第百二十六話 へっ……馬鹿どもがァ……

「やあこんばんは。

 今日も始めていこうかな?」


「パパッ!

 蓮ちゃんどうなったのっ!?」


 まだ蓮の事を蓮ちゃんって呼んでる。

 蓮って今は四十五歳なんだけどな。


「さあどうなるんだろうね。

 じゃあ話して行くよ」


 ###


「ゴメン……

 竜司……」


 パタッ


 音も無く、静かに蓮は横たわる。

 そのまま深い眠りにつく。


 十数分後


「う……

 ん…………」


 蓮はゆっくり眼を開ける。

 ゆっくり半身を起こし、周りを見渡す。

 状況確認。


【アンタッッ!?

 ようやく起きたのッッ!?

 早くアタシを元に戻してェェェェッッッ!】


 隣でルンルの叫び声。

 横を向くと黄金銃のままのルンルが置いてある。


「あっ……

 あぁ……

 ルンル……

 ごめんね……」


 まだ頭がボーっとしている様。

 ゆっくり手を添える蓮。


 黄金銃が光に包まれる。

 やがで光が止み、竜の姿のルンルが現れた。


【フウッ

 ようやく元に戻れたわん】


「蓮ちゃん……

 目覚めたかい?」


 声のする方に振り向く。

 張梁ばりばりが大きめの岩に腰掛けていた。

 その姿に絶句する蓮。


「そ……

 それ……」


「ん?

 あぁ……

 ちょいとばかし無理しちまったからなあ……

 一人で治療すんのは骨が折れたぜ……

 ヘヘ」


 乱雑に巻かれた包帯。

 それが全身に。


 肩口、右脇腹、両太腿部分は真っ白い包帯の下から赤い血が滲み出ている。


 そして右手。

 血は止まっているが肩口から末端まで黒く変色。


 周りには何本も何本もスプレー缶が転がっている。

 “ちょいと”どころの騒ぎでは無い。


「その右手……

 大丈夫なの……?」


「どうだろうなあ……?

 まあ久我医官に見せりゃあ何とかなるんじゃねぇか……」


「そう……」


 張梁ばりばりが言っているのは久我医官のスキルによる治療。

 久我医官のスキルは時空翻転タイム・アフター・タイムと言って貴重な時間系スキル。


 概要は範囲内に流れる時間を巻き戻す事が出来る。

 それを使えばどんな重傷を負っても生きてさえいれば、回復する事が出来る。


「それにしても凄かったなぁ蓮ちゃん。

 アレ何て言うんだ?」


 蓮ちゃんと呼ぶのに違和感を感じる蓮。


「あ……

 あれは……

 超電磁誘導砲レールガンって言うんです」


「……ってあの“とある”シリーズのアレかーっ!

 アレって実際に出来たのかーっ!

 スゲーなっ蓮ちゃん!」


 褒めてはくれてるのだろうが蓮ちゃんと呼ぶのに違和感。


「えっ……

 えぇ……

 まあ色々と試行錯誤をしまして……」


「へぇーっ!

 蓮ちゃんは十四歳で大したもんだァーっ!」


 蓮ちゃんと呼ぶのに違和感。


「は………………

 はぁ……」


「ん?

 どうかしたか?

 蓮ちゃん」


 違和感。


「あの……」


「ん?」


「……私と……

 電田でんださんは初対面ですよね……

 しかも敵同士…………

 名前で呼ぶの止めて欲しいんですけど」


 静かに怒りを載せて言葉を放つ蓮。


「は…………

 シャーーーセン…………」


 目が点になった張梁ばりばりは謝罪。

 シュンとなって凹んでいる。


 何となくヘンな空気になり居たたまれなくなった蓮が話しかける。


「で……

 でも…………

 電田でんださん、無茶ですよ。

 人間の身体で荷電粒子砲なんて。

 確か高速で荷電粒子を加速させるんでしょ?」


「ん?

 あぁ……

 まあお蔭でこのザマだけどな……

 クーロンで何度か撃った事があったからイメージはしやすかったけどな……」


「よく右腕、融解しなかったですね」


「へっ。

 そこは気合よぉっっ!」


 勿論気合でどうにかなるものでは無い。


 これは体内に蓄えた魔力の作用である程度の防護が為されていたのだ。

 だがそれでも皮膚が炭化するほどの熱量はあったのだが。


「プッ……

 何ですかソレ……」


 堂々とした張梁ばりばりを見て、少し笑う蓮。


「嬢ちゃんの笑った顔初めて見たぜ…………

 笑ったら可愛いんだな」


 蓮がボッと赤くなる。


「かかっ……

 カワイイだなんて……

 何言ってるんですかっっ!?」


「ハハッ……

 笑った顔や照れた顔を見てると本当に普通の中学生なんだけどなァ」


 それを聞いた蓮の顔は更に真っ赤になる。


「そんな事は良いんですっ!

 それよりも電田でんださんはこれからどうするんですか?」


「俺かァ……?

 俺ァクーロンが起きるのを待ってそれから久我医官に治療してもらう……

 それから戦線復帰だなぁ……」


「戦線復帰ッて…………

 こんなにボロボロになってもまだ止めないんですか?」


「アァ……

 俺ァ呼炎灼こえんしゃく隊長の夢を叶えてやりてぇ……」


「そうですか……

 じゃあまたぶつかるかも知れませんね……」


「あぁ……

 次は敗けねぇぜ」


「ってか私が敗けてるんですけど……」


「そうかァ?

 マァでも竜は圧勝だろォ?

 嬢ちゃんの雷竜つえぇなあ……」


 張梁ばりばりがルンルを見つめる。


【イヤン……

 あつぅい視線送ってくれちゃってェ……

 竜は気に喰わないケドマスターはワイルド系でイ・イ・カ・モ・ねェん】


 バチン


 ルンルが張梁ばりばりにウインクする。


「な……

 なかなか嬢ちゃんも苦労してそうだなァ……」


「ハハ……

 わかります……?

 …………じゃあ私そろそろ戻ります」


「オウ……

 また遭うかも知れねぇなあ」


 ルンルに跨る蓮。


「ええ、次は敗けませんよ」


 ルンルと蓮はその場を後にする。


 新崎蓮しんざきれんVS電田張梁でんだばりばり 終了

 勝者:電田張梁でんだばりばり

 決まり手:荷電粒子砲


 ルンルVSクーロン 終了

 勝者:ルンル

 決まり手:球電きゅうでん


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 時はかなり遡る。

 カズとドックが出て行った直後辺りまで。


「あ~~~……

 メンドクセー……

 ンでもそろそろ行かネーとなあ……」


「あれ?

 リッチーさん、えらく早いですね」


 絶賛超全方位スーパーオールレンジ展開中だけど、声を掛ける。


「あぁっっ!?

 ガキィッッ!

 敵の補給源なんか早めに叩き潰しておくのが基本だろうっっ!

 馬鹿かぁッッ!」


「わわっ!

 すっ……

 すいませぇぇん」


 リッチーさんの怒号に慌てた僕はすぐさま謝罪する。


【すいませんすいません。

 いつも口が悪くてすいません】


 ラガーがペコペコ謝っている。


「アァッッ!?

 何やワレェッ!

 その口の利き方はァッッ!」


 様子を見ていたげんが話に入って来る。

 ややこしくなる気しかしない。


「まっ……

 まーまー……

 げん……

 今のは考えの浅い発言をした僕が悪いんだし……」


 とりあえず超全方位スーパーオールレンジを解除してげんの前に立ち塞がる。


「どけぇっ竜司ィッ!

 このネクラ、一辺キャンイワさなアカンでェッ!?」


「ファ~~ア…………

 これから疲れんのにチンピラの相手なんかしてられっかーっての……」


 パサッ


 いってきますも言わずリッチーさんはテントの外へ出て行った。


【すいませんすいませんっ!

