ドラゴンフライ閑話 竜と人の徒然なるままに

第一章 源蔵 前編

【作者 前書き】


 本編は少しお休みして、各章毎にピックアップしたキャラの短編を書いていこうと考えてます。

 そしてあわよくば各章読み直したりしてくれると嬉しいです。

 今回は第一章の竜司の祖父。

 皇源蔵すめらぎげんぞうとその竜カイザのお話です。

 楽しんでくれたら幸いです。

 ではどうぞ。


 ###


 昭和二十八年 七月


 横浜市中区に建つ大きな和風平屋家屋。

 ここはすめらぎ家。

 旧華族の家でもともと金持ちだが昭和初期に竜が人間界こっちにやって来てから竜河岸として更に財を成している。


 その屋敷の奥の部屋に男が一人。

 髪型はばらけた七三分け。

 眉は谷の形になり目尻は垂れちょうどXの形になっている。

 そんな男が胡坐をかいて筆を走らせている。


「くそっ……

 違うっ!」


 男は失敗作を苛立つ気持ちのままクシャッと丸め後ろに放り投げる。

 男の名は皇源蔵すめらぎげんぞう

 今作の主人公で、皇竜司すめらぎりゅうじの祖父。


 今回のお話はその祖父が二十五歳の頃の話である。


「違うっ……!」


 源蔵げんぞうは五段昇格に向けての作品作りに四苦八苦していた。

 頭に血が昇り、それが半紙の黒い線にも表れている。

 また半紙を丸めて後ろに投げる。


 この動作をするは何度目だろう。

 源蔵は考える。

 自分は名家皇家すめらぎけに相応しくないんじゃないだろうか。


 父親は土木界の重鎮で政治にも口を出せる程の発言力を持つ。

 かたや自分は五段に挑戦して一年が経つが未だに四段のままだ。

 出しては落ち、出しては落ちの繰り返しで口には出さないが弱気な気持ちが顔を出す。


 仕事は竜河岸と言うのも手伝って父親の会社の現場主任をやらせてもらっている。

 順風満帆と言った所だ。

 だが書道の方はというとゴミ箱から溢れている丸まった半紙が物語っている。

 上手く行かない。


「……散歩にでも行くか」


 源蔵は頭に煮詰まるとクールダウンするために辺りを散策する。

 手早くグレーのジャケットを羽織り身支度を整え、部屋の外へ出る。


「無駄に広い屋敷だ」


 広い廊下を歩きながらつぶやく源蔵。

 玄関脇の茶の間に男と竜が居る。

 男の名は皇辰夫すめらぎたつお


 源蔵の父親で今は横浜国際港都建設総合基幹計画の骨子を立案中だ。

 目は細く眉は短く、肌は浅黒い。

 隣の茶色い竜の名はラゴウ。

 岩竜である。


「おう源蔵、出かけるのか」


「親父、何見てんの?」


 辰夫とラゴウは前の四角い木製の箱を見つめている。


「おうこれか?

