第百二十三話 ヤバヤバのヤバじゃん

「やあ。こんばんは。

 今日も始めて……

 あれ?

 たつ?」


「…………怖い」


 たつはまだ昨日のカズさんを引き摺ってるようだった。

 いかん。

 こりゃ早く話さないと。


「……たつ、今日の最初の部分をまず聞いて欲しい……

 どうだろう?」


「…………うん……」


「じゃあ始めるよ……」


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 ガォォォンッッ!


 しんと静まり返った広葉樹林に響く銃声。


「か……

 は……」


 途切れ途切れの呻き声を放つ呂比須ロペス

 両眼から涙を流し、口を大きく開けて痙攣している。

 完全に気を失った。


 そして地面には弾痕が煙を上げている。

 呂比須ロペスの頭上ギリギリの位置。


「バーカ…………

 殺すわけ無いだろ……

 僕は警察官……

 お前ら犯罪者を捕まえるのが仕事だよ……」


【おぉーいっ!

 カズやーーっ】


 ピュウ


 ドックが降りてきた。

 側まで寄って来る。


「あぁ、ドック。

 こっちは片付いたよ」


【うおっ!

 カズッ!

 何じゃあっ!

 その傷はっっ!】


 ドックがカズの傷跡を見て騒ぎ出す。


「まあ…………

 それなりに苦労したって事さ……

 それよりも呂比須ロペスの竜はどうなった?」


【あぁ…………

 それがじゃな……?】


 ダダッ!


 そんな話をしているとフィーヴが急斜面を駆け降りてきた。


【ぬう…………

 敗けたか呂比須ロペス……】


【おっ?

 来おったかフィーヴ】


【気を失っているか…………

 ならば俺はここで待つとしようっ】


【カズや…………

 すまん……

 説得しようと頑張ったんじゃが……

 いかんせんこいつは強情でのう……】


「失敗しちゃったの?」


【面目ない……】


 ションボリとするドック。


「君はどうするの?

 僕なら竜儀式破棄の手続きも出来るけど」


【申し出は有難いが遠慮しておこう…………

 俺のマスター呂比須ロペス…………

 こやつが罪を購うと言うのならっ!

 俺はついていこうっ!

 共に黄泉比良坂よもつひらさかを突き進む所存っ!

 ムフーッ!】


 カズは考える。

 黄泉比良坂よもつひらさかは日本の神話で竜は関係無いのにな。

 要するにこの竜は軽い厨二病なんだろう。


 黄泉比良坂よもつひらさか……

 何てカッコいい言葉なんだ……


「プッッ!」


 頭の中でこの言葉に初めて触れた時のフィーヴを想像して少し噴き出してしまうカズ。


【ん?

 何がおかしい?

 何かヘンな事を言ったか?】


「……いや……

 ゴメン……

 君達良いコンビだなって思ってね……

 じゃあ悪いけど……

 呂比須ロペスには手錠をかけて樹に縛らせてもらうよ……

 あとフィーヴ……

 いいかい?

 これは僕は勝者としての権利を施行しているだけだっ!

 呂比須ロペスとそれに付き従う君は敗者として甘んじて享受しないといけないよ」


【オオ……

 シコウ……

 アマンジテキョウジュ……

 カッコいい……】


 流石厨二病。

 敢えてカズは少し難し目の言葉を使った。

 少し足りないかなと思ったが上手くノッてくれた様だ。


「だからこの騒動が終わるまでこの手錠とロープは解いちゃいけないよ。

 これは贖罪のミソギなんだ」


 もはやカズも何を言ってるかよく判らなくなっていた。

 贖罪も禊も両方とも“罪を償う”的な意味が含まれている。


【オオ……

 ショクザイ……

 ミソギ……

 了解したっ!

 このフィーヴッ!

 この輪っかと縄を解かないと誓おうっっ!】


 効果は上々だったようだ。


「じゃあ……

 少し時間がかかるかも知れないけどここで待っててよ……」


【ウムッ!】


 正親町一人おおぎまちかずんとVS呂比須ロペス・トーマス 終了

 勝者:正親町一人おおぎまちかずんと

 決まり手:盛者必衰の理を顕すインビシブル・ハンドカフス


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 時は数時間前に遡る。



 特殊交通警ら隊 拠点テント



「ほんじゃあ、ワイもそろそろ行くわ」


「うん。

 げんとベノムも気をつけてね」


「おう。

 ホラァッ!

 行くぞベノムッ!

 何ィ!?

 ししゃもが食べたいィッ!?

 んなもんっこんなトコにあるかいっ!

 あぁっ!?

 お風呂入りたいィッ!?

 オノレがんなモン入っとるトコなんか見た事無いわいっ!

 行きたないからゆうてしょーもない言い訳すなっ!」


 よく言ってる事が判るなあ。

 ってベノムししゃも好きなんだ。

 初めて知った。


 そんなベノムを引き摺ってげんはテントを後にする。


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 ダダッ!


 げんはベノムに跨り、本栖湖の方に向かっていた。

 拠点から目的地まで二キロ。


「よし、ちょっと止まれベノム」


 ギャギャッ


 ベノムがブレーキをかける。


「ん?

 あぁ竜司に連絡して敵がどんな感じでおるか聞こう思てな」


 げんはスマホを取り出し、竜司に電話をかける。


「あ、もしもし、竜司か?

 今敵んとこ向かっとんのやけど、どんな感じにおるか教えてくれへんか?」


「うん……

 ちょっと待ってね……

 えっと……

 位置的には変わってないよ。

 何か建物の近く……

 開けてる所……

 多分駐車場かな?

 そこに四……

 いや五人、竜河岸がいる。

 それで離れた桟橋みたいな所に裏辻湯女うらつじゆながいる……

 ってか大丈夫なの……?

 げん……。

 相手は陸上自衛隊だよ……

 それが六人も……」


「まあこっちが先に見つけれたら何とかなるやろ」


「なら今いる所……

 交差点だよね。

 左に曲がると大きい道があると思う」


「おう。

 看板も本栖湖は左って書いてあるわ」


「そこの道を進んで二つ目の左側の道…………

 そこを曲がって進んだら固まってる竜河岸達の上に出れるよ」


「おう悪いな。

 ほんじゃあ行くわ」


 プツッ


 携帯をしまい、交差点を左に曲がる。

 また駆け出す。

 すぐに一つ目の左折路。


「確か……

 二つ目の道やゆうてたなあ……

 にしてもやっぱベノムは速いのう」


 竜の走行速度は個体差によって大きく変わる。


 ガレア、マッハ等はスピード型。

 ゆっくり走行したとしても八十キロは超える。


 ベノムは面倒くさがりではあるが竜の中でも走行速度は普通型。

 巡航速度は四十キロ~五十キロ。

 ちょっとした自動車並みの速度は出る。


「おっ……

 二つ目の道……

 ここか……

 ここを左に曲がれ」


 ベノムが左に曲がる。


「よしっ!

 ベノムっ!

 そろそろ止まれっ!」


 キキィッ


 ベノム急ブレーキ。

 のそりと首を背中に乗ってるげんに向ける。


【…………こんなトコでいいの?】


 ベノムの話し声を久々に聞いたげん

 このベノムと言う竜。


 確かに面倒臭がりではあるがそれは取っ掛かりのみである。

 一度動かせば終わるまで割と素直に言う事を聞く。

 だから久々に話しかけられても不思議ではない。


「おう。

 こっからは慎重に行かな……

 ワイは竜司みたいに遠くの事は判らんからな」


 げんとベノムは歩いて戦場まで行く事に。

 しばらく歩いているとふいにげんが声をかける。


「そろそろええか……

 ベノムちょうこっち来い」


 ベノムが無言で側に寄る。

 ベノムの右肩に手を添える。

 これは魔力補給の所作。


 ドクンドクンドクン


 げんの心臓が三度高鳴る。


「んで…………

 保持レテンションッッ!」


 げんの頭の中には巨大な手が三つの魔力球をギュッと握るイメージ。

 これがげんの描いた保持レテンションのイメージである。


「で…………

 集中フォーカスッ!」


 げんが集中した先は眼と耳。

 げんは既に二点同時集中フォーカスを可能としている。


 これは類まれなる戦闘センスと四六時中ケンカの事ばかり考えている為である。

 げんは両手の人差し指と親指で輪っかを作り、その穴から遠くを見る。

 直感的にこうした方がよく見える気がしたからだ。


「おーおー…………

 よう見えるわい……

 ほうほう……

 おったおった…………

 五人か…………

 三人固まって……

 んでちょい離れた所に二人か…………

 んで何を話しとんのや……」


 続いて耳を傾ける。

 まずは三人固まってる方


(…………もまあ、俺達裏辻うらつじ三尉の所で良かったよなあ。

 楽でよ)


