第百二十四話 こんなムカつく場所私が消してやるわ

「やあこんばんは。

 今日も話して行こうかな?」


「ねえパパ?

 昨日の話だけど、湯女ゆなどうしたの?」


 キョトン顔で聞いてくるたつ


「フフフ……

 さぁ何だろうね?

 たつに解るかなぁ~?

 フフフ」


「何だよそれー

 わかるもんっ!」


 たつがむくれている。

 何かカワイイ。


「アハハッ

 じゃあ始めていこうかな?」


 ###


 ―――ヤバヤバのヤバじゃん


「だからどうしたんやっちゅうねん。

 急に黙りこくって」


 また裏辻湯女うらつじゆなの顔を覗き込む。

 段々頬が赤くなる湯女ゆな


「いや……

 だから……

 言ってんじゃん……

 顔近づけんなし……」


 グイ


 先と同じ様に両手でげんの身体を押す。


「な……

 何やねん……

 あぁほんでなあ、ワレのスキル……

 並進トランスレーションやったか……

 範囲は百メートルから二百メートル。

 んで概要は物質を同一方向に平行移動させる。

 並進トランスレーションゆうぐらいやからのう……

 ん?

 ならワレ飛ばしたモン曲げる事は出来んのかい」


「あ…………

 いや……

 まぁ……

 ハイ……

 そッス……」


「何で敬語やねん」


 ―――何だよそッスって。

 コイツDKじゃん。

 私の方がいくつ年上だっつー……

 つか私テンパり過ぎ。

 どンだけ意識してんの。

 てか丁寧にツッコまなくていいから。

 ヘンにツッコまれると恥ずい部分際立つから。


「ほんでな。

 さっき木、遠くから引っこ抜いて持って来てたやろ?

 そこであれ?

 思たんや」


 意気揚々と説明し出すげんを見つめる湯女ゆな

 その頬は赤い。


 ―――うわー…………

 めっさ目、キラキラさせちゃってまー……

 つか私どンだけチョロいの。

 アンタみたいなガチ強いヤツがポロッと見せる弱い部分とかめっさ弱い…………

 簡単にコロッと行っちゃうんだから……


「…………ウン……」


 ―――ウンとか言っちゃったよ。

 乙女かよ。


「車ぶつけて来た時は三台とか動かせてたのに何で木は一本ずつなんやろってなぁ。

 んでワイ試したんや。

 攻撃して来たら間合い広げたろってな。

 そしたら案の定ポロポロ落ちていきよったからなあ。

 結論。

 ワレのスキルは遠くなればなる程、制御個数が減るんや。

 どやっ?」


「へえ…………

 げんちゃんて割と頭イんだ…………

 ただの熱血脳筋達人じゃ無かったんだネ…………

 話し方はバカっぽいけど……」


「割とて何やねん割とて。

 んでその熱血脳筋達人ってやめえ。

 ソレなあ。

 “のうきん”と“たつじん”で“ん”二回来とるから語呂的におかしいし。

 …………って誰がバカやねんッッ!

 関西人はアホ言われても怒らんけどバカ言われたら怒んねんぞっっ!」


「プッ……

 げんちゃんてサ……

 何なの……?

 ツッコまないと死んじゃうの……?

 ウケる。

 まー……

 正解……?

 つか当然のハナシ……?

 デさ……

 最後の攻撃…………

 アレ、マジでソノちんまいナイフでどーにかしようと思ったん…………?」


「ん?

 まあスキル重ねたしな。

 最悪死にはせんやろとは思うとった」


 あっけらかんと答えるげん

 呆気に取られる湯女ゆな


「は…………?

 げんちゃんアノ……さ?

 あの質量よ……?

 ワカってんの……?

 まともにぶつかったらヒトだか何だか解らなくなるレベル?

 ガチ“変わり果てた姿に”的な…………?

 げんちゃん……

 ナニ笑ってんの……?

 いやいやいや笑い事っちゃーないから……

 まーソレぶつけた本人が何言ってるんだっつー…………」


「そうか?

 まあ確かにデカかったけどな。

 あれはハッタリや。

 確かにアレ作った時は正直焦ったけどな。

 結局の所あの塊は何で出来とるかっちゅう所や」


 げんがあからさまな返事待ちの顔をする。

 それを見た湯女ゆなはヤレヤレ顔。


「は…………?

 何ヨそん返待ち顔…………

 ハァ……

 ハイハイ……

 わかりませんおせーて下さい…………

 げんちゃんセンセー…………

 つか生意気くね?

 DKのくせにサ……」


「そうかそうか。

 なら教えてやろう。

 それはな……

 どんなにデカくてもあくまで一個一個は小さい破片に過ぎへんって事や。

 それをあの質量にしとんのは裏辻湯女うらつじゆなの能力や。

 多分並進トランスレーションで中心に向かって押し付けとんのやろ。

 踏ん張っとる時にボロボロ破片が落ちて来とる時に解ったわ。

 となると話は簡単……

 いや簡単でも無いけど。

 どうにかしてその魔力の力を断ち切るっちゅう事やけど、ワイも何で出来たかようわからん」


「フ…………

 げんちゃんてサ…………

 頭イんだがバカなんだかよく判んないね……

 でも…………

 そーゆーの嫌いじゃない…………

 てか私の事フルネームで呼ぶのやめろし…………

 フツーにハズいから」


「じゃあ何て呼んだらええねん」


「…………湯女ゆなで良いよ……」


「じゃあ湯女ゆな


「…………呼び捨てかよ

 …………生意気くね……?」


「オノレが呼べゆうたんやろっ!」


「プッッ……

 アハハハハハハッ……」


 裏辻湯女うらつじゆなが笑っている。

 持病から来る怠さなんか吹き飛ばす程の晴れやかな笑顔。


「何笑ろてんねんっ!

 んじゃー湯女ゆなさん。

 これでええやろ?」


「ン…………

 そンでいーよ…………」


「ほいじゃあワイそろそろ行くわ」


 すっくと立ちあがるげん


「あの…………さ?

 げんちゃん…………

 また逢えっかな…………?」


「ん?

 あ、そうそう。

 ワレの肝炎な。

 もしかしたら治るかも知れへんで」


「うわ…………

 唐突……

 何ンなん……?