 これはテレビってやつだ。

 昨日やっと届いたんだよ」


【辰夫、何でぇこりゃあ。

 白黒で映像が映ってるけどもよぅ。

 見づれぇなぁこの野郎】


 このラゴウと言う竜。

 江戸弁で話す変わった竜。

 喧嘩腰ではあるが本当に喧嘩を売っているわけではない。



「ふうん、最近早河電機が出したというのがこれか」


「そういやお前、カイザはどうした?」


「知らねぇよ。

 腹減ったら戻ってくるだろ。

 じゃあ行ってきます」


 カイザと言うのは源蔵の竜。

 高位の竜ハイドラゴンの一角で重力を操る黒い翼竜の事。

 源蔵は十五歳の時に竜儀の式を終え、もう十年来の付き合いになる。


 が、未だにソリが合わない。

 一日二日帰って来ない等ざらにある。


 源蔵は靴を履いて外に出る。

 が、その日は悶々として散歩をしても気が晴れず一日を終える。


 翌日


 源蔵は自分の部屋で目が覚める。

 今日は仕事らしく作業着に身を包む。


 部屋を出て茶の間へ。

 茶の間では卓袱台ちゃぶだいに朝食が並べられている。

 辰夫とラゴウ、カイザはもう食べている。

 源蔵はカイザに話しかける。


「カイザ、帰っていたのか」


【フン】


 こんな調子である。

 数年前までは源蔵もほぼほぼ無視して過ごしていた。

 時の流れと共にそれではいけないと思い、何とか絆を深めようと頑張っているのだ。


 しかし当のカイザはなかなか心を開いてくれないようで源蔵も苦労している。

 朝食を食べ終えた源蔵は出かける支度をする。


「カイザ、そろそろ行くぞ」


【フン、我に命令するな小僧】


 終戦から八年。

 町は復旧の途にあるが、源蔵の家の周りの道はまだまだ未舗装の所が多い。


 朝にも関わらず工事の為トラックが猛スピードで走っている。

 道幅も狭く源蔵の肩辺りをギリギリトラックが通り過ぎる。

 猛スピードで。

 いわゆる“神風トラック”と言うものだ。

 これが源蔵の日常。


「うおっ」


 源蔵が地面の石に躓き、バランスを崩す。

 そこへ止まる様子を微塵も感じさせず神風トラックが来る。

 猛然と突っ込んでくる。


 ヤバい、間に合わない。

 ぶつかる刹那。

 トラックはぴたりと止まる。


 ゴゴゴゴ


 地鳴りが聞こえ、トラックは地面に押し付けられる。


 ベキベキ


 トラックのボンネットが凹み、前面のガラスが割れる。

 運転手はハンドルに頭を押さえつけられ動けない様子。

 トラックは砕け、どんどん地面に押し付けられている。


 源蔵は誰の仕業かすぐに解った。


「カイザありがとう。

 でももうやめてくれ。

 このままだと運転手が死んでしまう」


【フン、勘違いするなよ小僧。

 貴様に死なれると我は竜界に帰らねばならぬからな。

 しかしたかが十G如きで……】


 昭和二十八年。

 街は復興の途にある。

 その反面車の往来は激しい。

 “神風タクシー”“神風トラック”が跳梁跋扈している。


 会社に到着する源蔵とカイザ。

 今日は地方の山間部分のトンネル工事だ。

 トンネルが掘れた後は舗装道路が作られるとの事。


 源蔵はすぐに準備に取り掛かる。

 炸薬、雷管、発破装置、掘削機等々。

 トラックにつめ込む。


(主任、ダイナマイトどれぐらい持っていきます?)


 準備をしている後輩が聞いてくる。


「今日は工事初日だ。

 硬い岩盤部は今日中に撤去するつもりだから三十箱だ」


 間もなく準備完了。


「カイザ、行くぞ」


【フン】


 カイザはトラックの荷台に乗り込む。

 カイザが何故ソリの合わない源蔵と行動を共にしているか。

 それはカイザの気まぐれだ。

 もちろん居ない時もある。


 大抵居ない時は源蔵が書類作成など事務処理に追われている時だ。

 口には出さないが土木工事の様子はカイザの好奇心を少なからずくすぐるらしい。


 助手席に揺られながら現場の地質調査の資料に目を通す源蔵。

 間もなく現場に到着。


「発破」


 源蔵は装置のスイッチを入れる。


 ドッカァァァン!


「よぉーし、全員作業に取りかかれ」


(へぇーい)


 発破で出来た穴に作業員が吸い込まれていく。

 やがて掘削機の音が響き、辺りはやかましくなる。


「所々地盤が緩い所があるから掘削には十分注意しろ」


 源蔵は現場近くで指揮を執る。

 作業は進み昼飯時。

 源三が声を上げる。


「休憩だーっ!

 昼にするぞーっ!」


(休憩ーっ!)


 穴からわらわら作業員が出てくる。


「カイザーっ!

 どこだーっ!

 飯だぞー」


 すると源蔵の背後から黒い翼をはためかせカイザが降りてくる。


【フン飯か】


 源蔵は握り飯をカイザは多めの肉片を食べる。

 昼食終了。

 午後の作業が始まる。


 作業が始まり一時間後。


 ドドドゥ!


 穴の中で重い大きな音が聞こえた。

 現場に緊張感が走る。

 源蔵は嫌な予感を覚える。


(落盤だーっ!)


 嫌な予感的中。

 源蔵は穴の中へ走る。

 中は落盤の土煙で空気が淀んでいる。

 断線したのか明かりは消え、薄暗い。


「大丈夫かーっ!」


 源蔵は声を張り上げる。


(た……

 助けて……)


 微かに声が聞こえる。

 声のほうに歩いて行くと作業員が倒れている。

 太腿辺りに大きな岩が乗っかり動けない様だ。


(ち……

 力が入らない……

 助けてくれ)


「待ってろ。

 すぐに助けてやる」


 源蔵は作業員の太腿の岩をどける。

 その下から痛々しい傷が出てくる。

 源蔵は作業員の腕を肩に回し立ち上がる。


(いたたっ!)


 作業員が痛みを訴える。

 おそらく足が折れているのだろう。


「もう少しの辛抱だ。

 すぐに出してやる」


 作業員を引きずり出口に向かう。

 もう少しで出口だ。

 そう思った瞬間。

 源蔵に頭に衝撃が走る。


 ドドドゥ!


 薄れゆく意識の中でさっき聞いた大きな音を聞く。

 源蔵は気を失った。


 後編へ続く


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