 正式な謝罪は帰って来てからさせて頂きますのでぇッ!

 すいませんすいませんホントすいません】


 パサッ


 謝りながら出て行ったラガー。

 大変だなあ。


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 ###


 リッチーはラガーに跨り一路目的地を目指していた。


「あ~~……

 メンドクセェ~~」


【全くもう……

 私の脚ならすぐに着きますよ】


 道なりに進むと二又に別れている場所に出る。

 先は鮮やかな色の花畑になっている。


 目的地の富士芝桜展望広場に着いた。

 ホントにすぐ到着。


「マジか……

 もう着いたのか……

 おいラガー止まれ……」


 ゆっくり降りるリッチー。

 道から外れ森の中へ。


 しばらく歩き、外から発見できない奥の適当な木の元に腰掛ける。


「さて……

 と……

 ど~すっかな……

 ラガー、オメーの魔力波探ソナーの反応はどうだ?」


 ラガーを見上げるリッチー。


 ラガーは目を瞑っていた。

 そしてゆっくり顔を横に滑らせる。

 往復した段階で眼を開ける。


【竜河岸と竜は固まってますね…………

 人数にして五組。

 その一つは人型なのに少し大きめです……】


 リッチーは考える。

 五組と言う事は目標ターゲットも含めて十人。


 そして宗徒の連中も合わせると三十人。

 これ上手く行けば即効で終わるかも知れないが、下手したらめんどくさい事になるかも。


「相変わらずオメーの魔力波探ソナーって役に立たねーのな」


 ■魔力波探ソナー


 ラガーの特技。

 前方に微弱な扇状の魔力の波を発信。

 対象の魔力に当たった反応を感知する事が出来る。

 反応は大きさ、形まで判別可能。

 が、魔力に当てないと判らないので一般人等は無反応。


【そんな事言われても……

 シュン……】


 ラガーがしょげている。


 ガシガシ


「ハァ……

 やっぱコレで行くしかねーか……」


 頭を掻きながら、何やら作戦が決まった様子。

 というよりは既に作戦は既にあった模様。


 持参した荷物を開くリッチー。

 中にあったのは普段着一式。


 どこか気持ちゆったり目だ。

 いそいそと衣服を脱ぎ、着替え始める。


「ったくっ……

 めんどくせーな……」


 防刃衣、防弾衣を脱ぐのを手間取っているリッチー。

 どうにか脱ぎ終わる。


 まず防弾衣、防刃衣から着る。

 そして上から普段着を着用。


 着替え完了。


「さぁ~~……

 行くかぁ~~」


 怠そうにリッチーが歩き出す。

 どこへ向かっているのかと言うとまたさっきの道だ。

 戻ったリッチーはそのまま堂々と歩き出す。


「ラガー……

 手筈通りだ……

 抜かるなよォ……」


【ええ……

 わかってます】



 富士芝桜展望広場



 各所芝桜が咲き乱れ、桃色の絨毯を敷いている様な雰囲気。

 山梨でも人気のスポットで後ろを見れば芝桜と富士山の絶景が拝める。


 だが華や景色には全く興味が無いリッチーはゆっくり歩いて行く。

 

 堂々と歩きながらキョロキョロして人員配置を確認する。


「一人……

 二人…………

 三人……

 四人……

 五人…………

 各ポイントに一人ずつ……

 警戒レベルは並……

 ただ二十人もいるからなあ……

 敷地いっぱいに配置してるって所か……」


 そのまま中央に居る自衛官に向かって歩き出す。

 向かってくるリッチーに気付く自衛官。


 キビキビした動きでアサルトライフルを向ける。


 リッチーは一体何を考えているのか。

 その答えが明らかに。


 リッチーは素早い動きで両手を上げる。


「ひやぁぁっ!

 待ってぇ!

 撃たないでぇっ!」


 リッチーが情けない声を上げる。


(貴様……

 何者だっ……)


「何者だッて……

 見れば判るでしょぉお……

 竜河岸ですぅぅ……

 TV放送見てやってきたんですよォぉ……」


 それを聞いた途端。

 銃口を下げ、後ろに回す。


(おおっっ!

 御人みひとの方でしたかっっ!

 失礼しましたっっ!)


 ■御人みひと


 宗徒となった一般人が使う竜河岸の呼称。

 四辻文寧よつつじあやねが考案。

 文寧あやねは宗徒筆頭として呼炎灼こえんしゃく偶像イデア・象徴とする、ある種の宗教を立ち上げようと画策していた。


「あ?

 あぁ、そ~だよ……

 御人みひとだよ……

 晨竜国しんりゅうこくへ加入したいんだけど……

 どこに行ったら良いのかな?」


 優しい口調で語りかける。


 リッチーの専門は主に潜入捜査やVIP救出。

 スキルなども専門捜査をラクにこなすモノばかり。


 敵との対話のコツも心得ている。


(ご案内しますっっ!

 こちらへどうぞっっ!)


 キリッと敬礼した自衛官はリッチーを先導する為歩き出す。


 ザッッ!


 バッッ!


 リッチーを見かけた自衛官は度々敬礼する。


「へえ……」


(おや?

 御人みひと。どうかしましたか?)


 先導していた自衛官が振り向く。


「いや……

 ビシッとしているなと思って……」


(ハハハッ。

 御人みひとを迎えるのですから当然ですよ)


 後ろを向きながら、誇らし気に笑う自衛官。

 が、リッチーの頭の中は別の事を考えていた。


 この統率ぶりを見る限り、おそらく竜河岸は神格化。

 もしくは神の御使いの様な扱いなのだろう。


 ガーッ!


(……オクレッ!)


 近くの自衛官が無線を使用しているのが見える。

 おそらくリッチーが来た事を告げているのだろう。

 情報伝達連携が取れている。


 しばらく歩くと小高い丘の上に大型テントの様な建物がある場所に到着する。



 展望カフェ



 自衛官が階段を登る。

 リッチーとラガーもそれに続く。


 運動会などの来賓席の様な様相のテントだが、屋根はとんがり帽子の形をしている。

 テントの前に木製の柵。


 FUJIYAMA SWEETS


 とロゴが張り付けてある。



 展望カフェ テラステント内



四辻よつつじ筆頭ッッ!

 入国希望者を連れてきましたぁっっ!)


 ビシッと自衛官が敬礼する。


「おや……?

 早いですね……

 モグモグ……」


 長机の前に座る女性。

 紫紺色のスーツを纏い、帽子着用。髪型は栗色のショートボブヘアー。


 眼鏡の奥の眼はキリッと斜め上に伸びる。

 全体的な雰囲気はキャリアウーマン。


 が、何か咀嚼している。

 側には食べかけのケーキ。


「美味しいねっ!

 あーちゃんのさくら栗モンブランも一口ちょーだいっ!」


 側には快活な女性。

 女性用の制服に身を包み、髪はクリーム色のショートボブ。


 くりくりと大きな瞳。

 手には紅いジェラードが持たれている。


「ハイどうぞ……」


 座っている女性がケーキの器を差し出す。


「ありがとっ!

 パクッ…………

 ん~~美味しい~~ッッ!」


「あの……」


 光景にどうしていいか解らず思わず声を掛けるリッチー。


「ハッ!

