第百三十話 竜司ィィッッ!乗れェェッッ!

「やあこんばんは。

 今日も始めていくよ」


「パパッ!

 ムフーッッ!」


 何かたつが物凄く興奮してる。

 何かこんなに興奮してるたつを見るのは初めてだ。


「ハハ…………

 じゃあ今日も始めていこうかな」


 ###


「暮葉……

 君は僕が護るっ!」


 僕は身構える。


「凄い……

 竜司から風が吹いてる……」


 僕から吹き荒れる猛風に暮葉の銀髪が激しく揺れる。

 右手で銀髪を押さえている。


 これではいかん。

 魔力風を抑えないと。


 僕は体内に意識を集中。

 描いたイメージは逆。

 体内に魔力風が吹く様なイメージ。


 シュゴォォォォォッッ!


 物凄い勢いで風が僕の中に入り込み始めた。

 どんどん風を吸収する身体。


 カラッ

 カラカラッ


 地面の破片も引き寄せられ、身体に引っ付く岩石。


 ピタリ


 猛風を全て吸収しきったのか、ピタリと止まる。


 カランッ

 カラン

 カラッ


 引っ付いていた破片が地面に転がる。


「ようやく落ち着きやがったカァ……

 オマエ身体どうなってんだ……

 アンだけ超濃厚な魔力を体内に入れたら、瞬間で黒く変色して即死だぞ……」


 辰砂が驚いている。

 これで解る。


 こいつは八割確定で三則を知らない。

 そして魔力汚染の被害を知ってるって事は実験済みと言う事だ。


 やはりコイツは駄目だ。


 でもどうしよう。

 こいつは痛めつけても魔力注入インジェクトで回復する。


 どうしようか。


 使うか。

 魔力刮閃光スクレイプを。


 相手も魔力注入インジェクトを使う。

 ならば叩く。


 徹底的に。

 叩いて砕く。


 そして動かなくなった所で魔力刮閃光スクレイプを四肢に撃ち込むと言った所か。


 この時、僕は最大魔力注入マックスインジェクトの作用で理性のタガが外れかかっている事に気付いていなかったんだ。

 この考えが成功して出来上がるのは物言わぬダルマ男だ。


 後で考えると…………


 こんな残酷な事を平気で思い付いてしまう自分が物凄く怖く思ったよ。


 ザッ


 一歩前へ。

 この時の僕は先の残酷な計画を実行する事に一片の躊躇いも無かった。


 目の前のバケモノを止める。

 暮葉を護る為に。

 これしか頭に無かった。


「んあ……?

 やる気か……?

 タイトルー……

 “限界を超えた魔力を吸収した人間の戦闘力”ー」


 グググググググッッ


 タイトルを口にした途端、辰砂の周りの水銀溜まりから十数の銀棘が天に向かって伸びる。

 五メートル程伸びきった棘の群れは全てこちらを向き攻撃態勢。


「…………………………集中フォーカス……」


 こちらも戦闘準備。

 集中させた箇所は両拳、両脚。


 そして脳。

 脳に魔力を集中させるのはタキサイア現象を起こす為。


 引き起こすと動きが鈍化すると言うデメリットがあるが、今回は何故か違う結果になる気がした。


「俺は全力で行くゼェ…………」


 と、言う事は今生えている銀棘の数が限界か。


 ビュビュビュビュビュンッッッ!


 十数の汞和金アマルガムが一斉にこちらに向かってくる。

 その勢いは物凄く、並の者なら一瞬で串刺しになり水銀毒に侵される。


 が、僕は落ち着いていた。

 身体に内包された力が原因だろう。


発動アクティベートッッッッッ!」


 ドルルルルンッッ!

 ドルルンッ!

 ドルルルルルンッッ!


 体内で響くエンジン音。

 同時にタキサイア発動。


 向かってくる無数の汞和金アマルガムの動きがゆっくりに見える。

 ソッと手を伸ばす。


 動く。

 いつも通り動く。


 ガッ


 掴めた。

 向かってくる汞和金アマルガムの群れの内、一本を掴んだ。


 うん、普通に掴めるぞ。


 ドスッ


 掴んだ棘を別の銀棘に突き刺す。


 ガッ

 ドスッ


 別の汞和金アマルガムを掴み、突き刺す。


 ガッ

 ドスッ

 ガッ

 ドスッ

 ガッ

 ドスッ


 その動きを繰り返す僕。

 気が付いたら一本の銀棘に他の銀棘全てを突き刺していた。


 グイィィッ!


 その銀棘の塊を強引に下げる。


 ガンッ


 思い切り右足で踏みつける。


 ベコォォンッッ!


 右足の衝撃でクレーター生成。

 タキサイア解除。


「んあっ?」


 驚いている。

 おそらく辰砂には一瞬の出来事のように映ったであろう。


「………………………………これで全力か……?」


 ピチャッ


 足元の水銀が小波を立てる。

 僕は踏みつけた汞和金アマルガムからもう一歩踏み込む。


 拳の間合いに入った。


「おー……

 いいゼェ……

 来ナァ……

 アンだけ魔力を込めた人間の火力はどんなもんか測ってやるゼェ…………」


 辰砂は無防備に腹を晒す。

 多分魔力壁シールドを張ってるんだろう。


 別に関係無い。

 その魔力壁シールドごと叩き込んでやる。


「…………狂人が……」


 ギュウッ!


 僕は右拳を硬く握る。


 ビュオゥッ!


 右拳から猛烈な風が吹き荒れる。

 力を込めると魔力風が噴き出る様だ。


 何となくお爺ちゃんの発動アクティベートを思い出した。

 少し腹が疼く。


「確か………………

 鋼拳って言ってたっけ……」


 あの時放ったお爺ちゃんの苛烈な一撃はその名に違わぬ一撃だった。

 僕の場合はどうなるんだろう。


 最大魔力注入マックスインジェクトを御する事が出来たんだ。

 この力を込めた一撃に名を付けたい。


 僕の場合は風。

 吹き荒れる嵐だ。


 よし決めた。


「…………………………颱拳たいけん……」


 ゴッッッッッッッッッ!


 パリィィィィィンッッッッ!


 ドゴォォォォォォォォンッッッッ!


 吹き荒れる風をそのままに摩擦で炎を纏った右拳が辰砂の魔力壁シールドを突き破り、腹に深く突き刺さる。


 僕が放ったのはアッパー。

 天を衝くアッパーだ。


 身体をくの字に深く曲げ、瞬時に舞い上がる辰砂の身体。


「ウゴォォォォォォォッッッ!」


 辰砂の呻き声。

 口から吐血。


 ピッ

 ピッ


 返り血が数滴付着。


集中フォーカスッ!」


 両脚と返り血付着部分に魔力集中。


「カァァッ!」


 ブアァンッ


 付着部分に力を込める。

 吹き荒れる魔力風。


 僕の身体からペスト菌を吹き飛ばす。


発動アクティベートォォォッッ!」


 ドルルルルンッッ!

 ドルルンッ!

 ドルルルルルンッッ!


 両脚に力を込め、思い切り大地を蹴る。


 ベコォォォォォォンッッ!


 大きな衝撃音と共に僕の足元から巨大クレーター生成。

 が、既に僕は居ない。


 辰砂を追撃すべく、大空を駆けていた。


 ギュォォォォォォッッッ!


 僕の身体は境界層を突き抜け、自由大気を置き去りにし、対流圏界面辺りまで到達。


 いた、辰砂だ。

 身体をくの字に曲げて浮いている。


 よし上を取った。

 即座に攻撃態勢。


 バババババババババボボボボボボボボ


 ここまで超高高度になるとジェット気流の奔流が僕の身体を縛ろうとする。

 空圧が音の塊となり鼓膜を揺るがす。


 グラァァ


 初体験のジェット気流の強さに体勢が崩れる。

 まるで外界からの侵入を拒むかのようにその気流の門番は激しく僕を弄ぶ。


 いくら最大魔力注入マックスインジェクトと言っても体重が増える訳では無い。

 なるほど、これ程の超高高度だとまず行う事は姿勢制御か。


 バババババボボボボボボボバババババ


「クゥゥッッ!」


 激しい気流が吹き荒び、身体の制御を奪おうとする。

 この瞬間、頭を過ったのはお爺ちゃんの檄。


 足を踏ん張りッ!

 腰を入れんかぁっ!


 僕は落ち着いて下腹部、丹田に力を込める。


 よし姿勢制御出来そうだ。

 身体のブレが収まって来た。


 グンッ!


 憎しみを込めた眼を標的に向ける。

 辰砂の背中。


「デリャァァァァッァァァァァァァッッッ!」


 あらん限りの力を込め、腰を勢いよく回す。

 それはまるで竜巻の様。


 ドッッッッコォォォォォォォォンッッッッ!!


 超高高度で響く衝撃音。

 摩擦により炎を纏った右脚が辰砂の背中に命中。


 キュンッッ!


 辰砂の身体が瞬時に弓反り、物凄い勢いで落下。


発動アクティベートォォォッッ!」


 ドルルンッ!