(違いねえ。

 あのひと、面倒臭がって命令とかも出さねえし。

 電田でんだ三尉は熱血だから暑苦しいしよ。

 呂比須ろぺす一尉は厨二病だからいちいち言動に反応しないと拗ねるしなあ)


(でも絶対三条さんじょう三佐の所だけは嫌だなあ……

 また何人か死んだって話だぜ……

 くわばらくわばら)


(あれ…………

 公式には病死ってなってるらしいけど、あれって三佐の実験の犠牲者って話だぜ…………)


「フン……

 なるほどのう」


 続いて二人固まってる方。


(あいつら……

 緩みきりおって……

 三尉が命令しないからと言って我々が規律を乱してどうするっ)


(曹長……

 貴方はキチンとしていますね……)


(トクイ三曹……

 君ぐらいだよ……

 我々の小隊でワシについて来てくれるのは……

 ハァ……

 敵はいつ来るかもわからん……

 警戒を怠るなっ)


(はっ)


「フムフム……

 ようわかったわ」


 げんは考える。


 まず今から相手にしようとしている隊はまとまりがない。

 げんが一番恐れていたのは小隊がまとまって襲いかかって来る事だ。


 一VS多の場合、相手に連携を取られると厄介だ。

 しかも相手は陸自の自衛官。

 統率を取られるとやられる可能性も出て来る。


 が、その点については安心した。

 少なくとも規律に準じているのは曹長の居る二人のみ。

 他の三人はあまりやる気が無い様だ。


「さて……

 どうしよかな?」


 げんはとりあえず道路を挟んだ対面の群生林を目指す。


 ガサガサ


 げんは探していた。

 こちらから目視出来て、尚且つ隠れやすい場所。

 案外早く場所は見つかる。


 雑木林


「ベノム。

 ワレ、この辺りやと判りにくいのう」


 茂った木々の影に入ると、ベノムの灰色の身体は保護色になり、かなり判りにくくなる。


「いくら迷彩やゆうても動いたらバレるからな。

 動くなよ……

 さてさて……」


 樹の影から先程と同じ様に指で輪っかを作り、その穴から覗く。


 覗きながらげんは考えていた。

 まず叩くなら二人組の方。


 だが流石きちんとしている二人。

 共に背後を護りながら警戒を怠らない。


「こりゃ…………

 長期戦やなあ」


 ゴソゴソ


 樹の根元にもたれ座り、少し空を見上げるげん

 不意にベノムの方を向いた。


「ベノムー、ちょっと待機や」


 ヤレヤレと言わんばかりに地べたに寝転がるベノム。


 ザザァァ……


 ザァ……


 名も知らない大木の葉が風に揺られている。

 心地よい涼風。

 木々の間から射す木漏れ日。


 傾いた太陽の光がほんのり夕映え前の橙色を携えている。

 ゆっくりとした時の流れ。


(曹長、トイレに行ってきます)


「ん…………

 来たか……」


 だがげんは油断してはいなかった。

 耳に魔力を集中フォーカスし、スキを伺っていたのだ。


 そして千載一遇のチャンス。

 ガバッと起き上がったげん

 指の輪っかから覗く。


 穴の遠い先にはトクイ三曹とか言われていた男が曹長から離れ、一人建物の裏手に回っている。

 おそらく裏手にトイレがあるのだろう。

 いそいそとトイレに入って行く様が見える。


「おいベノム。

 ちょおここで待っとれ……」


 ドクンドクン


 ベノムの肩甲骨辺りに手を添え、魔力補給。

 保持レテンション完了。

 続いては脚に集中フォーカス


「さあ…………

 行く…………

 かっっっ!」


 ヒュッッッ!


 げんの姿が消える。

 一陣の疾風。


 風となったげんの身体は一秒強で建物の裏手まで到着。

 二百メートル強離れている距離を一瞬である。


 タッ


 げん、急制動。

 この距離を一瞬で駆け抜けただけでなく、音も地面に足が接触した微かな音だけだ。


「んで…………

 よっと」


 大地を蹴るげん

 ひらりと舞い上がる。


 スタッ


 建物の天井に着地。

 二メートルはある高さを一っ跳びだ。


 竜司も三則使用時の魔力注入インジェクトなら軽く二十メートルは跳んでいた。

 同じく三則を既に学んでいるげん魔力注入インジェクトならば造作も無い高さなのだろう。


 天井に登ったげんは機会を伺う。

 既に奇襲準備は出来ている。

 少量の魔力を右下腕部と拳に集中フォーカス


 ガチャ


(フー……)


 大隊員がトイレから出てきた。

 その姿は上から丸見えだ。

 すぐさま行動に移すげん


 ヒュッ


 天井から飛び降りる。

 着地点は大隊員の真後ろ。


 スタッ


 音も無く着地。


(ん?)


 気配に気づいたのか大隊員が振り向く。


 カツンッッ!


 げんが素早く大隊員の顎先を目がけ、正確にショート右フックを当てる。

 勢いよく揺れる大隊員の頭。


 脳が頭骨内壁に激突。

 シェイクされ、ピンボールの様に内壁に振動衝突を繰り返し生じさせる。


 典型的な脳震盪の症状。

 膝から崩れ落ちる大隊員。

 もう既に意識は途切れている。


 音を立てない様に崩れ落ちる大隊員の身体を支え、建物の壁にもたれさせる。


「見よう見まねでやったけど、こない上手く行くなんてなあ」


 ゴソゴソ


 げんは大隊員の懐やら装備を物色し始める。


「とりあえずこれ無かったら大丈夫やろ……」


 アサルトライフルのマガジン、ハンドガンのマガジンを全て抜き取る。


「ワイ、拳銃ハジキなんか使こうた事あらへんからなあ……

 ん?

 これは……

 これは多分手榴弾やな……

 んで……」


 二種類の円筒型のを見つける。

 表面に記載がある。


 一方はSMOKE。

 もう一方はSTAN。


「これは煙幕と閃光発音筒スタングレネードか…………

 これはもろとこか…………

 ん?

 何やコレ…………

 結束バンドか……

 コイツ捕らえる気満々やったんかい」


 そうと判れば遠慮は無用。

 建物の裏手にあった意味不明の鉄柵と大隊員の身体を結束バンドで固定する。

 捕らえる者は捕らえられる覚悟があると言う事。


 そして最後にナイフを鞘ごと拝借する。


「んで…………

 次は……」


 ギラッッ


 拝借したばかりのナイフを取り出す。

 そして力いっぱい鉄柵に刃をぶつけ、音を鳴らす。


 ガンッ!

 ガンッ!

 ガンッ!


 このげんの行動には二つ意味がある。

 一つは敢えて刃こぼれを作っている。

 これはげんの禁じ手、高周波ブレイドの準備である。


 ■高周波ブレイド


 刃に振動を伝わらせ、普通のナイフを高周波振動刃に変える。

 綺麗な刃よりも刃こぼれしている方が威力を発揮する。

 原理は振動子が細かく刃を震えさせて切断効果を向上させる。

 切れ味が凄まじい点から、簡単に命を奪ってしまう可能性があるためげん自ら禁じ手としている。


 あともう一つは音を鳴らして曹長を誘い出そうとしている。


 ガンッ!

 ガンッ!

 ガンッッ!


 ザシャッ


 足音が聞こえる。


「来たかっ」


 ヒュッッ!


 音も無く、再び跳躍するげん


 スタッ


 天井に着地。

 上から下の様子を伺っている。


 ザッッ!


 曲がり角を曲がってきた。

 最初に見えたのは銃口。


 キビキビと左右に振る。

 完全に警戒している。


(クリア…………

 ムッ…………!?)


 曹長は大隊員が気絶して拘束されているのを発見する。

 これはげんの計算の内。

 案の定曹長が駆け寄る。


 ガシャッ


 スリングを動かしアサルトライフルの銃口を下に向けた。

 おそらくセーフティもかけているだろう。

 げんはこの規律を護ろうとする曹長を信頼した。


「どっっっっ……!!

 せいィィィ!!」


 ド直上からげんが曹長の身体目掛けて飛び降りた。


(トクイ三曹ッッ!

 トクイ三曹ッッ!

 どうし…………!????)


 急に上空から八十キロ弱の重しが身体に激突した。

 しかも頭の中はトクイ三曹の安否で頭がいっぱいだったのだ。


 この曹長。

 部下想いで駐屯地でも人気の人物。

 歳も結構行っているが、愚直に愚鈍に積み重ね、今の曹長の位置にいる。


(な……

 何だぁぁぁっっ!)


 曹長は背中のげんを振り解こうと動く。

 動く。

 動く。


 しかし巧みに位置を変え曹長の重心に腰を落としたげん

 そう簡単に振り解けない。

 冷静にげんは曹長の腰をまさぐる。


「おうおう……

 物騒なモン持っとんのう。

 ハンドガンはっけ~ん……」


 ビュッッ!


