第百二十七話 インジェクトォォォッッッ!

「やあこんばんは。

 今日も始めていこうかな?」


「今日はそろそろパパの出番かなあ?」


「えっ?」


「だって……

 まずカズさんでしょ?

 げんさん、蓮ちゃん……

 それで昨日のリッチーさんまで聞いたもん」


「うんそうだね。

 たつは賢いなあ」


 僕はにこりと微笑みながら、優しくたつの頭を撫でた。


「やめてよパパ。

 僕も六年生なんだよ」


「ハハッごめんごめん。

 じゃあ始めていこうか」


 ###


「へっ……

 馬鹿どもがァ……」


 リッチーはそう言い残し、場を後にする。


 ダダッ


 ラガーが道路を駆ける。

 割とスピードは出る。


 創作だったがもしかしてラガーがスピード型と言うのは合っているのかも知れない。


 すぐに到着。


 本栖ハイランド


「着いた着いた~~……」


 リッチーはまず人員輸送車の方にラガーを走らせる。

 中にやる事が無くてボーっとしている警官が何人か居る。


「オラァッ!

 ボーっとしてんじゃねぇぞぉっ!

 このボケどもォッ!」


 リッチーの怒号が飛ぶ。

 中にいる人間が気づき、ギョッとする。

 慌てて中から出て来る警官達。


(お……

 お疲れ様です……

 貴宮巡査……)


「お前ら、コイツを中ァ入れろォ……

 この事件ヤマの被疑者だ……」


(わ……

 わかりました……)


 言われるまま真緒里まおりを担いで車内に運び込む二人。


「お前らぁ……

 手錠出せ……」


(な……

 何に使うんですか……?)


「あぁ?

 馬鹿かテメェら。

 ンなもん拘束する為に決まってるだろうが」


(そ……

 それなら貴宮巡査が持っているので良いのでは……

 何も全員分かき集めなくても……)


「馬鹿かテメェらぁっ!

 この事件ヤマ、何だと思ってやがるッッ!?

 竜河岸が絡んでんだぞッッ!

 グダグダ言ってねぇでサッサと出しやがれぇっっ!」


 リッチーの怒号。

 八重歯をギラリと輝かせる。


(はっっ……

 はいぃぃぃっ!)


 迫力に気圧され、手錠を差し出す。

 リッチーのも含めて合計四つ。


 人員輸送車 車内


 真緒里まおりは最後尾座席に座らされていた。

 依然として睡眠中。


 リッチーは考える。

 一番マズいのは久我真緒里こがまおりの逃亡。


 一般人を拘束するのとは訳が違う。

 スキルを使って逃亡する恐れもある。


 先の“時空翻転タイム・アフター・タイム”の発動を思い出してみる。

 掌の先に四角い枠が出た。

 その枠内の時間を操る模様。


 となると掌を拘束している部分に向けさせない様にしないといけない。


 リッチーはまず真緒里まおりの右手にはめる。

 反対側の手錠の輪を座席後ろの手すりに通す。


 そして出てきた手錠の輪を再び右手にはめる。

 これで右手を固定出来た。

 ほぼ動かす事は出来ないだろう。


 左手を通路を挟んだ反対側の座席。

 同じように手錠を二重にかけ、固定。


 念のためもう一度同じ様にはめて、各腕二つずつの手錠。

 輪の数だけで言うと四つの輪によって完全に固定。


「とりあえずこんなもんだろ……」


 だがまだ安心できないリッチー。


「念のためもう一発刺しとくか……

 麻酔ってたくさん刺したら時間延びるもんなのか……

 まあいいや……

 ど~でも……

 麻酔針ニードル…………」


 リッチーは慎重な男。

 だが同時に飽きっぽい男でもある。


 シュン


 掌から麻酔針、現出。


 プス


 真緒里まおりの右頸動脈に刺さる。

 特に変化は無い。


「ハァ…………

 白犬やろ……」


 貴宮理知たかみやりち 任務完了

 決まり手:非日常茶飯事インスティンクト


 ###

 ###


 時間は蓮が出て行った直後辺りまで進む。


 げんに続いて蓮まで出て行った。

 場にはガレア、暮葉くれはつづりさん、シンコ。


 そして先程帰って来たリッチーさんとラガー。


 リッチーさんは帰って来るなり椅子に座り、スマホを取り出しソシャゲをやり出した。

 声かけてくんな空気をゆんゆんと発するリッチーさん。


 側のラガーは終始無言でペコペコしている。

 使役している竜ですら発言できない空気なんだ。


 プルルル


 そんな中ケータイが鳴る。

 ディスプレイを見る僕。


 豪輝兄さん


「もしもし、兄さん?」


「容疑者発見した……

 今から確保に移る……」


「うん……

 気をつけて……」


「あぁ……

 じゃあな……

 ……うおっ!

 てめぇっ!

 気づいてやがっ…………

 ウオオオッッッ!!

 …………プツッ」


「兄さんっっ!?

 どうしたのっっ!?

 ねぇっ!?

 兄さんっっ!」


 兄さんの叫び声を最後に電話は切れてしまった。


 戦闘が始まったのだ。

 こうしちゃいられない。


 急いで敵をやっつけて兄さんを助けに行かないと。


 この時僕は正直敵を侮る気持ちがあった。


 兄さん、父さん、そして源蔵お爺ちゃん。

 周りの化物と対峙して感覚が麻痺していたのかも知れない。


 この気持ちは後で物凄く後悔する事になる。


「こうしちゃいられないっ!

 早く行こうっ!

 ガレアッッ!

 暮葉くれはっっ!

 つづりさんっ!」


【行くのか?】


「うん」


「よぉやく出番ねぇん……

 ソレじゃリッチー……

 行ってくるわぁん」


「あ…………?

 あぁ……

 くそっ天井作れよ……

 白犬ガチャ……」


 素っ気無い返事のリッチーさん。

 またガチャで爆死でもしてるのだろうか。


 僕らは外へ出る。

 進行ルートはまず国道百三十九号線を南下。

 左の道を入りしばらくまっすぐ。


 そして県道七十一号線を北上するルートだ。

 ガレアの背中には僕と暮葉くれは


 シンコの背中にはつづりさんが乗っている。

 暮葉くれはは僕の後ろに座り、腰に手を回している。

 いわゆる恋人座り。


「あらぁん……

 うふぅん……

 甘酸っぱい風景見せつけてくれちゃってェん。

 そんな光景見せつけられたらアタシィ……」


 何かつづりさんの顔がテカっている。

 まあ戦いの前だし良いかと僕はスルー。


「進行ルートは覚えていますっっ!

 僕が先導しますっ!」


「りょうかぁいん」


「あとガレアは物凄く早いので遅れない様にして下さいっ!」


【ンマッ!

 何てシツレーな事、言う子なんざんしょっ!】


 何かシンコが苦言を呈している。


「あ……

 いや……

 そんなつもりは……」


 僕はガレアの背中に手を添える。


 ドクンドクンドクン


 中型魔力三回補充。


 保持レテンションッ!


 三則使用。

 僕のイメージは決まった。


 それは空気圧縮機エアコンプレッサー

 これは空気を吸い込んで、ピストンで圧縮をかける機械だが、僕の場合は魔力。


 ガレアの魔力を吸い込んでピストンで圧縮をかけていくイメージ。


 ガシュガシュ

 ガシュガシュ


 頭の中のピストンが轟音を上げる。


 集中フォーカスッ!


 身体前面に魔力を張り巡らす。

 準備OK。


「ガレアッッッ!

 僕の言う通りに走ってっ!」


【へいよう】


 ギャンッッッ!


 のん気な返事とは裏腹にガレア急発進。

 瞬時に高速域に。


「左に曲がれるところが見えたら曲がって」


【おう】


 ギャリッ

 ギャリ!