 ドルルルルンッッ!

 ドルルンッ!


 三度響くエンジン音。

 僕は身体を辰砂に向ける。


 ボスンッッッ!


 虚空を蹴り、勢いよく落下。

 弾丸と化す。


 この時、僕は本能で動いていた。

 もちろん普段の僕じゃあ空気を蹴って空を飛ぶみたいな事が出来るわけじゃあない。


 漫画じゃあるまいし。

 だけど最大魔力注入マックスインジェクトを使った僕に生まれた万能感がそうさせた。


 グングン落下する身体。

 まだまだ追撃を続ける。



 そして僕には相棒が居る。



「ガレアァァァッァァァァァァァッッッ!」


 キラッ!


 地表で輝き。


 それは翠色。

 超高速でガレアが天を駆け、こちらに向かってくる。


 ドスンッ!


 僕はガレアに着地。


 目下最大魔力注入マックスインジェクト発動中の僕。

 下にはガレア。


 もう無敵だ。

 今なら父さんにだって勝てる気がする。


流星群ドラゴニッドスゥゥゥゥゥゥッッッッ………………!」


 超速でワイヤーフレーム展開。


 体内にある万能感は留まる事を知らない。

 今なら出来る。


 そんな気がする。

 下方一・五キロ地点。


 辰砂の姿を捉えた。


 パパパパパパパパッッッッ!


 やった。

 出来た。


 辰砂の身体に標的捕縛マーキング設置。

 暮葉のブースト無しでも全方位オールレンジ内で標的捕縛マーキング設置させる事が出来た。


 ただ数はやはりブーストをかけた方が上だけど。


「シュゥゥゥゥゥトォォォォォッッッッ!!」


 ガレアの身体が白色に発光。

 数十の流星が下に向かって流れ落ちる。


 ズドドドドドドォォォォォンッッッッ!


 全弾命中。

 いやまだだ。


 全てをぶつける。

 そう決めた。


 僕は全方位オールレンジを維持したまま。


反射蒼鏡リフレクションッッッッ!」


 全方位オールレンジ内に素早く数か所設置。


魔力閃光アステショットォォォォォッッッ!

 シュゥゥゥゥトォォォォォ!」


 カッッ!


 ガレアの口が煌めく。

 一筋の光線が反射蒼鏡リフレクション目掛けて突き進む。


 ギィィィィィィンッッッッ!


 魔力閃光アステショットは辰砂の身体を追い越し、下の反射蒼鏡リフレクションに反射。


 ガンッッ!


 鈍い衝撃音。

 辰砂の身体を掠めた魔力閃光アステショットは天を昇り、上に設置した反射蒼鏡リフレクションに反射。


 ギィィィンッッッ!


 斜め下に方向転換。

 更に設置した反射蒼鏡リフレクションに反射。


 ガンッ!


 辰砂の身体を掠める。


 ギィィィンッッ!


 反射。


 ガンッ!


 辰砂の身体を掠める。

 僕の放った魔力閃光アステショットに弄ばれ、高度八百メートル付近で停滞する辰砂の身体。


 まだだ。

 あの化物を倒すにはまだ足りない。


「ガレアァァァッァァァァッッッ!

 跳ぶぞォォォォッッッ!

 集中フォーカスゥゥゥゥッッッ!」


 両脚に魔力を集中。


【おうよっ!】


発動アクティベートォォォォォッッッッ!」


 ドルルンッ!

 ドルルルルンッッ!

 ドルルンッ!


 四回目のエンジン音。


 ダンッッ!


 僕は思い切りガレアの背中を蹴る。

 天高く舞い上がる僕の身体。


 標的は辰砂。


 ボフンッッッ!


 狙いを定めた僕は虚空を蹴る。

 加速して落下する身体。


 ボッッ!


 大気との摩擦で身体が発火した。

 でもそんな事は関係ない。


 僕は標的に一撃を喰らわすだけだ。


 クルン


 僕は身体を反転。

 矢の様に右足を標的に向ける。


「デリャァァァァァァァァッッッッ!」


 ドゴォォォォォォォォォンッッッッッ!


 辰砂の右脇腹に僕の右足が突き刺さる。


 ベキベキベキベキ


 骨が折れる感触が伝わって来る。

 二人の身体は流星となりグングン落下。


 最後の仕上げだ。


「ガレアァァァァァァァァァァッッッッ!」


 再び大声で相棒を呼ぶ。


 見えた。

 上に翠色の身体。


 ダンッ!


 僕は辰砂の身体を蹴り、ガレアと合流。


魔力刮閃光スクレイプゥゥゥゥゥゥ……」


 ガレアの鼻先に四つの光弾。


「シュゥゥゥゥゥトォォォォォッッッッ!」


 カカカカッッ


 魔力刮閃光スクレイプ四発同時射出。

 これも初めての事。


 僕は本能で行っていた。

 狙いすました魔力刮閃光スクレイプは辰砂の四肢を捉えていた。


 スカッ


 放った魔力刮閃光スクレイプは的確に辰砂の四肢を刮げ取って行った。



 両腕:両上腕。肘の上辺りから下が消失。

 両脚:両太腿。膝の上辺りから下が消失。



 文字通りダルマと化した辰砂の身体は落下。


 ドサッ


 しばらく落下した辰砂の身体が着弾。

 まるでただの荷物の様に地面を転がって行く。


 ドスッッ!


 ガレアも続いて着地。

 僕はゆっくり降りる。


 身体から力が消えているのが解る。

 最大魔力注入マックスインジェクトのリミットが来たのだろうか。


 ギュゥッ


 右拳を握る。

 問題無い。

 続いて左拳。


 ギュゥッ


 握れる。

 身体は問題無さそうだ。


 三則って凄い。

 あれだけ強大な力を使ったら副作用があると覚悟していた。


 が、身体は何ともなかった。

 やはりお爺ちゃんが言ってる事に間違いは無かった。


 保持レテンションを極めれば強大な魔力の力を御する事が出来る。



 だが、代償は存在した。

 やはり強大な力を用いると何らかの形で代償を支払わなければならなかったんだ。



 僕は歩いて辰砂の側に行く。


 近づくにつれ、視界に映るその姿に絶句し、恐怖が僕を飲み込んだ。

 ダルマと化したその姿は凄惨そのもの。


 ザザッ


 僕は思わず後退りしてしまう。


 これを僕がやったのか。

 死んでしまったのだろうか。


 仰向けになった辰砂の身体は何も語らない。


「あぁっ……

 あぁああ……」


 僕は何をしてしまったのか。

 襲い来る巨大な罪悪感に苛む。


 これは最大魔力注入マックスインジェクトの弊害。

 発動時は理性や人を傷つける事への恐れが無くなるのだ。

 だから発動するとどんなに残酷な事でも実行できてしまう。


 そしてリミットが来ると普通の経験の足りない十四歳。

 自分がしてしまった事への恐怖に耐えられなくなってしまう。


「すげぇナァ…………」


 僕が大きな罪悪感に縛られている所に小さな声が聞こえる。

 辰砂の声だ。


「い…………

 生きてるのか…………?」


 僕は声のした方を見る。


 仰向けに倒れているダルマとなった辰砂がゆっくりと笑う。


「すげぇナァ……

 限界まで魔力を取り込んだらあんなに火力が出やがんのカァ……

 ガハッ……」


 辰砂吐血。

 僕は距離を取っていたから血は付着していない。


 辰砂は話を続ける。


「俺をこんなにして……

 ヒデェ奴だな……」


「おっ……

 オマエの方が酷い奴じゃないかぁっっ!」


「ケヒャッ……

 ンなもん目くそ鼻くそだァ……

 オマエは側の人間だよ……」


「違うッ!

 僕はお前なんかと一緒じゃないッ!」


 ますます僕を縛る罪悪感。


「認めちまえよ……

 こっち側の人間だって……

 オマエも他人はモノぐらいにしか思って無いんだろ……?

 ナカマノタメだの……

 護るだのキレイ事のたまってたけどヨォ……」


「黙れェッッ!」


 僕は拳を握り、ダルマと化した辰砂に向かって行こうとする。


「おおっとォ……

 俺は今、戦えネェぜ……

 体内に残っていた魔力搔き集めて魔力注入インジェクト使ってっからなあ……

 指一本動かせネェ……

 って言っても指なんて無いけどな……

 オマエのせいでなぁっ……!

 ケヒャヒャヒャッッ!」


 辰砂は仰向けに怒りの表情。

 だが声色は悪魔の様な笑い声。


「グッッ……」


 僕は辰砂の口を黙らせてやりたかったが踏み止まる。


「ケヒャァッ……

 そうだよなぁ……

 オマエはイイコチャンぶりたい奴だもんナァ……

 こんなダルマになった無抵抗、無防備な男を殴るなんて事は出来ねぇよナァ……

 ケヒャヒャァッ……」


 ギリ


 歯軋り。

 悔しい。


 本当に悔しい。

 激しい悔恨と悵恨の気持ちが産まれる。


 この嫌な気持ちを誰か消してくれ。


「………………負けを認めろっ…………」


「んあ?」


「お前は僕に敗けたんだッッ!

