第八十一話 竜司、名古屋を後にする。

「やあ、こんばんは。

 今日も始めて行こうかな」


 ###


 僕はあかざさんの腕で首を絞められたままホテルの外へ出た。

 苦しい。


「ちょ……

 ちょっとあかざさん!

 ついて行きますから腕を離して下さいっ!」


「ん?

 あぁわりーわりー。

 ついな……

 ヘヘヘ」


 ようやく解放された。

 首をさする僕を見て蓮が駆け寄る。


「竜司、大丈夫?」


「あぁ……

 ありがとう蓮」


「ヒューヒュー、お熱いねえ。

 よっご両人っ!」


 あかざさんが茶化す。

 ふと後ろから鋭い視線を感じる。

 振り向くと助手の内の二、三人が恨めしそうな眼で僕を睨んでいる。


 くわばらくわばら。

 僕はたまらずあかざさんの隣に行った。


あかざさん、今日のカンファレンスとても面白い内容でした。

 あと今回発掘された木炭のへこみは何なんですかねえ」


 僕は正直な感想と生まれた疑問について聞いてみた。


「あーアレな。

 多分竜の足跡じゃないかって思う訳よ。

 ま、アレが竜に関係無くても松尾寺には何らかの形で竜は接触してるはずだ」


「どうしてそう思うんですか?」


「松尾寺の仏像、何ていうか知ってっか?

 竜司君」


「いえ」


「アレな。

 飛行観音って言うんだぜ。

 雲の上から現れたからそう名付けられたらしいんだが私はあれが……」


「竜をモチーフに作られたって言うんですか?」


 相変わらず突飛な発想だ。

 いや、妄想か。


「ああ、そりゃまだわかんねぇけど……

 もしそうならすっげぇ面白くねぇか?」


「確かに……

 でも……」


「デモもストライキも無いっつーの。

 昔だろうが未来だろうがやってる事は同じ人間なんだから面白い事は面白いって思うはずだろ?

 違うかい?

 竜司君」


「そうですね」


 このあかざさんの言ってる事は無茶苦茶なんだけど異様な説得力がある。

 そんなこんなで僕らは飲み屋に到着した。


 元祖名古屋メシ 陸味酉ろくみどり本店


 和風な居酒屋だ。

 前の看板に目をやる僕。


 本日貸し切り DRAT様 御一行


「へへ、ついたついた。

 さあ入るよ。

 みんなっ」


(うぃーっす……)


 助手たちの元気が無い。

 何となくやれやれと言った感じだ。

 僕は聞いてみた。


「どうしたんですか?

 何か元気無さそうですけど」


(あぁ、これからかなり長いんでね……。

 今日はカンファレンスの出来も良かったから長丁場になるぞ……

 ココのご飯が美味しいのだけ救いだよ……)


 言葉にするとトホホと言った表情を見せる助手。

 中に入るとあかざさんと同い年ぐらいの女性が出迎えてくれた。


「あっちゃん、やっとかめ。

 あらぁ?

 蓮ちゃんも一緒なの?

 珍しいわぁ」


「おばさん、こんにちは。

 ご無沙汰してます」


 蓮はぺこりと頭を下げる。

 その女性は大正時代の給仕の様な古風なエプロンを纏い、ボリュームのある金髪で毛先がカールしている。

 ニコニコと上品な笑い方でどことなくお嬢様の様な気品を漂わせている。

 こんな飲み屋には似つかわしくない風貌だ。


「蓮、この人は……?」


「この人は風早かざはやさくらさん。

 ママの同級生……

 っていうか。

 レデ……」


 蓮が何かを言いかけるとあかざさんが怖い目で睨む。


「蓮っ!

 その事は言わなくていいっ!」


「わかったわよ」


「えぇ~?

 あっちゃん。

 アタシ達の思い出じゃないのよう。

 ホラこの頃はこんなにカッコよかったのにぃ」


 さくらさんが胸元から写真を取り出す。

 あかざさんの顔がボッと赤くなる。


「あぁっコラッ!

 てめー!」


 両手で写真を掴み取ろうとするあかざさん。

 それを躱そうとするさくらさん。

 写真が手から離れ、僕の足元に落ちてくる。

 それを拾って見て見ると……


 喧嘩上等 天上天下唯我独尊 全国制覇


 写真にはウンコ座りをしている黄色い特攻服を着た若いあかざさんと、白い特攻服を着たさくらさんが写っていた。

 二人とも若いがいくつぐらいだろうか?


