狩人登録、狩人職業あっ旋と、


雑貨、居酒屋兼ファーストフードショップを経営しているんだ。


ひとつ店がつぶれるたびに、


メリスンがその代わりを引き受けているから、


多角経営っていうやつになっている。


ボクはしばらくは今まで以上にこの店に入り浸ることになるはずだ。



メリスンもボクと同じ戦災孤児で、


女手ひとつでこの店を構えたって話してくれた。


ボクは時間のある時は店のお手伝いをして、


メリスンにおこずかいをもらっているんだ。


「お母ちゃんただいまっ!!」


「お母ちゃんって呼ぶなっ!!

 お嬢様と呼べっ!!」


メリスンが大声で言うとお客さんたちが大声で笑った。


「はい、これ。

 スキャンしてよ」


ボクは二枚の免許皆伝証をメリスンに渡した。


メリスンは怪訝そうな顔をボクに見せた。


「…おまえ…

 昨日弟子入りしたばかり…」


メリスンは免許皆伝証を見て眼をむいたんだ。


「…戦の女神…

 どうして…」


メリスンは一瞬固まったけど、


慌ててすぐに二枚の免許皆伝証をスキャナに通したんだ。


すると、すごい勢いでコピー機が動き出して、


山のような数の依頼書が出てきたんだ。


「…本物…」


「当然だよ…

 ニセモノなんてどこにもないでしょ?」


「いや、だがな…

 八勇巌?

 七勇巌じゃないのか…」


「うん、違うんだって。

 ひとりだけ、シークレットの人がいたんだってっ!

 ちゃんと説明も受けてきたんだよ!」


「しかしだな…

 たった一日で…

 …考えられん…」


「いいよ信じなくても。

 依頼書、ちょうだいっ!」


「ダメだ、ダメだ、ダメだっ!!

 怪我をするだけじゃすまないんだぞっ!!」


メリスンはいつの間にか目に一杯涙を浮かべていたんだ。


きっとボクが危険な目にあうって思って心配してくれているみたいなんだ。


「大丈夫だって!

 お師匠様たちが免許皆伝証をくれたんだよ?

 それが証明じゃないっ!」


「メリスン、はじめましてっ!

 ボク、エラルレラって言いますっ!」


ボクの肩にいたエラルレラがメリスンに笑顔を向けていた。


ボクについてきちゃったみたいで、


今気づいて少し驚いた。


「山にいなくていいの?」


「うん、大丈夫さ!

 ここからなら山の様子がよくわかるからねっ!」


メリスンはエラルレラを凝視してから、


エラルレラの頭に狙いを定めて、


おもむろに右手の人差し指で勢いよく弾いた。


弾いた指の方が痛かったようで、


メリスンはエラルレラをにらみつけている。


「…セイル…

 殴ってもいい?」


エラルレラはかなり怒ってる…


「やめてあげて欲しい…

 きっと、おなかに穴が開いちゃうから…」


「…まっ!

 まさか…

 本物の…」


メリスンは今頃になって驚愕の表情になった。


「八勇巌のひとり、エラルレラだよっ!」


ボクが言うと、メリスンだけじゃなく、お客さんたちも驚いて、


床に座って拝み始めたんだ。


ボクたちの知っている七勇巌は、神にも等しい存在なんだ。



大昔、七勇巌は悪を倒した。


そのお話が神話として語り継がれているんだ。


「…だけど、危ないもん…」


メリスンがいつもは絶対に口にしない


かわいらしい女の子のような口調で言ったので、


ボクは驚いてしまったんだ。


メルスンの年齢はボクよりも七つ上で、十九才だって聞いている。


少し子供のようになっちゃったメリスンがすごくかわいらしく思えちゃったんだ。


「危ないけど行くんだ!

 そうしないと、デラログを追い出せないじゃんっ!!」


デラログはこの村を食い物にしているならず者集団のボスだ。


デラログたちのせいで、メリスンたちのように商売している人たちは


上納金を支払っているんだ。


払わないとチンピラたちが営業妨害に来る。


警察に言っても、デラログに買収されているから取り締まってくれないんだ。


「…セイル、お願いだから…」


「メリスン、お願いだから依頼書ちょうだいっ!」


メリスンはたくさんのコピー用紙を両腕で胸に押さえつけて抱え込んで、


ゆっくりと首を横に何度も振っている。


「エラルレラ、どうしよう…」


「ボクが勝手にもらってくるよっ!