 負けを認めておとなしく逮捕されろッッ!」


「んあ?

 アァ……

 そんなどうでも良い事か……

 あーあー……

 敗けでいいぜ……

 今回はこの大作戦と良い実験動物サンプルのお蔭で大分実験が進んだしな……」


「なっ…………!?」


 自身が敗けた事を全然気にしていない。

 本当に反吐が出る実験の事しか考えて無い辰砂に言葉も出ない。


「だがナァ……

 逮捕は駄目だナァ……

 実験が滞っちまう……

 んでオマエ……

 どうすんだ……

 俺に手錠でも嵌めるかァ……?

 オマエが手首消し飛ばしちまって嵌めらんねェけどナァッ……

 ケヒャヒャァッ!」


「お前を担いでいけばいい事だッッッ!」


「ケヒャッ……

 良いのかァ……

 俺は当分血を吐き続けるぜ……

 血感染アンフェクシオン・サンにかかっちまうゾォ……」


 巨大な罪悪感と辰砂に対する悔恨の気持ちが混ざり合い、頭の中がグチャグチャする。


 じわり


 そんな折、背中が気持ち少し熱くなった気がする。


 パキパキ


 遠くで木々が折れる音が微かに耳に入る。


「…………ッケホッ……」


 少し咽る。

 おかしいな。


 僕はゆっくり振り向く。

 眼に飛び込んだ壮絶な光景に目を疑う。


「なん……

 だ……?

 コレ……」


 もうもうと黒煙が激しく立ち昇り、青木ヶ原の森林が大炎上している。


 バキバキバキ


 どんどん木々が倒れる音が大きくなる。

 が近づいている様だ。


 肌に感じる熱さも急激に増す。


「ガレア……

 何か様子がおかしい……

 空に逃げる準備だけはしてて……」


【アァアァァ……】


 ガレアの様子も変だ。


 と思ったら……


 ゴパァッ!


 赤く光る流れが目の前の木々を飲み込んだ。

 猛烈な勢いでこちらに流れて来る。


 何だこれは?

 この距離で物凄く熱い。


 じんわり汗が噴き出る。


【ヒヤァッ!

 あ……

 赤の王ッッ……!】


 ビュンッッ!


 一目散にガレアが飛んで逃げた。

 僕を置いて。


「あぁっ!?

 ガレアーーッッ!」


 どうしよう。

 僕はどうしよう。


 ザパァッッ!


 と、思っていたら分厚い銀色の板の上に見知った顔が見える。

 赤く光る灼熱の流れに乗っている。


 まるでサーフィンの様に。


「竜司ィィッッ!

 乗れェェッッ!」


 銀板に乗っていたのは兄さんとボギー、そしてドラペンだった。


集中フォーカスッッ!」


 両脚に魔力を集中。


発動アクティベートッッ」


 ドルルンッ!

 ドルルルルンッッ!


 バンッ!


 大地を強く蹴る。

 僕は高く跳躍。


 スタッ


 上手く銀板に着地。


 ん?

 この銀板の上は熱さを感じない。

 不思議だな。


「兄さん。

 大丈夫だった?」


「あぁ。

 何とかな……」


「兄さん……

 これ何?」


 僕は薄々感づいてはいたが聞いてみた。


「これが呼炎灼こえんしゃくのスキルだよ……」


 やっぱり


 皇竜司すめらぎりゅうじVS三条辰砂さんじょうしんしゃ 終了

 勝者:皇竜司すめらぎりゅうじ

 決まり手:最大魔力注入マックスインジェクト


 ###


 時間は数時間程遡る。


「よし、準備OKだ。

 行くぞ。

 ボギー、ドラペン」


【いいよー】


【デカ長ォッ!

 ついに出陣ですかァッ!?】


 シリドラ(豪輝にヤキを入れられ、別人格になったドラペン)が息巻いている。

 気合は十分と言った雰囲気。


「じゃあ竜司。

 俺は呼炎灼こえんしゃくを追う。

 追跡の件は頼んだぞ」


「うんわかった。

 気をつけて」


 豪輝ら三人は拠点の外に出る。

 颯爽とボギーに跨る。


 まずボギーらは国道百三十九号線を南下。

 やがて左折路が見えてくる。


 左に曲がり、富士河口湖町に入る。

 車は一台も通ってない。


「よし。

 住人の避難は完了している様だな。

 ボギーッ!

 ドラペンッ!

 暴れるぞッ!」


【おー。

 久しぶりだね豪輝。

 本気で暴れるんでしょ?】


「あぁ。

 相手は高位の竜ハイドラゴン“王の衆”の長。

 出し惜しみは無しだ」


 ボギーが言ってるのは凡そ今から一年と半年程前に起こった事件の話。


 渋谷でばら撒かれた竜用の新型ドラッグから端を発したある竜河岸をリーダーとしたグループによる計画的犯罪。

 捜査に捜査を重ね、ようやくリーダーの検挙に成功する。


 最後、晴海埠頭でグループの残存と大立ち回りを繰り広げた豪輝とボギー。

 十五組の竜河岸と竜を一斉検挙した。

 この時以来と言う話だ。


 後に語られる。

 “この時のヤツ(豪輝)はバケモノだ”と。


 豪輝ら三人は県道七十一号線の交差点まで到着。

 更に右折し、富士山方面へ向かう。


 ある程度、南下した段階で一度竜司に電話をかける。


「もしもし竜司か?

 呼炎灼こえんしゃくが今どこに居るか教えてくれ」


「うんわかった。

 えっと……

 下るのは止めたみたい。

 右に進んでる。

 何となく富士山の外周を回っている様だよ。

 兄さんの今いる所からだと、物凄く大きい森を挟む形になるね」


「わかった。

 方角だけ教えてくれ」


「えっと……

 東南東……

 かな?」


「わかった。

 また連絡する」


 豪輝は電話を切る。

 そしてボギーに声をかける。


「ボギー、道なりに進むのはここまで。

 ここからは獣道だ」


【んふふ~】


 獣道に入ると言うのに若干嬉しそうなボギー。

 ルンルやシンコとはえらい違いだ。


「あぁ解ってるよ。

 でも手早く喰えよ。

 あと皮は俺に渡せ」


【やったぁっ!

 一房ねー】


 さっそく亜空間を出し、中に手を突っ込む。

 ヌッと取り出したのは真っ黄色に熟した甘そうなバナナ一房。


 一本もぎり皮をむくボギー。


 パク


 モグモグ


 ボギーがバナナを齧る。

 齧ったと思ったらもう一本食べてしまった。


 これはボギーと豪輝との取り決め。

 任務中に何か豪輝からボギーに頼み事をする場合、バナナを食べても良いと言うもの。


 バナナ自体は全てボギーが亜空間で管理しているのだが、任務中はみだりに食べてはいけないと豪輝から厳命されている。


 ボギーは竜なので以前は任務中だろうとお構いなしにバナナを食べていた。

 が、そのボギーが食べ捨てたバナナの皮が原因で犯人を取り逃がすという事態が発生。


 それ以降任務中は原則バナナ禁止。

 ただそれでモチベーションが下がり、パフォーマンスが落ちてしまうのも本末転倒と豪輝が提案したのがさっきのやり取りである。


 結果、鼻先にぶら下げた人参を追う馬が如く、働く様になったボギー。


【モグモグ……

 ハイ……

 モグモグ……

 ハイ……

 モグモグ……

 ハイ……】


 食べては皮を渡し、食べては皮を渡しを繰り返すボギー。


「全くお前って奴は……

 普段は食い散らかす癖に、何で任務中は行儀良いんだよ」


 フィン

 フィフィン


 豪輝が不平等交換コンバーションでバナナの皮を霧に変えながら呆れている。

 そんな豪輝を背中に載せ、バナナを嬉しそうに食べているボギーは少し食べるのを止め、くるんと後ろにしたり顔を見せる。


【チッチッチ……

 豪輝はわかってないなあ……

 普段食べる自由なバナナも美味しいけど、こういう抑圧下で食べるバナナもまた格別なのさ。

 ホラ人間でも言うだろ?

 自分へのご褒美ってやつ?

 まあこの味の違いが分かるのもボクが一流のナナーだからだけどねフフン】


 と、言う事は普段食い散らかしているのは敢えてと言う事になる。


「お前はOLかっ!」


 ポカッ


 豪輝がボギーの頭を小突く。


【イタッ

 何だよう。

 叩くなよー

 ギャクタイだぞー】


「うるさい。

 サッサと食え」


 虐待と言う言葉は最近ボギーが覚えた言葉。

 少し前から人間が使う言葉に興味を持ち出したボギー。


 色々とTV等で言葉を学んで行っている。


 おや?

 バナナだけでは無いのか?