「これは……」


 蓮の方を見て僕が尋ねる。


「ママは中学から高一までレディースの特攻隊長だったのよ……。

 私は見た事無いけど当時はそりゃあもう凄かったらしいわ……。

 電撃姫の異名が近畿全域で知れ渡ってたんだって」


 よく異名がつく人だなあ。


「でもさくらさんはそんな感じに見えないけどなあ」


 写真でも格好はアレだがお嬢様といった気品は漂っていた。

 その僕の発言を聞いてあかざさんが固まった。


「……竜司君は当時のさくらを知らないからそんな事が言えるのよ……」


 あかざさんが言うには当時笑いながら相手を血祭りにあげるとして味方からも怖がられていた。

 笑いながら相手をバットでボコボコにするそうな。

 付いた異名が微笑天女びしょうてんにょ


「やだわぁ、あっちゃん。

 そんなに酷かったかしら?」


「ちなみにチーム名は何て言うんですか?」


 僕は聞いてみた。

 するとあかざさんがぽつり。


「……怒羅魂連合どらごんれんごう……」


「え?

 何ですって?」


怒羅魂連合どらごんれんごうだよっ!

 怒羅魂連合どらごんれんごう!」


 あかざさんは吐き捨てるように言う。

 そこから僕は新たな疑問が沸いた。


「でもその名前竜河岸だから付いたんだと思うんですけど、特攻隊長って総長じゃないですよね?」


「あぁ、それは総長も竜河岸だったんだよ」


 あかざさんが言うにはその総長が育った土地は竜河岸への差別が激しい土地でお決まりの虐めを受けてそこから不良になった。

 今は別の所で子供をもうけて幸せに暮らしているそうだ。


「もういいだろ昔の話はよう!

 それより早く手羽先と生中持って来いっての」


「何よう。

 わかってるわよう。

 みんな楽しみにしててねん。

 まだまだあっちゃんの話あるからん」


 そう言い残し厨房に消えて行った。

 一騒動が終わり僕らはようやく座席に座った。

 おそらくあかざさんは酒を飲むんだろう。

 素面の内に聞いておきたい事があった。


あかざさん、そう言えば何で僕らの事を竜河岸って言うんですか?」


「ん?」


「いや、だって外国ではドラゴンテイマーって言いますよね。

 それに比べて何というか叙情的な感じが……」


「ほう、叙情的ってなかなか難しい言葉知ってるじゃない。

 じゃあ、そんな竜司君に質問です。

 日本で初めて竜河岸になった人って誰だか知ってる?」


「いえ、わからないです」


谷崎潤一郎たにざきじゅんいちろうよ」


 驚いた。

 細雪ささめゆきなどの作品で知られる昭和初期の作家だ。

 日本文学はそんなに詳しく無い僕でも知っている。


「そうなんですか!?」


「そう、そしてその竜河岸という言葉を作ったのもその人よ。

 谷崎潤一郎に訪れた竜はメスの竜だったらしいわ。

 そして彼はその竜を愛した。

 そしてその竜はホールを潜り、向こうに帰ってしまった。

 その叶わぬ恋心を込めて自らを竜河岸と称したそうよ。

 河の岸辺に居る竜。

 その河は深くて大きくそして黒い。

 そんな詩も残しているわ」


 まさか竜河岸の名前のそんないきさつがあったなんて。

 でもその谷崎潤一郎の竜は何故帰ってしまったのだろう。


「どうしてその竜は帰ってしまったんですか?」


「そこまでは知らんなあ。

 谷崎は近畿の方でも住んでたらしいから一回生家でも掘ってみようかねえ」


「いや、昭和初期なら別に掘らなくても……」


「それもそうか。

 つまらん」


 あかざさんがそう言ってこの話は終了した。

 そこへさくらさんが厨房から帰って来た。

 大皿を二つ持って。


「はぁい、お待たせぇ。

 陸味酉ろくみどり特製手羽先よぅ。

 よいしょっ……

 と」


 ドスンと大皿を二つ置く。

 百いや二百本はあるだろうか。


「今日はルンルちゃんとぉそこのお友達の竜も一緒だからぁ。

 大量に作ったわぁ」


【なぁなぁ竜司。

 これ食っていいのか?】


「いいよ」


【アタシも頂こうかしらん】


 ガレアとルンルが手羽先を食べだした。

 食べ方に少し違和感がある。


「僕らも一つぐらい食べよっか。

 蓮?」


「ええ」


 一つパクリ。

 甘辛いタレと弾力のある鶏肉が口の中で一体となる。

 散りばめられた胡麻の風味も効いている。

 これが名古屋の手羽先か。

 美味しい。


「美味しいでしょ竜司。

 さくらさんの手羽先はここの名物なんだから」


 確かに美味い。

 僕は骨の周りの肉も綺麗に食べて骨入れに骨を入れる。

 あ、ガレア達に感じた違和感が解った。

 こいつら骨ごと食べている。


「ねぇガレア……?