 …………コッ……

 コホン……

 失礼しました……

 ようこそ晨竜国へ。

 どうぞお掛け下さい」


 リッチーの声に気付く。

 赤面しながら姿勢を正し、前を向く。


「はい……

 失礼します」


 リッチー着座。


「私は四辻文寧よつつじあやね二等陸曹。

 貴方が最初の入国者です。

 我々としても入国者が来るまで少なくとも二日か三日はかかると思っていたので……

 こんな簡素な所で手続きする事を謝罪します」


「あ……

 いえいえ……」


 このリッチーは演技。

 敵に怪しまれない様に猫を被っている。


「じゃあ簡単なヒアリングをさせてもらうわ」


「ヒアリング……?」


「あぁ。

 そんなに警戒しなくても良いわ。

 姿勢も楽にしてくれていいわよ」


「あ……

 ハイ……」


「まずは名前と年齢を教えてくれるかしら」


「名前は貴宮理知たかみやりちです……」


「年齢は?」


「二十三です」


 聞きながらペンを走らせる文寧あやね


「ありがとう、貴宮さん。

 では何で晨竜国しんりゅうこくに加入しようとしたのかしら?」


「あのっっ……

 そのっっ…………」


 カタカタ


 震え出したリッチー。

 断っておくがこのリッチーの態度は演技である。


「どっ……

 どうしたのっ?」


「ぼっ……

 僕っ…………

 つい最近まで丙種だったんです…………

 親が仕事上どうしても竜がいるって事で手放してくれなくて…………

 学校で……

 ひっ……

 酷い虐めに遭って引き籠って…………

 最近竜儀の式を終えたんですが……

 悪い知り合いからのカツアゲは止まらず…………

 僕みたいな竜を使役しても存分に扱えない奴なんて死んだ方が良いかもって…………

 思ってた時に呼炎灼こえんしゃくさんの放送を見て…………

 ここなら僕を救ってくれるかなって……」


 カタカタ


 リッチーは話している間中震えていた。

 何度も言うがこのリッチーは演技。

 話した内容も創作である。


「安心して。

 ここに貴方を害する者は居ないわ。

 …………でも」


「…………はい」


「虐めを受けている時に親に相談はしなかったの?」


 やはり来た。

 そうリッチーは思う。


 おそらく文寧あやねは疑っている。

 が、想定内。


「親は…………

 ほとんど海外に行ってて一人暮らしです……」


「お父様はお仕事、何をやってらっしゃるのかしら?」


「食品メーカーTAKAMIYAの社長です……」


「TAKAMIYAってあの?」


「ハイ……

 多分そのTAKAMIYAです……」


 もちろんこの話も創作。

 TAKAMIYAという食品メーカーが存在するのは事実。

 名前が同じだから利用したまで。


 ここで少し想定外の返答が帰って来る。


「へえ…………

 TAKAMIYAの社長が竜河岸って言うのは初耳だわ……

 それに食品メーカーで竜が必須と言うもヘンねえ」


「……父は秘密主義なんです……

 信頼できる側近などを置かない人で絵に描いた様なワンマン社長で…………

 竜は移動に使うと言ってました……」


 想定外だったがアドリブで躱すリッチー。


「へえ…………

 その青い陸竜、普通っぽいけどスピード型なのね」


「ええ……

 でも僕はまだ乗って走った事は無いのでわかりませんが……」


「その竜とは仲良くやってるの?」


「人間ですら上手く行かないのに……

 ましてや竜なんて……

 まだ何考えているかなんてわからないですよ……」


「そう……

 ここに来れば時間はいくらでもあるんだから……

 じっくり仲良くなって行けばいいわ」


「……はい」


「ヒアリングはこれで終わり。

 嫌な事話させてごめんなさいね。

 晨竜国しんりゅうこくは貴宮さん、貴方を歓迎するわ」


 とりあえず第一段階は通過パス

 信用度としては四割から五割と言った所。

 リッチーは慎重な男なのだ。


「それで……

 僕はどうすれば……?」


「自由にしてていいわ。

 ただ晨竜国はまだ建国して間もない国。

 妨害する敵もいる。

 少なくとも日本政府にも認めさせるまで落ち着く事は無いでしょうね。

 もし有事の際は貴宮さんの力を借りる事があるかも知れな……」


 プルルル


 携帯の音。

 文寧あやねの携帯だ。

 素早く席から立ち上がる。


「失礼…………

 ピッ……

 もしもし……

 そう……

 着いたのね……

 それじゃあそのまま待機で……

 完了次第連絡するわ……

 プッ」


 その様子を見つめるリッチー。

 視線に気づいた文寧あやねが気づく。


「……この内容に関しては触れないでね……

 理由として貴宮さんはまだ晨竜国に加入したばかりだから。

 私達のやってる汚い仕事については知らない方が良いわ」


 この発言はウソだとリッチーは考える。

 いや、ウソと言うのは語弊がある。


 ウソと言うよりは真意・本意を隠していると言った印象。

 リッチーに気を使ってくれたらしいが、裏を返せばそれはリッチーの事をまだ信用していないと言う事。


 当然と言えば当然。

 まだ晨竜国に来たばかり。


 そんなに容易く人間の信用と言うのは得られないモノなのだ。


 そこからリッチーは考えを飛躍させる。

 新参者に教えられない事。


 かなり晨竜国を建国するにあたって重要な作戦ではないだろうかと。

 陸竜大隊がされて一番嫌な事。


 まず国土の減少。

 そして考えられるのは同規模戦力の介入。


 同規模の戦力。


 それは海自の海竜大隊。

 そして空自の翼竜大隊。


 その二つの戦力の介入。

 海自はひとまず海岸に隣接はしていないので良いにしても、空自の介入は避けたい。


 それを踏まえた上でリッチーは更に考える。

 おそらく電話の先は作戦行動中の別動隊。


 国土の防衛力を割いて実行する程の重要な作戦。

 あと文寧あやねは“完了次第”と言った。


 何が完了?

 それは呼炎灼こえんしゃくが富士山を掌握する事だろう。


 タイミングや重要度等から考える。

 作戦の内容は確定では無いが、おそらく防衛省トップ。


 防衛大臣の誘拐・もしくは脅迫。

 行政は基本縦割り社会。

 一番上を押さえられたら何も出来なくなる。


「…………なるほど……」


 辻褄が合ったので、思わず呟くリッチー。


「ん?

 どうかした?」


 リッチーの様子を見て文寧あやねが尋ねる。


「あ、いや…………

 四辻よつつじさんは優しいなって思って……」


「フフ…………

 言ったでしょ。

 ここには貴方を害する者はいないって。

 私は奥で書類作成業務を始めるけど、貴方は他の竜河岸とかと話して見たら?」


 文寧あやねは優しくリッチーの右肩に手を置く。


「あ……

 ハイ……

 わかりました」


 文寧あやねは店舗の中に消えていった。


「ん~美味しい~~」


 先のリッチーと文寧あやねとのやり取りを意にも介さず、ジェラードをゆっくり食べている。

 じっと見つめるリッチーと目が合う。

 口火を切ったのはリッチー。


「あの……

 貴方は……?」


「ん?

 ボク?

 ボクは久我真緒里こがまおりっ!

 陸自の医官だよっ!」


「へえ……

 貴方みたいな女性が医官なんて凄いですね……」


「ふっふー。

 ボクは竜河岸だからねっ!