 と思った読者もおられるだろう。


 これには理由がある。

 色々言葉を勉強して語彙力を高めた方が豪輝からバナナを引き出せると考えたのだ。


 また他の竜河岸を煽てて、バナナをゲットした事もある。

 いわばバナナの為の語学勉強なのだ。


 ボギーのモットーは

 “One For Banana Banana For One”

 一人(僕)はバナナの為に バナナは一つの目的(僕に食べられる)の為に。


 なのである。


 これはもちろん

 “OneForAll、AllForOne”

 (一人は皆の為に。みんなは一つの目的の為に)


 と言う有名なラグビーの格言から。

 語学勉強の賜物だが何とも勝手な言い分である。


 長く語ってしまったがボギーはやはりどこまで行ってもバナナなのである。


【モグモグ……

 ハイ……

 モグモグモグ……

 ふうご馳走様。

 ようしッ!

 バナナを食べたら元気百倍ッ!

 さぁ豪輝っ!

 どっちに行くんだっ!?

 フンッ!】


 やる気が漲っているボギー。

 まるでほうれん草を食べたポパイの様。


「こっちだ」


 遠慮なく原生林の生えている小高い丘の道なき道を指差す。


【うんっっ!】


 ダダッ!


 ボギーも全く躊躇せず駆け出す。


 バキッ

 バキバキッ


 豪輝の肩口や肘などに勢いよく枝が当たり、折れる音がする。

 だがそんな事は気にも留めずに原生林の中を走り抜けるボギーと豪輝とドラペン。


 やがて原生林を抜ける。


「よし一旦止まれボギー」


 キキィィィッッッ


 ボギー急ブレーキ。

 再び電話を取り出す豪輝。


「もしもし竜司か?

 今の俺達の位置と呼炎灼こえんしゃくの位置を教えてくれ」


「うん……

 ちょっと待ってね……

 えっと……

 わかった……

 今兄さんがいる所から南東方向に進んだ所……

 何か建物みたいな所で少し止まってる……

 何だろ……

 この建物……

 えらく小さいけど……」


「それは多分富士三柱神社だな。

 止まってるんなら好都合。

 ここから一気に距離詰めるぞ。

 じゃあまた連絡する」


 電話を切った豪輝はまたボギーを走らせる。


 ダダッ


 また森に飛び込む三人。


 バキバキバキッ


 先と同じ様に身体に勢いよく枝が当たる。

 と、少し前に巨木が現れる。


 無言で口を開けるボギー。

 魔力を放出し、薙ぎ倒す為だ。


 察した豪輝が制止する。


「まてっ!

 ボギーッ!

 魔力を使うのは止めろっ!」


 キキィッ!


 急な豪輝の制止にたまらず急ブレーキするボギー。


【何?

 どうしたの?

 豪輝】


「もう呼炎灼こえんしゃくが近いんだ。

 こんな所で魔力放出したら気付かれるだろ?

 視認するまで魔力は使うな」


【えー。

 避けないといけないのー?

 めんどくさいー】


「お前な……

 相手は呼炎灼こえんしゃくだぞ……

 あんな放送流したと言う事はアイツは自衛隊を除隊すると言う事だ。

 多分野望の障害は全力で排除しにかかるだろう。

 気、抜いたら死ぬぞ。

 死んだらバナナ所じゃ無いだろ?」


【バナナ…………

 ねー豪輝ー

 バナナ食べたいー】


「お前……

 緊張感と言うものが……

 ダメだダメだ。

 まだこっちの頼み事聞いてないだろ?」


【えー。

 ホラ“魔力を使わない”って頼み事聞いてるじゃんー。

 いいでしょねーねー】


「ええいうっとおしい。

 解ったよ。

 早く喰えよ……

 全く妙な所は知恵をつけてきやがって……」


【わぁい】


 喜び勇んで亜空間を出し、中からバナナを一房取り出す。

 手慣れた手つきで一本もぎり、皮を剥き始めるボギー。


 パクパク


 食べてる様子を背中から見ている豪輝。

 後ろも見ずに皮を渡し、律儀に二本目の皮を剥き始めるボギー。


「なあ……

 ボギー……

 一本一本皮剥くの面倒じゃないのか……?

 もう皮ごと食べちまえよ。

 竜の胃袋なら消化できるだろ?」


【モグモグ……

 やっぱり解ってないなあ豪輝は……

 バナナを皮を剥いて食べるから良いんじゃないか。

 一本一本皮を剥いて食べる事で僕はバナナに敬意を払ってるんだよ。

 一流のナナーなら当然だね。

 弟クンなら解ってくれると思うんだけどなあ】


 何か真剣にバナナについて語っているボギー。


「あ……

 そうですか……」


 妙なボギーの勢いに思わず敬語になる豪輝。


「と……

 とにかく早く喰えよ……」


【うん。

 待ってねー……

 モグモグ】


 ボギーはまた食べ始める。

 手早くテンポよく一房たいらげる。


「喰い終わったか……

 さあ行くぞ。

 魔力は使うなよ」


【わかったー】


 豪輝を載せたボギーは走り出す。

 目の前の巨木は避けて走る。


 ギャギャッ!


 巨木が道を遮る度、鋭い走りで避けて突き進むボギー。

 やがて森を抜ける。


 抜けるとそこは玄武岩で形成された剥き出しの斜面。



 そして少し遠くに紅い山が見える。


 

 いや、それは山では無い。


 動いている。

 細かく揺れる紅い山。


 豪輝はすぐに察する。


 そう。

 あれこそが緋焦帝ひしょうていボイエルデュー。


 通称赤の王ボルケである。


「あれが赤の王か……

 竜司から聞いてはいたがさすがデケェな……」


 だがこの距離では呼炎灼こえんしゃくの姿が見えない。


「ボギー……

 息を殺して近づけ……

 ゆっくりとな……

 慎重に行け……」


【うんわかった】


 ボギーはゆっくり歩を進める。


 ズズゥゥン……

 ズズゥゥン……


 豪輝の耳にボルケの足音が聞こえる。

 近づけば近づく程大きい。


 背中の紅が陽の光を吸い込み更に紅く光る。


 ズズゥゥン……

 ズズゥゥン……


 ゆっくり近づく三人。

 地響きも微かに響いてきた。


 ようやく赤の王の全身を視認出来る距離まで近づく。


 やはりデカい。

 全長約十五メートルはあるだろうか。


 ズズズゥゥゥン……

 ズズゥゥン……


 大きく響く地響きと足音。


 もう少し。

 もう少しだ。


 今一歩ボルケに近づく。


 やがて豪輝の眼に体格の良い迷彩服の背中が映る。

 ボルケの足元で歩を進めている。


 いた。

 呼炎灼こえんしゃくだ。


 呼炎灼こえんしゃくもかなり大柄なのだが、ボルケの横では小さく見える。

 目線を外さず、携帯を取り出す。


 警戒は解かない。

 電話をかける先は竜司である。


「容疑者発見した……

 今から確保に移る……」


「うん……

 気をつけて……」


 電話の挨拶も言わず、小声で用件を告げる豪輝。

 これは呼炎灼こえんしゃくに気取られない為だ。


「あぁ……

 じゃあな……」



 電話を切ろうとしたその時……



 クルゥ~


 ゆっくり振り向く。

 眼が紅い。


 ニヤリと笑う呼炎灼こえんしゃく


 ゴパァッ


 呼炎灼こえんしゃくの足元から赤く光る粘体が現れる。

 物凄い勢い。


 ジュンッ!

 ジュジュンッッ!


 溶解する玄武岩。

 立ち昇る白煙。


 豪輝の肌が熱さでひりつく。

 物凄い勢いで迫り来る赤い粘体。


 量が爆発的に増える。


「うおっ!

 てめぇっ!

 気づいてやがっ…………

 ウオオオオッッ!!」


 赤い粘体の波が豪輝に覆い被さる。


 ゴパァッ!


 不等価効果コンバージョン


 肌が焦げるかと言う程の熱さ。

 だが受動技能パッシブスキル、蓄積魔力で防御に集中している為何とか耐えれる。


 そして豪輝の咄嗟に発動した不等価交換コンバージョン


 現出させたのは巨大な銀板。

 三人をスッポリ覆い隠す程の銀板。


 ザパァッ!


 紅く光る灼熱の波が銀板の傘に被る。

 豪輝がスキルで現出させたのはタングステン。


 融点三千三百八十度の希少金属レアメタルである。

 この高温強度が強く、熱膨張係数が金属の中で一番低いタングステンを対呼炎灼こえんしゃく用として用意していた。


「重…………」


 タングステンは非常に重い金属としても有名である。

 形状変化コンフィグレーションをまだ使用していない豪輝の腕に圧し掛かる重量。


 どうやら波は凌ぎきったようだ。


「ぬりゃぁぁぁっっ!」


 盾として使ったタングステンの巨大な銀板を思い切り投げ飛ばす豪輝。


 ザパァッ


 灼熱の溶岩の海にタングステンの橋頭堡が出来る。


「ボギーッ!

 飛べッ!」


【うんっ!】


 ダッ


 ボギーが大地を蹴り高くジャンプ。

 タングステンの板に着地。


「ドラペンッ!

