第二章 カンナ 前編

【作者 前書き】


 今回は第二章で登場した蘭堂凛子らんどうりんこの一人娘。

 蘭堂カンナのお話です。

 楽しんでくれたら幸いです。

 ではどうぞ。


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 平成十七年 六月 鳴尾小学校前


「じゃーねー!

 ばいばーい!」


 友達数人に大きく手を振る女の子が一人。

 “KANNA”と刺繍が入ったナップサックを背負い帰宅中だ。

 歩く度に赤毛のツインテールが揺れている。


 この娘が蘭堂カンナ。

 十歳の小学四年生である。

 カンナは何やら嬉しそうに手のプリントを見ている。


「授業参観かあ……」


 そう呟きニコニコしながら歩くカンナ。


 このカンナという少女。

 天真爛漫が服を着て歩いているような女の子。

 自分が竜河岸という特殊な人種にも関わらず振る舞いはそんな部分をおくびにも出さない。


 鳴尾銀座


 ここは鳴尾にある商店街だ。

 カンナの家はこの商店街を抜けた所にある。


(おっ、カンナちゃん。

 もう学校終わりかい?)


 魚屋の店主がカンナに話しかける。


「うんっ!

 お魚屋さんのおじちゃん、こんにちは!」


 元気に返事をするカンナ。

 魚屋の店主を皮切りにあらゆる人が声をかけてくる。

 全員に同じように元気に返事をするカンナ。


(おっ?

 カンナちゃん今帰りかい!)


 肉屋の店主が声をかける。


「お肉屋さんのおじちゃんこんにちは!」


 元気に挨拶をするカンナ。


(ホイこれ持ってきな。

 揚げたてだよっ)


 紙袋に入ったコロッケを渡す店主。


「えっ!?

 いいの!?

 ありがとー!」


 白い歯を見せてにっこり笑い紙袋を受け取るカンナ。


(ウチの新製品。

 アボガドコロッケだよ。

 また食べた感想教えてくれよっ)


「うんっ!

 じゃーねー!

 コロッケありがとー」


 歩きながらアボガドコロッケにパクつくカンナ。

 ニコニコ顔が更にほころぶ。


 テクテクサクサク


 コロッケにかじりつきながら歩くカンナ。

 半分ぐらい食べた所で口が止まる。


「にゅっ!?」


 口にコロッケが入っているせいか奇声を出すカンナ。

 目線の先に黒髪ストレートの女性がいる。

 カッターシャツにタイトスカートを履いている。


 この女性は蘭堂凛子らんどうりんこ

 三十九歳。

 女医でカンナの母親である。


 診療所が中休みに入ったため診療所から出てきた所、カンナと鉢合わせたのだ。


「あら?

 カンナ、おか……

 あぁっ!?」


 凛子は少し鋭い目をしている。

 怒っているようだ。

 原因はカンナが手にしているアボガドコロッケ。


 カンナは日ごろ凛子から言われている事を思い出す。


「いい?

 カンナ、買い食いしたら晩御飯食べれなくなるから駄目よ」


 正確には買い食いではないのだが凛子の顔を見たカンナはさっときびすを返し走り出す。


「にゃー!」


 途端に豪快にコケたカンナは奇声を上げる。

 カンナは立ち上がりまた走り出す。

 手から離れたコロッケも気にせず。


「にゃー!」


 またコケる。

 後ろに凛子が歩いて近づいてくる。

 カンナは膝の痛みをこらえ立ち上がるも時すでに遅し。

 凛子は静かに怒りを込めてカンナに語り掛けた。


「カンナ~~……?」


 完全に固まるカンナ。

 震えながら振り向く。


「マ……

 ママッ……!?」


 凛子は目を閉じている。

 カンナはもう涙目だ。

 カッと目を見開く凛子。


「こらっ!

 あれほど買い食いしちゃいけませんって言ったでしょ!?