 ボクのスキルにかかったらどんなケガもチョチョイのチョイだよっ!」


 明るく快活に答える真緒里まおり

 だがリッチーは無表情。


「へえ……

 あ、じゃあ僕は他の竜河岸と話して来いって四辻よつつじさんに言われたので…………」


「うんっ

 いってらっしゃーい」


 標的ターゲット確認。

 だがすぐ行動に移す訳ではない。


 今スキルを使って久我真緒里を連れ出す事は可能だ。

 だがここで不審な行動を取って追われると厄介だ。


 五組の竜河岸と四辻文寧よつつじあやねを筆頭に宗徒二十人も追加で追いかけて来るだろう。

 確実に久我真緒里こがまおりを連れて安全エリアまで離れる事が出来ないと。

 ゆっくりと一人ずつ無力化していこうと考える。


 リッチーとラガーは階段をゆっくり降りる。

 降りながらラガーに小声で話しかける。

 真っすぐ前を向いたまま。


「おいラガー…………

 俺はこのまま下に降りたら振り向いて花を眺めてるフリをする……

 オメーも振り向いてフリしながら魔力波探ソナー使って相手の位置を探れ…………

 これに返事はしなくていい……

 聞こえたならゆっくり頷け……」


 ゆっくり頷くラガー。


 階段を降り、無言で振り向くリッチー。

 そしてしゃがみながら坂の芝桜を眺める。

 やがて小声でラガーに指示を送るリッチー。


「お前も眺めてるフリしろ……

 ラガー……

 このまま魔力波探ソナーを使って五組の竜河岸の位置を把握しろ……

 んで孤立しているヤツを見つけたら…………

 無言で立ち上がって、そいつの場所まで案内しろ……

 聞こえたなら黙って頷け……」


 ラガーは頷く。

 しばらく芝桜を眺めている。


 やがてゆっくり歩き出す。

 見つかった。


 そう判断するリッチー。

 無言で立ち上がり、歩いてラガーについていく。

 どうやら向かっている先は展望カフェの裏手の様だ。


 建物の脇から奥へ。

 ほんの少し暗くなる。

 ある程度奥に行った段階でリッチーの歩みが止まる。


「ラガー……

 創るから待て……」


 “創る”


 気になるワードを発したリッチー。

 ラガーも従い、歩みを止める。


 ラガーの左肩に手を添える。

 魔力の補給だ。


 しばらく手を離さないリッチー。

 大分魔力が流れ込んだ。


 これだけの魔力を一体何に使うのか。

 リッチーは軽く両手を広げ胸の前辺りに持ってくる。

 両掌は合わせるのではなく間にボールが入るぐらいの空間がある。


「さあ~~……

 良いの創って出てくれよぉ~~……

 特定商取引カミヒキっ」


 シィーー……


 胸元の両掌の間。

 煙が噴出する様な音と丸い光球が現れる。


 リッチーが魔力ちからを込めた様だ。

 淡く、鈍い光を放つ光球。


 リッチーはどんどん魔力を送り込んでいる様だが、放つ光は変化せず。

 淡く鈍いまま。

 やがてリッチーはどんどん掌を近づけていく。


 ペシ


 軽い音を立て、掌同士が合わさる。


「さあ~~……

 どんなスキルだ……?

 ……全身麻酔……

 どっからだ……

 掌から……?」


 リッチーは両掌を見つめる。


 シュン


 物凄く細い針が二センチ程出ている。


「マジか…………

 こんな陰毛みたいな針でホントに眠るのかよ……」


【毎回良く解りませんねエ…………

 リッチーのそのスキル……

 名前はどうするんですか?】


「うっせい。

 どうせこのスキル、いいとこSRだろ?

 名前は麻酔針ニードルで良いや」


 先程からリッチーは何を言っているのか。

 これは先程発動したスキル、特定商取引カミヒキの話。


 ■特定商取引カミヒキ


 リッチーのスキル。

 魔力を集中させてスキルを作成する事が出来る。

 両掌間の光球から要望リクエストに沿ったスキルを生み出す。

 誰しもが万能と思うこのスキルだが、制限が多い。


 まず叶えらえれる要望リクエストは一つのみ。

 今回は“敵を無力化させる”である。

 従って現れたのは魔力で作成された麻酔針。


 生成されるスキルは完全にランダム。

 その能力の有用性等からグレードに分けられる。

 上からSSR、SR、R、Nとなっている。

 ソシャゲ好きなリッチーらしいスキルである。


 スキルが生成されると、基本的な機能は瞬時に解るのだが、細部については検証が必要。


 例一:麻酔は竜にも効くのか?

 例二:衣服の上などからでも有効なのか?


 等。


 一番厄介なのが特定商取引カミヒキで作成したスキルは有限なのだ。

 時間にして三十分から一時間。

 過ぎるともちろん消失する。


 ただ作成したスキルは保全ロックをかける事が出来る。

 保全ロックをかければ消える事は無い。


 日常茶飯事おままごと特定商取引カミヒキによって生成されたSSRスキル。

 機能を知った段階で気に入って保全ロックをかけた。


 現在保全ロック枠は三枠開いており、一枠は空白。


 その他、生成中は集中する為、無防備になる等とにかく制限が多い。

 使える様で使えないスキル。

 それがこの特定商取引カミヒキなのである。


【またそんな事言って……

 使ってみないと分らないでしょ?】


「前に創った出したヤツ、オメーがSSRスキルって言うから使ってみたら全然使えなかったじゃねーか。

 あんなクソスキル、ノーマルだ。ドノーマル


【シュン……

 もうちょっと機能が解ればいいですけどねえ……

 そのスキル】


「んな事どーでもイんだよ。

 この裏に一組いるんだな……」


 ゆっくり歩き出すリッチー。

 ゆっくりと左側に回る。


(ヘアッ!

 トォッ!

 ダァッ!)


 ドカッ

 ドコッ

 バキッ


 歯切れのいい掛け声と衝撃音。

 竜と迷彩服を着た男が組み手をしている。


 組手と言うよりかは人間が竜に稽古をつけてもらっている雰囲気。


【いいぞ。

 ヨネ、動きが良くなった……

 ん?

 待て。

 誰か来た……】


 ピタッ


 自衛官の動きが止まる。

 ゆっくり拳を降ろし、リッチーの方を向く。


 肩が上下。

 熱を帯びた息切れ。

 全力で稽古していたのだろう。


(誰だお前は……?)


 猜疑心を孕んだ鋭い眼を向ける自衛官。


「あの……

 僕は……

 晨竜国に今日加入した貴宮と言う者です……」


(ん……

 えらく早いな……

 四辻よつつじ二曹の話ではあと二、三日後と言った見立てだったが……

 ……ヘァッ!)


 バキッ!


【フフ……

 不意打ちならもっと綺麗にやらねば当たらぬぞ】


 拳を突き出す自衛官。

 その拳を難なくいなす竜。


 稽古を再開した様だ。

 もうリッチーの方を見向きもしない。

 一心に拳や蹴りを繰り出している。


(それで……

 俺に……

 何の用だ……

 ヘァッ!)


 拳を繰り出しながらリッチーに話しかける自衛官。


「えぇっと……

 四辻よつつじさんに他の竜河岸と話して来いって言われて……」


(自分のっ……

 ダァッ……

 竜と……

 ヘァッ……

 話せばいいだろう……)


 あぁ、コイツはマヌケだ。

 いわゆる脳筋。


 お力自慢と言うやつだ。

 そう思うリッチーであった。


 何気ない数言だったが、既にリッチーのプロファイリングは始まっている。

 

 この自衛官。

 まずリッチーを見て、ここに居る理由を聞くとすぐに稽古に戻った。


 この行動から考えられるのはリッチーのガリガリの腕を見て興味が失せた。

 仮に敵だったとしてもこのガリガリの腕では何も出来まいと侮った。


 もしくは自分の不甲斐なさを払拭する為日々頑張ってトレーニングをしているのか。


 だが、あの鍛え抜かれた二の腕を見る限りではそれは無いだろう。


「いや……

 僕は自分の竜とあまり仲良くなくて……」


(何故だ……?

 ……トゥッ!

 自分の竜だろう……

 ハァッ!)


 稽古を続ける自衛官。


「僕…………

 丙種あがりなので…………」


(そうか…………

 タアッ!

 お前も大変だったんだな…………

 ムンッ!

 …………しかしこの晨竜国には丙種あがりでも信頼し合っている竜河岸はたくさんいる…………

 お前も焦る必要は無い…………

 デヤッ!

 ……ゆっくり信頼を深めて行けばいい)


 ようやく拳を止める自衛官。

 稽古が終わったのだろうか。


「それにしても凄いですね……

 ええっっとぉ……」


 リッチーが拳を止めた自衛官に話しかける。


(ん?