 急にナニ私の持病のハナシしてンの……?」


「ウチのバーチャンがな。

 漢方作っとんねや。

 漢方薬剤師っちゅうやっちゃな。

 確か前、肝炎にえらい効く漢方出来たとかゆうてたからな。

 湯女ゆなさんもずっと持病持ち嫌やろ。

 ん?」


 げん湯女ゆなの方を向きながら微笑む。


 ドキン


 ―――だからそんな眩しい笑顔向けんなっつー………………

 意識しちゃうじゃん…………


 湯女ゆなの顔は赤い。


「ン…………

 じゃあ…………

 げんちゃんがソコまで言うなら仕方ないなー

 ……じゃあ…………

 オナシャス…………

 げんちゃん、今日はどこから来たん……?」


「ん?

 十三や」


「うわ…………

 どこよソレ……

 そンな急にディープな大阪の土地言われてもわかんねーって……」


「んじゃあケータイの番号交換しとこか?

 それやったら連絡取れるやろ」


「そだね…………

 いーよ…………」


 お互い携帯を取り出し番号交換。


「これでよし。

 ほんじゃあワイ行くわ。

 ベノムッッ!

 帰るぞーっ」


 のそりとベノムが寄って来る。


湯女ゆなさんも竜目覚めたらさっさとここから離れーや」


「うん…………

 わかった…………

 またね…………

 げんちゃん」


「おうまたな」


 鮫島元さめじまげんVS裏辻湯女うらつじゆな 終了

 勝者:鮫島元さめじまげん

 決まり手:三則使用の貫通ペネトレート



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 時は二時間程遡る。


「じゃあ……

 私もそろそろ行こうかな?」


 蓮が出発準備をしている。


「蓮……

 大丈夫……?」


 僕は少し心配する。

 だって蓮は女の子。


 いくら強いって言ったってこんな荒事に巻き込んでしまった。

 そんな申し訳なさから来た心配だ。

 そんな僕を見て蓮がニッコリ笑う。


「大丈夫よ竜司。

 私の周りイカツイひとって多かったし」


「え……?

 ひとって……」


 僕の心中にちくりと刺さるモヤッとした感情。

 当時はその感情の正体は解らなかったよ。


 要するにその気持ちの正体は嫉妬ジェラシーだよ。

 僕には暮葉くれはがいるじゃないかと思うだろうけど、ホントに男ってのはズルい生き物でね。


 自分に向けられてた気持ちが他に向いてたかも知れないって思ったら物凄くモヤッとしてチクッとして嫌だったよ。


「十三歳からストリートで歌ってたしね。

 アメ村の店の人とか?

 …………ってどうしたの竜司?」


 僕の顔は恐らく苦虫を噛み潰し、加えてアルミホイルを噛んだ様な表情をしていただろう。


「いいいやっ!

 何でもないよっ!」


 蓮の呼びかけにハッとなった僕は慌てて否定する。

 が、蓮は鋭かった。


「ハハ~ン…………

 竜司ってば私にオトコの知り合いがいるって聞いて、ヤキモチ焼いてくれてんの?」


 蓮がいたずらっぽく僕の顔を上目づかいで覗き込む。

 正直可愛いと思った。


「そそそっっ!

 そんな事ないよっっ!?」


 僕は後退りして否定し続ける。


「ふぅ~~ん…………

 ホントにぃ~~?」


 蓮がニヤニヤしながら一歩前へ。


「ムムム~~~!

 何かヤーーーーッッッ!

 この空気ヤーーーッッッ!」


 僕と蓮の様子を脇から見ていた暮葉くれはが割って入って来た。

 そして僕に抱きついてくる。


 ぽよん


 毎度お馴染み暮葉くれはの巨乳が僕の胸に当たる。

 そして握り拳長ぐらいの距離に眉をハの字にした困り顔の暮葉くれは


 正直まだ暮葉くれはの巨乳には全然慣れてない。

 だって十四歳だもん。


 顔も赤面していた。

 少し微笑みながら暮葉くれはを撫でる。


「ゴメン……

 暮葉くれは……

 もう大丈夫だよ」


 出た。

 僕の謝り癖。

 でも今回の謝罪は癖からじゃ無いんだ。


 むしろ癖で謝った方が幾分かマシだった。

 謝罪の理由は正直揺らぎかけた自分が原因。


 それぐらい蓮の顔が可愛かったのだ。

 だけど暮葉くれはの顔を間近に見て我に返ったという訳だ。


「チェッ……

 もう少しだったのに……

 まあこんな事ぐらいでオトせるとは思って無いけど……

 見てなさい竜司……

 これからどんどんモーションかけてくんだから……

 蓮さんは甘くは無いのダ…………

 フフフフ」


 抱きついてる暮葉くれはの向こうで何やら決意めいた事を呟いて薄ら笑いを浮かべている。

 正直少し怖かった。


「蓮…………

 ホントに大丈夫?

 相手は陸上自衛隊だよ?

 鉄砲とかも持ってるんだよ?」


「大丈夫よ。

 ホラ防弾チョッキも着てるし、ママのシゴキにも耐えたんだから。

 じゃあ私そろそろ行くね………………

 …………これ以上居たら暮葉くれはへの嫉妬でどうにかなりそうだから」


 そう言う蓮はジトッとした眼を未だ僕にピッタリ抱きついて絶賛巨乳押し付け中の暮葉くれはに向けられていた。



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 蓮とルンルは拠点テントの外に出て、出発準備をしている。


 カタカタ


 少し蓮の膝が震えていた。

 ルンルが異変に気付く。


【ちょっとちょっとォ~

 蓮、どうしちゃったのォん?

 震えちゃってるじゃない?】


「えぇっっ!?

 そそっ……

 そんな事無いわよっ!

 ヘ……

 ヘンな事言わないでよルンルッ!」


 そう言いながらルンルに跨る。


 ピシャッ


 蓮は気合を入れる為、両頬を引っ叩く。


「よしっ!

 目が覚めたッッ!

 行くわよっ!

 ルンルッッ!」


【ハァイ】


 ダッッ


 ルンルは駆け出す…………

 が、すぐに止まる。


「どうしたの?

 ルンル」


【で、アタシどう行ったらいいのよん】


「アンタ、さっきの話聞いてなかったの?」


 蓮が言う“さっきの話”というのは竜司とのルートに関する打ち合わせの事だ。

 目的地はふじてんリゾート。


 直線距離で七キロだが間には急な坂の深い森が二つ横たわっている。

 ルンルが嫌がりそうだという事で少し遠回りになるが、南下して富士河口湖町に入り、ゴルフ場の上辺りから目的地に続く道に入ると言うルート。


【聞いてなかったって言うか……

 蓮と竜司ちゃんがイチャコラし出したからん?

 アタシが暮葉くれはをブロックしてたんじゃなァいん】


「イチャッッ……?

 なななっ

 何言ってんのよっルンルッッ!