 げんは遠くにハンドガンを放り投げる。


(ぬぁっ……

 モガーーッ!

 モガモガッッ!)


 大声を出されて他の三人に聞こえると厄介だ。

 げんは片手で曹長の口を押え、片手で器用に装備を剥がしにかかる。


 次はアサルトライフルだ。

 あれよあれよとスリングからライフルは取り外される。


「うおっ…………

 やっぱモノホンの銃は重たいのう……

 魔力注入インジェクト……」


 げんは両手に魔力を集中フォーカス

 思い切りぶん投げた。


 ビュンッッッ!!


 遥か遠くまで飛んで行くライフル。

 だが、この両手を使った事がスキを生む事になる。


(ぬうっっ!)


 うつ伏せの状態の曹長。

 後ろ向きのまま両手でげんの足首を思い切り掴む。


「ンギャアッッ」


 足首から走る激痛に思わず仰け反り、叫ぶげん


(うりゃぁっっ!)


 気合の入れた声と共に勢い良く立ち上がる曹長。

 げんは仰け反った体勢そのままに後ろに倒れ込む。


「うわわっ」


 ドシャァッッ!


 ゴロゴロゴロッッ!


 背中からの圧から解放された曹長は素早く前転で間合いを広げる。


 先程の曹長の反撃。

 げん程の屈強な男が足首を後ろ向きで掴まれた如きで仰け反る程の痛みを伴うだろうか?


 これには秘密がある。

 曹長は足首にある痛点のツボを的確に押したのだ。


「いったぁぁ~……

 オッサンおもろい抜け方しよるのう……」


 げんはすぐに立ち上がる。

 痛点の効果はあくまで一瞬なのだ。

 間合いを広げた曹長はゆっくり立ち上がる。


(貴様が三曹をやったのか……)


「ん?

 三曹ってその気持ち良くおねんねしとるソイツか?

 そうや。

 ワイがやった」


(貴様は…………

 何者だッッ!)


 そう言い放つと同時に構える。

 臨戦態勢。


「………………敵やっっっ!」


 ゴッッ


 げんは前へ鋭い踏み込み。

 曹長の構えは両手の甲を上に向けて腰の位置辺りで留め、少し腰を落としている。


 げんは考える。

 こんな構え見た事が無い。


 柔道?

 いや柔道なら手はもう少し上だ。


 コマンドサンボ?

 いやサンボでも無い。

 サンボでももう少し手を上げる。


 曹長の様な腰辺りまで手を落として構える格闘技は知らない。

 おそらく拳を前に突き出さない所を見ると打撃系では無く投げ系のものだろう。

 ええい考えても仕方がない。


 ビュッッ!


 タッッッ!


 げんは右ストレートを放つ。

 が、曹長には当たらない。


 素早く右手首を払い、鋭く右にサイドステップ。

 曹長の動きは避けるだけでは止まらない。


 払った右手を素早く後ろに回し、げんうなじ辺りを掴む。

 そのまま手前に力強く引く。


「うおっっっ!」


 ゴロッッッ


 げんの身体が前方へ転がり倒される。


 曹長は止まらない。

 踏み込み、げんの左に。

 腰を落とし、素早く鋭く右拳を打ち降ろす。


 ガッッ!


 だが、げんも負けてはいない。

 鉄の様なブロッキングでそれを防御。


「ハッ。

 オッサン、やるのう」


 グシャァッ!


 げんは指を少し広げ、第二関節を直角に曲げた右掌を上に突き出す。

 指が曹長の眼に入りかける。


(ぬおっっ!)


 が、すんでの所で顔を後ろに引き、免れる。

 これは洪家拳の虎爪と言う技。

 達人になると指を口に引っ掛けて倒したりも出来る。


 げんは特に洪家拳を習得している訳では無い。

 ケンカ技として身につけているだけだ。


 曹長が仰け反り、バランスを崩した所をげんは見逃さない。

 素早く立ち上がり、間合いを広げる。

 不敵な笑みを浮かべ曹長を見るげん


「オッサンの使こうとる格闘技何やわからんけど、やるのう。

 ほんでな、戦い方思いついたから受けて見てくれへんか?」


 曹長は無言で先程の構え。

 腰を少し落とし、手の甲を上に向けて腰の辺りで留めている。


 ザッ


 ゆっくりげんは歩き出す。

 特にこの動作は魔力注入インジェクトを使用していない。

 ただ普通にゆっくり歩いて行っているだけだ。


「その格闘技なぁ…………

 何や知らんけど受け身の技っぽいからなあ……

 こんな風に近づかれたらどうすんのやろなぁ~~……」


 ザッザッ


 ズカズカと曹長に歩み寄るげん

 射程距離に入る。


(CQCを……

 舐めるなっ)


 曹長から手を出す。

 右掌底。

 真っすぐ最短ルートでげんの顎に向かう。


 ガッッ!


「ヘッ」


 顎に当たる寸前に素早く曹長の右手首を掴む。

 思ってる以上に素早かったげんの動きに焦る。

 これはどこを狙うか解っていないとできない動き。


(ぬぅっ!?

 はなせぇっ!)


 身を捩るがガッチリ掴んだげんの手は解けない。


「無駄や無駄。

 握力には自信あんねや。

 挑発にのった段階でオノレの敗けや。

 CQC…………

 ゆうたか……

 アレか?

 確か軍隊とかで使われてる近接格闘術」


 ■CQC


 Close Quarters Combatの略。

 自衛隊で習得できる近接格闘術。

 主に個々の兵士が敵と接触、もしくは接触寸前の極めて近い距離に接近した状況を想定する。

 厳密にはCQCと言う言葉は近接格闘の意味でそれ自体が格闘術の意味を持つわけではない。

 あくまで概念の言葉。


(ぬぅっ…………

 うぬぬっ!)


 どうにか振り解こうと身体を捩るがそれは敵わず。


「無駄やゆうとるやろが。

 最初は何の格闘技か解らんかったけどな。

 自衛隊で教えとるんやったらほぼ間違いなく人中線辺り狙ろてくる思っとったわ。

 どっっっ!

 せいっっっ!」


(うわぁっ!)


 げんは曹長の右手を強く引き、バランスを崩した所を腰に載せ、思い切り地面へ投げ飛ばす。


(ぐああっっ)


 背中を痛打した曹長は呻き声を上げる。

 まだまだげんの攻撃は止まない。


 ドスゥン!


(ぐあぁっ)


 曹長の腹に思い切り腰を下ろすげん

 再び曹長の呻き声。

 マウントを取られてしまう。


「オラァッ!」


 げんが思い切り曹長の顔を殴る。

 殴る。

 殴る。


 だが、曹長も両腕でブロッキングの体勢。

 かろうじてクリーンヒットは免れている。


 だがそんな事はげんには関係ない。

 ブロッキングだろうが何だろうが殴る。

 殴る。

 殴る。


 次第に曹長の両腕が痺れてきた。

 少しブロッキングが甘くなり両腕の間に隙間が出来る。

 そこをげんは見逃さなかった。


「ドリャァァァッッ!」


 ズンッ!


 元の大きな右拳がブロッキングの間を通り、曹長の胸にクリーンヒット。


(カハッッッ……)


 一瞬呼吸困難に陥る。

 曹長は力を振り絞り渾身のブリッジ。


「うおっ」


 げんは前に吹き飛ばされる。


 ゴロリ


 だが、上手く手をついて前転し、体勢を整えるげん

 何やら曹長の様子がおかしい。

 その様子を見て薄笑いを浮かべるげん


(カハッ……

 オェェェッッ……

 な……

 何だっ……

 これ……

 はっっ……!?)


 頭を垂れて口から唾液が滴り落ちる。

 今、曹長の身体の中は衝撃が波紋となって駆け巡っている。


 まるで体内に銅鑼を埋め込まれ、鳴らした様。

 これはげんのスキル“震拳ウェイブ”の効果である。


「へっ……

 ワイのゲンコ拳骨は二の打ちいらずゆうてなあ。

 今身体ん中衝撃が駆け巡ってるからごっつ気持ち悪いやろ?

 これがワイのスキル“震拳ウェイブ”や……

 さて、そろそろ拘束させてもらおかい」


 げんが曹長に近づく。

 ここで少し事態が変化する。

 曹長の顔が青ざめだしたのだ。


(何ッ…………

 新国家……

 晨竜国しんりゅうこく……

 だと……)


 この反応にげんの動きが止まる。


「何や……?」


(総勢八十人…………

 我々陸竜大隊全員っ…………

 これは国に背いた反逆ではないかっっっ…………!

 富士山……

 噴火……

 呼炎灼こえんしゃく一佐ッッッ…………

 話が違うッッッ!)


