第二十四話 竜司のタイマン

「やあ、たつ

 今日も始めて行こう」


「パパッ!

 今日はケンカの話だねっ」


 たつは興奮している。

 やはり男の子なんだなあ。


 じゃあ話して行こう。


 ###


「じゃあ、行くでっ!」


 げんは拳を握り、僕に向かって間合いを詰めてきた。


「オラァッ!」


 げんの拳。

 右肩を狙っている。

 ガードしなきゃ。

 僕は咄嗟にそう思った。


 ガードは間に合った。

 だけど、両膝を付いた。


「はぐぅっ!」


 何だこれ?

 ガードしたじゃないか?

 僕は頭が混乱した。


「クリーンヒットゥ!」


 げんはニヤリと笑い立っている。


「不思議な顔しとるなぁ。

 ガードしたのにって顔に書いとるでぇ。

 じゃあ、説明するとやなぁ。

 これがワイのスキル。

 震拳ウェイブや。

 ガードしたかて無駄やで」


 僕が絶望して立ち上がれずにいると、げんは説明を続けた。


「衝撃は波や。

 ワイはすめらぎを殴った瞬間波を送り込んだんや。

 体を波が伝わって内部から破壊すんで」


「竜司!」


 蓮が心配そうにこっちに駆け寄ってこようとする。


「邪魔すんなやァッ!

 ダボがぁ!

 お前らはコイツの相手しとけ!

 ベノム!」


 ベノムは黙って蓮とルンルの前に立ちふさがった。


「これで助けはこんなぁ……

 さぁ立ちぃ……」


 ようやく動けるようになった僕は立ち上がり、拳を握った。


「闘志はまだ消えてないようやなぁ……

 ほな行くでっ!」


 げんの右フックが飛んできた。

 僕は後ろに下がった。


 ズン


 げんの右ミドルキックが僕の右脇腹に刺さった。

 内臓がグルングルン回っている。

 これは駄目だ。

 げんの攻撃を腹に食らうのはまずい。


「ああ、言い忘れとったわあ……

 ワイの震拳ウェイブやけど、拳言うてるけど足も一緒やで」


 僕は吐いた。

 気持ち悪くて仕方がない。

 またげんが来る。

 避けるか防ぐかしなきゃ。

 痛みと気持ち悪さで体が動かない。


 ガスッ


 僕はまともに食った。

 左わき腹と右肩甲骨あたりに。

 波が体を駆け巡るのが解る。


 さっきよりも波が強い。


「あっちゃぁ~……

 ワイの攻撃二つまともに受けたらあかんわぁ」


 僕は前のめりに倒れた。

 顔は僕の嘔吐物で汚れたけど、そんな事はどうでも良かった。

 もう開放してほしい。

 許してほしい。

 誰か助けてくれ。


「やっぱ、竜河岸たつがし言うても十四歳やったらこんなもんかぁ」


 僕は髪を捕まれ、上に持ち上げられた。


すめらぎィ……

 ワレ、まだスキルも使ってへんのとちゃうんか?

 ケッ……

 つまらん」


 僕は下に落とされた。

 スキル?

 スキルと言っても全方位オールレンジは索敵にしか使えない。

 すると無意識の中、全方位オールレンジが作動した。


 げんを見上げると、異変に気付いた。

 げんの右足首辺り、それと頭部分が赤くなっている。

 これはどう言う事だ。

 僕は考えていた。


「ちっ、しゃあないなあ……

 それじゃああの子に相手してもうかのう。

 おい!

 ベノムッ!」


 僕は迷っていられなかった。

 寝ながら、手に石を持ち、思い切り右足首をぶっ叩いてやった。


「いぎゃぁぁぁぁッッッ!!」


 げんが転げまわっている。

 右足首の赤が大きく濃くなった。

 全方位オールレンジ解除。


 げんうずくまっている。

 げんに勝つにはここしか無い。

 僕はそう思いげんの上に跨った。

 いわゆるマウントポジションという奴だ。

 両手に石も持ってる。


 げんの顔を……


 殴る。


「ぶへっ!」


 殴る。

 殴る。

 殴る。

 殴る。


 気がつくと拳から血が出ていた。

 でも僕は気にせず殴り続けた。


 ここで僕が負けたら蓮が……

 こいつをここで止めないといけない。

 僕は殴るのを止めなかった。


「待てや」


 僕は両手首を捕まれた。


「よう楽しぃ、殴ってくれたのう。

 いったぁー……

 石持ってどついたらそら効くわ……

 よっと」


 げんの強烈なブリッジで僕は前に吹っ飛んだ。


「こんな下手くそなマウントでワイがやられるかぁ」


 僕は立ち上がって相手と向かい合った。

 げんのダメージは大きそうだ。

 しかし、げんは拳を握りこちらに向かって来る。


 僕との間合いが狭まった時、げんがバランスを崩した。

 良い位置に顔が来たから左膝を下顎に叩きつけてやった。


「ぶほっ!」


 後ろに倒れこむげん


「くそぅ……

 足が響きよる」


 二、三分後。

 げんがゆっくり起き上がって来た。


「まだやるのか!?」


「まだやるに決まっとるやろう!

 ダボォッ!