 ギャリッ!


 ガレアの足爪が地面に食い込み、音を立てる。

 しばらくまっすぐだ。


 何だろ?

 田んぼがいっぱいあって……

 建物もまばら……


 町って言うか村かな?

 車も全く走っていない。

 一台も。


 確か運転手さんが一般人の避難が進んでいるって言ってたな。

 これがそう言う事なのか?


 静かな道をただ走る。

 後は県道七十一号線に入るだけなんだけど、こんな所に標識なんか出てるのかな?


 正直標識頼みだった僕。

 しかし目に飛び込んでくる景色。


 それはそれは本当に空が広く。

 標識が建ててあるなんてとても思えない。

 段々不安になって来る。


【あ、アカチンだ】


 キキィィィィッッ!


 ヘンな事を言い出したガレア。

 それを認識する間も無くガレア急ブレーキ。


「ぷわっっ」


 ボイン


 思わずガレアの首後ろに顔を埋めてしまう。


「びっくりした……

 ガレアどうしたの?」


【何だよ、お前ら人間のルールだろ?

 テカテカがアカチンだったら止まるんじゃ無いのかよ】


 ガレアが何言ってるか良く解らない。

 上を向くと信号が赤になっている。


 何か大体解った。

 おそらくガレアの言うテカテカって言うのは信号機。

 アカチンって言うのは赤の事だろう。


「い……

 いや……

 合ってるよ……

 うん?

 合ってるよ?」


 ガレアの行動は間違って無いのだが、言葉は間違って覚えている。


 でも言葉は間違っていても行動は合ってるんだから正解と言えるのでは?

 頭がこんがらがってきた。


【あ、ミドリに変わった】


 僕が考え込んでいる所にガレア発進。

 後ろに流れ進む地面。


「ワァッ……

 ン?」


 目端に映るものにギョッとする僕。

 それは地面に白線で書かれた文字。


 県道七十一号線


 全身が総毛立つ。

 たまらず大声。


「ガレアッッッ!

 ストォォォォッッッップゥゥゥッッ!」


 ギャギャギャッッ!


 足爪を強く地面に食い込ませるガレア。


【キャァッ!】


 ドッカァァァン!


【ウオッ!】


「うわぁぁぁっっ!」


「キャッ!」


 後ろからの強い衝撃に吹き飛ぶ僕と暮葉くれはとガレア。


 ドシャァッ!


 地面に倒れ込む。


「う~ん……

 痛てて……」


 道路脇の生い茂った藪まで飛んで行った僕はゆっくり起き上がる。

 暮葉くれははどこだ?


 キョロキョロ


 横に居た。

 遅れて暮葉くれはもゆっくり起き上がる。


「いたた……

 何がどうしたの……」


 見るとガレアとシンコとつづりさんが倒れている。


 要するにこういう事か。

 ガレアの急ブレーキでびっくりしたシンコが止まる事が出来ず、ぶつかったって事か。


 言わば竜の接触事故。

 って何冷静に分析してるんだ僕は。


 早く行かないと。

 つづりさんの元へ駆け寄る。


つづりさんっ!

 大丈夫ですかっっ!?」


「イタタァ……

 一体どうしたって言うのよ……」


 つづりさんが頭を擦りながらゆっくり起き上がる。


【アナタァ……】


 ドキリ


 腹の底から出している様な恐ろしく低い声が聞こえる。

 声に怒りが乗っているのがわかる。


「はっっ……

 はいいいいっっっ!」


 僕はビビって声を上げる。

 声色で解った。


 声の主はシンコだ。

 桃色の巨体がのそりと起き上がる。

 ゆっくり長い首が僕の方を見る。


【アナタァァッァァッッッ!

 何考えているのォォォォッッッ!

 乗竜中は右見て左見てェェェェッッ!

 竜は急に止まれないぃぃぃっっ!

 竜間距離は充分保ちまショォォォォォッッ!】


 シンコが物凄い剣幕で怒鳴り散らす。

 最後の乗竜距離のくだり、僕は関係ないのでは?


「スッッッ!

 すいませぇぇぇぇぇぇぇんッッッ!」


 即座に謝る僕。

 勢いに圧されたと言うのもあるが、この件に関しては完全に僕が悪い。


「一体どうしたのよぉん。

 竜司くぅん」


「道間違えたんです……

 すいません……

 正しいルートはさっきの信号を左です……」


「さっき堂々と道覚えてるって言ってたのにぃん。

 何ボク、張り切って見栄を張っちゃったのぉん?

 チュッ!」


 腰をくねらせてウインクしながら、僕に投げキッスするつづりさん。

 僕に色気を振りまいて何を期待してるんだろうか。


「違いますよ。

 僕、てっきり標識が出てると思ってたんですよ。

 まさか地面に書いてるとは思わなくて……」


【何だ違うのか】


「ごめんねガレア」


 僕は再びガレアに跨る。

 遅れて暮葉くれはつづりさんもシンコに跨った。


「じゃあガレア。

 後のさっきあったテカテカの所まで戻って」


【おう】


 先の交差点に戻ってきた。

 これを右折だな。


「ガレア、この道を右に曲がって」


【へぇい】


 右に曲がるガレア。

 それに続くシンコ。


「あとはずっと真っすぐだよガレア」


【そうか?

 ならちょっと本気で走っても良いか?】


「いいよ」


 僕は軽く返事。


【ほいじゃー行くぞー。

 後のーっ

 ついてこいよー】


【ンマーッ

 何て生意気な事を言うざんしょッ!】


 後ろでシンコが喚いてる。


「大丈夫よーゥ!

 シンコもスピード型だからーっ!」


 後ろでつづりさんの声が聞こえる。


「大丈夫だって。

 ガレア、やって」


【ホォイ……

 よい……

 しょっ!!】


 ギャャンッッッ!


 瞬時に超高速域。

 ガレアの本気だ。


 周りの風景はぼやけて混じり、一つの帯になり物凄い勢いで後ろに流れていく。

 風景が瞬時に森になった。


全方位オールレンジッッ!」


 僕を中心に広がる緑のワイヤーフレーム。


 いる。

 三条辰砂さんじょうしんしゃ


「ガレア、止まって」


 ギャギャギャギャァッッッ!


 ガレア急ブレーキ。


 超高速域だった為、制動距離が半端ない。

 ようやく止まる。


「竜司くぅん。

 着いたのぉん?」


 僕の後ろから声がする。

 振り向くとシンコに跨ったつづりさんが薄ら笑いを浮かべている。


 あのスピードにピッタリついてきたのか。

 シンコがスピード型って言うのは本当らしい。


「あ……

 はい……

 ここから北西に一・五キロ辺りの位置に十組ぐらい竜河岸が固まってます…………

 あれ?

 二つ消えた……

 どうしたんだろ?」


「って竜司くぅん……

 この森を入って行くって言うのぉん……?」


「ええそうですが……」


【アタシャ、ヤーヨッ!