 比重領域エリアレシオだ。

 熱さを全て下に追いやれ。

 範囲はこの板の上だ」


【委細承知っ!

 比重領域エリアレシオォォォッ!】


 見る見るうちに外気の高温が下がり、平温に戻る。

 タングステンの銀板を大きな影が差す。

 

「ほう……

 巨大な金属板が一瞬で……

 それが貴様のスキルか……」


 少し上から声が聞こえる。


 どっしりと重く低い声。

 声のした方を見上げる。


 大きな影の発生源だ。

 豪輝の眼には斜陽を背負い、影と混ざり深くなった紅い巨体が映る。


 これが赤の王。

 下には灼熱の溶岩の上で悠々と立つ呼炎灼こえんしゃくが居る。


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、豪輝を推し量っている様だ。


「こうして会うのは初めてだな。

 呼炎灼こえんしゃく


「…………何者だ?

 敵と言うのは判るが」


「俺は警視庁公安部特殊交通警ら隊隊長、皇豪輝すめらぎごうき警視正だ。

 お前を逮捕しに来た」


「お前があの皇警視正か。

 あの少年は元気でやっているか?」


「竜司の事か?

 先日は世話になったな」


「何、構わんよ……

 貴様の出したその金属板。

 どういう原理かは知らんが溶岩で溶けない所を見ると本間一士からある程度の情報は得ている様だな」


 確かに本間から情報を得ていたのは確かだが、厳密には本間からでは無く、それまでの捜査で判明した岩漿自在フリーリーマグマータと言う異名と使役している竜が赤の王と言う点からである。


「へっ……」


 豪輝多くは語らず。


「フン……

 まあ良い……

 隠し事は嫌いだからな。

 今、溶岩を出したのは吾輩のスキル“火砕流パイロクラスティック・サージ”。

 身体から溶岩を出し、それを自在に操る…………

 …………ククク……

 いいのか?

 ボーッとしていて……

 皇警視正……?」


「何の話だ……?」


「貴様は火山ガスを知らんのか……?」


 言っているのは溶岩に含まれる毒性の火山ガスの事。


 しかも呼炎灼こえんしゃくが出した火砕流は火砕サージと呼ばれるもので特徴としては火山ガスの比率が高い。

 厳密には火砕流とは異なるものである。


「ん?

 別に大した事じゃねぇよ」


 無論火山ガスについては豪輝も熟知している。

 豪輝の身体は有毒ガス系は効かない。


 入り込んだガスは全て構成変化コンステテューションで無害な霧に変えてしまうからだ。

 平気な豪輝を見て顎を擦る呼炎灼こえんしゃく


「ほう……

 火山ガスの対策はしているか……

 ……皇警視正よ……

 貴様、晨竜国しんりゅうこくに入国せんか?

 そのスキル、なかなか有能だ。

 練度も充分。

 貴様なら厚遇してやっても良いぞ。

 兄弟共々だ。

 あの雲隠れしている本間を見つけ出した索敵スキルもなかなかだ」


「俺はお巡りさんが性に合ってんだよ。

 それに貴様の馬鹿げた建国に乗っかるなんてまっぴら御免だ。

 もちろん竜司もな」


「…………兄も吾輩と違えるか……

 ならば力を示して見せよ……」


「ヘッ!

 言われなくてもそのつもりっ!

 形状変化コンフィグレーションッッッ!」


 バリィッ


 豪輝の右腕が瞬時に肥大化。

 衣服の右腕部、右胸部が弾け飛ぶ。


 グググググゥッッッ!

 ギュギュギュギュゥッ!


 右肩が五周り程大きくなる。


 肌色から青みがかった紫色。

 外側に管の様な物が隆起し、ゆらゆら煙がゆっくり立ち昇る。


 長さも変化。

 上腕と比べて前腕が二倍程伸びる。


 肘の裏側に肩と同じ様な管が幾つか隆起し、煙が揺らめいて昇る。

 腰からも二つ、青紫の管が下に向かって伸びる。


 まるでモビルスーツのバーニアの様。


「……形状変化……

 皇警視正……

 もはや人間辞めているな。

 その異形は……」


「溶岩の上で平然と立ってるオマエに言われたくねえよ……

 構成変化コンステテューションッ!」


 右腕をくの字に曲げ、手を上に向ける。

 前腕部が異常に長いため位置は頭の少し上辺り。


 豪輝が現出させたのは銀色に光る槍。


「オラァッ!」


 ビュンッ


 豪輝は異形の右腕に力を込め、思い切り投擲。

 空気の層を貫通し、呼炎灼こえんしゃくに向かって突き進む銀の鋭い槍。


 着弾迄一秒半。


灼熱泥流ラーバーフロー


 呼炎灼が呟く。

 眼が紅く光る。


 ビチャァッ


 豪輝の放った槍が呼炎灼こえんしゃくの身体に接触。

 だが槍は刺さっていない。


 槍の穂が溶けている。

 太刀打ちから下が足元の火砕溜に沈む。


 やがて紅く光る灼熱の海に消えていく。


「オラァッ!

 オラァッ!

 オラァッ!

 オラァッ!」


 眼前で起きている不可思議な現象を意にも介さず、次々銀製の槍を生成しどんどん投擲。


 ビュンッ!

 ビュビュビュビュンッッッッ!


 複数の鋭い銀槍が呼炎灼こえんしゃくを襲う。

 その数五本。


 標的の眼が紅く光る。


 ビチャ

 ビチャ

 ビチャァッッ


 やはり穂が溶けている。


 立ち昇る煙で呼炎灼こえんしゃくの姿が一瞬見えなくなる。

 やがて見えた姿に違和感。


 身体を横にずらしている。


 身体の奥に深々と突き刺さっている銀槍。


 ここで豪輝は考える。

 この呼炎灼こえんしゃくの防御法。


 聞き取れなかったが何か呟いたのは解った。

 となるとおそらくスキルによるものだ。


 スキルで溶かしているのか?


 しかしおかしい。

 豪輝の放った槍は全てタングステン製。


 呼炎灼こえんしゃくの溶岩温度では融点には到達しないはずだ。

 深々と刺さっている残された一本の銀槍がそれを物語っている。


 ここで豪輝は竜司から聞いた話を思い出す。


 ガレアが溶岩に変えられちゃってさ


 豪輝の身体に戦慄が走る。

 絶望的な確定。


 呼炎灼こえんしゃくは物質を溶岩に変えられるのだ。

 眼を紅く光らせている所を見ると視認したものなのか。


 今解る事とすれば一度に変えられる数には制限がある事ぐらいだと豪輝は考える。

 ゆっくり豪輝が口を開く。


呼炎灼こえんしゃく……

 お前……

 見たものを溶岩に変えられるのか……?」


【ガラガラガラガラッ!

 なかなか人間にしてはやるでは無いか小僧】


 呼炎灼こえんしゃくでは無く、ボルケが答える。

 腹の芯まで伝わる巨大な声。


「うお……

 でっけえ声だな」


【どうするのだ?

 炎灼えんしゃくよ……

 小僧に貴様の手の内がバレ始めているぞ……?】


「フン……

 ボルケよ……

 何を言っている……

 こんなものはバレた内に入らぬよ……

 例え全てが明るみになったとしても圧倒的力で相手を捻じ伏せる……

 それが王の姿では無いのか……?」


【ガラガラガラガラッ!

 言いよるわ……

 我を使役するならそれぐらいで無ければな……】


 ボルケの巨大な笑い声がこだまする中、豪輝は高くそびえる紅い山を見上げ、絶句する。


「俺……

 コレと戦うのか……?」


【ん?

 我が巨体を見て、臆しておるのか小僧……

 安心せい……

 我は赤の王……

 人間同士の些末な争いには手は貸さん……

 ガラガラガラ】


 どうやら怪獣映画みたいにはならなさそうだ。

 ホッと胸を撫で下ろす豪輝。


【で……

 どうするのだ炎灼えんしゃくよ……?

 相手はなかなかのつわもの……】


「フン……

 知れた事……

 あれだけの攻撃を見せられてこちらも返答せねばなるまいて……」


 そう言いながら手を伸ばし、玄武岩の塊を手に取る。


「フム……

 玄武岩か……

 まあよかろう……」


 呼炎灼こえんしゃくの大きな手でも余るぐらいの大きな玄武岩の塊。


「ボルゲ……

 亜空間を……」


【成程……

 アレをやる気か……

 ガラガラガラ】


 言われるままに呼炎灼こえんしゃくの隣に亜空間を出す。

 無言で手を入れる。

 出てきたのは三つの膨らんだゴム風船。

 見つめる豪輝。


「あの風船で何するんだ……

 子供の遊びでもあるまいし……」


 迂闊に手を出せない豪輝は見守るのみ。


灼熱泥流ラーバーフロー


 手の玄武岩を見つめる呼炎灼こえんしゃくの眼が紅く光る。


 ドロォォッッ


 瞬時にドロドロの溶岩に変わる。


 右手には指間から滴り落ちようとしている溶岩。

 もうもうと煙が上がる。


 左手には膨らんだゴム風船数個。

 物凄くシュールな絵だ。


 ビュン


 左手を振り、ゴム風船を豪輝に投げつける呼炎灼こえんしゃく

 放物線を描きながら豪輝に迫るゴム風船。


 ビュン


 呆気に取られている豪輝を尻目に右手のドロついた溶岩も投げつける呼炎灼こえんしゃく


 ビチャビチャ


 煙を上げている溶岩がゴム風船に大量付着。

 その瞬間…………



 バババァァッァァンッッ!