 これは?」


 僕はわざわざ骨入れから骨を戻しガレアに見せる。


【うまうま……

 何だそれ竜司】


 口を咀嚼しながらガレアキョトン顔。

 まあいいか。


「相変わらず美っ味ぇなあ。

 名古屋に来たらこれを食わなきゃな」


 あかざさんは手羽先を食べながらジョッキのビールを呑み干す。


「お~い、生中おかわり~」


 あかざさんは厨房に向けて声をかける。


「ごめぇん、あっちゃん自分でやってぇ」


 厨房から声がする。

 やれやれと言った感じで厨房に消えて行ったあかざさん。


 じきに出てくる。

 まずはCMで見た様な感じで片手に中ジョッキを四つ。

 計八本持って現れた。


 そしてさくらさんは大きい。

 本当に大きい皿をもって現れた。


「よい……

 しょっと。

 さあ名古屋名物あんかけスパゲッティよ」


 山のように聳え立つスパゲッティの山。

 上にとろりとしたあんかけがかけられている。


 一口。

 あれ?

 このあんかけトマト味だ。

 不思議な味だなあ。

 ってあかざさん、それ全部飲むつもりだろうか。


「お前らー持ってきてやったぞー。

 呑めー」


(ウィーッス)


 ###


 三時間後。


 色々呑み喰いも進んだが、まだまだ宴会は終わる気配が無い。

 だがあかざさんは出来上がりつつあった。

 それはそうだ。

 もう中ジョッキを開けた数は十を超えている。

 そんなあかざさん、持っている中ジョッキを一気飲み。


「んぐっんぐっ……

 っっっプハー……

 この一杯のために生きてるなあ」


 ここから酔ったあかざさんの真骨頂が発揮された。


「よしっ

 お前ら脱げっ。

 主に下半身」


 呑んでいる助手を見てあかざさんがおもむろに言う。

 助手の呑んでいる手が全員止まる。

 って言うか何を言ってるんだこの人は。


(はぁー……

 またか)


(そろそろ来ると思ってたんだよな……)


 いそいそとズボンに手をかける助手の人達。

 というかパンツまで降ろそうとしているぞ。

 たまらず僕は制止する。


「ちょ……

 ちょっと待って!

 どこまで降ろすんですか!?」


(え……?

 どこまでって全部だよ)


 中にはパンツまでで止まっている人もいる。


(ちょ……

 先輩どこまで降ろすんですか!?)


(あぁ、君はDARTダートに来て間が無いんだったな。

 これは打ち上げ恒例の儀式みたいなもんだよ。

 これ完全に脱ぐまで終わらないから)


 その助手さんが言うには脱がずにいると最終的にあかざさんが強制的に脱がすんだそうだ。


「早く脱げー。

 主に下半身。

 主に下半身」


 二回言った。

 まあ、ここから先はたつの教育上良くないから言わないけどまあ地獄絵図だったよ。

 地獄の様なひと時は済んだが、まだまだあかざさんは止まらない。


「蓮~?

 ちょっとこっち来なさい~」


「いやよ何でよ」


 蓮はむくれた顔でそう言う。

 だけど止まらないあかざさん。

 素早く蓮の後ろに回り込む。


「ちょっとママ!?」


「んふふ~

 良いではないか良いではないか」


 後ろから蓮の両胸を揉みしだきだした。

 僕は赤面しながらその光景を凝視してしまった。


「ちょっとママ止めてよっ!

 あぁっ……」


 蓮が色っぽい声を吐く。


「ちょっと連、アンタまだまだちっさいわねぇ」


 ようやく手を離すあかざさん。

 両腕で胸を押さえながら蹲る連。

 ルンルも一言。


【そうなのよあかざさん。

 アタシがもっとキャベツ食えって言ってるのにねぇ】


「……まだまだ成長期だもんっ……」


 両胸を押さえたままキッと二人を睨む。

 少し涙ぐんでいる。


 更に時は進み二時間後。

 助手は右から全員酔い潰れて寝てしまっている。

 今起きているのはあかざさん、さくらさん、僕、蓮、ガレアとルンルの六人だ。


「ウィ~……

 そぉーいえば竜司君。

 住んでるところ近畿だろ?

 名古屋で何してんの?」


 あかざさんは上から僕の肩に手を回し聞いてくる。

 かなり酔っている様だ。


「僕は今横浜に向かっているんです……」


「何でまた……

 学校は……

 まあいいか……

 サボれサボれ」


「いえ……

 学校自体休学中でして……」


「あらぁ?