 急激な変化ぶりにげんは戸惑う。


「お前ら…………

 新しい国作るゆうて動いてたんとちゃうんかい……」


(我々はただ…………

 正体不明の敵が富士山を噴火させようと動いていると聞いて……)


「はっなるほどのう。

 要するにお前らは担がれたって訳や。

 ワイはのう、親友の兄貴が警察でな。

 今回国作るゆうアホな事を止めに来たんや。

 んでもオッサン、何で解ったんや?」


 長い沈黙の後、重い口を開く。


(……………………

 それは…………

 私のスキル“読心エンライテンメント”で…………

 君も竜河岸だったんだな)


 ■読心エンライテンメント


 曹長のスキル。

 範囲内の人間の考えが読める。


 曹長は思春期に竜儀の式を終え、竜を使役する事になる。

 それと同時にこのスキルを習得。

 曹長はイメージ力が余り無く、スキルの制御も覚束なかった。


 そのせいか感情が昂らないと発動しない。

 しかもちょっとした事で感情が昂ると、ガンガン雪崩れ込んでくる人間の思考。


 ほとんどが悪意に満ちており、辿り着いた先は人間不信。

 不登校になり引き籠る事になる。


 年月は流れ、ふとした事で自衛隊の募集を見かけ、流される様に入隊。

 曹長は自分のスキルが大嫌いでスキルの範囲もどんどん短くなり、今は一メートル弱の距離でしか発動しない。

 だが、曹長はこれで良かったと思っている。


 ドスン


 げんは曹長の側に座る。

 もう戦う気はない。

 曹長の戦意を感じられなくなったから。


「なあオッサン……

 まだワイとやるんか?」


 答えは八割解っていたが、とりあえず聞いてみたげん


(いや…………

 私は抜ける…………

 この戦いからも降りる……)


「そうか……

 それならええわ……

 にしてもオッサンのスキル凄いのう。

 ワイの考えダダ洩れやろ?」


(そんなに良いものでは無い……

 範囲は狭いし、感情が昂らないと発動しない……。

 私は自分のスキルが大嫌いだ……

 このスキルのせいで私の人生は滅茶苦茶になった……)


「オッサン……

 まあ思春期の多感な時期に考え読めるスキルなんて持ったら…………

 どうなるかはわかるけどな…………

 でもなスキルも含めて自分やで?

 自分を好きになってくれるのはまず自分やろっ?」


 げんが白い歯を見せてニカッと笑う。


(フフ…………

 君は強いな……)


 そんなげんに微笑を見せる曹長。


「おうっ!

 こっちもなっっ!」


 パンッ!


 げんは右手でフックのポーズを取りながら、片手で二の腕を勢いよく叩く。


(フッ…………

 勿論だよ…………

 これから君はどうするんだ?) 


「勿論ワイが頼まれた仕事をこなすわい。

 親友の兄ちゃんの頼みやし。

 まあ目的はそれだけや無いけどなっ」


(そうか……

 じゃあ私はトクイ三曹を連れてここから立ち去る……

 加勢は出来ないが頑張ってくれ)


 残りの三人は連れて行かないのか?

 おそらく先の会話から残りの三人に関してはソリが合わないのだろう。

 助けてやる義理までは感じない距離と言う事だ。


「ナイフ貸してくれや」


 曹長はナイフを渡す。


 プツッ


 トクイ三曹を拘束している結束バンドを切る。


「オッサン、離れるんやったら竜連れてさっさと行きや。

 ワイこの辺りガンガン使うつもりやから」


 げんはライダースのポケットから煙幕と閃光発音筒スタングレネードを見せる。


(驚いた……

 君は抜け目のない男だな……

 わかった……

 三曹と一緒にすぐこの場から離れよう)


「ほいじゃワイは自分の竜んとこ戻るわ。

 オッサン、達者でやれや」


(おう、君もな)


 雑木林


「おうベノム帰ったで……

 ん?

 どうやったかって?

 そらワイが勝ったわい。

 んで、ちょっと人が離れるのを待ってから行く。

 今度はベノムも一緒やで」


【…………わかった】


 ベノム、ポツリと一言。


 数分後


 げんは先程と同じ様に両手の輪から覗く。


「そういや……

 竜見かけてへんねんなあ……

 どこにおんねやろ?」


 げんは覗いた状態で首をゆっくり左右に振る。


「ん…………?

 オッサンあんな所におるわ。

 竜もいっぱい固まっとるのう」


 覗いた穴の先には湖岸で水浴びしている竜の群れが見える。

 しばらく見ていると曹長とトクイ三曹が竜に跨る所が見える。

 すぐに離れる気だ。


「よし……

 ベノム行くで……

 あの建物の裏手まで行けや」


 ダッッ!


 ベノムに跨り、げん発進。


 ダッ


 直ぐに裏手に到着。

 建物の影から両手の輪っかの穴で覗く。


「ん~~…………

 どうしよかな?

 竜が邪魔してくると厄介やしなあ…………

 いくらワイでも一気に六人はしんどいなあ……」


 首を左右に動かしながら唸るげん


「……ってかあいつら、曹長らいなくなっとんのにまだ喋っとるわ……

 ベノム…………

 ワレ、ガレアの魔力閃光アステショットみたいなん出せへんのかい」


 げんがそう尋ねると無言で口を開けるベノム。


 キィィィウン


 魔力を溜め始めた。


「ちょぉっ!

 おまっ!

 あっちやあっちっっ!」


 げんは慌てて水浴びをしている竜の群れを指差す。

 のそりとベノムの首が動き、竜の群れに向く。


 カッッッ


 建物の裏手から閃光。

 極太の魔力の光がベノムの口から射出。

 と、げんが認識できた刹那。


 ドッッッカァァァァァァン!


(何だぁぁっっ!!?)


 事態の急変に残り三人も騒ぎ出した。


「びっ……

 ビックリしたぁぁ……

 何や……

 出来るんやないかい」


 残り三人が竜の方に走り出す様子が見える。


「ほな……

 行こか」


 げんがダッシュ。

 が、これは特に速さが必要という訳では無いので魔力は未使用。


 ダッダッダッ


 魔力未使用と言っても元の巨体から繰り出されるストライドは大きく、遠く離れている三人にグングン近づいていく。


 手には安全ピンを抜いた発煙手榴弾スモークグレネード

 射程距離に入った。


 ブン


 走りながら発煙手榴弾スモークグレネードを投擲。

 三人の位置はもう記憶済。


(うおおっ!?)


 瞬時に煙が辺りを包み、視界不良になる。

 三人は畳みかける様に次々起きる事態の急変に対処出来ず戸惑う。


(グオッッ!)


(ガァァッッ!)


(ゴヘェェッッ!)


 三者三様の呻き声が煙の中で響く。

 やがて煙が晴れると、地面に転がってる三人の自衛官。


 その様子を見つめ、薄く笑っているげん

 そして少し離れた所に完全にのびている竜の群れとベノムの魔力光が作り出したクレーター。


 ザザザザァァァッッ


 出来たクレーターに湖の水が流れ入る音がする。


(うごぉぉぉ……

 オエエエ……)


(な……

 何だ……

 コレ……)


(ガハァァァァ…………)


 立つ事もままならない三人はげんに殴られた箇所を押さえながら藻搔き苦しんでいる。


「ヘッ……

 我ながら震拳ウェイブは恐ろしいのう……

 あと六発か……」


 ■震拳ウェイブ


 げんのスキル。

 拳を振動させ、パンチの衝撃と共に振動波を対象の身体に浸透させる。

 体内で衝撃が反響し続け、内臓器官に大ダメージを与える。

 使用制限があり、それを超えると極度の乗り物酔いに似た症状が出る。

 本来の意味合いとは違うがげんはその症状の事をブラックアウトと呼ぶ。

 以前は五発が限度だったが今は十発まで可能。



「アンタ…………

 誰?

 はぁぁぁ~~……

 だるっ」


「ん?」


 声のした方を向くげん

 そこには軍服を着た女性と乳白色の陸竜が立っていた。


 髪型は黒のピクシーカット。

 背丈は小柄。

 背伸びをしてもげんの胸辺りだろう。


 体型はお世辞にも引き締まったとは言えない。

 別に太っている訳では無いが一般女性と同じ様なフォルム。


 とても自衛官とは思えない。


 そして目。

 何か生気が感じられない。

 そしてほんのり眼が黄色い。


 げんは気づく。

 あれは黄疸だ。

 この距離からわかる黄色さに肝臓患っているのではないかと少し心配してしまう。


 人相と軍服、女性と言う点からげんは確信する。

 こいつが裏辻湯女うらつじゆなだと。


 そしてアサルトライフルを持っていない。

 そして腰辺りに目をやるとハンドガンが収納されているであろうホルスターも無い。


「何なンすか~~……

 ジロジロ見るなし……

 マジキモイんですけど……

 あーだるっ…………」


「……ねーちゃん…………

 銃どうしたんや……?」


「ん~~…………

 重いから持って来てね…………

 はぁ~~怠っ……」


 銃を持って来ていないのは好都合。

 しかしこの女、自衛官と言う仕事を何だと思っているのだろうかとげんは考える。


「そ……

 そうか……

 んで……

 ワレ、さっきからごっつ怠そうにしてるけど大丈夫なんか…………?」


「あ…………?