 こんなトコ入ってっちゃあ汚れちゃうワヨーッ!】


 シンコが喚き出す。

 割とめんどくさい奴だなあ。


「うーん……

 じゃあどうしましょう…………

 …………あ、試してみたい事が一つあります。

 それが上手く行ったら多分スッキリしますよ」


「ごめんねぇ……

 ウチのシンコがワガママ言っちゃってェ……」


「良いですよ。

 これが上手く行ったら、相手への先制攻撃にもなりますし」


「へぇ……

 お手並み拝見てトコかしらぁん」


全方位オールレンジ


 再びワイヤーフレーム展開。

 相手の位置は変わっていない。


反射蒼鏡リフレクション


 今回試してみたいのは遠距離反射狙撃。


 もともと反射蒼鏡リフレクション自体は全方位オールレンジ内に設置出来る様、設定してある。

 ならば物凄く離れている場所でも反射して攻撃する事が出来るのではないかと僕は考えた。


 設置ポイントは今いる所から北西西一キロ。


「角度をつけて……」


 これでもし反射したら相手が固まっている所に当たるはずだ。

 準備OK。


魔力刮閃スクレイ……」


 魔力刮閃光スクレイプを撃とうとしたが途中で止める。

 多分まともに当たったら跡形も無く削り取られてしまう。


 僕は殺人を犯す事になる。

 それは嫌だ。


 ■魔力刮閃光スクレイプ


 ガレアの技。

 ある一定ラインまで魔力を蓄積させて放つ。

 魔力閃光アステショットの進化系と言うべき技。

 通常魔力閃光アステショットの場合、対象を貫通するか薙ぎ倒して突き進むが、魔力刮閃光スクレイプは消失。

 当たった部分を丸々消失させる。

 射出進路はまるで刮げ取られた様になる。


 参照話:百話 百十四話


「い……

 いや……

 魔力閃光アステショットにしよう……

 ガレア……

 強めにお願い」


 ガレアが無言で口を開ける。


 キィィィィィィン


 魔力の溜まる音がする。


「ガレア……

 もう少し顔を左に…………

 そう……

 その位置で……

 後ほんの少し上…………

 そう……

 そこでキープ……」


 遠く離れた反射蒼鏡リフレクションに当てる訳だから、ガレアの顔の位置を細かく誘導する僕。


 キィィィィン


 そろそろ良いだろう。

 僕は大きく息を吸い込む。


魔力閃光アステショットォォォォォォッッッッッ!

 シュゥゥゥゥトォォォォォォッッッ!」


 カッッ


 僕の叫びに呼応してガレアの口から閃光射出。

 辺りが眩い光に包まれる。


 バキバキバキ

 ベキベキベキベキ


 進路上の木々を薙ぎ倒す音がエンドレスで響く。


 ギィィィィィィンッッッッ!


 遠くで硬いものにぶち当たる音。

 反射蒼鏡リフレクションの反射した証拠だ。


 バキバキバキ

 ベキベキベキ


 遠くでまだ木が薙ぎ倒される音がする。


 ズズズズズズゥン……


 重い爆発音が聞こえ、北西の方角に煙が上がっているのが解る。

 魔力閃光アステショットが当たったのだろう。


「ヒュゥッ♪

 竜司くぅん……

 なかなかやるじゃなぁいん。

 これならオネーサン花丸あげちゃうんっ」


 青木ヶ原樹海に現れるスッキリした道を見つめ、つづりさんが僕に賛辞を贈る。

 まあ別に良いんだけど、何でこの人は何をやるにつけてもエロいんだろう。


「タハハ…………

 全方位オールレンジ


 ワイヤーフレーム展開。

 敵の様子を探る為だ。


 ん?

 動きがある。


 撃った段階でを含め九組いた敵の竜河岸。


 三組はその場で動かず、残り六組が南西の方角に進行し出した。

 多分僕とガレアで作った道を進んできてるのだろう。


つづりさんっ!

 敵が向かって来てますっ!

 僕達も動きましょうっ…………

 アレ?

 ……また二つ消えた……

 どういう事だろう?」


 残った三組の内、また一組消えた。

 良く解らない。


 と、そんな事はどうでも良い。

 早く動かないと。

 僕らは出来た道を進む。


 力任せに薙ぎ倒された切株がずっと道なりに続いていて物凄く歩きにくい。


 バキバキ


 踏みしめる度足元の枯れ木が折れる音が聞こえる。


つづりさん、どうします?」


「どうしよぅかしらぁん……

 それじゃぁ……

 竜司くんが頑張ってるからぁん……

 私もォ……

 見せちゃおっぁかなぁん……」


「見せるって……

 何を?」


「うふぅん……

 見せるって言ってもおっぱいじゃないわよぉん……

 ムチュッ!」


 胸を寄せ上げるつづりさん。

 いわゆるグラビアポーズを取りながら投げキッス。


 ボッと赤面する僕。


「なっっ!

 何を言ってるんですかッ!」


「アハハッ。

 ごめんなさぁい。

 そうよねぇん。

 婚約者が側に居るのにオイタは出来ないわよねぇん」


 チラッと暮葉くれはを見るつづりさん。


「それは……

 まあ……」


「ん?

 何の話?」


 暮葉くれは、キョトン顔。


「私が見せるって言ったのはぁん……

 オ・ク・ノ・テェン……」


 奥の手?


 プチプチプチプチ


 ゆっくり上着のボタンを外し始めるつづりさん。

 インナーのタンクトップが覗く。

 ボリュームのある豊満な胸の谷間が見える。


 暮葉くれはの様な瑞々しいフレッシュな巨乳もエロいが、つづりさんの様な脂の乗ったオトナの巨乳も別のエロさがある。

 って何を考えているんだ僕は。


「わわっ

 何やってるんですかっっ!」


 僕は慌ててそっぽを向く。


「イヤン……

 竜司くんのエッチィ……

 違うわよぉん。

 ワ・タ・シがぁん……

 必要なのはコ・レッ……」


 ペリペリペリ


 つづりさんは腹に張り付いている赤いビニールパックを三つ取り外す。


 あれは輸血パックだ。

 裏側にマジックテープが付いている。


 成程これで腹に張り付いていたのか。

 芸が細かい。


「竜司くぅん……

 敵はあとどれぐらいで来るか教えてくれなぁい?」


「わかりました……

 全方位オールレンジ


 ワイヤーフレーム展開。

 敵の位置把握。


 この進行速度だとT字曲がり角。

 さっきの反射蒼鏡リフレクションが反射したポイントまで二~三分ってトコか。


「あと二~三分程で先の曲がり角辺りまで来ます」


「りょぉかぁいんっ……

 シンコォ」


【ハイ】


 シンコが側に寄る。

 身体に手を添えるつづりさん。

 魔力の補給だ。


「かんりょぉ……

 後一分ぐらい……

 さぁ……

 行くわよォぉ~~」


 ガブッ


 つづりさんが輸血パックに噛み付いた。


 ズジュルッ……

 ジュルジュルジュルッッ……


 飲んでる。

 つづりさんが血液を飲んでる。


 さすが吸血鬼。

 瞬く間に一パック終了。

 続いて二パック目。


 ジュルゥッ……

 ジュルジュルジュルジュル


 どんどん体内に取り込まれる血液。

 あれよあれよと言う間に三パック終了。


 パサッ


 最後の輸血パックが地面に落ちる。


血液超循環サーキュレーションっ」


 キュゥゥゥウゥン


 体内の魔力が一点に集中しているのが解る。


 その一点とは胸元。

 心臓ではないだろうか。


 音が聞こえる程の高濃度の魔力が集中している。


 ボシュゥゥゥゥン


 つづりさんの身体から煙が一気に立ち昇る。


 発動……

 したのか?

 見た目的には全く違いは無い。


「あの……

 つづりさん……?」


「さぁ~~

 準備OKェ~~……

 アタシ……

 今からちょこぉっと荒々しくなるから気をつけてぇん…………

 じゃあ、竜司君達は後からついてきてねぇん」


「あ……

 はい……

 後から?」


 僕は最初言ってる意味が解らなかった。

 が、その意味をすぐに理解する事になる。

 遠くの方で竜の鼻先が見えた。


「見えたぁっっっ!

 行くわよぉっシンコォッッ!」


 ガァァンッッ!