 こんな時間に食べたら晩御飯が……

 ガミガミ」


 カンナの頭上から怒声が飛ぶ。

 ビクビクしながら聞いているカンナの目はもう大粒の涙が零れていた。


(ちょ……

 ちょっと待ってくれよ凛子さん。

 コロッケあげたの俺なんだよ)


 肉屋の店主がたまらず店先から割って入ってくる。

 カンナは急ぎ足で肉屋の店主の後ろに回り、ギュッと太腿辺りのズボンを掴んている。

 脇から顔を出し凛子の顔色を伺うカンナ。


(わりぃな……

 この前カンナちゃんに試食してもらった新製品の売り上げが良くてな……

 つい)


「ゲンさん……

 全くもう……」


 カンナの天真爛漫さ故か泣いてたり困っていたりすると周りの人達が助けてくれる。

 カンナも感謝を忘れない。

 凛子はこれを美徳と捉えている。


 確かに食べたのは悪い事だがもう凛子は許してやる事に決めた。

 凛子は軽く溜息をつく。


「ふう、もう良いわ。

 カンナ、こっちへいらっしゃい」


「うん……」


 カンナは泣き止んでいたがテンションは低い。

 まだ怒ってるんではないだろうかとオドオドしながら凛子と手を繋ぐ。


「ホラカンナ、ゲンさんにご挨拶なさい」


 凛子はにっこり微笑みかける。

 その笑顔を見てぱあっと笑顔になるカンナ。


「おじちゃんじゃーねー!

 アボカドコロッケ美味しかったよー!」


 大きく手を振りながら挨拶し、帰宅の途につく二人。


 蘭堂邸


 帰宅し数時間後、晩御飯の準備を手伝うカンナ。

 配膳係で調理は凛子ともう一人。


【凛子、これは如何いたしましょう】


「そうね銀杏切りにして鍋に入れて弱火で煮込んどいて」


【わかりました】


 真っ白い肌に白髪。

 歌舞伎の鏡獅子のような顔でエプロンも白。

 まさに全身真っ白だ。


 この女性は凛子が使役する聖竜。

 名をマザーグースという。

 高位の竜ハイドラゴンで“マザーの衆”の一角だ。

 癒しの力を操る。


 グースは普段は凛子をマスターと呼ぶが料理の時は呼び捨てになる。


【凛子、出来ました。

 どうしましょう?】


「ありがとう、器に盛ってカンナに渡して」


【はいどうぞ、カンナ様】


 食卓に食材が並び、三人は夕食を摂る。


「ママー、これー」


 モグモグしながらプリントを差し出すカンナ。

 受け取る凛子。


「へぇ授業参観……

 え……?

 六月十四日……」


 日付を見た凛子が固まる。


「どーしたのー?

 ママー?」


「この日……

 医師会の会合……」


「え……」


「ごめん……

 その日行けない……」


 カンナの目にじわっと涙が浮かぶ。

 しかしグッとこらえてる様子。


「お仕事だもんねママ……

 しょうがないよね……」


 お箸を咥えてしゅんと俯くカンナ。


「ごめんなさい……」


 その日はそれ以降何も話さず寝てしまうカンナ。


 深夜


「ねえ、グース……

 私どうしたらいい?」


マスター

 私は竜なのでカンナ様の授業を見に行けないのが何故そんなに悲しませるのか良く解りませんが……

 このまま悲しませるのは宜しくないかと……】


「う~ん……

 ねえ、グース。

 あなた代わりに行ってくれない?」


【私は構いませんが】


「じゃあお願いね」


 カンナの授業参観に竜のグースが行く。

 そんな珍妙な事になり、その日は更けた。

 更に日は進み、授業参観当日。


 スケジュールは十時~十四時。

 その後PTAの会合に参加する。


 鳴尾小学校 四年二組教室。


 カンナは席に座りながら前日の凛子のフォローを思い出しソワソワしている。


「カンナ、安心して。

 私は行けないけど、代わりにグースが行くわ。

 カンナに恥をかかせない」


「グースが来るって言ってたけど……

 どんな格好で来るんだろう……」


 カンナも竜河岸であり、グースが竜である事はもちろん知っている。

 グースは普段、真っ白い作務衣に法衣の様な長めのアウターを羽織っている。

 グースはどこに行くのにもこの格好だ。

 買い物、散歩、診療所でも同じ格好だ。


 最近カンナはお洒落にも興味が出てきた年頃でどこでも同じ格好のグースを見てこう思う。


「何でいつも同じ格好なんだろう……」


 と。

 大まかに言うとこの発言がカンナのソワソワの原因だ。


(アタシはおかーさんが来るんだよー)


(ウチ、とーちゃんも来るって言ってんだぜー。

 当てられたらどうしよう)


 クラスメイトはそれぞれ緊張しているようだ。

 参観は二時間目から。

 先生が入ってくる。


 じきにクラスメイトの保護者も続々入ってくる。

 全員往々にニヤニヤしている。

 カンナは何となく怖くて後ろを振り向けない。


 ザワザワ


 クラスメイトがほのかに騒ぎ出す。


(何か白いのが来たぞ)


(あの白いの誰のおかーさん?)