 ソンなんじゃ無いわよっ!

 竜司とどう行こうか話してただけじゃ無いッッ!」


 蓮は顔を真っ赤にしながら否定する。


【ハァ…………

 蓮……

 アンタ……

 今の立場解ってる……?】


 ルンルがヤレヤレと言った表情で背中に乗ってる蓮に顔を向ける。


「えぇっっ!?

 なっ……!

 何の話よっ!?」


【何って……

 決まってるじゃなぁい。

 蓮と暮葉くれはと間男の竜司ちゃんの話よぉ。

 んでアンタと竜司ちゃんのカンケー。

 ホラ言ってみそ?】


 問いかけに関して色々察した蓮。

 途端に俯きながら胸の前で両人差し指を合わせ、チョイチョイし始める。


「うん……………………

 友達…………」


【ハァイッ!

 そーですねッッ!

 友達ッスねっっ!

 で、暮葉くれはと竜司ちゃんのカンケーはッッ!?】


 この問いを聞いた蓮のチョイチョイしてた手が止まる。


「う……………………

 婚約者…………」


【ハイッ!

 ソッすねーッ!

 婚約者ッスねーっ!

 それで竜司ちゃんをまだ好きなアンタは出来れば暮葉くれはのポジを奪いたいと】


「奪うって…………

 そんな…………

 私は……」


【アタシが言いたいのはちょっと言われたぐらいで動揺しててどーすんのって事よん。

 それぐらいの冷やかし飲み込んで躱すぐらいの気持ちが無いと竜司ちゃんなんて奪えないわよん。

 好きなんでしょ?

 竜司ちゃんの事】


「うん…………

 ゴメンね……

 ルンル」


【良いのよ。

 アタシは蓮が幸せになればそれで良いんだからん】


「うんっ……

 それでねっ

 ルートは……」


 蓮はルンルに進行ルートを説明した。


 ようやく走り出す。

 まずは国道百三十九号線を南下。

 しばらく走ると左折路が見えてくる。


「あ、ちょっと待ってルンル」


【ハァイ】


 キキッ


 ルンルブレーキ。

 蓮は荷物から地図を取り出す。


 ガサガサ


「えっとここが国道百三十九号線だから……」


 地図と今の位置を見比べる。


【へぇ。

 アンタ地図なんて読めんの?】


 ルンルは首を後ろに回し、蓮の様子を伺う。


「何よ。

 地図ぐらい読めるわ」


 これはルンルが最近読んだ書籍“話を聞かない男、地図が読めない女”から起因している。

 これは男と女は何故理解し合えないか?

 と言うテーマを脳科学的な根拠に基づいて書かれている。


 意外かもしれないがルンルは良く本を読む。

 よく読むのは主に女子力アップ等の女性らしさを磨く本。


 ルンルはオカマだ。

 そもそもオカマになったのはある番組がキッカケである。


 それは名も無いゲイバーのホステスのドキュメントだった。

 最初ルンルは……



 何故この人達は異性になろうとしてるんだろう?



 そんな純粋な疑問から番組を見ていた。

 そこにはオカマの道を選んだ者のパワー溢れる仕事ぶり。

 社会に認められにくい立場である故の悲哀等が描かれていた。


 その番組では先天的に性の関心が同性に向いていたものばかりだった。


 この“ヒト”と言う種の不可思議さに触れ、ルンルはどんどん“オカマ”にのめり込んでいく。

 そしてとどめがオカマバーでの接客で言った言葉だった。



 女ってね富士山で言ったらみんな五合目スタートなのよ。

 私達は樹海スタートだから必死よ必死。

 樹海で何人か死んでいくから。



 それを聞いた客は笑っていた。

 ルンルも笑っていた。

 番組を見終わる頃にはもうオネエ言葉を使うようになっていたルンル。


【アラン。

 蓮、アンタ女子脳足りて無いんじゃない?】


「何よそれ。

 地図読めた方が女子力あるんじゃないの?

 えっと……

 この道を左に曲がって真っすぐ行ったら富士河口湖町に入るわ」


【わかったわあん】


 左に曲がり真っすぐ進む。

 町に入ったのかどうかわからないほど建物はまばら。


 広々とした田や畑がほとんどだ。

 辺りはしんと静まり返っている。


 対向車の一台も通っていない。

 しばらく走ると左手に看板が見えてきた。


 富士河口湖町役場上九一色出張所


 この“上九一色”という言葉に授業で習った事を思い出す。

 蓮が生まれるよりも八年ほど前に日本で起きた新興宗教の事件。


「へぇ……

 ここがそうなんだ……」


 思わず独り言を呟いてしまう。


 ブロロ


 出張所の中から車が出てこようとする。

 中のドライバーが蓮に気付き窓を開ける。


「ねーちゃんっ

 こんな所で何してんのっ!

 早く避難せんと危ないよっ。

 おっ竜も一緒かいっ」


「どうしたんですか?」


「どうしたも何も避難だよ避難っ。

 竜河岸のテロリストが山梨に来たって言うから町全体に避難命令が出たんだよっ。

 この町自体人が少ないからもう全員避難したんだよっ。

 後はもう我々だけだよっ」


 ここで蓮はドライバーの言ってた事を思い出す。


「そうですか……

 じゃあ早く避難して下さい。

 私は大丈夫。

 竜河岸ですから」


「ねーちゃん見た感じ山梨の人間じゃないね……

 もしかしてテロリストってネーチャンじゃないだろうな?

 竜河岸だし」


 この意見を聞いてあからさまに嫌な顔をする蓮。


「違いますッ!

 どっちかって言うと止めに来た方ですっ!」


「ハハッ!

 そうだよな。

 君みたいなカワイイ子がテロリストってどんな小説だよって話だよなっ。

 …………って止めに来たぁッッ!?

 君みたいな女の子がかいっ!?」


「カワイイだなんて…………

 そんな…………

 ハッ!?

 …………コホン……

 ですので早く逃げて下さい」


「わかった……

 竜河岸ってのはホント不思議な連中だよ……

 じゃあ気をつけてな」


 ブロロロ


 車は行ってしまった。


「不思議か…………

 まあ別に良いけど」


【どうしたの蓮?】


「何でも無いわ。

 行きましょ」


 また走り出す蓮とルンル。

 富士河口湖町はゴーストタウンと化していた。

 それは蓮とルンルに好都合ですぐに最初の目的地のゴルフ場に到着する。


 富士クラシックス


「へー……

 私ゴルフ場なんて初めて来た」


【ここから道が無いわよ。

 どーすんの?