 とうっ!!」


エラルレラが宙を飛んで、


ボクの免許皆伝証二枚と、依頼書を一枚だけ取って来たんだ。


「どう?

 当り?」


エラルレラがボクに紙を見せてすごくいい笑顔で聞いてきた。


メリスンは大声で泣き崩れたけど、


怪我をしないようにして帰ってくればいいって思ったんだ。


「あー…

 大当たりだよ…

 身の丈3マルリの凶暴な恐竜モドキ、デッダ。

 ダイジョブかなぁー…」


メリスンがすごく怯えて、そして発狂しそうになった。


するとエラルレラが飛び上がってメリスンの頭に手を置いた。


メリスンは何事もなかったかのように、


ポカーントして虚ろな目をボクに向けいている。



ボクは恐竜退治のことを本気で心配になったけど、


両腕に装着した免許皆伝証がボクを守ってくれるはずだと信じた。


免許皆伝証は証明書というだけじゃなくって、


師匠たちがボクを守ってくれる防具でもあるんだ。


ボクは二枚の免許皆伝証を、一枚ずつ両ひじに固定したんだ。


「…ああ、セイル…

 虹色の光りが…」


メリスンが言ったのでボクは両腕を見た。


これはチカラが沸いてくる光だと感じた。


「メリスン!

 行ってくるねっ!!」


ボクはメリスンに手を振って、外に駆け出したんだ。


… … … … …


デッダの住みかはよく知っているけど、行ったことはなかった。


メリスンが絶対に行くなと言った場所だったからだ。


ひとつ森を抜けると、もう人間はいなくなる。


ここは大自然、野性の世界だ。


ターゲットのデッダだけじゃなくて、大きな獣たちとも戦わなきゃいけないんだ。



でも様子が変なんだ。


猛獣たちはボクにおびえているのかと思ったんだけど、


エラルレラにおびえているとここでやっと気づいたんだ。


「ボク、自信過剰になるところだったよ…

 エラルレラ、どこかで見ててよっ!」


「…あはは…

 そうだよねっ!

 ほいっ!!」


エラルレラはボクの肩から飛び降りた。


すると猛獣たちがエラルレラから一気に離れ、


牙をむいてボクを襲おうと虎視眈々、


瞳を爛々と輝かせ始めた。


ボクはデッダのいる場所の草原の奥に向かってゆっくりと歩いた。


そして、ボクはついに猛獣たちに行く手を阻まれ囲まれた。



ネコのようにしなやかな肉体を持った猛獣たちは、


なぜか警戒している様でなかなか襲ってこない。


ついには、隣にいる獣をボクの方に押し出す仕草に変わったんだ。


怖がっている、とボクは思って、


『ガァーオォ―――ッ!!』って大声で叫ぶと、


転びながら一目散に逃げて行ったんだ。


無駄な戦いをしなくて済んだと思って、


ボクはお師匠様のように大笑いしながら、


さらに奥に進んだんだ。



そして、いた。


デッダは、ボクの気配に気づくやいなや、


スタスタと足早に軽快に、


ボクのいる手前3マルリのところまでやって来て、


ボクを凝視して、首を斜めに振り、


『ギャア―――オウッ!!』と大声で吼え、大口を開け威嚇いかくしている。


どうやらデッダは、ボクを食べる気満々のようだ。



ボクは構えた。


自己流だけど、少しは…


ううん、ずーっと鍛えていたんだ。


両腕にあるひじ当てはさらに光を増していた。


これはボクの気合だと感じて、


足を地面から上げないですり足でゆっくりとデッダに近づいた。



デッダは強靭な後ろ足と太くて丸い尻尾でバランスをとって、


少し小さな両前足を浮かせて前傾姿勢でボクを狙っている。


肌は濡れている様に鈍く光り、本来の少し濃い茶色を思わせず、


ところどころに虹か掛かっているように見える。



だけど驚いたことに、なぜだかデッダが下がったんだ。


首を横に振って、かなり嫌がっている様に感じた。


ボクも怖いけど、デッダも怖いんだなと思いながら、


足元を一瞬だけ見た。


前方右手前に大きな岩がある。


ボクは自信があったので、


右腕に少しだげチカラを込めて、


デッダをにらみつけたまま、軽く腕を振り降ろした。


『ガキンッ!!』という妙に軽い音がして岩が真っ二つになった。


―― あれ? 大失敗! もっと派手に… ―― と思ったんだけど、


デッダは背筋が伸びていて、


ボクから視線をそらすようにして遠くを見ていたんだ。


「セイル!