 激しい轟音と瞬時に立ち昇る土煙。


「うわっ」


 思わず声をあげる。

 土煙は風通しの良くなった道上ではすぐに晴れる。


 居ない。

 つづりさんが居ない。

 あるのは巨大なクレータのみ。


【ガァッッ!】


 竜の叫び声が聞こえる。


 集中フォーカス


 両眼に魔力を集中。


 向こうで竜を殴りつけているつづりさんが見える。


 あっ

 飛び上がって自警官の顔を蹴り飛ばした。


 そして……

 竜の……

 首根っこを掴んで……

 振り回しているっっ!?


 デタラメだ。

 何てデタラメな人だ。


 と、ボサッと見ている場合では無い。

 言っても六組の竜河岸自衛官。

 早く加勢しに行かないと。


暮葉くれはっ!

 ガレアッ!

 行くよっ!」


「わかったわ」


【オウ】


 僕らは駆け出す。


 遠目で段々人が少なくなっていくのが解る。

 あっ竜を持ち上げた…………

 投げた。

 どこまでデタラメなんだこの人は。


 もしかして僕は必要無いんじゃ。

 とにかく合流しよう。


 ようやく合流。


「ハァッ……

 ハァッ……

 あれ?」


 息切れしている僕の眼に飛び込んできたのは完全にノビている竜河岸自衛官六人と竜六人。

 その中に立つつづりさんとシンコ。

 光景に絶句する僕。


 ガッッ


 倒れている竜河岸自衛官を蹴り飛ばすつづりさん。


「ナンなのよぉぅっ!

 アンタたちィッ!

 もっと気合入れなさいよぉっ!

 そんなんじゃ全然濡れないじゃないのよぉぅっ!」


 ゲシッ

 ゲシッ


 まだ蹴り続けているつづりさん。

 たまらず僕は制止する。


「ちょっ!

 ちょっとつづりさんっ!

 相手もう気絶してますからっ!」


 ユラァッ


 ゆっくりこちらに振り向くつづりさん。

 眼が紅く光っている。


 この目、何処かで見た事が……


 あぁアレだ。

 海人づくしを使う時の父さんだ。


 …………ってあれ?

 これ……


 僕……

 マズくない?


 ユラリ……

 ユラリ……


 ゆっくり。

 本当にゆっくりこちらに近づいてくるつづりさん。


「ウフフフゥ…………

 アナタならこの火照りを沈めてくれるのかしらぁん……」


 ジャリ……

 ジャリ……


「ちょっ!

 ちょっとっっ!

 僕は敵じゃないですよォッッ!」


 必死に味方だとアピールする。

 が、つづりさんの耳には届いていない。


「ウフフフゥ……

 年下喰いってのは初めてねぇん……」


 ダメだ。

 やるしかないのか。


 と思った矢先。


 ボッッッッシュゥゥゥゥゥゥゥ


 圧縮した空気が噴出する様な音を立て、つづりさんの身体から急激に白煙が立ち昇る。

 勢いよく噴出した白煙はこちらまで漂ってきて、僕の頬を撫でる。

 じんわり熱い。


 ぴたりと歩みを止めるつづりさん。


つづりさん……?」


「アラン……

 過熱オーバーヒートォ……

 残念だわん……

 竜司くんも味わってみたかったのにぃん……」


 これがつづりさんの奥の手との事。


 ■血液超循環サーキュレーション


 体内に取り込んだ大量の血液に心臓に集中させた高濃度魔力を掛け合わせるつづりのスキル。

 発動すると、魔力によって超絶パンプアップされた心臓の働きにより瞬時に魔力を帯びた血液が全身に行き渡る。

 行き渡った血液は身体中の筋組織等を別物に変える。

 立ち昇った煙は発動の余剰熱による水蒸気。


 身体中を駆け巡る熱により性格も荒々しくなる。

 血液超循環サーキュレーション発動時の火力は魔力注入インジェクト使用時の竜司を凌ぐ。

 圧倒的な防御力・火力を誇るこのスキルだが制限時間がある。

 余りの身体的負担に魔力で緩和しても限界が来る。

 時間にして三分。

 三分経つと再び余剰熱による水蒸気が噴出し、元に戻る。

 この現象を過熱オーバーヒートと言う。

 尚一度使うと三十分はクールダウンしないと再使用は出来ない。


「…………という訳よぉん」


「凄いスキルですね……

 でも良かった……

 もしかしてつづりさんとやり合わないといけないのかと思いましたよ」


「イヤン……

 竜司くんったらヤリ合うだなんてぇん……

 エッチィ……」


「違いますっっ!

 そう言う意味じゃないですっっ!」


「ねえねえ

 竜司はエッチなの?

 エッチってなあに?」


 暮葉くれはがキョトン顔で会話に入って来た。


「違うっっ!

 僕はエッチじゃ無いッッ!」


 嘘だ。

 僕の頭の中には、克明に浮かぶ暮葉くれはの巨乳とピンク色の乳首がグルグル回っていた。

 ごめんなさい。


「アラン……

 エッチじゃないのぉん……

 不健康ねぇ……」


 色っぽい恍惚な表情のつづりさん。


「ねえねえ、竜司はエッチじゃないの?」


 暮葉くれはのキョトン顔。

 何かカオス。


「もーっっ!

 そんな事は良いのっっ!

 それよりどうします?

 さっきの話だと今から三十分はクールダウンでしょ?」


「そぉねぇん……

 アタシも疲れちゃったし、ちょっと休もうかしらん……

 よいしょ……と」


 ゆっくり岩に腰掛けるつづりさん。


「それでどぉなのぉん?

 竜司君……」


「ど……

 どうなの……

 とは?」


「うふぅん……

 決まってるじゃなぁい……

 婚約者フィアンセと……

 よんっ」


「く……

 暮葉くれは……

 とですか?

 どうと言われても……」


 嘘だ。

 僕はつづりさんが何を聞きたいかはわかっていた。


 それは暮葉くれはとの関係。

 それを出来るだけ克明に詳細に聞きたいのだろう。


 色めき立った爛々とした瞳とテカテカの頬。

 恍惚とした雰囲気がそれを物語っている。


「ほぉらん。

 はやくぅん」


 つづりさんからの催促。


 これはどうしよう。

 頭の中で僕が暮葉くれはにした事が頭を巡る。


 胸を掴んだ。

 揉んだ。

 胸に顔を埋めた。

 生尻も見た。

 乳首も見た。

 事故とは言えキスもした。


 考えれば考える程、最低では無いか僕は。

 何かテンションが下がる。


「ハァ……」


「どうしたのよぉん……

 竜司くうん」


「いえ……

 自己嫌悪で……」


「なあにんソレェ?

 それでっどうなのよっっ?

 どこまで行ったのよっ!?

 Aっ?

 Bっ?

 Cっ?」


「何言ってるんですかっ!?

 僕と暮葉くれはは清い関係ですよっ!」


 これも嘘。

 事故も含まれるが割とやる事はやっている。


「ねえねえ。

 何々?

 何の話?

 ABCって何の話?」


 暮葉くれはがキョトン顔で尋ねてくる。

 何か嫌な予感。


「うふぅん……

 暮葉くれはちゃん……

 ABCってのはね……

 ゴニョゴニョゴニョ……」


 つづりさんが暮葉くれはに耳打ち。


「フンフン…………

 ふうん……

 へぇ……

 そうなんだ」


 あぁ、知ってしまった。


 全く表情を変えない暮葉くれは

 さすが竜。


「…………ってワケなのよぉん」


「ならBまで終わってるわね」


 ブッッ


 何か噴き出た。


「キタワァァァァッァッッッ!」


 俄然色めき立つつづりさん。


暮葉くれはーーーっっ!

 何言ってんのーーーっっっ!」


 思わず暮葉くれはの口を塞ぐ。


「ムググーッッ…………

 プハッ!