 蓮】


「ちょっと待って。

 竜司に聞いてみる」


 蓮はスマホを取り出し電話をかける。


「もしもし」


「もしもし竜司?

 今ゴルフ場まで来たんだけど、ここからどういったらいいか教えてくれない?」



「うん……

 ちょっと待ってね……

 えっと……

 ちょっとズレてるよ……

 うわ……

 何だコレ……

 何でここってゴルフ場が二つもあるの……

 ああ……

 富士クラシックスってゴルフ場の事か……」


「その富士クラシックスって所に今いるわ」


「そこじゃないよ。

 そこから左にある富士ヶ嶺グリーンゴルフクラブって所だよ。

 その敷地の右端に森と森の切れ目みたいな所があるから」


「わかったわ。

 何で同じ所に二つもゴルフ場あるのかしら?」


 プツッ


「ルンル?

 ここから少し戻って左に行って」


【わかったわ】


 ルンルはすぐに走り出す。

 すぐに左折路。


 違う。

 正確には左折路では無くT字路。

 右へ折れる道は開発中の様だ。


「ちょっとストップ。

 ルンル」


 キキッ


 ガサガサ


 再び地図を取り出す。


「確か……

 森と森の切れ目ってここでしょ……?

 ここから戻ってゴルフ場まで行くよりこっちに行った方が近道じゃない」


 地図を見ると富士クラシックスから富士ヶ嶺グリーンゴルフクラブの入り口まではかなり遠回りになる。

 別に目的地はゴルフ場という訳では無い。

 蓮は近道の方を選択。


「ルンル、右へ行って」


【ハァイ】


 開発中なだけあって道はまだ舗装されていない。

 凸凹と走りにくい。


【イヤだわ。

 こんな砂だらけの所走ったらお肌汚れちゃうわん】


 オカマのルンル。

 肌のケアには敏感なのだ。

 しかしルンルの場合は肌では無く鱗だが。


「我慢してルンル。

 この騒動が終わったらマッサージにまた行きましょ」


【マジでッ!?

 ガチでッ!?

 アロマオイルマッサージコースッ!?】


「ええそうよ。

 また行きましょ」


【百二十分よッ!】


「えっ……

 ええ良いわよ……」


 蓮が言い淀む。


 これには理由がある。

 正直マッサージ店に関して竜は決して良いお客様では無いのだ。

 と、言うのも竜は基本身体が大きい。


 単純にマッサージする面積が広く労力がかかるのだ。

 しかも竜の言葉を理解できる竜河岸のマッサージ師は日本には居ない。


 客とのコミュニケーションも取れない。

 黙々とだだっ広い背中をマッサージしないといけない。

 人体の構造は理解できても竜の身体の構造なんて知らない。


 そんな得体の知れない生き物の巨体をマッサージしないといけないのだ。

 マッサージ店も竜OKと貼り紙を貼る様にしている。


 しかしそれは竜の事を知り尽くしているからOKと言う意味合いでは無く、あくまでも受け入れる環境があるという意味のOKだ。


 読者の中に竜は身体のサイズを変えられるのでは?

 と考える者も居るだろう。

 しかしそれは否。


 答えは簡単。

 サイズを変えると竜が気持ち良くないのだ。

 竜には適正サイズと言うものがあると言う事だ。


 そんなこんなで走り続けるルンルと蓮。

 竜司の言っていた森と森の切れ間に到着。


「ここね……

 さあ行くわよルンル」


【ちょっとちょっとっ

 行くわよって……

 ココ草ボーボーの獣道じゃないのよう】


「しょうがないでしょ。

 ここそんなに長くないわ。

 ここを抜けると林道に出るから」


【全くしょーがないわねえ。

 アロマオイルマッサージ絶対よっ】


「わかってるわよ」


 獣道に飛び込むルンルと蓮。


 ガサッ

 ザザッ

 ザザザッ


 長尺の草や小枝をかき分ける音が聞こえる。

 ルンルの歩速も心なしか速い。


 すぐに獣道を抜け、道に出る。

 開けたとはお世辞にも言えないぐらい狭い道に出る。


【ちょっと……

 ココ……?

 林道って……】


 思ってた以上の狭さに少しびっくりしているルンル。


「この道はまだ林道じゃないのかも……

 もう少し道なりに進んでみましょ」


【んもう……

 しょーがないわねえ……】


 道なりに走るルンルと蓮。

 やがて自動車が一台通れるぐらいの幅の道に出る。


「ここが多分林道ね……」


【よーやくマシな道に出たわね……】


 ダッ


 林道を飛ばすルンルと蓮。

 速い。

 すぐに通行止めの策に到着。


「げ。

 この林道通行止めじゃない……

 通って良かったのかな?」


 策の先にはアスファルトで舗装された道がある。

 策を飛び越え、舗装された道に出る。


 ガサガサ


 また地図を広げる蓮。


「うん……

 多分ここでいいはず」


 道は二つ。

 下り坂になっている暗い森の道。

 もう一方は開けた真っすぐの道。


 ふじてんリゾートは名前からしてリゾート地だろう。

 開けた方を選択する。

 またルンルと蓮は走り出す。


【へえ……

 さっきの獣道は嫌だったけど森林に囲まれている所を走るってのはなかなかに気持ちいいわね。

 ホラ何てゆーの?

 森林セラピーってやつ?】


「ほんとねー……

 すっごく気持ちいいわ」


 身体いっぱいにマイナスイオンを受け森林浴を満喫していた所、事態に変化が起きる。


【ン……?】


 変化に気付いたのはルンルだ。

 ルンルがスピードを緩め始め、止まる。


「ルンル、どうしたの?」


【何か聞こえるわ……

 少し遠くの方で……】


「どんな音?」


【何かパラパラパラと言った音……

 もう少し近づかないと詳しくは判らないわ】


「わかった。

 これからは慎重に行くわよ。

 ルンル、アンタの眼と耳が頼りなんだから」


 蓮は魔力注入インジェクトは使えない。

 魔力注入インジェクトというのは既にほぼ完璧に技術として確立してはいるが、書籍等の専門書は存在しない。

 口伝のみである。


 親等の先代竜河岸が使えれば問題無いのだが、自分の周りに使える者がいなければ知る事は出来ない。


 蓮の母親、あかざが考古学を知ったのは高一の頃。

 それまでは全く勉強などをしてなかったが考古学の面白さに触れ、そこから猛勉強。

 京大を現役合格するまでに至る。


 あかざはレディース時代、魔力注入インジェクトにはかなり助けられた。

 だが、血生臭い世界に足を踏み入れた為、苦労も多かった。


 自分の娘である蓮にはそんな人生を歩んで欲しくない。

 だから敢えてあかざ魔力注入インジェクトを教えてなかった。


 蓮とルンルは大分速度を落として慎重に進む。

 辺りはしんと静まり返っている。


 ぴたり


 ルンルが止まる。


【聞こえる…………

 パラパラと硬いものに小さいものがいっぱいぶつかってる様な音……】


「もしかして……

 銃声っ!?」


【でも蓮?