 投げつけたゴム風船が一斉に破裂した。

 鼓膜に突き刺さる爆発音。


 モクモク

 モクモク


 爆発で起きた煙が視界を遮る。


「フフフフ……

 ム……?」


 煙の中から現れたのは巨大な石の壁。


 パラパラ……

 ガラガラガラ


 爆発の影響で石の壁が崩れる。


 フィン


 崩れた岩の壁は霧に変わり霧散する。


「あっぶねー……」


 咄嗟に爆発を逃れた豪輝。


「フム……

 そのスキルスピード……

 やるな皇警視正」


「なるほどな……

 さっきのゴム風船は水が入っていたという訳か……」


「フフフ……

 よく気付いたな……

 これがスキル“水蒸気爆発フリーアティック”だ……

 たかが水と言っても馬鹿には出来ん威力だろう……?」


「何がスキルだ……

 ただ水風船を溶岩で水蒸気爆発させてるだけじゃねぇか……」


「フン……

 良いのか?

 そんな事言って……

 今のはあくまでもデモンストレーション……

 これを戦術的に利用すると…………」


 亜空間に両手を突っ込む。


「こうなる」


 両手に持たれた大量の水風船がヌッと出てきた。


「オイ……

 まさか……」


 豪輝は絶句する。

 容易に惨劇が想像ついたからだ。


 ビュン


 豪輝の居る橋頭堡の周りに目掛けて、水風船全て投げ込む呼炎灼こえんしゃく

 灼熱の溶岩に向かって落ちていく。


「ボギーィィィッッ!

 跳べェェェェェッッッ!」


 豪輝が叫ぶ。


 緊急回避。

 間に合うか?


 バババババババババァァァァァァンッッッ!


 けたたましい爆発音。

 急激に立ち昇る白煙が呼炎灼こえんしゃくを飲み込む。



 豪輝はどうなったのか?



 豪輝は遥か上空に居た。

 爆発する瞬間ボギーの健脚により空へ逃れたのだ。


 上空から舞い上がる白煙を見下ろす。


「何ちゅう爆発だ……」


 重力に逆らう事無く落下するボギーの身体。

 白煙の中に入る。


 煙の隙間から呼炎灼こえんしゃくの姿が見える。

 豪輝は仕掛ける気である。


 構成変化コンステテューションは遠隔でも発動可能。

 だが射程は三メートルが限界。


 タイミングを測る豪輝。


 迫る呼炎灼こえんしゃくの身体。

 射程内に入る。


「今だッ!

 構成変化コンステテューションっ!」


「ムッ!?」


 声に気付き、見上げる。

 が、豪輝の方が一寸早い。


 ボコォォォォンッッッ!


 呼炎灼こえんしゃくの周囲ぐるりと石の壁が隆起。

 灼熱泥流ラーバーフローが視線に関連すると踏んだ対策である。


 素早く両手を上に向ける豪輝。


構成変化コンステテューションッ!」


 現出したのは巨大な銀柱。

 これを呼炎灼こえんしゃくの頭上に落として完成だ。


「くらえェェェッッ!」


 ビュンッッッ


 思い切り呼炎灼こえんしゃくの頭上に投げつける。


 スタッ


 玄武岩の上に着地するボギー。

 どうだと言わんばかりに勢いよく振り向く。


 豪輝の眼に映るのは自分が出した石の壁と上に突き刺さっている銀柱。


 ジュォオッ


 大きな蒸発音と共に石壁の間から漏れ出る紅い粘体。


 ドロドロドロォッ!

 ジュオォッ!


 石の壁を飲み込む粘体。

 あれは溶岩だ。


 ドコォッ


 超高熱により白煙が立ち込める中、突き破る様に岩片が飛んでくる。

 やがて現れる呼炎灼こえんしゃくの身体。


 右脚を上げてミドルキックの体勢。

 頭から溶岩がかかり、煙を上げている。


 ガランッ


 頭上にあった半分溶岩に変わりかけている銀柱を投げ捨てる呼炎灼こえんしゃく

 頭上から滴り落ちる溶岩の間からニヤリと笑う呼炎灼こえんしゃくが見える。


 ゆっくりと右手で顔にかかった溶岩を拭い捨てる。


 ビチャァッ


 足元の溶岩溜に加わる。


「くそっ……

 バケモノが……」


 攻略法が見い出せない焦りから愚痴を零す豪輝。


「フフン……

 それはお互い様だろう……

 皇警視正……」


 だが完璧完全無欠な能力等存在しない。

 それは人間が不完全な生物だから。

 

 ゆっくりと石壁の囲いから出て来る呼炎灼こえんしゃく

 何とか突破口を見出さないとこのままジリ貧だ。


 そう豪輝は考える。


「さっき投げた柱はタングステン製だぞ……

 どうやって溶かしている……

 溶岩が超高温って言ってもせいぜい千二百度だろ……」


「これはスキル灼熱泥流ラーバーフローによるものだ。

 吾輩は視野に入るものを溶岩に変質する事が出来るのだよ」


 豪輝は絶句する。


「そんなスゲェスキルなら何故俺を溶岩に変えちまわねえ……」


 ギュルギュルギュル


 その豪輝の発言を聞いた途端周りに拡散していた溶岩が呼炎灼こえんしゃくの足元に向かって退いて行く。

 残ったのは黒焦げた玄武岩の絨毯。


「何だっ

 もう観念したのかっ!」


 起こった異変に豪輝が声を荒げる。


 ドスン


 呼炎灼こえんしゃくが足元の大きな玄武岩に腰を掛ける。


「少し昔話をしようか……」


 呼炎灼こえんしゃくがゆっくり話し出す。


「昔……

 中国に竜河岸の少年が居た……

 貿易会社の跡取りでな……

 父母の愛情に育まれて健やかに育っていたよ……

 竜儀の式が行われる迄な……」


 この辺りで気づく。

 どういう訳か呼炎灼こえんしゃくは自身の生い立ちについて語り出している。


 ギュギュギュギュギュギュゥゥッッッ


 投擲用に形状変化した右腕を元に戻し、黙って聞いている豪輝。


「竜儀の式でボルケが来た時……

 両親は喜んでな……

 だが……

 その時……

 備わったスキルが問題だった……」


 ギュゥッ!


 呼炎灼こえんしゃくが拳を強く握りしめる。


「スキルの名は灼熱泥流ラーバーフロー……

 使役した竜が赤の王だったからなのか……

 少年の持っているポテンシャルが高かったのかは知らぬが……

 備わった時は制御が効かなくてな……

 少年の視界に入るものは全て灼熱の溶岩に変わって行った……

 人、物問わずな……

 初めの犠牲はその寺と住職…………

 ………………そして両親だったよ……」


「そこから少年の地獄が始まった…………

 眼を開くとスキルが発動するから、黒く塗り潰した眼鏡をかけて生活してな……

 初めは何度も転んで大変だった……

 両親を亡くしたせいで親戚中たらい回しに遭ってな……

 全員父から相続した遺産目当てだった……

 その少年は備わった危険なスキルのせいで陰で“小鬼子シャオグィズ”と呼ばれてな……

 すめらぎ警視正……

 この言葉の意味を知っているかね……?」


 黙って聞いていた豪輝は無言で首を横に振る。


「シャオグィズ……

 漢字で小さい鬼子と書く……

 端的に言うと悪魔の事だが……

 人を侮辱する時に使う言葉だ……

 しかも最大級のな……

 血縁者から蔑称で呼ばれてその少年は多感な時期を過ごした……

 灼熱泥流ラーバーフローをコントロール出来るようになったのは十六歳の春だった……」


 黙って聞いている豪輝。


「そして少年は全てのしがらみを振り切る様に来日し、自衛隊に入隊した。

 入隊時の自衛隊は腐っていてな……

 竜儀の式を終えた竜河岸には媚びへつらい……

 丙種に対しては陰湿な虐めを行う……

 少年はそんな奴らを見捨ててはおけず陸竜大隊を創設した……」


 呼炎灼こえんしゃくは話を続ける。


「創設してから気づいたのだ……

 これでは救える丙種は自衛隊に在籍している者のみだと……

 日本全国にはまだまだ旧人の陰湿な虐めに苦慮している竜河岸はごまんといる……

 そんな者たちの受け皿として晨竜国しんりゅうこくはある……

 すめらぎ警視正……

 貴様の問いに関しては“出来ない”と答えておこう……

 灼熱泥流ラーバーフローの制限として有機物は溶岩には変えられない……

 無機物のみだ……」


 ここでいくつか引っかかる豪輝。

 

 まず二点。

 

 一点目はそれだけ竜河岸の事を想っているにも関わらず何故制裁の為に本間を狙ったのか?