 何よーーっっ!

 竜司、裸の私のおっぱい触ったじゃないっっ!

 キスだってしたじゃないーーっっ!」


 あらかた僕がやったことを暴露された。


「ハァダァカァのぉぉっっ…………!?

 …………ブハッ……

 甘酸っぱくてアタシ死んじゃう……」


「違いますーーーっっ!

 全部事故ですーーっっ!」


 これも少しウソ。

 僕は自らの意思で暮葉くれはの胸を揉んだ事はある。


 そんなドタバタが続き、気が付いたら三十分経っていた。


「そろそろ……

 行きましょうか……」


「竜司くうん……

 もしかしてこの事件解決したら暮葉くれはちゃんとC…………

 なぁんて考えてるんじゃないでしょうねぇん?」


 ブッッッ!


 再び何か噴き出た。

 ボッと赤面する僕。


「何言ってるんですかーーーっっ!」


「Cって事はセックスね。

 竜司はやっぱり私とセックスしたいんだ」


 あっけらかんととんでもない事を言い出す暮葉くれは

 もう恥ずかしさで死んでしまいたい。


「…………行きましょ……?」


「ウフフゥン……

 たまんないわたまんないわ……

 甘酸っぱい性の芽生え……」


「ねえねえ。

 セックスしたいの?」


「…………ノーコメントで……」


「あぁっ!

 待ってよーっっ!」


 無言で足早に立ち去る僕の後をついてくる暮葉くれは

 色めき立ち、どこか別の世界に行ってしまったつづりさん。


 そんな事はどうでも良い。

 そろそろ頭を切り替えないと。


 相手は三条辰砂さんじょうしんしゃ

 陸竜大隊副長。


 スキルは確か銀を使うって言ってたっけ。

 異名は蛟竜毒蛇コラプト


 この異名が良く解らない。


「ちょっとぉ……

 もっと早く歩けないのぉん……」


「すいません……

 歩きにくくって……」


 後ろからつづりさんが急かす催促。


 というのもこの道。

 あくまでもガレアの魔力閃光アステショットで薙ぎ倒した道だからそんなに道幅は広くない。


 しかも地面は力任せに叩き折られた切株だらけで物凄く歩きにくいのだ。

 と、そこへ遠く先に動きがある。


「まだ魔力残ってるかな……

 魔力注入インジェクト


 眼を凝らす。

 遠く離れた個所が鮮明に網膜に映る。


 良かった。

 さっきの魔力注入インジェクトはまだ有効だった。


「あっウサギだ。

 ウサギの親子だ」


「ホントだ。

 可愛いわね」


 遠く離れた所で二、三羽のウサギの群れがぴょんぴょん飛び跳ねている。

 そのクリクリした目とヒクヒクさせた鼻から溢れ出る愛らしさに物凄く和む。


 顔も緩み気味になってしまう。


 と言うか暮葉くれはは五百メートル弱は離れてるウサギを視認できたのか。

 さすが竜。


「可愛いなあ」


 僕はニコニコ顔。


「ウフフッ

 竜司ってばヘンな顔ー」


「ちょっとちょっとぅ。

 何を見てんのよう」


 後ろからつづりさんの声。

 周りを優しく包む和やかな空気。


 その暖かい空気をビリビリに引き裂く出来事が僕らを襲う事になるなんてこの時は考えもしなかった。

 始まりは僕の視界に映った風景だった。



 キラッ

 キラッ



 道の遠くの方で何かが煌いた。

 その煌いたはどんどんこちらに近づいてくる。


 近づくとそれが銀色に輝いているのが解った。

 は波打っている。


 液体なのだろうか。

 印象的にハリウッド映画、エリミネーターⅡの敵で出てきた液体金属を想起させる。


 この頃はまだ余裕があった。

 向かってくるその液体が途轍もなくヤバいモノだと気づくのはその直後だった。


 気づいた要因は遠く離れた所に居たウサギの親子の反応。

 ウサギ親子の足元まで銀色の液体が到達した。

 液体はウサギの四肢をすっぽり覆うぐらいまで浸す。


 途端にブルブル震え出すウサギ。

 口から唾液が大量に流れ落ち、音も無く倒れた。

 三匹とも全部。


 明らかに異常。


 そしてその銀色の液体はこちらに向かってくる。


 ヤバい。

 全身が総毛立つ。


 僕は素早くガレアに飛び乗る。


暮葉くれはァァァァァッッッッ!

 早くッ!

 早く乗ってェェェェェェ!

 つづりさんもォォォッッ!

 早くゥゥゥッッ!

 シンコに乗ってこの場から離れてぇぇぇッッ!」


【何だ何だ?

 どうしたんだよ?

 竜司】


「ホントどうしたの?

 竜司」


「話は後でっっっ!

 早く乗ってっっっ!

 間に合わないッッッ!」


 どんどんこちらに向かってくる銀色の液体。

 とりあえず暮葉くれはつづりさん両名は竜に跨る。


「シンコっ

 とりあえず竜司君が必死だからここから急速離脱お願いっ」


【了解。

 汚れるけど仕方ないわね……】


「事情は携帯で知らせますッッッ!

 ガレアァァァァッァァァァッッッッッ!

 飛べぇぇぇぇぇぇぇッッッッ!」


【何だ飛んで良いのか……

 じゃあ】


 バサァッッ!


 ガレアが道幅一杯に翼を広げ、素早くはためかせる。

 久々に味わう。

 臀部を物凄く強い力で押し上げられる感覚。


「うわっ」


 ガレアその場でホバリング。

 思わず声が漏れる。


【じゃあ行くぞー】


 ギャンッ


 天翔けるガレア。

 軽く羽ばたいただけ。

 やっぱりガレアは翼竜。


 バタバタバタバタ


 久々だ。

 この上空特有の風のうるささ。


 何となく懐かしく思う。

 一ヶ月ぐらいしか経っていないのに。

 となるとアレが必要になる。


 精神端末サイコ・ターミナル


 確かマザーからレシピをもらったんだ。

 もらったって言っても脳に植え付けられたって感じなんだけど思い出せるのかな?


 これがすぐに思い出せたんだ。

 これは言葉で説明できない不思議な感覚だったんだけどね。


 とにかく僕は身体中に残留している保持レテンション済の魔力を搔き集めて両掌に集中。

 眩く光る。


 魔力が集中しているのだ。

 やがて光が止む。


 両掌の間に現れた緑色の菱形。

 マザーが作った時は蒼かった様な。


 これが精神端末サイコ・ターミナルなのかな?

 後はこれを三等分しないと。


 前は頭の中でしたけど、どんな感じになるんだろ。

 僕は頭の中で三等分にするイメージを浮かべる。


 するとどうだ。

 緑の菱形に二筋の光が降りていく。

 三等分に分かれた。


 まず一つの欠片。

 それを僕の身体の中に押し込む。

 すうっと入って行く。


 続いてガレア。

 欠片をガレアの背に押し込む。

 これもすんなり入る。


 最後は暮葉くれは

 僕の腰にある暮葉くれはの手を握り、掌を上に向ける。


 欠片を押し込む。

 これも入った。


―――ガレア……

   ガレア?

   聞こえる?

   ポンコポンコ


 何か変な音が混じってる。

 何となく音に和む。

 マザーが作ったやつじゃ無いからかな?


―――竜司か?

   また念話テレパシー、また使ったのか?

   ポンコポンコ


―――うん、そうだよ。

   暮葉くれは暮葉くれは……

   暮葉くれは……

   聞こえる……?