 音は物凄く軽いものが当たってる様な音よ?

 確か銃弾って鉄とか鉛で出来てるんでしょ?】


「あっそうか」


 そう言いながら、この音の正体が気になりだす。

 先の街の様子から今この付近に居る人間は警察関係者と陸竜大隊の連中のみのはず。


 そんな中、銃声が聞こえる事はおかしい。

 となるとこの銃声に似たパラパラ音の正体が俄然気になりだす。


 ルンルと蓮は更に進む。


【何かパラパラ音と一緒に笑い声とか叫び声とかも聞こえるわよ】


「私にも少し聞こえた……

 パラパラ鳴ってるわね……

 ちょうどここの横辺りからかしら?

 声はまだ聞こえないわ」


【多分蓮の聴いてるのと同じね。

 それで同じ方から笑い声とか叫び声が聞こえるわ】


「もう少し進んでみましょルンル」


 そのパラパラ音が後ろに遠ざかる中、ようやく目的地に到着。


 ふじてんリゾート


 そこはまず中央に角度の浅い三角の屋根の建物。

 脇には直角三角形の屋根の建物が二つ。

 この特徴的な直角三角形の建物でピンとくる蓮。


「ここってもしかしてスキー場……?」


 全く雪は積もっていないがこのふじてんリゾートはもともとスキーゲレンデだった所なのだ。

 雪が降ればスキーヤー、ボーダー達で賑わう様になる。


 蓮の頭の中には竜司と楽しくスキーデートをしている様子がポワワンと浮かんでいた。

 妄想は飛躍し、脚色され、雪の中で遭難。


 山小屋の中、暖炉の前で全裸になる蓮。

 そこで叫ぶ。


「私を手に入れたいのならその火を飛び越してきてッッ!」


 これは三島由紀夫作“潮騒”の一シーン。

 つい最近聞いたラジオドラマからの引用である。

 もちろん蓮の顔はてっぺんから下まで真っ赤。


【ん?

 蓮、どうしたの?】


 のそりと長い首を回し、顔を背中に向けるルンル。


「キャーーーーッッ!

 エッチーーーッッ!」


 バチコーーンッッ!


【ぶべらっ!】


 強烈なビンタがルンルの頬を襲う。

 奇声を発して勢いよく顔が横にブレる。


【何すんのよっっ!

 蓮ッッ!】


「あっ……

 あぁ……

 何だルンルか……」


【何言ってんのっ!

 アタシに決まってるじゃないのよっっ!】


 辺りはしんと静まり返り、人一人居ない。

 先のルンルの怒号以外は何も聞こえない。


 静か過ぎて耳鳴りがするほどである。

 ゆっくりとルンルから降りる蓮。

 なだらかな階段を上がり、ロッジ風のメイン建物の中を伺う。


「どう……?

 中に誰かいる……?」


【中からは何も聞こえないわ……

 誰も居ないんじゃない?】


 ゴクリ


 キィ……


 生唾を飲み込み、緊張しながらゆっくり戸を開けて中に入る。

 誰も居ない。

 脇に二階へ続く階段がある。


「二階があるんだ……」


 誘われる様に二階に上がる蓮とルンル。

 二階は食堂になっていた。


 窓を開け、外に出て見る。

 外からの景色はゲレンデらしくなだらかな坂が広がっていた。

 雪が降っていない為緑の草が茂っている。


「へえ……」


 その見事な絶景に声が漏れる蓮。


【蓮っ!

 声が近づいてくるっ!】


「ええっ!」


 すぐさま中に戻り、壁に身を潜める。


「ルンルッ!

 何て話してるか聞こえるっ!?」


【ちょっと待ってね……

 なになに……

 何か会話をしている感じね……

 人数は声の数から六~七人って所かしら…………

 えっと……

 “デンデン隊長、やっぱ弱いっスね”……

 “うっせえっスキルさえ使えりゃお前らなんてケチョンケチョンだっ”……

 って話しているわ】


「デンデン隊長…………

 多分そいつが電田張梁でんだばりばりって事よね……

 もっと会話の内容を教えて」


【まっかせてっ!

 ……えっと……

 “まさか任務でサバゲー出来るなんて思いませんでした”

 “デンデン隊長がサバゲー用具一式持って行けって言った時はびっくりしましたよ”

 “俺、Fuji Forest Force好きなんですよねえ”

 “でも銃火器置いて来て良かったんですかね”

 “なあに心配ねえさ。三時間警戒してても誰も来なかったんだ。外国ならまだしもこんな辺鄙な所誰も来ねえよ”

 ……だって】


「サバゲーって何かしら……

 それよりもあいつら銃を手放してるの?

 これは千載一遇のチャンスなんじゃない?

 ルンルっ!

 話し声の連中は今どこに居る?」


【ガサガサ音がしてる……

 多分あっちの森の方じゃないかしら?

 多分もう少ししたら姿が見える様になるはず……】


 ザッザッザ


 ハッハッハ


 微かな足音と笑い声が蓮の耳に入る。


 ドクン


 心臓が高鳴る。

 蓮は緊張していた。

 緊張の原因は今から行われる事。


 訓練を積んだ陸自の連中との戦闘。


 下手したら生き死にの死闘になるだろう。

 小さな諍いは経験があっても生き死にのケンカなんて経験が無い。

 ただ竜司の力になりたいその気持ちだけで志願したのだ。


 いや、“だけで”と言うのは少々語弊がある。

 あの時は半ば嫉妬からくる勢いみたいな所もあった。


 ここまでは竜司を好きな気持ちと勢いでやってきた。

 が、冷静に考えると銃を持っている連中を倒すという使命を託された訳だ。


 蓮は確かにスキルを扱える強い女の子かも知れない。

 しかし中身は周りの女子中学生とそんなに変わらない。


 ただ竜河岸に生まれたというだけで普通の女子中学生よりも苦労しているだけなのだ。

 先の震えも今から始まる戦いの事を想像した事が起因だ。


「ハァーッ……

 ハァーッ……」


 蓮の呼吸が荒くなる。


【ちょっとちょっとっ!

 蓮、どうしちゃったのようっ!