 後一点は溶岩に変えられるのが無機物のみなら、何故ガレアは溶岩に変えられたのか?


 前者に関しては簡単。

 要するに詭弁なのだ。


 全てが詭弁という訳では無いと豪輝は考える。

 おそらく生い立ちや陸竜大隊創設のキッカケ辺りは本当なのだろう。


 ただ本人は知ってか知らずか現在の呼炎灼こえんしゃくの心境には変化がある。

 創設時は本当に丙種を救いたいと思って作ったのだろう。


 だが今は丙種を救いたいと言う気持ちにプラス

 “ただ意にそぐわない奴は誰であろうと排除する”

 と言うものが加わる。


 何て事は無い。

 表では国民の為と言いつつ裏で悪事を行うチンケな政治家と変わらなくなっている。

 

 後者に関しては何か謎があると見ている。

 まだ呼炎灼こえんしゃくの話は続く。


「この様な話を貴様に何故しているか解るか……?

 それは貴様を我が国へ迎えたいからだ……

 先の戦いぶりを見ていてますます貴様が欲しくなった……

 どうだ?

 一緒に丙種の竜河岸を救わないか……?

 すめらぎ警視正」


 やっぱり懐柔が目的かと豪輝は考える。

 となると先の争いはそれなりに驚異の部分もあった様だ。


「やなこった。

 お前の下につくなんてまっぴら御免だ」


 ビュオゥッ


 豪輝の拒否を聞いた途端、呼炎灼こえんしゃくの空気が変わる。

 豪輝は吹いていない猛風を感じる。


 これは竜河岸の強者だけが持つ“圧”。

 皇源蔵すめらぎげんぞう皇滋竜すめらぎしりゅう鮫島さめじまフネ等が持つ。


「…………なら……

 貴様は……

 日本中の苦しんでる竜河岸を放置する側の人間と言う事で良いのか……?」


 眼が紅い。

 怒っているのだろう。


「へっ……

 こっちはこっちでやってんだよ……

 テメエみたいに仲間に制裁なんか加えずともなぁっ!」


 が、臆しない。

 “圧”は豪輝も有している。


「フン……

 あんなチンピラ……

 どうなろうと知った事では無い……」


「確かに本間は法を犯した犯罪者だ……

 アイツを庇う気はサラサラねぇよ……

 けどな……

 そんな奴も自分の仲間としたのはお前だろうがっ!

 そんな奴こそ救ってやらねぇのかよっ!?

 だからテメェの言ってる“竜河岸を救う”って言葉なんざ信用出来るかっ!

 呼炎灼こえんしゃく……

 テメェは人を束ねるのに向いてねえよ……

 人を力で押さえ付けているだけだ……」


「フン……

 力こそ全て……

 吾輩が教えてやる……

 力の使い方を……

 旧人共を捻じ伏せる程の力をな……

 それが結果的に丙種の竜河岸達を救う事になるのだ……」


 本性を少しずつ出し始めた呼炎灼こえんしゃくを見て、軽くため息が出る豪輝。


「ハァ……

 多分陸竜大隊を創った当初は純粋な気持ちからだっただろうに……

 何でこんなベタなボスキャラ……

 いや中ボスキャラになってしまったのか……」


「中ボスかどうか……

 その身で味わってみるが良い……」


 呼炎灼こえんしゃくが亜空間に手を突っ込む。

 また水風船かと身構える。


 ゆっくりとボギーから降りる。

 ヌッと出てきた右手には何も持たれていない。


 パラパラ……


 呼炎灼こえんしゃくの右手から何か細かい礫の様な物が落ちる。

 嫌な予感が豪輝に奔る。


「ボギーッッ!

 魔力をよこせッッ!

 本気で行くぞッッ!」


【ウンッッ!】


 ボギーの身体から大量の魔力が豪輝の身体に流れ込む。


構成形状変化フュージョンッッ!」


 ググググググググッッッ!

 ギュギュギュギュギュギュッッッ!

 バリィッッ!


 豪輝の眼が紅く光る。

 と同時に衣服が弾け飛び、首から下が変化していく。


 胸部が三回りほど肥大。

 色は青みがかかった紫。


 前胸部斜め下辺りに管が三本ずつ隆起。

 煙をゆらりとくゆらせている。


 腰回りも肥大し青紫に変色。

 先のバーニアの様な管が下に向かって伸びている。


 足回りも次第に変化。


 太腿が二回りほど大きくなる。

 関節が前にズレ、横から見たら稲妻のような形状。


 六周り程太くなった足首から伸びる脚は大きな三本爪が地面に食い込み、踵が無い。

 Tレックスの様なその足は先のげんとの一戦で見せた形状をしていた。


 両肩は先の投擲で見せた形状に変化し、前腕部は三周りほど大きくなる。


 ここにも外側に向け各三本ずつ隆起。

 出た煙が揺らめいている。


 形状変化完了。

 続いて構成変化がかかる。


 パキパキパキ


 豪輝の首から下。

 各部分が銀色の金属に変質していく。


 関節部以外は全て銀色に光る金属で覆われた。

 それはまるで重甲冑フルプレートアーマーの様。


 構成変化完了。


「フン……

 余裕だな……」


 これは構成形状変化フュージョンが完了するまで待っていた呼炎灼こえんしゃくに対して投げかけられた豪輝の言葉。


「フン…………

 それが貴様の本気なのだろう……

 それを捻じ伏せてこそ力を示せると言うものだからな……」


 ■構成形状変化フュージョン


 豪輝の奥の手。

 構成変化コンステテューション形状変化コンフィグレーションの合わせ技。

 形状を変化させた身体に表面を金属に変え、装甲の様に纏う。

 火力、防御力共にトップクラスを誇る。

 火力だけで言うと血液超循環サーキュレーションの方が勝るが、防御力では構成形状変化フュージョンの方が勝る。

 総合力で言うと上である。

 欠点としては魔力の大量消費と完了まで時間がかかると言う点。


「さて……

 こちらも……

 準備しよう……

 灼熱泥流ラーバーフロー……」


 右掌を見つめた呼炎灼こえんしゃくの眼が紅く光る。

 と同時に掌から溢れる溶岩。


 指間から垂れる。

 先に出した溶岩の海より粘性が高そうだ。


 ビュンビュン


 軽く手を振り回し、溶岩を右手に纏わせる。

 瞬く間に紅く光る拳が出来上がる。


「行くぞ……

 すめらぎ警視正」


 呼炎灼こえんしゃくが身構える。


 ビュンッッッ!


 高台に居た呼炎灼こえんしゃくは瞬時に間合いを詰める。

 急激な速さに対応できない豪輝。


「なっっ!?」


 瞬く間に懐に入り込んだ呼炎灼こえんしゃくが自然な動きで溶岩を纏った紅く光る右拳の正面を豪輝の下腹部辺りに向ける。

 その距離二十五・四ミリメートル。


「…………熔拳ようけん


 ドンッッッッッ!

 ジュオォォォォォォォッッッッ!


「うごぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!」


 呼炎灼こえんしゃくの右手が火を吹く。


 豪輝の下腹部を灼熱の一撃が襲う。

 まるで小型の爆弾が至近距離で炸裂した様。


 豪輝の巨体が真後ろに吹き飛ばされる。

 そのまま青木ヶ原樹海に飛び込む。


 バキバキベキベキ


 余りの勢いに木々がへし折られる音が響く。


「くっ……」


 だが、構成形状変化フュージョンの高い防御力のお蔭でダメージはあるが、意識は保っている。

 くるんと反転し巨木に着地。


 衝撃の反動によるを利用して高く跳躍。

 呼炎灼こえんしゃくの元へと戻る。


 スタッ


 豪輝、無事着地。


「おー……

 いちちちち……」


 黒焦げた下腹部を撫でる豪輝。

 ひび割れているタングステンの装甲がその威力を物語る。


「なるほど…………

 今纏っている鎧は先の金属と同種のものか……」


 豪輝の様子から相手の分析を行う呼炎灼こえんしゃく


「……今の……

 寸勁か……」


「ホウ……

 知っていたか……」


 ■寸勁すんけい


 中国拳法の技術の一つ。

 距離による発勁の分類の一種で至近距離から相手に勁を作用させる。

 身体動作を小さくし、わずかな動作で高い威力を出す技法全般を指す。

 有名な所ではブルース・リーのワンインチパンチがある。


「ただの寸勁じゃねぇな……

 魔力で威力を上げているって所か……」


「フン……」


 呼炎灼こえんしゃく、多くは語らず。


「今度はこっちから行かせてもらう…………

 ぞっ!」


 豪輝の異形の脚が唸る。


 Tレックスさながらの足爪を地面に食い込ませ、瞬時に空へ。

 一気に間合いを詰める。


「ムッッ!?」


 余りのスピードに呼炎灼こえんしゃく反応できず。

 容易に侵入されてしまう。


「オラァッ!」


 ドカァッ!