   ポンコポンコ


―――ええ、聞こえるけど……

   何このヘンな音。

   ポンコポンコ言ってるけど。

   ポンコポンコ


―――ゴメン……

   多分僕のレベル不足が原因だよ。

   ポンコポンコ


―――で、竜司よ。

   さっきは慌ててどうしたんだ?

   ポンコポンコ


―――そう。

   私もそれが聞きたい。

   ポンコポンコ


―――あの流れて来た銀色の液体……

   あれは多分、毒だ。

   それも猛毒。

   ウサギが触れた途端倒れたのが良い証拠だよ……

   ポンコポンコ


 僕が原因なんだけど、緊迫した話をしているのに語尾の“ポンコポンコ”のせいで締まらない。


―――毒か……

   確かにそれはヤベェな……

   ポンコポンコ


 毒って知ってるんだ。

 竜界にもあるのかな?


―――つづりさん、大丈夫かしら?

   ポンコポンコ


―――確認してみる。

   ポンコポンコ


 全方位オールレンジ


 僕を中心に広がるワイヤーフレーム。

 居た。


 僕がいる上空から斜め右下の所を走っている。

 良かった。


―――無事みたい。

   良かった……

   ポンコポンコ


 僕はスマホを取り出す。

 すぐさまつづりさんにメールを打つ。


―――

 つづりさん、無事をこちらでも確認出来ました。

 良かったです。

 逃げてくれる様お願いした理由は相手の放った攻撃によるものです。

 あれは猛毒です。

 おそらく即効性のあるものだと思われます。

 敵の位置は僕の全方位で把握は出来ますので相手とは距離を取って戦った方が良いと思います。

 ちなみに僕は今上空に居ます。

―――


 メール送信っと。

 さてこれからどうしよう。


―――ガレア、上から地上が確認できる高度まで降りて。

   ポンコポンコ


―――わかった。

   ポンコポンコ


 だんだんこの“ポンコポンコ”がうっとおしくなってくる。


 ヒュンッッ!


 ガレアが下降する為滑空。

 雲を抜けて地上が見えてきた。


 広大な森が広がっている。

 その中不等号記号のような形に土色の線が引かれているのが解る。

 この線はおそらくさっきの魔力閃光アステショットによるものだろう。


 おや?


 さっきまであった銀色の液体が見当たらない。

 どこに行ったんだろう。


 僕はガレアに手を添える。


 ドクン


 魔力補給。


 保持レテンション


 ガシュガシュ

 ガシュガシュ


 集中フォーカス


 眼に魔力を集中。

 地面を見つめる。


 よく見えるよく見える。

 さっきの銀色の液体は……


 僕はゆっくりと確認。

 土色の線を目線が昇って行く。


 途中、置物の様に全く動かなくなったウサギの親子が眼に入る。

 多分絶命したのだろう。


「くっ……」


 やり切れない想いから短く呻吟しんぎんする僕。

 ウサギから目線を滑らせると銀色の液体が逆方向に戻って行っているのが見えた。


 それはビデオの巻き戻し……

 いや、強力な掃除機で吸い取っているかの様。


 そのまま液体の戻る先へ視線を動かす。

 液体は土色の道を遡り、まん丸い広場まで辿り着く。


 こんな広場があったんだ。

 全く気が付かなかった。


 広大な深い森の中にぽっかりと丸い広場。

 魔力閃光アステショットで出来た道が広場にくっついている。

 上から見ると、まるで団子の様だ。


 上空から銀色の液体の戻る先を見つめる。

 しゅるしゅると一人の自衛官の身体に戻って行く。


 頭は黒髪ロングのストレート。

 肌は不自然な程白い。


 何やら観察するように角度を変えて、まじまじと横を見つめている。

 と、その自衛官からもう一方向、液体がしゅるしゅると伸びていく。


 その液体はキラキラと銀色に光っている。


 液体が進む先にはへたり込んでいる自衛官と竜。

 竜の顔色と言うのは良く解らないが、自衛官側。


 物凄く顔色が悪い。

 まるで吐いた後の様な表情。

 あっ、銀色の液体が足に触れた。


 ガクガクガクガク


 遠目でも解る。

 へたり込んだ自衛官がガクガク震え出した。


 口から吐瀉物が大量に。

 尋常でない量だ。


 ドシャ……


 動かなくなってしまった。

 大丈夫なのか。


 それをまじまじと眺める男。


 決して近づかず。

 決して寄らず。定点で顔の位置を変え、観察している。


 何かその風景に途轍もなく異常な雰囲気を感じた。

 上空でその男の様子を観察している僕。


 チラッ


 僕と目があった。

 気づいたのか?


 この高度だぞ。

 眼が合った事に驚いていると……


 キュゥンッッッ!


 地上から眩い閃光。

 僕の頬を掠めて空に消えていった。


【ウオッッ!】


 ガレアも急な閃光に対応できず驚いて高度を上げる。


 ボフッ


 雲を突き抜ける。


【あー……

 ビックリした……】


 プルルルル


 ケータイが鳴った。

 ディスプレイを見る。


 受信メール 一件


 つづりさんからだ。


―――

 おけまる。

 つか毒ってドチャクソヤバたん。

 ガンダで逃げて助かったんゴ。

 エンカしないように卍距離取るわ。

 とりまガスマスク持って来てるから秒で降りてきて。

 よろー。

――――


 あの人いくつだ。

 もういい年なのにこんな女子高生みたいなメール打つのか。


―――ガレア、つづりさんと合流したいから降りて。

   さっきみたいに敵から撃たれない様に遠回りでお願い。

   ポンコポンコ


―――わかった。

   ポンコポンコ


 ヒュゥッ


 ガレアが羽搏き、動き出す。


 ボフッ


 斜めに雲に入る。


 全方位オールレンジ


 雲中でスキル発動。

 僕を中心に広がるワイヤーフレーム。

 つづりさんは……


 居た。

 大分離れている。


 魔力閃光アステショットで出来た道を超えて先に居る。

 立ち止まったみたいだ。


―――ガレア、僕の指さしている方向に飛んで。

   ポンコポンコ


―――おう

   ポンコポンコ


 僕は斜め下を指差す。

 指し示した方向に真っすぐ飛ぶガレア。


 ボフッ


 雲を抜けた。

 眼下は広大で深い森が広がっている。


 上からだとつづりさんがどこに居るかは木々に阻まれ、全く解らない。

 つくづく僕のスキルが全方位オールレンジで良かった。


―――ガレアストップ……

   もう少し前……

   そのまま……

   ストップ。

   ポンコポンコ


―――何だ。

   こんなトコでいいのか。

   ポンコポンコ


 上から見たら全く解らないんだろう。


―――うん。

   このまま真下に降りて。

   ポンコポンコ


 バサァッ

 バサァッ


 翼を大きくはためかせ、ゆっくり降下するガレア。

 もう風の音はしない。

 もう念話テレパシーは使わなくていいだろう。


 バサバサ

 バキバキ


 森林内に入る。

 下につづりさんとシンコが見える。


「おーいつづりさーんっ!」


 上空から大声で叫ぶ。

 見上げるつづりさん。


 ドスッ


 ガレア着陸。


「竜司くうん……

 大丈夫だったぁん?」


 腰をくねらせて近寄って来るつづりさん。


「ええ大丈夫です。

 つづりさんも無事で良かった」


 僕の返答を聞いてデイバッグから何か取り出す。


「はぁいこれぇん。

 暮葉くれはちゃんもぉん……」


「これは?」


「ガスマスクよぉん」


 そう言えばスッポリ鼻と口を覆う形になってる。

 眼は防護してくれないのか。

 簡易的なものかな?