 そんなチョーシであいつらとドンパチ出来ると思ってんのっ!?】


 見るからにおかしい蓮の様子を見かねてルンルが心配する。


「ねえルンル…………?

 私…………

 今日死んじゃうかも……」


【何言ってんの。

 アタシがついているのよ。

 絶対に死にゃーしないわよっ

 夢もあんのにこんなトコでマスター、失ってたまるモンですか】


 ルンルの夢。

 これは蓮も初耳だった。


「ルンルの夢ってなあに…………?」


【フッフー…………

 よくぞ聞いてくれましたっ。

 アタシの夢はね…………

 オカマバーを竜界に開く事よんっ!

 まずは手始めは新宿二丁目に竜河岸専門のオカマバーオープンからよっ

 ムフーッ!

 竜河岸連中って金持ち多いからガンガンボッタくってやるわっ】


 鼻息荒く夢を語るルンル。


「プッ…………

 竜にオカマってウケるのかしら?」


【何言ってんのよーっ!

 そこはそれアタシの話芸でどーとでもしてやるわ。

 一人にウケたらそこから瞬く間に人気店の仲間入りよん。

 竜の口コミの速さはハンパ無いわよ~?

 何せ念話テレパシー使うんだからっ!

 ネットなんかメじゃないわよ】


「アハハハハッ」


 ルンルが饒舌にマシンガントーク展開。

 その軽快な話っぷりに思わず笑ってしまう蓮。

 死への恐怖なんて何処かへ吹き飛んでしまった。


【そうそう。

 蓮、その顔よん。

 沈んだアンタの顔なんて“ブス!”以外の何物でも無いのよ。

 笑ってたら少しはマシなんだから】


「誰がブスよッッ!

 ………………ルンル……

 ありがとね……」


【いいのよ】


「ん~~……っ

 じゃあいっちょかましてやりますかっっ!

 ルンルの夢の為にッッ!」


 両掌を合わせ、外側に向けて大きく伸びをする。

 蓮の顔は晴れやか。


 もう敵に対する恐怖は無い。

 手をルンルに合わせる。

 眩い光に包まれる。


【あぁっ!

 だだっ!

 …………ダメェェェェェッッッ…………

 バババッ!

 ……ババッッ!

 ……バックッッ!】


 やがて光が止む。


 バリィィッッ

 バチィッッ


 現れたのは長尺の黄金銃。

 バチバチ放電している。

 次は荷物からを取り出す蓮。


【蓮?

 何やってんの?】


 銃になってもコミュニケーションは可能なのである。


「ん?

 竜司のお兄さんに持たされたスナイパースコープよ。

 警察でも使ってる良いものなんだって」


 黄金銃と化したルンルを担ぎ上げ、屈みながらベランダに向かう。

 看板と看板の隙間からマズルをニュッと突き出す。

 この看板は砲塔替わり。

 取り出したスナイパースコープをスコープマウントに取り付ける。


【ホゥッ……】


「ちょっとちょっとルンル。

 ヘンな声出すの止めてよね」


 ルンルの銃の形を決めているのは全て蓮のイメージの産物である。


 全長は二・五メートル強。

 大きさは現存の対戦車ライフルを二、三回り大きくしたサイズ。

 グリップやトリガーは現存銃のような形をしているが、バレル、マズルは超電磁誘導砲レールガンらしく二枚のレールが縦に並んでいる近代的なデザイン。


 その特大サイズの銃を股に挟む形でマウントし、すぐ様スコープを覗く。

 そして叫ぶ。


「ルンルッ!

 向こうが何話しているか逐一教えてっ!」


【わかったわっ!

 “何だ……今の光……”

 “センターハウスの二階からだぞ”

 “誰も居ないはずだ”

 “お前ら、ニ、三人ちょっと見てこい”

 ですってっ】


「うん、見える……

 竜と一緒にこっちに向かって走って来ようとしてる……

 今なら八~十人ぐらい巻き込めるっ!

 ルンルッッ!

 撃つわよッッ!」


 スコープ内。

 テレスコピックサイトを着弾点に合わせる。



 発射



 グッ


 トリガーを引く蓮。



 ドキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッッッッッ!!



 二階が鮮烈なフラッシュ。

 眩い閃光が敵の辺りまで到達。


 ドッカァァッァァァッァァァッァァンッッッ!


 そんな光に目が眩ませる余裕も無く、銃から放たれた銃弾、いやもはや砲弾だ。

 

 着弾。


 耳をつんざくけたたましい爆発音。

 うねりながら急激に立ち昇る土煙。


 これは蓮からの宣戦布告。

 開戦の狼煙だ。


「ルンルッ!」


 素早くルンルに手を添える。

 眩い光に包まれる。


 中から現れた竜の姿のルンル。

 尻にスコープが付いている。


 ガッ


 後ろに手を回し、スコープを掴むルンル。


 ポンッ


【おふっ】


 奇声を上げるルンル。


【ヤダもう。

 こんなのアナルに突っ込んで。

 別の性癖に目覚める所だったわ】


 一息に抜いたスコープを蓮に投げ渡す。


「わっ

 何かバッチィ感じがする……

 っとそんな事言ってられないっ。

 下に降りるわよっ」


【わかったわっ】


 急いで一階に降りるルンルと蓮。


 ロッジ 一階


 着弾した様子を伺おうと前に向かう。

 ふと右側を見ると物陰に隠してある形でアサルトライフルが数丁置いてある。


「これが…………

 本物……」


 そう呟くとさっそく無力化するための細工に取りかかる。


 カチャカチャ


「これが……

 弾かしら……」


 何とかマガジンを抜き取ろうとする。


「ん~~っ……!

 ん~~っ……!

 抜けない……」


 力任せに引っ張るも抜けない。


 それはそうだ。

 引っ張ったぐらいで取れるようならとても現用するなんて無理だ。

 マガジンを外すにも手順がある。


「ん~~……

 どうやって外すのかしら……」


 とりあえず銃身を眺めてみる。


「これかしら……?」


 マガジンの上辺りに突起がある。

 ボタンっぽい。

 押してみる。


 グッ


 ガシャッ


 その突起を押しながらマガジンを抜くと簡単に抜けた。


「あ……

 抜けた……

 成程こうやって抜くのね」


 同じ要領で全てのマガジンを抜く。


「これ……

 どうしようかしら……」


 とりあえず山の様なマガジンを抱えて移動。

 ウカウカしていると向こうも行動を起こす。

 時間もかけていられない。


 同一階 レストラン ケルン


「とりあえず……

 ここでいいかしら……」


 ドサドサ


 厨房のゴミ箱に全て入れる。

 生ゴミに塗れるマガジン。


「よしっ……

 あっそうだ」


 ガチャ


 備え付けてある冷蔵庫を開ける。

 中には業務用サイズのマヨネーズ、ソース、ケチャップがある。

 手に取り、脇に抱える。


「これと……」


 あと毎度お馴染み黄色いボトルのカラシ。

 これらを持ってアサルトライフルの所まで戻って来る。


【アンタ……

 その調味料どーすんのよ】


「ん?