 あぁ、自己紹介がまだだったな。

 俺はヨネカワ陸曹長だ。

 よろしくな。

 昼のトレーニングはこれぐらいで良いだろう)


「その逞しい両腕……

 いつも鍛えていらっしゃるのですか……?」


 仕掛けるリッチー。

 それを聞いたヨネカワ曹長が笑顔になる。


(あぁっ!

 俺達は自衛官。

 国防と言う重大な任務を預かる。

 どんな敵が迫って来ても対処できるようにしないとなっ!)


 意気揚々と笑顔で答えるヨネカワ曹長。


 リッチーは心の中でほくそ笑む。


 ヨネカワ曹長は任務の為にトレーニングをしていると言ったがそれはポーズ。

 本音は自身の虚栄心を満足させたいのだ。


 リッチーが褒めた時の笑顔がそれを物語っている。


 こう言う虚栄心に凝り固まった見掛け倒しの脳筋は手玉だ。

 先の笑顔を確認した事で目標達成を確信した為、出たほくそ笑みなのである。


「僕も鍛えようかな…………

 良かったら、ちょっと二の腕触らせてもらっても良いですか……?」


 リッチーの提案。


(ん……?

 あっ……

 あぁ構わんぞ……

 何か照れるな……

 ヘヘ)


 ゆっくりとリッチーがヨネカワ曹長に向かう。

 グイと左腕をくの字に曲げ、リッチーに差し出すヨネカワ曹長。


「へぇ~~……

 間近で見ると凄く逞しい二の腕ですね…………………………

 麻酔針ニードル…………」


(え?)


 パン


 リッチーの素早い右掌底がヨネカワ曹長の左首筋に当たる。

 魔力を込めた麻酔針ニードルは的確に左内頚動脈に刺さる。


 グラァッ


 ヨネカワ曹長の首が大きく揺れる。


 バターーン


 そのまま大の字で倒れてしまったヨネカワ曹長。


【おいっ!

 どうしたっ!

 ヨネッ!】


 異変に気付いた竜が駆け寄る。

 リッチーの行動はまだ止まらない。

 駆け寄ってきた竜の首筋にも魔力針ニードルを突き立てる。


 ググッッ


 なかなか針が入って行かない。

 流石竜。

 リッチーは両手を使い強引に刺し入れる。


 グニィィ


 何とか体内にまで入った。


 グランッ…………

 フンッ……

 フンッ……


 竜の首がグルングルン回り出す。

 やがて……


 バッッターーン!


 竜も倒れてしまった。


「うお……

 割とすっげぇなコレ……」


 しゃがみながら二人を眺めるリッチー。

 と、そこへ予想だにしない事が起きる。




「何が凄いんですか?」




 真後ろから声がかかる。


 ドキン


 リッチーの心臓が高鳴る。

 驚いて振り向く。


 そこには見下ろす四辻文寧よつつじあやね

 眼には並々ならぬ猜疑心が宿っている。


「あの……

 ヨネカワさんに……

 お前のスキルを見せてみろって言われて……

 試したら倒れちゃったんです……

 まさかこんなに効くとは思わなくて……」


 咄嗟にウソをつくリッチー。

 隣にしゃがみ込む文寧あやね


「これは……」


 ヨネカワ曹長に手を添える。

 ここで説明し出すリッチー。


「僕のスキル……

 麻酔針ニードルって言いまして……

 掌から麻酔針が出るんです……」


 シュン


 リッチーは掌から針が出ているのを見せる。


「なるほど……

 じゃあ眠っているだけなのね……

 これっていつ目覚めるの?」


「それは僕にも解りません」


 これは真実。

 まだまだ検証が足りない。


「どうして知らないの?」


「今初めて使ったんです」


 これも真実。


「そう……

 あと何で竜も倒れているかしら?」


「これは僕も驚きました……

 ヨネカワさんが倒れたのを見て前に乗り出した拍子に針が刺さってしまって……」


 驚いたのは事実。

 だが刺さった経緯はウソ。

 人を信じさせるコツは真実も混ぜる事とリッチーは心得る。


「じゃあ戻るとしましょうか……」


「あの……

 ヨネカワさんはこのままでいいんでしょうか?」


「竜河岸が一番安全な場所は竜の側なのよ。

 直に目覚めるでしょう」


 そう言って文寧あやねは歩き出す。

 後ろをついて行くリッチーとラガー。


 リッチーは考える。

 正直ヤバかったと。

 もう少し前に見られていたら敵だとバレていた可能性が強い。


 確かに文寧あやねは奥へ消えていった。


 リッチーが裏側へ行って行動を起こす。

 その直後に後ろに立つ。


 時間的に考えてリッチーがどこに居るか解ってないと出来ない動きだ。

 となると考えられるのは何らかの方法でリッチーの位置は解っている?


 何で知らせる?

 発信機?


 一体いつ付けられた?


 ここでリッチーはある事を思い出す。


 "文寧あやねは優しくリッチーの右肩に手を置く。"


 あの時だ。

 ゆっくりリッチーは右肩を触ってみる。


 あった。

 何かが張り付いている。


 ペリ……


 前の文寧あやねに気付かれない様にゆっくり剥がす。


 確認。


 エレキバン大の小さな機器。

 おそらくこれが発信機。

 それを見つめニヤリと笑うリッチー。


 発信機と言うのは取付位置が判明するとその効力は半減。

 むしろデメリットになるケースが多い。


 発信機は取り付けた場所が不明で位置情報を送り続けるから意味がある。

 特定され、奪われてしまうと容易に誘い込むことが可能なのだ。



 展望カフェ



 階段を上がる文寧あやね

 振り向きリッチーに話しかける。


「あぁ、貴宮さん。

 貴方のスキルについて聞いときたいから、こちらに来てくれるかしら?」


「はいわかりました……」


 リッチーとラガーも階段を登る。



 展望カフェ テラステント内



「さっきと同じ所にかけて待っててくれるかしら?」


「はい……」


 奥に消えていく文寧あやね

 座って待っているリッチー。


 いつのまにか久我真緒里こがまおりは何処かへ行ったみたいだ。


「お待たせ」


「……はい」


 平静を装ってはいるが内心リッチーは焦っていた。


 もうすぐ消失時間のライン十五分が過ぎるからだ。

 この麻酔針ニードルをこれからも使うとなると保全ロックしないといけない。


 だがリッチーは躊躇する。

 理由は一度保全ロックをかけてしまうと二週間は解除できないからだ。

 まったくもって使えそうで使えないスキルである。


 どうする?

 この麻酔針で良いのか?


 焦る。

 悩む。

 焦る。

 悩む。


 決断。

 保全ロックしよう。


 今おそらく四辻文寧よつつじあやねの信用度は三割から四割ぐらいに減っているだろう。

 そんな中でもう一度特定商取引カミヒキを実行するのは難しい。


 もう今回の作戦ミッション日常茶飯事おままごとと奥の手と麻酔針ニードルで何とかするしかない。

 リッチーは腹を括った。


 保全ロック


 麻酔針ニードル保全ロックされた。

 コレで消える事はない。


「じゃあそのスキル、一度出してもらえるかしら?」


「あ、ハイ……

 麻酔針ニードル……」


 リッチーは掌を上に向ける。


 シュン


 先と同じ様に二センチほどの針が出る。


「へえ……

 これが……

 刺さると眠ってしまうのね……

 両手で出せるのかしら?」


「ハイ……」


 シュン


 両掌から針を出す。

 割と素直に言う事を聞くリッチー。

 これには理由がある。


 今、四辻文寧よつつじあやねからの信頼度は落ちている。

 ある程度回復させるために今は素直に言う事を聞く場面。


 文寧あやねは先のシーンを見ている。

 それならば情報を隠している事にメリットは余り無いからだ。


 日常茶飯事おままごと、奥の手の存在は知られていない。

 まだ優位に立っているとリッチーは考える。


「へえ……

 貴方のスキル、諜報活動に使えるわね……

 なかなか良いスキルよ」


「あ……

 ありがとうございます」


「それで麻酔効果はいつまでとかはわからないのね……」


「ハイ……」


 これは真実。


「でもおかしいわね……

 今日初めて使ったって事だけど、何でそれが麻酔針ってわかったのかしら?」


 文寧あやねが攻めてきた。

 が、これは単純に知識不足。


「それは竜儀の式を執り行った時に神社の神主に教えてもらいました……」


 これは真実。

 竜儀の式を行った直後のスキル概要は神主から告げられるのだ。


「そう……

 なら良いわ。

 能力の詳細についてはまだまだ検証が必要ね」


 返答を聞いた文寧あやねの様子を見ていると特に動じていない。

 これはおそらく知っていた。

 要するにカマをかけてこちらの動揺を見ようとしたのだ。


 このアマ、見かけ通りのタヌキだな。


 リッチーは心でそう認識する。


「ハイ……

 そうですね」


「スキルについてはこんな所かしら?