 僕は来ていた警察のコートの内ポケットに忍ばせる。


「で、どうしましょう……?」


「そぉねぇん……

 相手の能力もまだわかんないんだしィ……」


 僕は得た情報から色々と考察する。


 まずあの銀色の液体。

 アレが毒性のあるものなのだろう。


 そしてあの男。

 おそらく眺めていた男が三条辰砂さんじょうしんしゃ


 苦しんでいる仲間を見て、少しも感情を込めず、まるで飽きた玩具で遊ぶ様な雰囲気。

 そして上の僕らを発見すると一寸の躊躇も無く撃って来た。


 これだけで解る。

 陸竜大隊副長は凶悪。


 少なくとも異常者。

 おそらく蛟竜毒蛇コラプトと言う異名はあの毒性液体からついたものだろう。


 しかし、どうしようか。

 相手の能力を知る為には近づかないといけない。


 だけど、相手に近づいたら毒にやられてしまう。

 ガスマスクはあるけど出来ればギリギリまで隠しておきたい。


 それでも近づかないといけない。

 でないと相手の能力が解らない。


 何かないかな?

 何か………………


 あっ………………

 そう言えば僕も竜河岸だ。


 ガレアの魔力をうまく使えないだろうか?

 例えば鼻と口に魔力で膜を張るとか…………

 

 いや、駄目だ駄目だ。

 膜を張って空気も遮断してしまったら窒息してしまう。

 魔力操作で空気だけ通過できるかも知れないけど、そんな器用な操作が僕に出来るとも思えない。


 そうか、何も僕自身が膜を張る必要は無い。

 竜界の時みたいにガレアに張ってもらえば良いじゃないか。


 いや…………

 それも駄目だ。


 万が一ガレアと分離してしまったら僕が毒に侵される。

 あれだけ即効性のある毒。


 分離=死だ。

 僕自身が毒から身を守る方法を考えないと。


 発想を変えて見る。

 こうなったら毒物を体内に吸収するのは防御しない。


 入った毒物が身体を汚染する前に魔力注入インジェクトでどんどん浄化していくと言うのはどうだろう。

 もう考えてもこれ以上はいい考えが生まれそうにない。

 これで行くか。


「あの……

 一個、案があるんですけど……

 これで何とかなるかどうかは解りませんが……」


「へぇん……

 どんなのぅ?」


 僕は思いついた案を掻い摘んでつづりさんに説明した。


「へぇん……

 そんな事が出来るのぉん?

 凄いのね魔力注入インジェクトって」


「いや、僕も初めてなんで出来るかどうかは……

 僕がまず敵と対峙します。

 つづりさんは隠れていて、スキを見て血液超循環サーキュレーションで敵を殲滅して下さい」


「りょうかぁいん」


 とりあえず方針は決まった。

 最初、つづりさんを囮に僕は物陰から狙撃と言うのも考えたが、何となく進言するのを止めた。


 だって年上って言ってもつづりさんは女性だから。

 女性を矢面に立たせて男の僕が隠れているって言うのも男らしくないと思ったんだ。


 そりゃ魔力注入インジェクトで常に回復しながら戦うって言うのは初めてだし不安はあったよ。

 って言うか不安しか無かったぐらいさ。


 それでも暮葉くれはも居るし何とかなるだろうと思っていた。

 やはり土壇場になると暮葉くれはのブースト頼みか。

 少し凹む。


「じゃあ……

 僕らは行きます……」


「いってらっしゃぁいん」


 僕と暮葉くれははガレアに跨り、道に戻る。


 ドッドッドッ


 ガレアの軽い足音が聞こえる。

 曲がり角を曲がった。

 後は一直線。


「ガレア、ストップ。

 これからの動きについて話すよ」


 ドッ


 ガレアの歩みが止まる。


【おう、どうすんだ?

 竜司】


「まあ決まったって言っても敵の毒に対する防御ぐらいしか決まって無いけど。

 まずガレア、膜を常に張ってて。

 膜って毒を防ぐ事は出来る?」


【多分とは出来るとは思うけど、やった事ねぇからわかんねぇよ】


「そう言えばガレア、よく毒なんて知ってたね」


【ん?

 それぐらい知ってるよ。

 馬鹿にすんな。

 アレだろ?

 触れたり吸ったりしたらヤベェってヤツだろ?

 竜界にも毒竜って言う種類の奴いるしな。

 俺は遭った事ねぇけど】


「なるほど。

 あと暮葉くれは?」


「何?

 竜司」


暮葉くれはも膜って張れるの?」


「うん、私も出来るよ」


 良かった。

 これでガレアと暮葉くれはは安心だ。

 

 …………待てよ。


 となると暮葉くれははガスマスクいらないって事じゃあ……

 これは手段として使えるんじゃあ……


「ねえ……

 暮葉くれは……

 さっきつづりさんから受け取ったモノ、僕にくれない?」


「ん?

 いいわよ。

 私も何でもらったか解んないし」


 暮葉くれはが受け取ったガスマスクを僕に渡す。

 そして僕は自身のガスマスクを装着。


 受け取ったガスマスクは内ポケットにしまう。

 これで敵は僕が持ってるガスマスクは付けている物だけだと思うだろう。


「あと暮葉くれは……

 走り出したら僕にブーストをかけて。

 あと戦ってる間はガレアの上から離れないでね」


「どうして?」


「多分敵は何でこんな所に女の子がって思うはずだ。

 だから暮葉くれはが竜だと解る行動は避けたい。

 ガレアから離れて普通に動いていたら敵も竜だと気づくかも知れないからね」


 僕の説明を聞いた暮葉くれははキョトン顔。


「わ…………

 わかったわ……

 とにかくガレアから離れなければいいのね」


「タハハ……

 うん、それでお願い」


 ガレアの背に手を添える。


 ドクンドクンドクン

 ドクンドクンドクン


 中型魔力、六回補給。


 保持レテンション


 ガシュガシュガシュガシュガシュ


「よし行こう。

 ガレア」


【ほおい】


 ギャンッ!


 ガレアは速度を上げる。

 凡そ広場まで一・八キロ。


 ガレアの脚なら一瞬だ。

 周りの風景が高速で後ろに流れ出す。


暮葉くれはッッッ!

 ブーストッッ!」


「うんっ!」


 僕の背中に暮葉くれはの手が添えられる。

 ブースト発動のサイン。


発動アクティベートォォォッッッ!」


 ドルルンッ!

 ドルンッ!

 ドルルルルンッッ!


 身体の中で響くエンジン音。

 三則使用時の魔力注入インジェクト発動だ。

 僕は自身前方に魔力を集中させた。


 使うのが早いと思うかも知れないけど、これは僕なりの警戒だ。

 相手はあの高度で飛んでる僕を発見できた。

 それだけ目が効くと言う事だ。


 加えて僕らを見るや否や攻撃を仕掛けてくる凶悪性。

 おそらく発見されたら、躊躇い無く攻撃してくる。


 もう遠目で広場が見えてきた。

 流石ガレアの脚。


 キラッ


 遠くで煌いた。


 バシュゥゥゥゥゥンッッッ!


 と、認識する暇も無くガレアの魔力壁シールドに激突する。

 辺りに四散する魔力の欠片。


【うおっと。

 あぶねー】


「ガレアッッ!

 ジグザグに走れッッ!

 目標を散らすんだッッ!」


【おうっっ!】


 ギャリッッ!

 ギャリッ!


 素早く足爪を地面に食い込ませ鋭く斜めに方向転換。

 まるでアメフトのカット走法の様。


 キラッ

 キラッ

 キラッ


 次々と閃光を斉射してくる。


【当たるかよォッッ!】


 ガレアが吠えた。


 キュンッッ!

 フィンッッ!

 フォンッ!


 ガレアのジグザグ走行が功を奏した。

 全て当たらず後ろに通過。

 流石ガレア。

 もうそろそろ広場だ。

 僕はガレアに指示。


「ガレアッ!