 私、慢性肝炎なんで~~~……

 普通慢性肝炎ってほとんどがC型かB型の肝炎ウイルスが原因って言われてるンすけど~~……

 私の場合、成因不明なンすよね~~…………

 てか不明って何?

 マジわけわからん……

 ウケる」


「いや別にウケへんやろ……」


「そっスか~~…………

 んでアンタの下に何で私の部下が転がってるンすかぁ~~~……?

 はぁ~~……」


「あ?

 んなもんワイがぶちのめしたに決まってるやろ?」


並進トランスレーション…………」


 ズズズズズッッ


 ザバァッッ


 ゴンッッ!

 ゴンッッ!

 ゴゴンッッ!


 女性の呟きと同時に湖岸にあった漬物石ぐらいの大きさの石や、湖底にあった庭石ぐらいの大きさの岩が周りに集まって来る。


「別にィ~~……

 隊長ぶるってワケじゃないンすけどぉ~~…………

 命令出すとかメンド過ぎてマジ勘弁だし……

 それでも一応小隊長として部下がやられて黙ってるのはマジ無いっしょ…………?

 つーわけで…………

 アンタ死んで」


 裏辻湯女うらつじゆながゆっくり右手をげんに向ける。


 ビュッッッ!


 基本ゆっくりな裏辻湯女うらつじゆなの動きとは真逆の猛烈なスピードに乗せて周りにあった岩がげんに襲い掛かる。


「ムッ!?」


 集中フォーカスッッ!


 げんが頭の中で念じる。

 集中先は両脚。


 ビュッッ


 ドスゥン!


 素早く迫る岩を避ける。

 が、まだまだ岩は残っている。


 ビュッッ!


 ドスンッ!


 ビュッッ!


 ドスンッッ!


 ビュッッ!


 ドスンッッ!


 げんの避ける動きに合わせてしつこく岩が襲い来る。

 ついに捕らえられた。

 眼前まで迫る巨岩。


 集中フォーカスッ!


 発動アクティベートッ!


 ヒュボッッ!


 再び魔力を拳に集中。

 頭の中はジッポに火が点くイメージ。

 迫る巨岩目掛け、右のスウィングパンチを炸裂。


 ドッコォォォンッッッ!


 粉々に砕け散る巨岩。


「へー…………

 アンタ強いねえ……

 あ~~ダルッ……

 今までの敵だと大体こんだけ岩集めたら殺れてたのに……

 あ~~ぁ……」


「へっ!

 ワイをそんじょそこらのヤツと一緒にすんなやっ!

 んで……

 ワレのスキル……

 分子運動モレキュラーモーションゆうたか……」


「アンタと初対面なのに、何でそんな事知ってんの…………?

 あ~~~……

 ダリィ……」


「ワイのツレが警察ポリでなぁ……

 んで今日も警察ポリの手伝いで来とんのや」


「チッ…………

 陸自のセキュリティどうなってんだよ…………

 マジありえねー…………

 てか最近の警察はヤンキー飼ってんの…………?

 マジウケる。

 あ~~~…………」


「別に飼われてへんわっ!

 って誰がヤンキーやねんっ!」


「んじゃー……

 アンタ、私を逮捕しに来たの…………?

 ヤンキーなのに…………?

 ウケる」


「だからヤンキーちゃうゆうてるやろ……

 んでワレのスキルは要するに念力テレキネシスやろ?

 スキル名が分子運動モレキュラーモーションやから並進運動って感じか。

 あと回転と振動もあるんやろうなあ」


「あームリムリ…………

 私基本怠い人間だから自分のスキルを発展しようなんて考えねーって…………

 あ~~~…………

 だから出来るのは並進トランスレーションだけ…………

 しんど……」


「何や一個だけかい。

 拍子抜けやな」


「まー…………

 つっても竜河岸やって長いワケで…………

 こンぐらいの事は出来るンだわ…………

 あ~~…………」


「ん?」


 微かな気配を感じたげんは振り返る。

 背後にあったものに驚愕する。

 目と鼻の先にあったのは。



 自動車。



 宙に浮いた自動車が音も無くこちらに向かって来ていた。


 ヤバい。

 これはヤバい。


 げんは脚に残っていた残留魔力を使い急回避を試みる。


 ドグァァァァァァァンッッッッ!


 並進トランスレーションの力と重力が合わさり、縦に激突する自動車。

 紙細工の様にフロントがへしゃげ、爆発を起こす。

 まさか爆発するとは思って無かったげんは間合いを見誤り、爆風に巻き込まれる。


「うおぉぉぉっっっ!」


 ドシャァァァッッッ


 地面に倒れ込むげん

 右半身を痛打。


「おー…………

 燃える燃える…………

 自動車のオーナー、激おこプンプン丸だわこりゃ…………

 まー……

 訴えるなら陸自の本部でシクヨロー…………

 あ~~めんどくさ…………」


「痛てて……

 ワレ、滅茶苦茶しよるのう…………」


「そ…………?

 竜河岸同士のケンカなんかこんなもんっしょ…………?

 つかアンタも良く解ったねぇ……

 ほぼ無音だったっしょ…………?

 何?

 アンタ心眼とか開いちゃってる系…………?

 だったらムリだわ…………

 マジムリだわ……

 も~~こーさ~~ん…………

 ダリィ…………」


 両手を上げながら頭を垂れる裏辻湯女うらつじゆな

 だがげんは見逃さなかった。

 俯く瞬間、薄く笑った裏辻湯女うらつじゆなの顔を。


 ある種の確信をもって振り向く。

 振り向いた先にはまた浮いていた。



 自動車が。



 それも一台では無い。

 次は三台。


 だが今回は仕掛けてくる確信を持っていた為、既に両脚に集中フォーカス済。


 ビュッッ


 疾風のようにバックステップ。

 間合いを広げる。


 ガァァンッッッ!


 ゴォォォンッッ!


 ガァァァンッッ!


 間髪入れず響く大きな接触音三回。

 三又の鉾の様にげんが先程いた場所に自動車が三台突き刺さる。

 三台ともフロント部分がへしゃげる。


 ドッッッッグォォォォンッッッッッ!


 と思ったらすぐに大爆発。

 大炎上。


 三台あったから爆発もその分大きい。

 げんがバックステップした先はベノムの側。


 魔力を補給する為だ。

 げんの顔にじんわり大爆発の熱さが伝わる。


「うお。

 アイツめっちゃくちゃやのう……」


 ドクンドクンドクンドクンドクン


 中型の魔力を五回補給。


 保持レテンション


「お~~……

 アチチ……

 も~えろよ…………

 もえろ~よ~炎よも~え~ろ~…………」


 裏辻湯女うらつじゆながこちらにゆっくり歩み寄ってきた。


「ワレ…………

 本気でワイを殺りにきとるな……」


「ん~~…………

 まー別に部下は?

 死んでねーわけだし~…………

 テキトーにイタイ目見せるだけでもイんだけど~~…………

 私そーゆーの加減出来ンだわ~~…………

 手加減とかマジ無理…………

 めんどい……

 ダルい……

 つーわけで~……

 死んだらワリって事で…………」


「ワレ……

 軽いのう……

 手加減なんかいらんわい。

 殺す気で来いやぁっ!」


「あーもー…………

 デケェ声出すなし…………

 アンタ何?

 熱血脳筋系?

 だとしたらイヤだわ~~……

 あつくる…………

 つかアンタ何でさっきの攻撃わかったし…………

 アンタマジ心眼開いてるっしょ?

 達人っしょ?

 熱血脳筋達人系…………?

 あ~~……

 しんど」


「誰が熱血脳筋やねんっ!

 んで別に心眼なんか開いとらんわっ!

 ほんで色々後付けすなっ!

 最終的に何文字熟語になっとんねんっっ!

 ほいでな…………

 別に心眼開かんでもわかるわい。

 ワレ降参するフリして笑てたやろ?

 あれは何か仕掛けとる顔や。

 あんなん見せられたら警戒するわい」


「アンタ関西人…………?

 そーいや関西弁使ってンもんねー……

 丁寧にツッコんでくれちゃってまー…………」


 げんは考える。

 コイツに勝つにはどうしたら良いのかと。


 大玉の貫通ペネトレートは撃てる数が少ない。

 出来れば止め用に温存したい。


 そして裏辻湯女うらつじゆなの能力。

 コレに勝つには。

 まだ弱点とかは見えていない。


 ただげんには一つ試してみたい事があった。

 それは……



 魔力中和ニュートラライズ



 げんはフネに魔力注入インジェクトを教わった時から竜河岸との戦いで胆となる部分はどこだろうと考えていた。

 その答えが魔力中和ニュートラライズである。


「へッ。

 んでもどうすんねん。

 見た所もう車はないで」


 駐車場に止まっていた車は全て爆発を起こし炎の中だ。


「あ……?