 ありがとう、もう良いわよ貴宮さん」


「あの……

 じゃあ僕……

 ちょっとこの広場を回ってきて良いでしょうか……?」


「あら?

 どうしてかしら?」


「いや……

 綺麗だと思って……

 僕……

 割と花、好きなんですよ」


「そうなの?

 外見に似合……

 いっ……

 いや……

 何でも無いわ。

 良いわよ、いってらっしゃい」


 もちろん花が好きと言うのはウソである。

 普段のリッチーは花なんかどうでもいい人間。


 ちなみにリッチーの顔は、細くつり上がった目と妙に発達した八重歯が特徴のいわゆる猛禽類顔。

 どちらかと言うとつづりより吸血鬼っぽい。


 この反応で一つ判明した事がある。

 文寧あやねは坂でリッチーが華を眺めていた事を見ていない。


 となると常に位置を把握している訳では無い。

 おそらく奥に行った後、端末などで位置を確認したのだろう。


「では……

 行ってきます……」


 リッチーとラガーは展望カフェを後にする。


 バッッ!


 ザッッ!


 リッチーを見かけると敬礼をする宗徒。


「お~お~……

 律儀なこって…………

 あっどもども~っ!」


 小声で彼らをくさし、大声で挨拶をするリッチー。


【真面目な方々なんですねえ】


 ラガーがのん気な事を言っている。


「真面目ェ?

 ……コイツらはただ馬鹿だ」


 そんなラガーを切って捨てるリッチー。


「何て事を言うんですか。

 リッチーもあれぐらい真面目に仕事に取り組んでくれたらねエ……」


「いいかラガー。

 真面目って言うのは本気、ウソや冗談が無い事を指すんだよ。

 あいつらは宗徒。

 自分の行く末を他人に預けて思考停止した連中だ。

 宗徒の中でそう言った意味合いの真面目が居たらソイツはもう駄目だ。

 馬鹿に付ける薬はないってヤツだよ……」


 リッチーの毒舌が炸裂する。

 任務中だが今はラガーしか聞いていない。

 だからリッチーも遠慮がない。


 しばらく歩くと右に大きな池がある一本道に出る。



 竜神池 左 道路



 曲がり角も何もない一本道。

 おそらくここで展望広場は終わりだろう。


 少し先に人影。

 二名の自衛官。

 リッチーは何をしに来たのか?


 これは確実に逃走する為の下準備の為。

 もうリッチーは行動を起こしていた。


「二人か……

 これならイケるな」


 バッッッ!


 二人の自衛官がリッチーに気付き、キビキビした動きで敬礼する。


「やあやあ宗徒諸君。

 見張りご苦労様だ。

 何時間も立ちっ放しで疲れただろう」


(いえっ!

 御人みひとのお役に立てるのであればっ!

 これしきの事ッ!)


 こいつらはリッチーがやって来た所を見ていない。

 にも関わらずこの恭しい態度。


 こいつらはやはり馬鹿だ。

 リッチーはそう思う。


 要するに竜河岸と認識したら条件反射で敬う様になっている。

 これがいわゆる思考停止した人間。


 別にリッチーは竜と一緒に歩いていただけで竜河岸だと発言していないのに、だ。


「みんな大変だと思って、それぞれに労りの言葉を掛けに周ってるんだよ。

 ここから先にまだ人員は配置しているかな?」


 バッッ!


 歯の浮く様なリッチーの大嘘に敬礼で返す自衛官。


(ありがとうございますっ!

 ここから先は見張りは居ませんっ!

 我々の目の黒い内は何人たりともここは通……)


 ポン


 言い終わらない内に軽く右肩に手を置くリッチー


「ありがとうありがとう……

 君達が居れば晨竜国も安全だよ……………………

 …………日常茶飯事おままごと…………」


 リッチーの眼が紅く光る。


(おま……?

 はぅあっっっ!)


(あぁぁっっっ!)


 二人がガクガク震え出す。


「よぉ~~し…………

 俺が誰だかわかるな……」


(リ……

 リッチーさん……)


(リッチーさん……)


「そぉ~~だ……

 俺だぁ…………

 お前ら二人には極めて重要なお願いがある……

 聞いてくれるな……?」


(はい……)


(はい……)


 二人とも目は虚ろ。

 完全にリッチーの言いなりになっている。


「この場所…………

 俺以外のヤツは通すな……

 同じ制服を着ているとしても油断するな……

 そいつらは敵だ……」


 物凄く優しい声でリッチーが語り掛ける。


(ハイ……

 わかりました……)


(ハイ……)


「よぉ~~し……

 いい子だ。じゃあ持ち場に戻れ……」


 無言で少し離れて直立不動の自衛官二人。


 ■日常茶飯事おままごと


 リッチーのSSRスキル。

 眼を経由して相手の意思決定装置ビリーフ・システムを奪う。

 猜疑心・警戒心を極限まで薄める効果もあり、加えて目を見た対象に極度の罪悪感効果・エンバラスメント効果を与え、ほぼ言いなりにしてしまう。

 いわゆる極大の心理操作サイコロジカル・マニュピレーション

 それが日常茶飯事おままごとである。

 射程範囲は二~三メートル。

 リッチーの両眼がしっかり視認できる範囲。

 範囲内であれば何人でも発動可能らしい。

 だが、まだ最高三人同時までしか試していない。


「さてと……」


 リッチーはポケットからナイフを取り出す。


 パチッ


 夕暮れ前の陽に照らされ輝く刃。

 ナイフを持ちながらゆっくり歩き出す。

 直立不動の自衛官を超えた辺りで止まる。


 ブッ


 右手に持ったナイフを左手の人差し指に突き立てた。

 少し深めに刃を入れたらしくみるみる内に紅い水滴が滲み出し、どんどん大きくなる。

 人差し指の根元を抑え、更に血を流すように促す。


 ポタッ

 ポタッ


 血が滴り落ちる。

 リッチーは血が流れ出たのを確認すると、左手を横に大きく振る。


 パパパッ


 一文字に血痕を残す。


「こんなもんだろ……

 じゃあ君達、見張り頑張ってねぇ~~」


 自衛官二人は無言。

 日常茶飯事おままごとにかかっている為だ。

 そんな事を気にもせず次のポイントへ歩き出す。


 同じ要領で北側、南側付近の自衛官にも日常茶飯事おままごとをかけ、一文字の血痕を残していく。

 最後、展望カフェ辺りに血痕を残せば準備完了だが、展望カフェには四辻文寧よつつじあやねがいる。


 慎重に行動しないと。

 そう考えるリッチーだった。

 南側の処理を終えたリッチーは左回りに北上し、展望カフェを目指す。


 近づいてきた。

 もう少しで着くと言った辺りで大きめに両腕を振る。

 あくまでも自然な範囲内で。


 着いた。



 展望カフェ



 階段に上がる際ちらりと横目で血痕が付いているのを確認するリッチー。

 これで奥の手発動の準備完了。

 階段を上がったリッチーはそのまま奥の店舗の戸を開ける。


 カラッ


「すいませ~ん……

 四辻よつつじさん」


「あら?

