第三十六話 竜司、ヒビキにコテンパン

「やあ、こんばんは。

 昨日は……

 そうそう、ヒビキが帰って来たところだったね」


「パパー、このシューキョーの話まだ続くのー?」


 たつにはやはり退屈なのだろう。


「ただ、これも本当の出来事なんだよ。

 じゃあ始めようか」


 ###


 ヒビキは帰ってくるなり、ドカッとリビングに座った。


【あー、めんどくさかったぁ。

 やっぱり人間社会で金を稼ぐってのは大変だねぇ】


 ヒビキはそんな事を言っているが、服しか汚れていない。


氷織ひおり、何を見ているんだい?】


「アステバンです」


 氷織ひおりはTVを見つめたまま、ヒビキの方を見ずに答える。

 最初こそ何やかんやケチをつけていたがアステバンに熱中している様子。


【アステバン?】


「僕が持っていた特撮ですよ」


 僕は簡単に説明した。


【そういえば、今日はどうだったんだい?

 氷織ひおりは良い子にしてたかい?】


「あ、それは別に……

 それよりも天涯教ですよ」


 僕は今日一日の事を話した。


 天涯との出会い。

 托身の業。

 天竜の洗礼。

 並河なみかわさんの事。


「……というわけです。

 天涯教……

 僕の印象ですけど、あれは完全なる詐欺集団ですね」


【あー……

 だよねぇ。

 人間がどうなろうと知ったこっちゃないけど、やっぱり氷織ひおりへの影響を考えるとねえ】


「一刻も早く脱会するべきです」


【そうは言ってもねえ……

 昨日も言っただろ?

 ウチの生活がねぇ】


氷織ひおりちゃんの稼ぎっていくらなんですか?」


【一回五万。

 週三~四だから月に十五~二十万だね】


「僕は引き籠もりだったのでよくわかりませんが同じぐらい稼ぐのって難しいですか?」


【いや、求人はあるよ。

 でもそれは日本語が話せるのが前提だよ】


「わかりました。

 ちょっと待って下さい」


 僕は携帯を取り出した。

 電話帳からある人の名前を引き出す。


 蘭堂凛子らんどうりんこ


 僕は凛子さんに電話をかけた。


「もしもし、凛子さんですか?」


 受話器の向こうで凛子さんは嬉しそうだ。


「あら?

 竜司君、旅は順調?」


「まあ、何とか。

 今日は凛子さんにご相談がありまして」


「何かしら?」


「今こちらである竜河岸たつがしの家に御厄介になっているんですが、グースに電話を代わっていただけないでしょうか?」


「グースに?

 いいわよ、ちょっと待ってね……」


 僕は挨拶も早々にグースに電話を代わってもらった。


【はい、如何いたしましたか竜司様】


 グースが電話に出た。

 物腰は電話でも変わらない。


「グースってカンナちゃんが誘拐された時普通の人でも聞き取れる言葉で話していたよね?」


【はい、それが?】


「あれって習得に時間がかかるの?

 後、何で覚えようと思ったのかを聞きたいんだ」


【動機は簡単ですよ。

 マスターの診療所を手伝うには症状を伝えれた方が合理的と考えたまでです。

 後、習得は人間みたいに学校に通うとか必要ありませんよ。

 私の場合は魔力を使って……

 時間にして……

 十五分と言った所でしょうか】


 魔力万能すぎるだろって思ったよ。


「そんな簡単にできるんですか!?」


【魔力の使い方に多少コツがいりますが、これは電話では少々伝えづらいですね】


「わかった!

 ありがとうグース」


 そこで電話を置いた。

 そしてヒビキとに向かって


「ヒビキ。

 今、僕の知り合いの竜に聞いてみたけど上手く行けば十五分で話せるようになるそうだよ」


【じゅ……

 十五分!?

 ホントかいソレ!?】


「ええ、その竜は診療所で診察をしてますから間違いないかと思います」


【そうかい、それなら……】


「天涯教とは縁を切りましょう」


【そうだね】


【アステーークラーーシュ!】


「わぁっ……

 ククク、やるな……

 だが俺も負ける訳には……

 いかない!」


 そんなやり取りが聞こえ何の騒ぎだとガレアと氷織ひおりの方を見ると二人向かい合ってわーきゃーやっていた。

 要するにアステバン見てテンション上がってごっこ遊びに移ったって事だろう。

 ガレアがアステバン役。

 氷織ひおりがサイボーグハンター役だろう。


【アステショット!

 バンバーァン!】


「その攻撃はとうに見切っている」


 銃を撃つ真似をするガレア。

 それを避ける真似をする氷織ひおり


【何だよ!

 氷織ひおり

 ずりぃぞ!

 これは第二十話「海底大決戦」だろ?

 そこでアステショット当たってたじゃんか!?】


「いいえ、ジャニスならそこで避けるはずです。

 何度も見ている攻撃ですから」


 したり顔の氷織ひおり

 やきもきするガレア。


 僕は何か微笑ましくなってヒビキと笑いながら見ていたんだ。

 そこでハッと僕とヒビキの視線に気づいたようだ。

 顔が真っ赤になり


「ハッ……!?

 こっ……

 これは違うんですっ!

 別にジャニスがカッコよくて真似したくなったとかじゃなくっ!

 ……これは……

 そう……

 現場検証ですっ!」


「現場……

 検証……?」


 僕はこみあげてくる笑いを押さえつつ何とか聞いてみた。


「そうです!