 白。

 そのキーワードに反応してカンナはビクッとなる。

 とうとうグースがやってきた。


 クラスメイトのほのかなザワザワも治まらない。

 教壇の先生も少し困ったようなどうしようといった顔をしている。


(えーと……

 あなたは?)


 先生が発言する。

 まだカンナは後ろを見ていないため誰に聞いているのかわからないがおそらくグースに聞いているのだろう。


「私ですか?

 私はグースと申します。

 蘭堂家でお世話になっている聖竜です。

 本日はマスター……

 凛子様が医師会の会合で出席出来ないため代わりに参りました」


 カンナは饒舌に話すグースの言葉を背中で聞く。

 頭の中で見る事への恐怖心と好奇心が鬩ぎ合っていた。


 が、そろそろ限界だ。

 ついに好奇心が勝ってしまった。

 意を決して振り向くカンナ。


 教室の後部ほぼ中央に陣取るグースを見てカンナは絶句した。

 グースはまず全身真っ白いスーツで身を包み、ネクタイも白。

 靴まで白い。


 そして上には歌舞伎の鏡獅子の様なグースの顔がある。

 全体的に珍妙な和洋折衷の格好になっている。

 アメリカ人にウケそうだ。

 いつもと違うグースの格好を見たカンナは初めは絶句していたが


「プッ!」


 噴き出して指差し笑いだしたのだ。


「アハハハ、グースの格好!

 アハハハハ」


 この笑い声を聞いてクラスメイトも次々に笑い出した。


(アハハハハハハ)


(皆さん!?

 皆さん、笑うの止めて下さい!

 授業まだ始まってませんよ!)


【ハテ?

 何がそんなに可笑しいのでしょう?

 人間の子供というのは不思議ですね】


 グースキョトン顔。

 ようやく笑い声も止み、先生も一安心。

 授業が始まる。


(さあ授業を始めますよ。

 いつも通りの姿をお父さんお母さんに見せましょう)


 そう言う先生はばっちりメイクをキメている。


(先生いつもと違うよー!)


 保護者はクスクス笑っている。

 と言うのもこの先生、普段はジャージにボサボサの頭でメガネである。

 今日はというとコンタクトで髪の毛もきちんと整えている。


(こらっ!

 皆さん。

 そんな事無いでしょ。

 さあさあ授業を始めますよ。

 算数の教科書十ページからですね)


 二時間目は算数。

 今日は割り算の筆算だ。

 黒板に問題を書く先生。


(さあ、この問題解ける人―?)


「ハイッ!」


 カンナはニコニコと元気よく手を挙げる。

 それに続きクラスメイト数人も手を挙げる。


(じゃあ蘭堂さん、お願いします)


 元気に前に行き、チョークを走らせるカンナ。


(はい蘭堂さん正解です。

 良く出来ました)


「エヘヘ」


 カンナは照れながらチラッとグースを見る。

 グースは無表情のまま。


 キーンコーンカーンコーン


 チャイムが鳴る。

 二時間目終了。


 休み時間。

 各々自身の保護者の所へ行く。

 カンナもグースの所へ赴く。


「ププッ、なあにグース。

 その恰好」


【ハイ。

 マスターにいつもの格好ではダメだと言われまして。

 昔、人間は公式の場所ではスーツを着ていたことを思い出しまして。

 そんなに可笑しいですか?】


「だってグースの格好、カブキマンみたいなんだもん。

 アハハ」


 カブキマンというのは最近流行っている食玩のキャラクターだ。


【人間とは不思議なものですね】


(いよっ!

 誰かと思えば先生じゃねえか!)


 紺のスーツを着た中年の男性がグースに声をかける。


「おや畳屋の……」


 この中年男性は畳屋の店主で腰痛のため凛子の診療所に通院していたのだ。


「あっ

 アヤちゃんのおとーさん。

 こんにちは!」


 カンナは元気に挨拶をする。


(おっ、カンナちゃん。

 さっき偉かったね。

 ウチの彩は算数が苦手でよう)


「エヘヘ」


(もーおとーさん、うるさい)


 ショートボブの栗毛の女の子が下でブーたれている。


 キーンコーンカーンコーン


 チャイムが鳴る。

 三時間目は家庭科で調理実習だ。

 保護者も一緒に調理を手伝う。

 クラスメイトは保護者と一緒に家庭科室へ向かう。


 中編に続く。

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