哄笑

 生温い風に揺られて視界がばさりと開く。沈みゆく太陽は煌々と薄青に引き延ばされている。赤星が一つ。次第に暗がりが拡がって行けば二つ三つと浮かび上がるだろう。遠間の森は既に夜帳で幕を引かれ、明日になるまで陰が影ろうことはない。

 夕暮れ。

 誰彼時。

 次第に集まる人々も曖昧模糊と靄がかり、影法師が音もなく滑って行く。

 思わず嗤う。

「何を笑っている」

「余計な口を聞くな」

 押さえ付けられる。抑え付けられる。

 楽しいのだろう。愉しいのだろう。

 ざわりざわりと声がする。陰の群れが口々に同じ言葉を発する。怒声。罵声。これが悪性。

「最後に言うことはありますか」

 聖書片手に澄まし顔の老人が問う。

「あるとも」

「懺悔なされば、いつの日か神もお許しになるでしょう」

 呵、と嗤う。周囲に揺らめく名前の無い暗がりがどよめく。

 馬鹿め。馬鹿どもめ。

 

 呵呵、と嗤う。嘲笑う。顔もない、名前もない、信念もない。ただ娯楽を娯楽として娯楽にするだけの者どもが。

「罪人に、慈悲を」

 俺の哄笑は、名も無き群衆の意志無き言葉に掻き消された。

 あんなにも美しいものがあるというのに、生首を見て喜ぶ愚か者共め。

 慈悲だと?

 違う。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る