 ……うぉえぇぇぇぇぇぇ!!」


 げんが吐いた。

 そして頭を押さえ、左右に振る。


「ブラックアウト……

 限界か……」


「ブラックアウト?」


「ああ、ネタ切れや……

 もう震拳ウェイブは使えへん……

 こっからはワイとすめらぎのガチンコやっ!」


 僕は生唾を呑んだ。


「さあ!

 こいやぁっ!

 ワイはまだ負けてへんぞ!」


 僕はげんの近くまで歩き、拳が届く距離まで詰めた。

 お互い満身創痍。

 だが一触即発。


 まずげんが右フック。

 僕の右頬に当たる。


 痛い。

 が、震拳ウェイブ程では無い。


「ぐはっ」


 僕の左フック。

 げんのみぞおちに当たる。

 身体がくの字に曲がる。


「ごはぁぁっ」


 げんの口から唾液が滴る。

 が、そこから勢いよく僕の下顎に頭突きを食らわせる。


 僕の上半身が後ろに仰け反る。

 だが、僕も負ける訳にはいかない。

 すぐに体勢を立て直した。


 ここからが酷かったよ。

 ずっとお互いに殴り合ってたよ。

 どっちも倒れないからもうずっとね。


 最後、お互いのストレートが互いの顔面を捕え二人ともあお向けに倒れてしまった。


「はあっ!

 はぁっ!

 何なんだよお前ェッ!

 初対面の人間におかしいだろォッ!?」


 僕は質問を投げかけた。


「ワイなぁ……

 とーちゃんが好きでなぁ……

 とーちゃんは強かったわ……

 竜に跨って……

 町の治安を守ってて、でもある竜絡み事件で亡くなってなあ……

 めっちゃ泣いたわ……

 そんで思たんや……

 ワイがもっと強くなればって……

 そんで元々ばーちゃんの竜やったベノムを受け継いでこの震拳ウェイブを授かった……」


「何だよ……

 その話が初対面に殴りかかるのと何が関係してるんだよ」


 空から小雨が降って来た。


「まぁ聞きいな……

 ほんで最初はみんなワイが守ったるって思ってた……

 でもどこでどう間違ったか気がついたら関西で一番強い不良と呼ばれるようになっとったわ」


 僕は黙って聞いていた。


「そんで竜河岸たつがしの中でも一番なったろうって。

 関西の竜河岸たつがし片っ端からイワしたったわ」


「そこで僕を見かけてケンカ売ったって事?」


「そうや」


 滅茶苦茶だこの人。

 僕はそう思ったよ。


「でも見たら痩せっぽちのもやしやし、完全ワイ見てブルッとったやろ?

 でも後ろの竜は強そうやしな」


 僕は雨に打たれながら仰向けに話を聞いていた。


「ほんでケンカしようにも逃げられたらかなんしなあ。

 そしたら仲間の一人が女を拉致ったらって言ってきてなあ」


「それで蓮を誘拐したのか。

 卑怯だな」


「ワイかてこんな事したくないわ。

 でも仲間から逃げられたらどうしますとか俺らが全部やりますんでとか言われたからなあ」


 僕は外見と迫力に騙されていたのかもしれないけどもしかしてげんって良い奴なんじゃって思い始めていたよ。


「だからあのねーちゃんにも指一本触れてないし、エロい事もしてへんしさせてへん」


 げんの方が先に起き上がり、胡坐をかいて僕の顔を覗き込んでいる。


「なあ、すめらぎ

 お前のパンチ効いたわ。

 また当分飯が食えへんかもなあ」


 げんの顔は酷く腫れ上っていた。

 だけどその時見せたげんの笑顔は晴れやかだった。


「なあすめらぎ……

 またワイと……」


げんーーッッ!!」


 僕の頭の方で大声がした。


「ゲッ!?

 ババッ……

 ばーちゃんッッ!?」


「またお前は人様に暴力振るってからにぃっ!

 このゴンタがーー!」


 げんが何かでおばあさんに叩かれている様だ。

 杖かな?


「許してばーちゃんっ!!

 でも何でここへ……」


「ワシが寄合から戻る時、駐車場からこの二人を見てなあ」


鮫島さめじまさぁん……

 すんません……)


「ワシは挨拶のつもりで声かけたらえらい様子がおかしくてなあ。

 詰め寄ったらここに案内されたんや」


(このお婆さん、苦手っす……)


(俺もっす……)


「お前ら、裏切ったんかー!」


(ひえっ)


げん~~……

 お前わかっとると思うけど……

 今回の件でのこの子らへの仕返し等の意趣返しは許さんでぇー」


「わ……

 わかってるわ。

 そんな事せえへん」


「ベノムっ!

 お前も付いていながらこのザマは何や!」


 倒れていてよく解らなかったけど、何かでバシバシ叩かれている音が聞こえた。

 多分ベノムが叩かれている音だろう。


「竜司!

 竜司!

 大丈夫!?」


 この声を最後に僕は気を失った。


 ###


「さあ、今日はここでおしまい」


「パパー、げんって悪い奴だったのー」


 たつが心配そうに僕を見つめる。


「それがそうでも無かったんだよ。

 確かに外見こそ怖いけど、何ていうのかな?

 ただ不器用なだけだったのかな?」


「ふーん」


 あまり納得いってないようなたつ


 じゃあ、この続きはまた明日……

 おやすみなさい


         バタン

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