 あの第二十話「海底大決戦」でのジャニスの動きは正しいのかという検証です。

 私がそんな低学年がやるようなごっこ遊びなんてやる訳がですね……」


 氷織ひおりの赤面がとんと治まらない。

 見られた感が半端無かったんだろう。


【わかったよ氷織ひおり

 現場検証ね。

 そうだねその通りだよ】


 さすが母親代わり。

 氷織ひおりのあしらい方も手馴れたものだ。


氷織ひおり、話があるからこっちにきな】


「何ですか?」


氷織ひおり、アンタ天涯教にはもう行かなくていいよ】


「え……

 それでは家計は……?」


【アタシ近いうちに日本語話せるようになるからね。

 もう稼ぎが悪いなんて言わせないよっ】


「そうなんだ、僕は今日天涯教を見たけどあんな所に関わる必要はないよ。

 ヒビキの日本語に関しては僕が何とかする」


「わかりました。

 家計が問題ないなら私は別に……」


 とりあえず良かった。

 氷織ひおりもそんなに天涯教に執着はない様だ。

 僕は安心してその日は眠った。


 翌朝


 朝食の場にて。


【竜司、アンタは今日は何するんだい?】


「今日は……

 十八時に並河なみかわさんと会う予定ぐらいで、それ以外は何も……

 ですので魔力制御とスキルの練習をしようかと……

 あ、この辺りで練習できそうな場所ってありますか?」


【なら龍王山がいいね。

 天涯駅からバスで二十分ぐらいで行けるよ】


「ありがとうございます。

 氷織ひおりちゃんは今日は?」


「何言ってるんですか?

 学校に決まっています」


 無表情にそう返す。

 そうか今日は平日か。


【アタシも今日は仕事が無いからね。

 どれ……

 竜司の魔力制御の練習に付き合ってやろうかね】


 高位の竜ハイドラゴンのヒビキに練習を見てもらえる。

 これは大きなレベルアップが望めるのではないかと思い即答した。


「お願いします!」


 朝食を終えた僕らは各々外出。

 氷織ひおりは学校。

 僕とガレア、ヒビキの三人は天涯駅へ


「それではいってきます」


【ああ、いってらっしゃい】


 氷織ひおりを見送り、僕らは天涯駅に向かった。

 天涯駅からバスに乗り込む。

 バスの中、ヒビキとの会話の中で


【そういや、竜司のスキルはどんなだい?】


「僕のスキルは全方位オールレンジと言って、範囲内の人間や竜、竜河岸たつがしの位置や健康状態が解るんです」


【へぇ、他は?】


「いえ、他は特に……」


【アンタ十四才だろ?

 やれる事少なくないかい?

 スキルあまり使ってないのかい?】


「いえ、実は僕が竜儀の式を終えたのは最近なんです……」


【何かあったのかい?】


 ヒビキの質問に何故かガレアが答える。


【ヒビキー、コイツ一回式やってそん時逆鱗に触れちまってよう。

 そんでそれ引きずってたんだよー】


「はい、その通りです……」


【前に言ってたやつだね……

 なるほど、それ以上は聞かないよ】


「ありがとうございます」


 ヒビキの竜らしからぬ人間味のある気遣いに感謝した。


 直に到着。

 三人は森林を歩き奥へ進む。

 十分程歩くと大きな誰も居ない草むらに着いた。


「じゃあ、やります……

 ガレア、口を僕の指の方向に向けて」


【はいよ】


魔力閃光アステショット!」


 キュンッ!


 ガレアの口から一筋の光が射出。

 木に当たりボコッと抉れた。


【それが竜司の魔力制御技かい?】


「はい」


 何か先生に評価してもらっているような気分だったよ。


【ふうん「橙の王」の技に近いね。

 まあ、威力はダンチだけど】


「橙の王って高位の竜ハイドラゴンのですか!?」


【そうだよ】


「凄いよガレア!

 高位の竜ハイドラゴンと同じなんて!」


【そうか?

 ムフー】


 ガレアも嬉しそうだ。

 ただそこにヒビキのストップが入る。


【ちょいちょい、待ちなっ。

 技が似ているだけで全然弱いんだよ。

 大体技を放つのに時間がかかり過ぎている。

 技を放つのに一秒~二秒もかかっていたらすぐにやられちまうよ】


 確かに納得する部分はあるが僕だってイメージする時間は短くなっているんだ。

 そんな事を考えたら顔に出たんだろうね。


【納得していない顔だねえ。

 じゃあ一回組み手をやろうか?

 色々弱点も見えたしね】


「組手……

 ですか……

 はいわかりました」


【じゃあ、やろうか?

 開始の合図はそっちでいいよ】


「じゃあ、開始!」


 僕は間合いを取るために離れようとした。


 が、それは適わなかった。

 僕は仰向けにつんのめって倒れた。

 何か両足首が冷たい。

 上半身を起こし両足を見るとカチカチに凍っていた。

 僕は焦ったよ。


「うわぁぁぁ!

 ガレアァァッ!?」


 ガレアの方を見るとガレアの口がカチカチに凍っている。


「ガレア……」


 ガレアの姿に絶句していると僕に影が覆い被さる。

 見上げたらヒビキが立っていた。


【はい、こういう事っ!】


「うわぁぁ!」


 ヒビキのボディブローにやられると確信した。

 だけど寸止めでヒビキは止めてくれた。


【竜司、わかったかい?】


 ヒビキはウインクしながら指をパチンと鳴らす。

 すると僕の足とガレアの口を覆っていた氷は霧状になって消えていった。


 僕は初めて負けた。


 ###


「はい、今日はここまで」


「パパー、負けちゃったね……」


「うん。

 僕もその頃ガレアといれば無敵だと思っていたからね」


「パパー……」


 たつが悔しそうに僕を見る。


「でも心配いらないよ。

 僕はここからもっと強くなるから」


 たつの顔が明るくなった。


 じゃあ、今日はもうおやすみ……


            バタン

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