 あぁ……

 弾抜いただけだと安心できないから……」


 ブブブブブブブブブ


 力いっぱい握り、アサルトライフルにマヨネーズをまき散らす。

 見る見るうちに黄みがかった白に染められていく。

 全て出し尽くし、空になるマヨネーズ。


 ポイ


 空容器を投げ捨てる。


【蓮……

 アンタ…………】


「ルンル、何……?

 さ……

 次……」


 続いてはソース。

 これもすぐに空になる。


 ポイ


 ラストはケチャップとカラシ。


 ニュニュニュニュニュ


 瞬く間にあらゆる色が入り混じるグラデーション色に彩られたアサルトライフルが出来上がる。

 見た目は最悪でとても持って撃とうとは思えない。


「フゥッ…………

 これで良しっと」


 何かやり切った晴れやかな顔を見せる蓮。


【あ~あ…………

 またすんごい色になっちゃってマァ……

 オンナって怖いワァ……】


「そお?

 だって私、銃の事なんてわかんないもん」


 物凄い色と粘液でヌタヌタになった銃器を凝視する。

 すると後ろから……


(オイ)


 声がかかる。


 ドキンッッ!


 突然の背後からの声。

 蓮とルンルの心臓が高鳴る。


 内壁を強く叩かれた感触。

 しんと静まり返った空間。


 聞こえる声は蓮とルンルのみ。

 そんな中に突然聞こえた別の声。


【キャーーーーーーッ!】


 バチィッッ……

 バリバリィッ…………


 ピカッッッ!


 ドドンッッッ!


 バリィィィッッッ!


(アアアアァァアアァァアアッッッッッ!)


 即行動に移したのはルンルだった。

 本当に驚いたのだろう。


 ルンルが振り向くよりも早く発声点に稲妻が落ちる。

 通電時の衝撃で叫び声が響く。


「だっ……

 誰……?」


 蓮が振り向くと、黒焦げになっている自衛官人物と竜が痙攣して倒れている。


【ままっ……!

 ……全くモウ……

 突然後ろから声かけんじゃないわよっっ!】


「ちょっとルンル……

 アンタ……

 結構力込めて雷落としたでしょ……

 耳がキンキンしてるわ……」


【ショーが無いじゃない。

 そんな突然後ろから声かけるなんて無作法モノにはお仕置きよっ!

 フンッ!】


 ■ルンルの雷


 ルンルは縦だろうと横だろうと任意の場所に稲妻を落とす事が出来る。

 縦に落とす場合は標的上空に魔力により圧縮雷雲を生成し、放電。

 横の場合は目標とルンル間に魔力で強制的に高電位差を生じさせ、放電する。

 そのエネルギーは電力換算で平均千GW。

 地球上の雷より少し強いぐらい。


 ルンルのエネルギーは全て体内の蓄電器官から使用するが、その蓄電量は八十ペタワットという途轍もないエネルギー量。

 それとは別に魔力もエネルギー源として使用可能なためルンルのポテンシャルが如何程のものか改めて実感できるであろう。


 プスプスと煙を上げ、倒れている竜と自衛官は放って置いて直ぐ行動に移す。


「ルンルッッ!

 あいつら何話してるッッ!?」


【待ってね……

 “今の光は何だ……?”

 “ヤマキ二曹大丈夫ですかね……デンデン隊長”

 “ッキャロウォォッッ!

 ……センターハウスに入ってからのあの光ィィ……

 ヤマキ二曹は水系のスキルだった……

 となるともうやられてんだよォォッッ!”

 “どうするんスカ……隊長……”

 “…………退避する……”

 “…………了解”

 だって】


 蓮は物陰から先のスナイパースコープを取り出し敵の動きを確認。

 スコープの先に森へ退避している自衛隊員が見える。

 瞬く間に森に入り、姿が見えなくなる。


「ありがと……

 ルンル。

 あいつら森の中に逃げて行ったみたい……

 どうしよう?」


【どうしようって言ったってネェ……

 森に引っ込んだンなら放って置いても良いかも知れないけど……

 アイツラあのTVで踏ん反り返ってたチョイ悪オヤジの仲間でしょ?

 ホトボリ冷めたらまた出てくんじゃないの?】


「じゃあ……

 やっぱり倒しに行かないと駄目か…………」


 この段階で蓮は気づいてなかった。

 さっきと状況が一変している事に。


 先の戦闘で蓮が優勢だったのは超電磁誘導砲レールガンによる奇襲と相手の一瞬の躊躇で勝ちを拾えただけである。

 且つアリジゴクの様に相手を誘い込んで迎え撃つ形だったからだ。


 が、次はこうはいかない。

 蓮が相手が潜んでいる所に乗り込む形になる。


 先の戦いが上手く行ったため蓮の中にも慢心があった。



 “何だ。自衛官って言っても大した事ないじゃない”



 あとでその慢心を酷く後悔する事になる。

 センターハウスから外に出て森に逃げた小隊を追う蓮とルンル。



 Fuji Forest Force前 森林



「この中に入って行ったのよねルンル……」


【そうよん。

 この中ねん】


「中から声は聞こえる?」


 そう聞かれたルンルは首を横に振る。


【全く聞こえないわん】


「息を潜めているのかも」


 まず敵を確認しないと。

 そう思った蓮は森に侵入。


 中は外界の光は差し込まず、暗い。

 しんと静まりかえる。

 音は微かに聞こえる蓮とルンルの足音のみ。


「ルンル……

 何か聞こえる……?」


【何も聞こえないわ…………

 でも…………

 何か居るって言うのは解るわ…………

 蓮……

 気をつけなさい……】


「うん……

 わかっ……」


 ガクン


 返事の途中で蓮の身体がつんのめる。


「キャアッッ!」


 ドサァッ


 突然の事に叫び声をあげ、思い切り転ぶ蓮。

 何かに引っかかった様だ。


(かかったっっ!)


 脇の闇から声。

 潜んでいた陸竜大隊員が背中から襲い掛かる。


 こんな近くに居たのか。

 ルンルの耳でも拾えない程、音を殺し隠れていたのだ。


 暗い中、ようやく蓮の姿を視認できた大隊員が動揺する。


(な……

 少女……?)