 どうしたのかしら?」


「大きな池の辺りで指を切っちゃって……

 久我こが医官ってどこでしょうか……」


「あら?

 あっちの売店辺りに居なかったかしら?」


 そう言いながら現在地から北側を指差す文寧あやね


「そ……」


 一瞬“そんな所に行っていない”とウソをつきそうになるリッチー。

 が、踏みとどまる。

 そう言えば文寧あやねは発信機を仕込んでいたんだった。


「そ……

 そうですね……

 売店は閉まっていたのでそのまま素通りしました……

 外を見渡した感じではいませんでしたよ……」


「またあの子…………」


 ヤレヤレと言った表情の文寧あやね


「どうかしたんですか?」


「あの子ね……

 よく食べるのよ……

 多分売店に入って自分で料理してるんじゃないかしら……」


「そんな事して良いんですか?」


「ん~~……

 良いかどうかは解らないけど……

 今この展望広場は閉鎖してるから私達しかいないし……

 まあいいんじゃない?」


 良い訳ねぇだろぉっ!

 馬鹿がぁっ!


 心の中でそう呟くリッチーだった。


「そういえば、ヨネカワさん以外の竜河岸ってどこにいるんですか?」


「見なかった?

 もしかして森の中に行ったのかも」


「そうですか。

 わかりました。

 では僕は売店の方に行ってみます」


 踵を返し、立ち去ろうとした時……


「あ……

 ちょっと……

 ヒアリングで聞きそびれた事があったから、ちょっと聞いていいかしら?」


 トクン


「何でしょう?」


 くるりと振り向くリッチー。

 心臓が少し高鳴る。


 この質問は想定外。

 となるともっと驚いてもいいはずだ。


 だがリッチーはさほど驚かない。

 想定外ではあるが任務では普通にある事。


 もう久我真緒里こがまおりを確保する絵図は描いている。

 その準備も終わった。


 後は厄介な竜河岸の居場所。

 ここに居ないと言うのなら好都合。

 後は行動するのみだからだ。


「貴方……

 


 気付いたか。

 リッチーはそう判断する。


「え?

 何を言ってるんですか。

 僕は引き籠りだったから無職ですよ」


 気付かれたとは感じたが、とりあえず泳がせてみるリッチー。


「なら何でヨネカワ曹長の竜河岸がいるって知ってるのかしら?

 私は複数人いるとは言って無いわよ……」


 だが一歩遅かったな。


「………………日常茶飯事おままごと……」


 リッチーの眼が紅く光る。


「はうぁっっ……」


 至近距離からまともに両眼を見てしまった四辻文寧よつつじあやね

 呻き声を上げ、ブルブル震え出す。


 ニヤリ


 リッチーは猛禽類の様な口の端を持ち上げ、いやらしく笑う。

 妙に発達した八重歯がギラリと光る。


「よぉ~~し……

 俺が誰だか解るよなあ~~……」


「リッチー…………

 さん」


「そぉ~~だぁ~~……

 俺だァ~~……

 四辻文寧よつつじあやねェ……

 お前は疲れている……

 疲れているんだ……

 そんな時は休まないといけねぇ…………

 お前はこのまま机に顔を埋めて深い深~い眠りにつくんだ…………

 目覚めるのは全てが終わった時……

 起きたら今日の出来事は全て忘れる……

 OK?」


「はい……

 わかりました……」


 パタッ


 クー……

 クー……


 四辻文寧よつつじあやねはそのまま机に突っ伏して寝てしまった。

 本来ならばこんな高慢ちきな女性は土下座させて屈服させた後に、言う事を聞かせるリッチーだったが今は時間が無い。


 他の竜河岸が戻ってくる前に終わらせないと。

 足早に展望カフェを後にするリッチー。



 展望カフェ 外



「ラガーァッ!

 急げぇッ!」


 足早のリッチー。

 それに続くラガー。


 出来れば走り出したい所。

 だが宗徒二十人全員日常茶飯事おままごとにかけた訳では無い。


 走ってる様子を見せて“何事か”と寄って来られても厄介だ。

 作戦もいよいよ大詰め。

 ここで焦って面倒になる事は避けたい。


 ツカツカツカツカ


 足早になる脚。

 早くしないと竜河岸達がやってくる。


 悟られない様に。

 気取られない様に。

 なるべく足を速めて売店に向かう。



 富士芝桜展望広場 北側 売店。



 ようやく到着。

 確かに売店の中は薄暗く、入口は閉まっている。


 リッチーは見上げる。

 勢い良く回ってる換気扇が見える。

 中に人がいる証拠を確認し、無言で入口の戸を押す。


 キイ


 空いた。

 ゆっくり中に入る。


「すいませ~ん…………

 久我こが医官は居ますか~……」


「ホガッッッ!?」


 ヘンな声が奥から聞こえる。

 声のした方を見ると目を真ん丸とさせてリッチーを見つめる久我こが医官が見える。

 食事中のげっ歯類の様に頬がパンパンに膨らみ、咀嚼が止まらない。


 モッチャ

 モッチャ


「ングッッッ!」


 咀嚼が止まる。


 ドンドンドン


 胸を忙しなく叩き始める久我こが医官。


【あぁ……

 おまいさん……

 一体何してんだい……

 ホラお水……】


 側に居た竜がコップを渡す。

 受け取ると、無言でコップに口をつけて一気に飲み干す。


「ンッ……

 ンッ……

 ンッ……

 プハー……

 …………あー死ぬかと思った。

 ありがと、しゃもじ。

 急に声がかかったからビックリしたよー」


 久我真緒里こがまおりの竜。

 名前を“しゃもじ”と言う。


 命名者は久我真緒里こがまおり本人。

 理由はシルエットが逆さにしたしゃもじに似てたから。


 しゃもじとは漢字で杓文字しゃもじと書くのだが、この竜の場合は決して漢字では書かない。

 平仮名で“しゃもじ”なのである。

 これは久我真緒里こがまおりの拘り。


 しゃもじの体表は鮮やかな紫みの青。

 花の杜若かきつばたの様な色の鱗を持つ。


 二本の角は異様に短い。

 口調は少々古風で、真緒里まおりの事を“おまいさん”と呼ぶ。

 ちなみにメス。


「君は確か……

 今日入って来たって子だねっ!

 どうしたの?」


「いや……

 指を切っちゃったから治してもらおうと思って……」


「ならこっち来てー。

 治したげるっ。

 でもその前に食べるまで待ってくれる?」


「あ……

 ハイ……」


 リッチーは歩いて隣に座る。


 カッカッカッカッ


 勢いよく丼の飯が真緒里まおりの口にかっ込まれる。

 黙って見ているリッチー。


 カラン


 空になった丼に箸が投げ込まれる。


 パン


 勢い良く手を合わせる真緒里まおり


「ごちそーさんっっ!

 さっ!

 腹がいっぱいになった後は仕事仕事っ!

 手ー出してー」


 無言で左手を見せるリッチー。

 人差し指の第二関節から先がほぼ赤く染まっている。


「あちゃー痛そーだね。

 これいつ切ったの?」


「大体三十分ぐらい前です」


「りょーかいっ!

 じゃー人差し指だけこっちに向けてねー。

 他の指も戻してめんどくさい事になっても嫌だし」


「はい……」


 ちょうど人差し指で指し示す形になる。


時空翻転タイム・アフター・タイム


 真緒里まおり、スキル発動。

 かざした掌の先に四角い小さな蒼枠が現れる。

 その蒼枠はすっぽりリッチーの人差し指を覆う。


「へえ……」


 リッチーは素直に感心する。


「このまま動かないでねー……

 ハイ終わり」


「え?