 何今から殺し合いする人間に気、使ってくれちゃってんの…………?

 マジきもっ…………

 達人系ってソーユー部分サクッと抜き去って行くの…………?

 つか余計なお世話だし……」


「その達人系ってやめい。

 ワイはただ血ィ沸くケンカが出来りゃあそれでええんや。

 んで周りはもう何も無いぞ。

 どないすんねん。

 見せてもらおうやないかい」


「うわ…………

 アンタアレ…………?

 バトルマニアってやつ……?

 マジきもっ…………

 ンなの漫画だけかと思ってたのにマジでいたわー……

 ひくわー…………

 まーウチの大将も漫画みたいな人だケドさ…………

 あ~~怠い……」


「んな事どうでもええからさっさと見せろや」


 段々裏辻湯女うらつじゆなの扱いにも慣れてきたげん


「ハイハ~~イ…………

 並進トランスレーション……」


 裏辻湯女うらつじゆなはゆっくり右手をかざす。

 その先はどこだ?

 何がある?


 見た所駐車場が広がってるだけだ。

 車は一台も無い。


 が、げんの見ている所が甘かった。

 遠く離れた雑木林の木が一本グラグラ揺れ出した。


 ボコォッッ!


 根元から強引に抜け、浮かび上がる木。


 ビュンッッ!


 浮かび上がった木が猛烈な勢いでこちらに飛んでくる。


 ドスゥンッッ!


 重々しい音を立てて裏辻湯女うらつじゆなの側に落ちる。


「は~~い…………

 ご来店アザース…………

 ハァ…………

 まだまだ…………」


 裏辻湯女うらつじゆなは手を降ろさない。

 雑木林の木がまたグラグラ揺れる。


 ボコォッッ!


 ビュオッッ!


 ドスゥンッッ!


 こんな事が繰り返されあれよあれよという間に七本の巨木が裏辻湯女うらつじゆなの周りに集まってきた。


「ヘン……

 なるほどのう……」


 ニヤリと笑うげん


「は~~い……

 団体様ご来店~~~……

 あー……

 ダルッ」


「オイねーちゃん。

 ビビったわ。

 そのスキルえらい遠くまで届くんやな」


「だから一つだけしか出来なくてもナメんなっつったし…………

 あ…………

 言ってねーか……

 まーいいやどーでも…………

 は~~しんど……

 つかねーちゃんはやめろし……」


「んなもんワレの方が年上やねんからねーちゃんやろ?

 んで集めたその樹、どうすんねん」


「あ…………?

 ちょいちょいちょい…………

 その年上ってトコ引っかかり。

 マジ引っかかり…………

 アンタ年いくつし……

 あ~~……」


「ん?

 ワイか?

 十七や」


「うわ…………

 アンタその顔で高校生……?

 ひくわー……

 マジひくわー…………

 アンタその顔で部活とか勉強とか恋愛とか青春やっちゃったりしちゃったりしてるワケ…………?」


「悪いんかいッッッ!」


 裏辻湯女うらつじゆなの反応に若干イラつくげん


「いや…………

 別に悪くは無いけどサ…………」


「ほんだらワレいくつやねんっっ!」


「ん?

 私?

 二十一」


「ゲッッ!

 ワイは老け顔かも知れんけど、ワレも相当イタいのう。

 何やさっきから言葉遣い。

 どこぞのJKか思たわ」


「イタくねーし…………

 JKみたいなガキと一緒にすんなし…………

 カワイイかキレイで言ったらキレイ系に入るぐらいオトナだし…………

 あ~~……

 だるっ!」


「ンな事どうでもいいからかかってこいや」


 裏辻湯女うらつじゆなは無言で右手をげんに向ける。


 ビュンッッ!


 側にあった巨木が物凄い勢いでげんに突進。

 最初からトップスピード。

 七本全て飛ばしてきた。


 発動アクティベートっ!


 ヒュボッッ!


 ジッポに火が点くイメージ。


 ダンッッ!


 地面を強く蹴るげん

 向かってくる巨木と同等のスピードで空を駆けるげん


 ガァァンッッッ!


 巨木が地面に着弾。

 一本回避。


 このげんの行動には意味がある。

 立てた仮説の実証の為だった。


 ビュンッッ!


 上昇を続ける中、二本目がげんに迫り来る。


「うおっ!」


 すんでの所で手を付き、何とか躱す。


 タッ


 二本目の木に着地し、更に飛ぶ。

 げんは斜め後ろに飛んでいた。


 なるべく裏辻湯女うらつじゆなから離れる様に。

 そして、向かってくる残り五本に変化がある。


 グラァッ……


 一本。

 また一本と向かってくる巨木が落下。

 力から解かれ、重力に逆らう事無くポロポロと。


「へッ。

 思った通りや」


 ダッッ


 げんが地面に着地。

 残る一本が上空から物凄い勢いて落下。

 左拳に集中フォーカス


 発動アクティベート


「よっこい…………

 さっっっ!」


 ヒュボッ!


 ボッコォォォォォォンッッッッ!


 力を込めて思い切りぶん回したげんの左拳が巨木に突き刺さる。

 巨大な破壊音と共に真っ二つに割れる木。


 まだげんの攻勢は止まらない。

 割れた巨木が重力により落下し、裏辻湯女うらつじゆなと側に居た竜の姿を隠した瞬間。


 げんの身体が爆ぜた。


 ギャンッッ


 低く低く。

 落下する木の破片を潜り、げんが前に駆ける。


 それは逆巻く一陣の疾風か。

 はたまた地を這う獣か。

 猛烈な速度で裏辻湯女うらつじゆなに迫る。


 後数秒で目的地到着。

 地面を蹴り、飛び上がるげん


「オラァッッッ!」


 げんの右拳が迫る。


 裏辻湯女うらつじゆなの竜に。


 ガァィィィィンッッッ!


 だがその拳は竜には届かなかった。

 間の魔力壁シールドにより阻まれたのだ。

 柔軟性のある金属をハンマーでぶった叩いた様な音が鳴る。


 このげんの拳は震拳ウェイブなのだが、集中フォーカスまでで発動アクティベートは未使用。


「オイ…………

 ウチのデクラちゃんに何してくれちゃってんの…………

 マジ死ねよアンタ…………」


 裏辻湯女うらつじゆなの側にあったヘルメット大の岩が数個浮かび、げんに向かって猛烈なスピードで飛ぶ。


 ガンッ!

 ガンッ!

 ガンッ!


 げんの身体横側にまともに喰らう。


 左顔面。

 左脇腹。

 左太腿。


「ゴハァッッッ!」


 ザッパーーーンッッ!


 吹き飛ぶげんの身体。

 本栖湖に叩き落される。


 発動アクティベートッ!


 ヒュボッ!


 湖底に向かい沈みゆく中で、げん魔力注入インジェクト発動。

 これは回復に充てる為だ。


 三則を使用すると魔力注入インジェクトの効果も違う。

 みるみる内に傷が癒えていく。


 水中でげんはニヤリと笑う。

 すぐさま水面へ。


 ザパッッ!


 湖面からずぶ濡れのげん浮上。


「ふうっっ」


 濡れた髪を一気に掻き上げ、整える。

 そして裏辻湯女うらつじゆなの方を見てニヤリと笑う。


学習完了ラーニング……」


 そんなげんを見て、少し唖然とした顔を見せる裏辻湯女うらつじゆな


「うわ…………

 まともに喰らったのに無傷とか……

 アンタどンだけタフなん…………

 アレか?

 達人系アリがちの残像ってヤツですか…………

 そーですか…………

 はー…………

 ジョーダンで言ったのにガチ達人とかありえねー…………

 どーやって殺りゃあイんだよこンなの…………

 はー……

 無理ゲー……

 あーしんど……」


「ワレ、一人で何ブツクサ言っとんねん。

 まー今は傷、無いけどな。

 ダメージ無かった訳やないで。

 思い切り顔面に岩当たったからな。

 ごぉっつう痛かったわぁ~~」


「ほンじゃ何で無傷なの…………

 脇腹にも岩当たってたじゃん…………

 割とガチめで飛ばしたんですけど…………

 アレ完全にアバラバキバキ粉砕コースなんですけど…………」


「まーそれにはタネがあるわい」


「タネって何スか…………?

 手品っスか…………

 アレっスか?

 マジシャンッスか…………

 熱血脳筋達人手品師っスか…………

 ココまで来たらマジイミフだわー…………

 あー…………怠」


「その色々付け足すんやめろや。

 ワイは達人でも手品師でも無いわい。

 くっちゃべっててもしゃーないやろ?