「グホッッ!」


 豪輝の強烈な右ストレートが呼炎灼こえんしゃくの右頬を襲う。


 タングステンに覆われた銀色に光る右拳が呼炎灼こえんしゃくの顔面に突き刺さる。

 短い呻き声を漏らした顔が勢いよく右に揺れる。


「まだまだこんなもんじゃねーぞっっ!

 くらえぇぇぇぇっっっ!

 千叩きィィィィッッッ!」


 バシューーッッ!


 前胸部、両前腕部、腰にある管から大きく煙が噴き出る。


「オラオラオラオラオラオラオラオオラオラオラァァッァァァァァァッッッッッ!」


 ガガガッガガガッガガガガガガガガガガガガッッッッ!


 怒涛のラッシュ攻撃。

 腰が高性能モーターの様に回転。


 次々と拳を繰り出す豪輝。

 苛烈な連打が標的に炸裂する。


 拳の形がハッキリしない。

 それ程のハンドスピード。


 文字通り千もの拳が全て呼炎灼こえんしゃくの顔面を捉えている。

 これは意識を断ち切る為。


 気絶を狙っていたのだ。


「調子に……………………

 乗るな……」


 ガッ


 殴られながらも動きを眼で追っていた呼炎灼こえんしゃく

 残像でしか確認できない程のスピードで動く両手首を掴む。


 一発一発が途轍もなく重く、並の竜河岸ならば一撃で意識を断ち切れるレベル。

 その一撃を何十発も受けても断ち切れない強靭な意識。


 眼で追うのが困難な速度を見切る動体視力。


 これが緋焦帝ひしょうていボイエルデューを使役する陸竜大隊隊長呼炎灼こえんしゃくである。


灼熱泥流ラーバーフロー


 豪輝の両手を封じ、紅く光る眼で両拳を見つめる呼炎灼こえんしゃく


 ドロォォォォッッッ


 豪輝の両拳が紅く光る溶岩に変質する。


「ウワチャァァァッァァァァァァッッッ!」


 超高温が豪輝の肌に咬み付く。

 身体に伝わる余りの熱さに叫び声を上げる。


 神経に伝わる危険信号に豪輝が反応。


 ドカァッッ!


 異形の足で思い切り呼炎灼こえんしゃくの腹を蹴り飛ばし、強引に手を振り解く。

 そのまま後ろに跳躍し、間合いを広げる。


 シュュュュオォォォォォッッッ


 片膝をつく豪輝の両手から立ち昇る白煙。

 元が赤く光っている。


 フィン


 構成変化コンステテューションで両手の溶岩を霧に変える。

 が、処置が間に合わず黒く焦げている。


「グゥゥゥッッ!」


 火傷の痛みに苦悶の声を上げる豪輝。


「ベッッッ」


 口の中の血溜まりを地面に吐き出す呼炎灼こえんしゃく


 クキッ

 クキッ


 首を少し捻り、音を出す。


「なかなかいい打ちを放つでは無いか……

 皇警視正……」


「あれだけ喰らって意識途切れねぇって……

 どんだけタフなんだよ……」


「その両手……

 酷い火傷の様だが……

 使い物になるのか……?

 フフフ……」


「へッ……

 余計なお世話だよ……」


炎灼えんしゃくよ……

 そろそろ時間だぞ……】


 大きなボルケの声が響く。


「おお……

 そうか……

 久々の血沸く戦闘に時間を忘れていた…………

 フム……

 “集め”も完了している様だ……

 すめらぎ警視正」


「……何だよ」


時間切れタイムオーバーだ……

 招かれざる客にはご退席頂こう…………

 火砕流パイロクラスティック・サージ……」


 呼炎灼こえんしゃくの眼が紅く光る。

 と同時に足元から溢れ出す溶岩。


 ゴパァァァァッッッ!


 先とは比べ物にならないぐらいの量。

 地面の玄武岩を焼きながら、物凄い勢いで迫り来る溶岩。


 白煙が上がる。


 ジュオォォォォォォォッッッッ!


 猛烈なスピードで灼熱の紅い波は、豪輝達を飲み込もうとする。


「ボギーィィィッッ!

 ドラペンッッッッ!

 寄れぇぇぇぇぇッッッ!

 構成変化コンステテューションッッッッ!」


 緊急事態に大声を放つ豪輝。

 素早く豪輝の元に寄る二人。


 異形の両手を頭上に掲げる。

 現出させたのはタングステンの大板。


 ザパァッッ!


 ジュワァァァァァァァッッッ!


 何とか溶岩の波はやり過ごす事は出来たが周りにはどんどん溶岩が溢れて来る。

 容易に金属板の下まで侵入。


 一刻の猶予も許されない。

 ぐずぐずしてたら足元から溶岩にやられてしまう。


「跳ぶぞォッッッッ!

 ボギーィィィッッ!

 ドラペンッッ!

 デリャァッ!」


 ブンッッ


 力いっぱい遠くにタングステンの板を投げ捨てる豪輝。


 ザブン


 瞬く間に牙を剥く二回目の溶岩の波。

 眼前まで迫る。


 装甲の無い関節部に焼けるような熱さが入り込む。

 足の三本爪を地面に食い込ませ、高く跳躍。


 ビュンッッッ!


 一瞬で遥か上空に跳ぶ豪輝達。

 すんでの所で灼熱の波を躱す事が出来た。


 見下ろすと夥しい量の溶岩が青木ヶ原樹海を飲み込んでいき、ますます範囲を広げていく。

 様子は地獄の蓋が開いてしまった様だ。


「何て……

 事だ……」


 下に広がる地獄絵図に言葉を失う豪輝。


 パチパチパチ

 バキバキベキベキ


 次第に落下していく身体。

 耳に超高温により木々が燃える音と支えを失い、折れ倒れていく音が聞こえてくる。


「クッッ!

 構成変化コンステテューションッッッ!」


 豪輝は掌を下に向け、足元にタングステンの銀色板を現出。

 防御で使った時程大きくない。

 ボギーと豪輝が乗って少し余る程度。


「ドラペンッッ!

 比重領域エリアレシオだっっっ!

 底の摩擦係数を全て隅に追いやれぇぇッッッ!」


【委細承知ィィィッッッ!】


 何故人間界に来て間も無いドラペンが“摩擦係数”と言う言葉を知っていたか。

 それは豪輝が覚えさせて損は無いだろうと嫌がるドラペンに無理矢理覚え込ませたからだ。


 ビチャァッ!

 ザザザザァッッッ!


 タングステン板が溶岩海に着地。

 摩擦係数が限りなくゼロに近いためどんどん押し流される。


 灼熱の溶岩はタングステンの装甲を通過し異形の身体にまで熱さを伝えて来る。


「ドラペンッッ!

 “熱さ”も一緒に隅に追いやれぇぇッッ!」


【心得たァァァッッ!

 比重領域エリアレシオォォォッッ!】


 銀板の上の温度が見る見るうちに平温に。


 ザザザザザザァァァッ


 サーフィンの様に溶岩の海を流れていく。

 眼前に巨木が迫り来る。


「ボギーィィッッ!

 ぶっ放して薙ぎ倒せぇぇッッ!」


 カッッ!


 無言で口を開けるボギー。

 同時に閃光射出。


 ドッコォォォォォンッッッ!


 爆発と共に眼前の木が吹っ飛ぶ。

 更に流れて行く。


 どんどん呼炎灼こえんしゃくから離れていく。


 ギュギュギュギュギュギュギュッッッッ


 豪輝は構成形状変化フュージョン解除。


 魔力を温存するためだ。

 現れたのは一糸纏わぬ豪輝。


 バキバキ……

 ズシン


 前の木が倒れ、豪輝達の動線に立ち塞がる。


「うおっっ!」


 急な事で豪輝もボギーもドラペンも対応できない。


 ザパァッッッ!


 摩擦係数がかなり低いため、倒れた木に乗り上げ高くジャンプする。

 豪輝の目端に竜とそれに跨った女性、その側に男の子が映る。


 竜司だ。


「竜司ィィッッ!

 乗れェェッッ!」


 ###


「はい。今日はここまで……

 ってたつ?」


 たつが震えている。

 また興奮しているのかな?


 …………いや違う。

 顔が真っ青だ。


「パパ…………

 本当は怖い人なの……?」


 しまった。

 最大魔力注入マックスインジェクトのくだりは少々きつかった様だ。


「うん……

 当時はね……

 この時は僕も”力”を使ったのは初めてだったし……

 あそこまで残酷になれるなんて思って無かったし……

 一番怖いのは人の感情だと思ったよ…………

 でもねたつ……

 そのを知ると言う事が大事だとも後で思ったんだ…………

 たつもこれから大きな力を振るう時が来るかも知れない……

 その力が物凄く怖いものであることを忘れないで……

 力に溺れないで…………」


「う……

 うん……」


 たつの表情を見ると余り理解はしていない様子。


 でも良い。

 僕のこの言葉を記憶の片隅にでも置いてもらえれば。


「じゃあ今日も遅い……

 おやすみなさい」

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