 もう出来たんですか?」


 薄い驚嘆を示すと同時に左人差し指を見るとつい五秒ぐらい前まで紅く染まっていた指が普通の肌色に戻っている。

 痛みも無い。


「フッフー。

 範囲も狭いし、ついさっきの話だったからねっ!

 どーだっ!

 おみそれいったかっ!

 エッヘン!」


「そうですね……

 ホント凄いスキルだ……

 あれ?

 でもここにまだ傷跡みたいなの残ってる様な……」


「ええっっ!!

 そっ!

 そんな事ある訳無いっ!

 ちゃんと三十分前以上に戻したはずだよっ!」


 真緒里まおりは焦り出す。

 それだけ自身のスキルに自信を持っていたのだろう。


「ホラ……

 ここ……

 よく見て下さい……」


 これはウソ。

 ホントは傷跡も残らず綺麗に治っている。


「どこだよー……

 ボクには治ってるとしか……」


「…………麻酔針ニードル……」


 パン


 リッチーの素早い右掌底。

 麻酔針ニードルは的確に真緒里まおりの左頸動脈に刺さる。


 グラァッ


 真緒里まおりの頭が大きく揺れる。

 麻酔が効いた証拠。

 そのまま後ろへぶっ倒れる。


 ドンガラガッシャーン


 机やら椅子やら空丼やら色々なものが音を立てる。


【あぁっ!

 おまいさんっっ!

 一体どうしちまったんだいっ!?】


 しゃもじが心配して真緒里まおりの顔を覗き込む。

 完全に隙だらけ。


 スッ


 音も無く立ち上がるリッチー。

 右手首を持ちながらしゃもじの首筋に麻酔針ニードルを強引に突き入れる。


 グニュゥ


 やがて


 グランッ

 グラァッッ……

 フンッ……

 フンッ……


 長い首とその上の顔がフラリフラリと揺れ出し、直に大きく回り出す。


 バッターーーン


 ドンガラガッシャーン


 しゃもじの巨体が周囲の物を巻き込み派手にぶっ倒れる。


「ハイ……

 完了ォ~~」


 ニヤリ


 リッチーの猛禽類顔がいやらしく歪む。


「よっと…………」


 手早く真緒里まおりを担ぐ。

 そのまま店外へ。


 ドサッッ


 ラガーの背中に真緒里まおりを載せる。


(み……

 御人みひと……

 ど……

 どうするのでしょうか?)


 自衛官達が声をかけてくる。

 おそらく店内の物音を聞きつけたのだろう。


「あ~~めんどくせぇ~…………

 日常茶飯事おままごと……」


(はぉあぁっ!)


「俺の名前は~~?」


(リ……

 リッチーさん……)


「はい、せいか~い……

 お前らはここで立ってろ……」


(……はい)


 自衛官の眼は虚ろ。

 その場に立ちすくむ。


「ヨシィッ!

 ラガーァッ!

 ズラかるぞぉっっ!」


【ハイッ!】


 素早く跨るリッチー。

 すぐさま走り出す。


 ダダッ


 後はこの場から離脱するだけ。

 売店からまっすぐ南下する。


 疾走するラガーの身体。


 目端に動きが見える。

 展望カフェの方だ。


「ん?」


 竜河岸だ。

 陸竜大隊の竜河岸達が帰って来ている。


 何て悪いタイミング。

 リッチーの方を見て素早く竜に跨る。


「ラガーァ!

 左だっ!

 左に行けぇっ!」


 さあ逃げようと言う時に竜河岸達が帰って来る。

 このタイミングで一番最悪な事が果たして起こりうるだろうか?


 それには理由がある。

 それは四辻文寧よつつじあやね


 文寧あやね日常茶飯事おままごとにかかり、深い眠りにつく刹那。


 手に持っていた端末の電源を切ったのだ。

 文寧あやねは作戦開始時に竜河岸達に説明していた。


 端末の電源が切れたらそれは緊急の合図。

 すぐに拠点に戻れと。


 竜河岸達の持つ小さな受信機が振動し、異変に気付き戻って来たと言う事だ。

 四辻文寧よつつじあやね日常茶飯事おままごとの支配下に置いて何故抵抗出来たのか?


 意地なのか?

 誇りなのか?

 訓練なのか?


 それは解らない。

 ただ言える事はリッチーが今最悪のケースに陥っていると言う事だ。


 が、これもリッチーの想定内。

 リッチーは慎重な男。


 常に最悪のケースに陥った時の事を考え、行動する。

 と言ってもいつも最後は奥の手を発動するだけだが。


 左に急カーブするラガー。

 走る。

 奔る。


 駆ける。

 駈ける。



 竜神池 左 道路



 離脱する為、走るリッチーとラガー。

 後ろを振り向く。


 遠く離れた所に追ってくる竜河岸達が見える。

 距離は充分離れている。


 ニヤリ 


 リッチーは笑う。

 これは勝利を確信した笑い。


 物凄い勢いで前方の自衛官達が迫る。

 直立不動だ。

 まだ日常茶飯事おままごとが発動しているらしい。


 ビュンッッ!


 リッチーは一瞥もせず、その横を駆け抜ける。


「そろそろか……

 行くぞぉ!」


 リッチーはラガーの背で妙なポーズを取る。

 左掌に右拳を当てる。


「日常は…………

 非日常に……

 反転するっっ!」


 グリィッ


 右拳を掌に合わせたまま、手前に回転させる。


「よぉ~し…………

 ラガー止まれ……」


 キキッ


 ラガー急ブレーキ。

 ゆっくり後ろを振り向くリッチー。

 竜河岸達は追って来ていない。


「上手く行ったなぁ~~……」


 ニヤリ


 リッチーがいやらしく笑う。


【全くもう…………

 リッチーはいつも非日常茶飯事インスティンクトで滅茶苦茶にして任務を終えるんだから……

 もうちょっとカズさんを見習ってスマートにですね……】


「うっせい。

 ちゃんと任務達成したんだから良いだろがよ」


 横たわり、眠っている真緒里まおりを見つめるリッチー。


 ■非日常茶飯事インスティンクト


 リッチーの奥の手。

 結界内にいる人間の闘争本能を刺激し、肥大させ同士討ちを誘う。

 発動すると日常茶飯事おままごとがかかった人間がトリガーとなり暴れ出す。

 かかっている人間は闘争本能の肥大が大きく、通常の人間のソレとは比べ物にならない。

 すぐに暴れ出し、近くに居る人間を殴り出す。

 そこから暴力の連鎖がネズミ講式に膨れ上がり、瞬く間に場で大乱闘が始まる。


 このスキルは範囲が十キロと物凄く広い。

 検証不足の時は仲間や一般人も巻き込んでの大乱闘となっていた。

 “手に負えないスキル”だと言われ、リッチーが考えた方法は結界を貼る事だった。


 さっき残していた真一文字の血痕が結界の境。

 闘争本能の肥大が起こるのは結界内の人間のみと言う事である。


 ワーー……

 ギャーーーッ……

 アーーー


 遠くで叫び声が聞こえる。

 遠目で竜に殴られ、吹っ飛んでいる自衛官も見える。


「ヘッ……

 馬鹿どもがァ……」


 ###


「ハイ今日はここまで」


「ウムムムム……」


 何かたつが微妙な表情で唸っている。


たつ……

 どうしたの?」


「何か僕、リッチーさんの事がよくわからなくなってきた……」


「え?

 そう?」


「だって物凄く嫌な人なのかなって思ってたけど…………

 任務をこなす様子を聞いていると……

 ちょっとカッコいいかもって思っちゃったから……」


「ハハ……

 嫌な人ってのは変わらないよ。

 この年になっても僕の事ガキって呼ぶし」


「そうなの?

 やっぱり嫌い。

 リッチーさん嫌い」


「ハハ…………

 今日も長く話してしまった……

 さあお布団に入って……

 おやすみ」

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