 ワイはもうお前をブチのめす算段ついとんのやっ!

 さっさとやろうやぁっ!!」


「あーもー…………

 デケェ声出すなし…………

 ブチのめすってアンタ……

 私これでも女子なンすけど……

 フェミニ、ディスった生き方してて楽しンすか…………?

 もっと女子に優しくしましょーよー…………

 女子に優しくするとたのしーっスよ?

 知んないけど…………」


「ワレ……

 ワイの事殺すゆうとったやろ?

 その段階でワレの事、女子やとは見てへんわい。

 んでダラダラ喋って結局知らんのかいっっ!」


「プッ…………

 何なン?

 そのツッコまずにはいられない気質…………

 関西人初めて見たけどさー…………

 全員アンタみたいなん…………?」


「全員ワイみたいて関西どんだけ狭いねん。

 …………ってどーでもええっ!

 さっさとやろうやっっ!

 思いついた作戦忘れてまうわっっ!」


「あ~~…………

 ハイハイ…………

 どーぞー……

 おねーさんが相手しちゃろー…………

 怠」


「へっ……

 ベノムこっちこいや……」


 ザバザバザバ


 ベノムが湖に入り、側に寄って来る。

 げんがベノムの身体に手を添える。


 ドクンドクンドクンドクン


 中型の魔力四回補給。


「あ~~…………

 ダルい……

 つか眠い……」


「待たせたのう…………

 ほな行くでッッ!」


 ビュッッッ!


 湖からげんの身体が飛び出す。

 勿論狙いはデクラと言う裏辻湯女うらつじゆなの竜。


「あ…………?」


 はやての如きげんの身体。

 瞬く間にデクラに憑りつく。


【ピィヤァァァァァッッッ!】


 この鳴き声はデクラのもの。

 鬼気迫る表情で急接近するげんに怯えているのだ。

 張り付いたげんの左手がデクラの魔力壁シールドに添えられる。


魔力中和ニュートラライズッ」


 バリィィィィィンッッッ


 ガラスが割れる様な音が響く。

 魔力壁シールドが破れた音。


 ■魔力中和ニュートラライズ


 げんが対竜河岸戦闘用に発案した戦法。

 対象の魔力の固有波形を見切り、こちらが放つ魔力の波形を同調チューニング

 その魔力を相手の魔力壁シールドに響き渡らせる事で破壊する。


 学習完了ラーニング


 これは魔力の固有波形を見切ったサイン。

 波形を見切るにはどうにかして相手の魔力に触れる必要がある。

 デクラへの攻撃が魔力注入インジェクト未使用のスキル単体使用だったのは固有波形を見切る為だったのだ。


「だーら…………

 デクラちゃんに何してくれてんのっつってんじゃん…………」


 ドゴォォォッッ


「ブホォォッッ!」


 げんの左横っ面に裏辻湯女うらつじゆなの飛ばした岩が炸裂。

 魔力中和ニュートラライズが実戦発投入だったげんは攻撃を警戒するまで気が回らなかった為まともに喰らい、吹き飛ぶ。


 ドシャァァァァッッ!


 地面に倒れ込むげん


「アンタ…………

 ウチのデクラちゃん…………

 ナリはこんなだけど少年よ少年…………

 このピュアい目見りゃわかんじゃん…………

 アンタ敵とみなしたらガキだろーが女子だろーが手ェ上げるタイプ…………?

 うーわ……

 ひくわー……

 ガチひくわー……

 アンタ狂ってんね…………

 狂熱血脳筋達人手品師っスか…………

 言っててわかんねー……

 マジイミフ…………

 ウケる」


「ペッ…………

 だから色んなモン次々付け足すな言っとるやろ……

 戦場にいんねやったらガキやろうがタレやろうが関係無いやろ」


 げんは口に残った血溜まりを地面に吐き出し、ゆっくり立ち上がる。


「戦場って…………

 プッ…………

 マジウケる…………

 あ~~しんど」


「デリャァァァァッッ!」


 いまいち緊迫感の無い裏辻湯女うらつじゆなを無視してデクラに飛びかかるげん


 発動アクティベートッ!


 ヒュボッ!


 げんの右ストレートが真っすぐデクラに向かう。


貫通ペネトレートッッ!」


 三則使用の貫通ペネトレート

 これがげんの最大火力。


 ドコォォォォォォォォンッッッ!


 デクラの左肩部に渾身の右拳が刺さる。


「ん…………?

 デクラちゃん…………?

 ねぇデクラちゃん…………?」


 グラァッ!


 デクラの巨体が崩れ出す。


 ドシィィィン!


 重苦しい音を立ててデクラが地面に倒れ込む。

 完全にのびた。

 眼を回している。


「よしっっっ!」


 げん、思わず左手でガッツポーズ。

 これで今のげんの攻撃で竜が気絶する程の威力が出せることが実証された。

 あくまでも魔力壁シールドが無ければの話だが。


 ビュッッ!


「うおっっ!」


 ガァンッッ!


 喜んでいる所、左から猛烈なスピードで岩が地面に突き刺さる。

 咄嗟に左脚を上げて直撃の所を避ける。

 飛んできた方を見ると裏辻湯女うらつじゆながこちらを見ていた。


「あのさ…………

 ハシャぎ過ぎでしょ…………?

 ウチのデクラちゃんに何してくれてンの…………?

 あ~~~…………」


 怠そうなのは変わらないが全身から立ち昇る気迫に怒りが漂う。

 その怒りは当然げんも感じ取っている。

 そして怒りを受けてニヤリと薄く笑うげん


「へっ……

 ワレ怠そうやったけど、ようやくええ気迫出してきたやんけ。

 でもこっからどうすんねん。

 ワレの竜、ノビとるから魔力の補給は出来んで。

 残留魔力だけでワイとやる気かい。

 ちょおそれは甘いんとちゃうか?」


「あ…………?

 甘いかどうかはコレ受けてから言ってっつーの…………

 あ~~~…………

 しんど」


 裏辻湯女うらつじゆながゆっくり両手をかざす。

 その先は駐車場。

 何も無い。

 あるのは既に鎮火した自動車の残骸が数台あるだけ。

 もしかして自動車の残骸を使うのだろうか。



 そう考えるげんだったが現実は予想を遥かに上回った。



 ゴゴゴゴゴゴゴッッッ!


 地鳴りがする。


 ボゴォォォォォッッッッ!


 駐車場の地面が抉れ、浮かび上がる。

 アスファルトの下の地面ごと。

 浮かび上がったアスファルトと地面は定点に集まり一塊となる。


 ボコォォォッッッ!


 バカァァァァァンッッッ!


 まだまだ止まらない。

 次々と駐車場の地面は割れ、浮かび上がり塊と合流。

 どんどん膨らむ塊。


「ヘッ…………」


 目の前に起きている現象に冷汗を一筋掻くげん


「あ~~…………

 ハイ出来上がり…………

 アンタをメタクソのミンチにする圧潰マシン出来上がり~~…………

 つかこの穴修繕費いくらかかるんだっつー…………

 とりま請求書は陸自の本部でシクヨロー…………

 秒で済むから動くなし…………」


 直径約五メートル弱。

 深さ約一メートル弱の穴を尻目に攻撃準備が整った裏辻湯女うらつじゆな

 おそらく残留魔力全てを使った最後の攻撃だ。


 宙には直径三~五メートル。

 高さ約四メートルのアスファルトと土の入り混じった超巨大な塊が浮いている。

 これでげんを圧し潰す気だろう。


「ハッッ!

 秒で済むかどうかやってみろやぁッッ!」


 この状況で笑うげん

 自身が絶命するかしないかの瀬戸際だと言うのに。


 普通なら怯えて腰が抜けるか、脱兎の如く逃げだす状況。

 だがげんは……


 ギラッッ


 左手で先程のナイフを構える。


 げんの取った選択は“立ち向かう”だった。

 眼前には超巨大な塊。

 その姿は小型の隕石の様。


 よもや生身の人間で立ち向かえる代物ではない。


「じゃ~~ね~~…………

 おつかれっした~~~…………」


 グラァッッ!


 宙の巨塊が揺れる。

 音も無くげんに接近。


 あと数秒でげんに接触。

 迫る巨塊。


 接触するかしないかの刹那。

 げんが動いた。


高周波ブレイドォォッッッ!」


 ビィィィィィィィィィィンッッッッッ!


 耳元で虫の大きな羽音を聞かされる様な振動音が響く。


「オラァァァァァッァァッッッ!」


 左手で高周波ブレイドを発動させたナイフを振り回す。

 刃が巨塊表面に触れる瞬間。


 発動アクティベートッ!


 ヒュボッッ


 げん発動アクティベート


 ガガガガガガガガガガガッッッッッ!