 どうしてかしらぁ?」


 料理を終えたさくらさんが厨房から戻って来た。

 身に着けているエプロンで手を拭きながら僕の前に座る。


 僕は横浜事件の事。

 引き籠もりだった事。

 家出同然で飛び出した事を告げた。

 まさか名古屋で最初にこの話をするのが蓮の母親だなんて。


「マジか……

 逆鱗に触れたのか……?」


 あのあかざさんがひいている。

 さくらさんは察してくれた様で。


「ならぁ、横浜には供養で行くのねぇ」


「そうです。

 もともと家出で出てきたんですが旅で出会った友達のアドバイスで……」


 あかざさんが口を開く。


「竜司……

 どうだった?

 世の中は……」


「はい……

 世の中には色々な竜河岸が居るんだなと……」


「そうだろう?

 世の中は広いっ!

 バケモンみたいな竜河岸も居る」


「そうですね……

 でも竜河岸は優しい人ばかりでしたよ」


「みんなそれなりに色々キツい目に遭ってるからねえ。

 人間傷ついた分だけ優しくなれるもんさ……

 さて、竜司……

 これから関東に向かうんだろ?

 関東は今かなり荒れているらしいよ」


 あかざさんが言うには今かなり関東は竜河岸関連で荒れているらしい。

 今回のカンファレンスも元々東京で開かれる予定だったとか。


「そ、こ、でだっ!

 いっちょ竜司の力を試してやろうかねえ。

 オイ!

 ルンル!」


【なあに? 

 あかざさん】


「ちょっと協力しなっ!

 さぁ竜司……

 かかってきなっ!」


 ほろ酔いのあかざさんは右肘を立てて右人差し指をチョイチョイとして僕を招いている。

 これは腕相撲のポーズだ。


 僕は勝負を受ける事にした。

 やるからには僕も負けたくない。


「やりましょう。

 手加減しませんよ。

 ガレアッ!」


【何だ竜司?】


 ガレアがのしのし近づいてくる。

 僕は右肘を立てて拳を繋いだ。


魔力注入インジェクトでも何でもアリだよ」


「良いんですか?」


「おや?

 カマかけたつもりだったのに本当に使えるなんてね。

 じゃあこっちも……

 魔力注入インジェクト……」


魔力注入インジェクト


 トクン。

 心臓の高鳴りを感じる。

 準備OK。


「じゃあレディーGOッ!」


 僕は右手に魔力を集中させ全力で行った。

 僕の中では勝負は一瞬でつくはずだった。


 が、全く動かないあかざさんの腕。

 まるで溶接された鉄棒と腕相撲している感じだ。


「グッ……!

 ヌァァァァ!」


 全く動かない。


「やっぱりね。

 魔力注入インジェクトを使えるって言ってもまだ基礎だけか……

 ホイ」


 あかざさんが軽く腕を倒すと僕の身体は勢いよく反転し、仰向けに叩き付けられた。


 あかざさんは倒れてる僕を見下ろし不敵に笑う。


「竜司……

 アンタ魔力注入インジェクトを使えるのはいいけど魔力移動シフトがなっちゃないね」


「シ……

 魔力移動シフト?」


「要するに魔力の無駄遣いだよ。

 集中力が足りないんだよ。

 だから現役退いたアタシなんかに簡単に負ける」


「くっ……」


 僕は悔しかった。


「まあ何でこんな勝負を仕掛けたかって言うとこんな悪い時期に関東に向かうって言う若者に餞別だよ。

 次に使う時は魔力移動シフトについて考えてみな」


 そう言って中ジョッキを呑み干すあかざさん。

 こうして宴は終わった。

 名古屋でやる事はもう無い。

 僕は旅立つ決意をした。


 JR 名古屋駅


 見送りに来てくれたのは蓮とあかざさんだ。


「竜司、次はどこへ行くの?」


「次は静岡に行こうと思う」


「静岡かい?

 なら気をつけるこったねえ。

 一年ぐらい前に赤の王が来てるらしいからねぇ」


「ホントですか……?」


 僕は生唾を呑みこんだ。


 PURURURURU


「あ、電車が出ちゃう。

 じゃあそろそろ僕は行くよ」


「うん、気をつけて。

 ピンチの時は私を呼んでね」


「わかった。

 じゃあ行って来る!」


 僕は名古屋を後にした。


 ###


「はい、今日はここまで」


「パパー?

 ジョシュの人達は何で脱いだの?」


 結構色々話したのに聞いてくるところがそこか。


たつが少し大人になってから教えてあげるよ……

 おやすみ」

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