 もういいよっ!

 これ以上は弱いものイジメだからっ!!」


エラルレラが宙に浮いてゆっくりと飛んで来て、


ボクの肩に止まった。


「はあ、やっぱり…

 かなりの意気地なしだなぁー…」


ボクはほっとため息をついて、


薄い布製のショルダーバッグから薄いファイルを出して、


その中から依頼書を取り出した。


「…ねえ君、この紙、なめてよ」


狩人は現物の獲物か猛獣などの唾液を持ち帰ることで報酬をもらえる。


そしてそのサンプルなどから、


どういった戦いがあったのか全てわかるようになっているんだ。


デッダは少し身を引いたが、


大きな口をあけて大きな舌を出して紙をなめた。


ここには動物たち全てが好きな香りがする塗料を塗ってあるそうだ。


普通の猛獣だったら紙ごと食べるけど、


その地のボスは多少賢いので、


この紙が食べ物ではないことを知っている。



すぐにサンプル採取済みのファイルに紙を納めて、


ボクは笑顔でデッダに手を振ってから踵を返した。



しばらくすると背後から足音が聞こえてきた。


かなり軽快な足音だ。


ボクが振り返ると、デッダかかなり困った顔をして、


背伸びをしてそっぽを向いた。


「君が村に来ちゃったらパニックになっちゃうよ…

 何もしなくても怖いもん…」


ボクが言うと、『そこを何とか!』と言わんばかりに、


デッダはボクにホホを押し当ててきた。


「あー、ボスを見つけたって喜んでるね…

 連れて帰ってあげたら?

 役に立ちそうだし、

 危険動物飼育許可証をもらえたら問題ないよ!

 おなかを摩れたら、

 その猛獣のボスだってすぐにわかるし、

 認知されて許可されるからねっ!」


そういう法律もあるんだと知ってすごく勉強になったんだ。


「じゃ、デッダ、行こうかっ!!

 あ、おなかをさすっておこう…」


ボクはデッダのおなかを摩ると、妙に気持ちよさそうにしていた。


「これだけで?」


「そう。

 彼は今、死んでもいいって思ったんだ。

 そして、ボスはなにも危害を加えなかった。

 だからもうすでに、デッダは忠実な僕になったはずだよ」


ボクはすごくがっかりしたんだ。


「ボクとしては友達の方がいいんだけど…

 まっ、いっかっ!!」


ボクはデッダと手を繋いで、村に帰って行ったんだ。


… … … … …


「ななな、なんてモノを連れてきたんだぁ――っ!!!!」


店への帰り道に警察署に寄った。


ここで、危険動物飼育許可証をもらうためだ。


受付の警官が腰を抜かしながら叫んだんだ。


「はい、これでいいんでしょ?」


ボクはデッダの腹をさすった。


警官はデッダよりもボクの方を恐怖の目で見ていた。


「飼育許可証が欲しいんだけど…

 ギャング立ち退き請求書も発行してよっ!」


立ち退き請求書は何度も請求したことがある。


「…デ…

 デッダをけしかけるのか…」


「ううん、違うよ。

 戦の女神の名の下に決闘するんだよ」


「…えっ?」


ボクが二枚の免許皆伝証を見せると、


警官たちは慌てふためいてすぐに準備を始めてくれた。



警察署長が遠くからボクを見ている。


ギャングとつながっているかどうかはよくわからない。


だけどすごく真面目な顔をしていた。



二枚の紙をもらって、まずは店に戻った。


店でもパニックになっちゃったけど、


デッダがおとなしいことを知って、


お客さんたちのアイドルになった。



メリスンが泣きながらボクに抱きついて、


ボディーチェックを始めたんだ。


「どこも怪我、してないよね?」


今のメリスンはお母さんに見えて、少し恥ずかしかった。


「これ、もらってきたんだ。

 立ち退き請求書」


「ええ―――っ!!!!」


メリスンもお客さんたちも大声で驚いて、


紙に穴が開くほど見ていたんだ。


この立ち退き請求書はいつものものとは色が違う。


いつもは白い紙だけどこの紙は赤。


強制的に命令して立ち退きを請求できるものだ。


「行く前に何か食べさせてよ!

 あ、デッダは牛乳が大好きだから大盛でっ!!」


メリスンは少しあきれた顔をボクに見せた。


「…もう、心配するのはやめるわ…

 でも、気をつけてよね。

 次の相手はさらに凶暴で、卑怯でずるい人間よ」


「うん、そうするよっ!