 スピード上げろッ!

 相手の近くまで行くんだッッ!

 僕は跳ぶぞッッッ!」


【おうよッッ!】


 ガレアがスピードを上げる。

 到達まであと一~二秒。


 見えたっ!

 長髪の色白野郎っ!


 集中フォーカスっ!


 右拳と脚に魔力集中。


 入ったっ!

 僕の射程範囲っ!


発動アクティベートォォォォッッッッ!」


 僕はありったけの力を込めて叫ぶ。


 ドルンッ!

 ドルルルンッ!

 ドルンッ!


 体内に響くエンジン音。

 僕は素早くガレアの背に立ち、蹴った。


 ドンッッッッ!


 僕の身体が弾ける。

 上空二十数メートル跳ぶ、三則使用時の僕の脚。


 身体が光になる。

 一瞬で敵の鼻先に到達。


「デェェェェエェリャァァァァァッッッ!」


 渾身の右ストレート。

 僕単体で放てる最大火力。


 敵の顔を目掛けて、繰り出す。


 こいつ資料通りマジで紫のアイシャドゥ塗ってやがる。

 この顔を歪ませてやる。


 ドカァァァァァァァァァァンッッッ!


 激しい炸裂音。

 目測通り右頬に命中。


 ビュンッッッ!


 敵の身体が弾丸の様に後方に吹き飛ぶ。


 ベキベキッッ!

 バキャベキベキベキィィッッ!


 広場を超え、巨木を次々と力任せに薙ぎ倒し、森の奥へと消えていった。

 しかし何と言う威力だ三則。

 こんな代物、おいそれとは使えない。


【おーい。

 竜司ー】


 暮葉くれはを乗せたガレアがドスドスやってくる。


「ガレア。

 そういえば背中大丈夫?

 僕、思い切り蹴っちゃったけど」


【ん?

 別に】


 ガレア、キョトン顔。

 あ、そう。


 側に銀色の竜が立っている。

 銀色に光る鱗。


 キラキラと陽の光に照らされ、光っている。

 兄さんのボギーと双璧を成すような竜。


 三条辰砂さんじょうしんしゃの竜だろうか。

 僕はマジマジと見つめてしまう。


 ふいにゆっくり口を開く竜。


【怒れども 枯れる事なき 毒の華……

 か……】


「は……?」


【ホラ……

 来るぞ……】


「え……?」


 ボソボソと銀色の竜が何かを喋ったと思った矢先。


 ゴォッッッッ!


 逆巻く突風が僕に向かってきた。

 まさにコンマ一秒の世界。


 煌めきの様な一瞬の刹那。

 超高速の飛び蹴りが僕に放たれたのだ。


 ガァァァンッッ!


 僕はすんでの所で両腕を持ち上げ、ガード。

 危なかった。

 もう少しで当たる所だった。


 ギリ……

 ギリ……


 太陽で逆光になる中、僕は見た。

 蹴りを僕に突き刺し、薄ら笑いを浮かべる長髪の男を。


 放ったのは三条辰砂さんじょうしんしゃ

 今の蹴りが刺さるまでの一連の動きから僕はある予測を立てる。


「ぬあぁっ!」


 ブンッッ!


 両腕を力任せに振る僕。

 ひらりと軽く僕の腕から離れる辰砂しんしゃ


 スタッ


 着地した辰砂しんしゃはゆっくり起き上がる。


「あ~~……

 痛ってぇ~~……」


 低い声が聞こえる。


 笑ってる。

 この男、笑っている。


 僕の渾身の右ストレートが当たった右頬には紅く痣が残っているが、それを意に介さないかの様に笑っている。


 ベッッ


 男が口に残った血溜まりを吐き出す。


「…………魔力注入インジェクト……」


 僕は思わず先の予想を口にしてしまう。

 それを聞いた辰砂しんしゃの顔が更に満面の笑みになる。


「テンメェェェェェッッッ!

 何、急に殴ってくれてんだぁぁぁッッッ!

 今魔力注入インジェクトっつったなぁぁっっ!

 テメェ、魔力注入インジェクト使った拳で殴ったのかぁぁぁぁッッ!」


「…………何だこいつ……」


 僕は生まれた嫌悪感から素直な感想を漏らし、後退りしてしまう。

 それもそのはず。


 この男、言葉は荒々しく怒りを乗せているが顔は笑っているのだ。

 口調と表情が一致しない。

 物凄く気持ち悪い。


辰砂しんしゃ……

 笑い顔 その裏側の 怒り模様……

 だぞ……

 また笑っている……】


「ンアッ?

 ハイドラァッ!

 うるせえっ!

 んでテメェは何だ……?

 俺の実験の邪魔すんじゃねぇよ……」


 実験?

 何の事だ。


「僕はお前達の蛮行を止めに来たんだ」


「ンァ?

 テメエみたいなクソガキがかァッッ!?

 クァーッハッハッハッッ!

 笑わせやがるゥッッッ!」


 笑い声は聞こえるが、顔は怒りの表情。


 眉毛は谷の形。

 目をつり上げ、口を大きく開けている。


 口調と表情が一致しない。

 物凄く不気味だ。

 こんな奴と戦うのか。


「オイ……

 実験って何だよ……?」


「ンァ?

 実験ってアレだよ」


 くい


 辰砂しんしゃは顎をしゃくり上げる。

 その顎は後ろで倒れている自衛官と竜を指していた。


 しかもよく見ると倒れているのはその人たちだけでは無い。

 含めると六人。


 さっき全方位オールレンジ内で消えた数と一致。

 この凄惨な光景を見て、僕はある結論に達した。


 と同時に心の奥の奥で怒りの炎が燃え上がる。


 全方位オールレンジで光点が消える。

 それが意味するのは……



 絶命したのだ。



 六人とも全て。


「お前……

 仲間じゃないのか……?」


「ンア?

 俺に仲間なんざいねーよ。

 俺以外の人間は全員実験動物サンプルだ」


 ブチン


 キレた。

 無慈悲に無機質に人を自分の利益の為だけに踏み台にしたこの三条辰砂さんじょうしんしゃと言う人間の物言いが許せなかった。


 僕の中の制御リミッターが外れた。

 コイツは生かしておいてはダメだ。


魔力注入インジェクトォォォォッッッッ!」


 ###


「はい、今日はここまで」


「パパ……

 最後の自衛官さん達……

 死んじゃったの…………?」


「…………うん…………

 竜は気絶しただけだったんだけどね……

 この時の僕は竜が死ぬときは風化するって言うのを忘れていたんだよ」


 カタカタ


 たつが震えている。


たつ……

 大丈夫?」


 正直この話をたつにするのは迷った。

 まだ幼いたつは少なからずショックを受けるからだ。


 僕の話で“死”が出て来るのは数える程しかない。

 だから死人が出たこの話は飛ばしても良かったんだ。


 それでも僕はたつに全て聞いて欲しかった。

 僕とガレアの物語を。


 そして一番悪い事は何なのか。

 人としてやっちゃいけない事は何なのか。


 そう言う部分を感じて、学んで欲しいと思ったから。


「ムカーーーーッッ!

 パパーッッ!

 こんな悪いヤツやっつけちゃえェェッッ!」


 どうやら僕の杞憂きゆうだった。

 震えてたのはショックからでは無く、ただ怒っていただけだった様。

 さすが僕の息子。

 幼いと思ってるのは案外親だけなのかもな。


「ハハ……

 続きはまた明日話すよ」


「パパッッ!

 もちろんぶっ倒すんでしょッッ!?

 フンッッ!」


「さぁ……

 それは明日のお楽しみ……

 まあ苦労はしたけどね……

 じゃあおやすみ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る