 削岩機で岩を砕く様な音がする。


「重………………」


 さすがにこの質量。

 物凄い重量がげんの左腕一本に圧し掛かる。

 げんは抵抗している左腕に右腕を添える。

 プルプル震えて使い物にはならないが支えぐらいにはなるだろう。


 ガガガガガガガガッ!


 ボトンッッ!


 ゴロンッッ!


 パラパラ…………


 依然として削岩機の様な音を立て巨塊を削り取って行く中。

 すぐ脇では塊から離れ地面に零れていく岩や土。


 チラッ


 その零れていく様を横目で見る。

 そしてニヤリと笑うげん


「ハッ…………

 なるほどのう……

 ならもう少しやなぁッッ!」


「うーわ…………

 アンタ馬鹿なの?

 死ぬの?

 ナニその質量相手にちんまいナイフで抵抗しちゃってんの…………?

 あ~~~……

 だるぅ……」


「ヌゥゥゥゥゥゥリャァァァァッッッッ!!」


 げんは思い切り左腕を振り抜く。


 ビシィッッッ!


 巨塊にヒビが入る。


 ガラガラガラァッッ!


 パラパラパラッ……


 と同時に巨塊がバラバラ崩れ、破片が重力に逆らう事無く地面に落ちる。

 モウモウと土煙が立つ。


「うーわ…………

 これってガチヤバ気ってやつじゃん…………

 あ~~……」


 巨塊が砕けた。

 それは裏辻湯女うらつじゆなの敗北を意味する。


 残留魔力の尽きた彼女はもうただの慢性肝炎持ちの気だるげな女性自衛官だ。

 舞い上がる土煙の中、げんが動く。


 ビュッッ!


 げんは止めをさすつもりだ。

 裏辻湯女うらつじゆなの位置はもう判っている。


「オラァッッッ!」


「キャァッ!」


 げん裏辻湯女うらつじゆなを倒し、上に跨る。

 いわゆるマウントポジション。


「勝負あったな…………」


 見下ろすげん

 見上げる裏辻湯女うらつじゆな


「そっスねー…………

 つか急に押し倒すとかやめてくんない…………

 キャアとか言っちゃったよ。

 かわいいかよ」


「この体勢でもその太々しい態度は変わらんのう」


「この性格は生まれつきなんで。

 さーせん。

 …………つかアンタ、どーすんの…………?」


「とどめささせてもらうわ」


 パキッ

 ポキッ


「うーわ…………

 指パキパキ鳴らしてくれちゃってまー…………

 つか片手で指って鳴るんだ…………

 初知りー……

 ンでアンタその握り拳どーすんの…………?」


「ンなもんワレの顔面に叩き込んだるわい。

 それでこのケンカは終いじゃい。

 殺し合いやっとんのや。

 嫌とは言わんわなあ~?」


「…………ん……

 まあ……

 こっちも殺す気でやってたワケだし…………

 ンで私が負けたワケで…………

 あ~~~……

 ハイどーぞ…………」


 目を瞑る裏辻湯女うらつじゆな


「へっ。

 ええ覚悟やないかい。

 ホイじゃあ……

 させてもらう…………

 わっっっ!」


 ボコォォッッ!


 げんの強烈な左ストレートが突き刺さる。



 顔のすぐ左側に。



 裏辻湯女うらつじゆなはギュッと目を瞑ったまま。


「あれ…………?

 痛くない…………」


 恐る恐る眼を開ける裏辻湯女うらつじゆな


「ヘンッッ!」


 見上げる先には鬼気迫る表情を見せるげん

 狙いこそズレたが放った一撃には充分過ぎる程の殺気が込められていた様だ。


「アンタ……

 なンしてんの……?

 あ~~……」


 ヒラリとマウントを解くげん

 そのまま無言で建物の方まで歩いて行く。

 目的地は自動販売機の前。


 ゴトンゴトン


 二回商品が落ちる音がする。

 左手で飲み物を二本持ちながら、のしのしこちらに戻って来る。


 上半身をゆっくり起こし、無言でげんを見つめる裏辻湯女うらつじゆな

 飲み物を一本投げ渡す。


「飲めや」


「いやいやいやいや……

 おかしいでしょ……?

 何でさっきまで殺し合いしてた相手に飲み物振る舞ってンの…………?

 ンで何、飲み会の上司みたいにパワハラめいた渡し方してンの…………?

 あ~~……

 つか私どーすんの…………?」


 パキッ


 ペットボトルのキャップをこじ開ける乾いた音が響く。


 ゴクリ


 げんは飲み物を一口。


「…………殴れんわい……」


「…………あ……?」


「ワイはタレなんか殴れへんわっ!

 頭に血ィ登ったらイケるんか思たけどやっぱ無理やわっ!

 タレなんかようドツけんっ!」


「あ…………?

 何ソレ…………?

 アンタついさっきまで戦場に子供も女も無い的な事言ってたじゃん…………

 何土壇場でヘタレ空気出してんの…………?

 アンタが私の顔グシャつかせて終わりじゃなかったん…………?

 あ~~……」


「やかましいっ!

 もうワレとのケンカはせんっ!

 オノレがその飲みモン飲んで終いじゃっ!」


「ん…………?

 飲み物って…………?」


 裏辻湯女うらつじゆなが手渡された飲み物を見つめる。

 そこにはこう書いてあった。


 しずおかコーラ


「ヘッ」


 ようやく見たかと言わんばかりに薄く笑うげん


「げ…………

 何コレ…………

 ナニ本栖湖で静岡の名産売っちゃってんの…………?

 ここ山梨ですから……

 ナニ?

 富士山見に来た観光客は山梨も静岡も一緒って事…………?

 いやいやいやいや……

 ソレ観光客ナメ過ぎでしょ…………

 あ~~ダル……」


「ハハッ。

 自販見たら隅に売っとったから嫌がらせに買うたった。

 ワレ敗けたんやからな。

 勝ったモンの言う事聞かなアカンで」


 げんは自信満々にそう言ってのける。

 対する裏辻湯女うらつじゆなはヤレヤレと言った表情。


「はぁ…………

 いや……

 まあ……

 別にイんだけどサ……

 コレ飲んだらイイの……?」


 パキッ


 ペットボトルの蓋をこじ開ける。


 グビッ


 しずおかコーラを飲む裏辻湯女うらつじゆな


「どやっ?

 マズいかっ!?

 吐いてまうかっ!?」


 嬉しそうな顔をして裏辻湯女うらつじゆなの顔を覗き込むげん


「いや…………

 意外にイケる……

 つかコレもうコーラじゃん普通の…………

 後味でお茶の味はすンけどさ……

 八割コーラ……

 マジウケる……

 あ~~……

 美味し……

 つかアンタ飲んでンのポカリじゃん……

 ズル……」


「ハハッ。

 勝者の特権やっ!

 っちゅうかアンタってやめろや。

 ワイはげんやっ!

 鮫島元さめじまげん


「あ……

 いや……

 はい……

 どーも……

 私は裏辻湯女うらつじゆなデス……」


「知っとるわ」


「で…………

 げんちゃん……?

 で……

 良いのかな……

 まー良いか年下だし……

 これからどーすんの?」


「ゲ。

 オノレもワイの事“げんちゃん”言うんか。

 止めてくれや。

 小学生の頃思い出すわ。

 まーワイはとりあえず拠点に戻るかな?

 まだまだ闘れるしな……

 んでもワレの竜にはスマン事したなあ……」


 げんは微笑みながら、少しすまなそうな顔を裏辻湯女うらつじゆなに向ける。


 ドキ


 ―――ん……?

    何だコレ……?

    何イマのドキって…………


「ん?

 どうしたんや?」


 げん裏辻湯女うらつじゆなに顔を近づける。


 ドキンドキン


 ―――え、待って……

    何で私心臓バクついちゃってんの…………?


「顔…………

 近づけんなし……」


 グイ


 両手でげんを押し、遠ざける。

 心中の急激な変化に戸惑う裏辻湯女うらつじゆなの抵抗はこれが精一杯。


 ドキドキドキ


 ―――心臓のバクつき止まんないンですけど……

    え?

    何これマジで…………


 ―――ヤバヤバのヤバじゃん


 ###


「はい、今日はここまで」


 たつを見ると晴れやかな安堵の顔。


「よかっったぁぁぁぁ~~

 カズさんは悪者じゃ無かったんだねっ

 パパッ!」


「フフ……

 そうだね。

 ああでも言わないと解らない人はいるからね」


「それとげんって凄く強いね」


「ああ、そりゃパパの一番の親友だもの。

 でもげんの何が凄いってどんな強敵でも立ち向かうあの勇気だね」


 僕もげんが褒められて少し誇らしい。


「あのデッカイのが落ちて来た時も逃げなかったんでしょ?

 凄いなー」


「フフ……

 たつげんぐらいの勇気を持った人間になってね…………

 それじゃあおやすみ……」

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