 …決闘するって言ったら、普通はビビッちゃうよね?」


メリスンはため息を付いて、ボクに笑顔を向けた。


「…あんたには誰も勝てないわ…

 …あとで山盛りの依頼書、全部目を通してね。

 急ぎもあるようだから」


ボクはメリスンに笑顔を向けて応えたんだ。


… … … … …


いつもよりもおいしく感じた食事を終えて、


デッダと一緒にデラログの屋敷に来た。


エラルレラは万が一の事を考えて、


メリスンのそばにいてもらうことにしたんだ。



デッダが偵察とばかり、


強靭な足のばねを生かして高い門を飛び越して、


屋敷の手前にある庭に入り込むと、


一瞬吼えた番犬たちが一斉に四散して逃げた。


ボクはお腹を抱えて笑ったんだ。


ボクは扉を開けて入ったつもりだったけど、


鍵がかかっていたようでドアを壊しちゃった…



すると、悪党どもがかなり遠巻きにボクたちを囲んだ。


みんな、手には銃や剣、刀などの武器を持っている。


「…デッダ、だとおぉー…

 …この生意気なクソガキ、卑怯な…」


「変なことを言わないでよ、村の害虫…

 デッダは友達で立会人だよ。

 こうでもしないと、

 警察が本気で動いてくれないって思っていたからね。

 …はい、その証拠の立ち退き請求書!」


ボクは薄いファイルをデラログに投げつけた。


「今までみたいに破っちゃダメだよ。

 罰が下るから」


「ふんっ!!

 いい加減なことを抜かすなっ!!」


デラログはファイルから赤い紙を抜き出して勢いよく破り捨てた。


その瞬間にボクとデラログは、別の空間に飛ばされた。


「あーあ、やっちゃったね…

 改心していたら決闘しなくても済んだのに…」


「なんだと、このクソガキがぁー!!」


腰の入っていないデラログのパンチは避ける必要もなかった。


ボクはその拳を額で受け止めた。


デラログはにやりと笑ったけど、


同時に『バキィ!!』というすごい音がしていたんだ。


「指の骨、砕けちゃったよね?

 まだ戦うの?

 ボクはイヤなんだけど…」


デラログはボクの目を見てから視線を自分の右手に変えて、


指がとんでもない方向に曲がっていることに気づいて、


今更ながらに痛がっている。


「…お、おま、おまえ…

 なにをしたぁ―――っ!!」


「何にもしてないじゃん…

 ボクのおでこでおっちゃんの拳を受けただけだよ。

 ボクこれでも、案外鍛えているんだよ」


ボクは自慢げに、ほとんど出ない右腕のチカラコブをデラログに見せた。


ボクは免許皆伝証を頭と胸に貼っていたんだ。


そうすることで最悪でも死ぬことはないだろうって思っていたんだ。


「この戦いは戦の女神フェイラレスが見守ってくれているんだ。

 善も悪もない。

 勝った者が正義なんだよ」


「…う、うう…

 くっそぉ―――っ!!!!」


デラログは上着から拳銃を抜いた。


だけど拳銃は一瞬のうちに溶けてなくなっていて、


弾の火薬が爆発したんだ。


「…あ、ああ…」


デラログは穴だらけになって地面に倒れた。


「…あのぉー女神様…

 命だけは助けてあげて欲しいんです。

 お願い、聞き届けていただけますか?」


「そのような特例処置はない。

 お前が何とかしてやれ。

 …決闘、見事な心意気だった。

 礼を申すぞ」


戦の女神の声だけが聞こえた。


そのあとすぐにボクとデラログのいた空間は元に戻った。


穴だらけだった体のデラログは、


右拳の骨が砕けているだけだった。


―― 幻覚? それとも、願いを… ――


どちらにしてもよかったと心から思えた。


そして、戦の女神に手を組んでお礼の祈りを捧げた。



デラログの屋敷は警察が包囲していた。


デラログとその手下たちはこの村と近隣の町には立ち入りできなくなった。


この近くで山賊をするか、軍隊に入るしか生きる術はなくなった。



警察署長がボクを見ていた。


警察署で見かけた表情と同じだった。


ボクは署長を横目で見ながらデッダと手をつないで、


スキップをしながらデラログの屋敷をあとにした。



数日後、このデラログの大きな屋敷跡地は、


学校と児童保護施設へと生まれ変わった。


どうやらお師匠様とエラルレラが働きかけてくれたのだと噂が流れた。


でもふたりは何も言わなかったので、ボクも聞かないことにした。

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