「エ……

 電通銀鎖エレクトロ・シルバー・ウェブッッッ!」


 ■電通銀鎖エレクトロ・シルバー・ウェブ


 蓮のスキル。

 射出器から重りをつけた銀製の鎖を射出。

 鎖を絡めさせ、電流を流し標的を感電させる。

 先端の重りは操作可能。

 以前は少し曲げるぐらいしか出来なかったが、現在はレベルアップし精度が増している。


 うつ伏せの状態で持っていた射出器から銀鎖射出。

 勢いよく外側に飛び出す重り。


 カクン


 軌跡が直角に曲がり、上昇。


 カクン


 更に直角に曲がる。

 そのまま真っすぐ目的地に。

 狙いは背中に乗っている大隊員の首筋。


 バリリリリリィッッ!


 通電音を背中で聞く蓮。

 拘束していた力が抜けた。


「エイッ」


 グラァッ


 力を入れて起き上がる。

 感電により神経を支配され、放心状態の大隊員はグラつき倒れる。

 すぐさま蓮が叫ぶ。


「ルンルッッ!」


【ハァイ】


 ドドンッッ!


 ルンルの返事と同時に落雷が二閃。

 一つは倒れている大隊員に。

 もう一つは少し離れた所の竜へ。


 人間と竜とできちんと威力はコントロールしているルンル。

 人間の方はセーブし、竜には遠慮無用。


 おおよそ数十倍の電圧の雷を喰らわせる。

 この落雷は並の竜の魔力壁シールドなど簡単に破ってしまう。


 ボッッ!


 竜の居た辺りで火災発生。

 高電圧の電熱により発火したのだ。

 炎の明かりで照らされ、辺りが明るくなる。


「急に転んだけど……

 何に引っかかったのかしら……?」


 少し先で火災が発生していても全く動揺せず状況確認をする蓮。

 これは蓮の肝が比較的座っていると言う部分もあるが、大きいのはルンルの落雷による発火は経験済みと言う点。

 だから蓮にとって落雷による発火は明るくなったぐらいでしかない。


 蓮が足元を見ると、束ねた草同士が結ばれてアーチ型になっている。

 それが進行方向に無数。


 いわゆるサバイバルトラップと言うやつ。

 おそらく陸竜大隊員が仕掛けた物だろう。


 黒焦げになって横たわる大隊員の装備に少し違和感を持つ蓮。

 大隊員は背中にアサルトライフルを背負っている。


 おかしい。

 銃はさっき自身でマヨネーズ塗れにしたのに。


「銃って二丁も持って行くものなのかしら……?」


 蓮はとりあえず銃を取り外そうと恐る恐る手に持ってみる。


 軽い。

 銃ってもっと重たいイメージだったけど。

 と、ここでも違和感。


 ボトッ

 ボトッ


 銃から何か落ちてきた。


「わっ……

 何これっ」


 落ちてきたを確認。

 何か小さな粒がたくさん癒着している塊。


 パラパラ


 続いてパラパラ蛍光色の豆粒が落ちてくる。

 そもそもなぜ落ちて来るのか?


 それはマガジンの底が溶けて穴が開いていたからだ。

 蓮の頭の中に……


 ???


 が浮かぶ。


 重さ、中に入っていた豆粒、何でプラスチックなの?

 等。


 蓮はサバゲーを知らない。

 エアガンは辛うじてニュースで小耳に挟んだ程度。

 電動ガンに関しては全く知らない。


 ■電動ガン


 内臓バッテリーによりBB弾を撃ち出す新しいタイプのエアガン。

 単発式のエアーガンから液化ガスの圧で撃ち出すガスガンとなり、電動ガンに至る。

 現在のサバゲーの主流である。


【これってBB弾じゃない?】


 ルンルの一言に蓮は絶句する。


「え…………

 何……?

 こいつら鉄砲ごっこしてたって事……?」


 蓮の心の奥の奥で怒りの炎がプスプスと燃え始める。


【多分そうじゃない?

 にしてもこいつらヒマねえ。

 良い大人がおもちゃの鉄砲、振り回して喜んでるなんて】


 ボッッッッ!


 蓮の心、着火。

 このルンルの回答に蓮がキレた。


 心を激しく燃やす程の怒り。

 すぐさまルンルの背中に乗り、蓮が叫ぶ。


「ルンルゥゥゥッッ!

 この辺り一帯全力で雷落としまくってェェェェッッッ!」


【わっ。

 アンタ急に乗って何キレてんのよ】


 ユラァッ


「こっちがどんだけ……

 どんだけ……

 怖かったと……

 撃たれるんじゃないかとか……

 死ぬんじゃないかとか…………

 それを…………

 鉄砲ごっこで遊んでたですってぇぇぇぇぇ……」


 蓮は叫んだ。

 辺り一帯に全力で雷を落とせと。


 ルンルが全力で雷を落とす。

 それはこの森林を超えて広い範囲を電熱により焼け野原に変えると言う事だ。


 一言で言うなら惨事。

 自然保護団体などが見たら怒り狂いそうな景色。

 それを十四歳の少女が作り出そうとしている。


 だが蓮はそんな事に意識を割くほどの余裕が無い。

 それほど蓮は怒っていたのだ。


 どれだけ自分が怖かったか。

 頼れるのはルンルだけ。


 死の恐怖に動悸も激しくなった。

 自分の折れそうな心と戦っている間その恐怖の対象はのん気に鉄砲ごっこ。


 そして怒りながら先の会話の内容を思い出していた。

 気になるワード“Fuji Forest Force”。


 おそらくこれは鉄砲ごっこをしていい場所の事だろう。

 怒りのせいか蓮の思考もいつもより三割増しで鋭い。


【ケドいいの?

 アタシが全力で落としたらこの辺り、かなりスッキリしちゃうわよ】


「いい……」


 蓮は本気だった。


「こんな……

 こんな……

 ムカつく場所……」


 焼け野原になろうと知った事か。


「こんなムカつく場所私が消してやるわ」


 ###


「はい、今日はここまで…………

 ん?

 たつ?」


 またたつが絶句している。

 その様子に既視感デジャヴを感じる。


「パパ…………

 蓮って……

 怖いね……」


「何を今更……

 蓮が怒ると怖いのは昔からだって」


「そうだけど……」


 何やらテンションが低い。

 最近たつをサゲさせてばかりだなあ。


「さあさあ。

 今日はもう遅いから……

 おやすみなさい」

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