グラジオラスのせい


 ~ 十月二十四日(水) 誕 ~


   グラジオラスの花言葉 武装の準備ができた



 上野。

 裏路地。


 雑居ビルと古いアパートが立ち並ぶ、暗い一画。

 おおよそ修学旅行生が歩かないような道を、俺たちは進みます。


「なあ、六本木。この辺ちょっと怖くないか?」

「考え過ぎだって佐々木。別にひでえ目に遭うようなこたねえって」

「そうですね。一般的には、そうなのでしょうね」

「それはどういう意味…………、な! なんだ!?」

「……動くな。両手を上に上げな」

「ひいっ!」


 ……やれやれ。

 どこから尾行していたのです?


 佐々木君の背中にモデルガンをゴリゴリ押し当てて凄んでいるのは。

 榊原さかきばらゆうさんと言いまして。


 どういう訳か、俺と穂咲に付きまとう。

 東京で唯一の知り合いなのですけれど。


 この人。

 大変厄介なほどのいたずら好きなのです。


 だから俺たちが到着する時間を伝えただけで。

 この、はた迷惑な歓迎を準備してくれていたようなのですが。


「……ようし、いい子だ。そのまま歩きな」


 拳銃を、佐々木君の顔の横で振りながら。

 ゆうさんは学生服の背中をドンと押すと。

 佐々木君はイヤイヤながら、そして俺たちに怯えた目を向けながら。

 ゆっくりと歩き始めるのです。


「いいか、こんなとこで土に還りたくねえだろ。まっすぐ歩け」


 可愛そうに。

 佐々木君、ガチガチになっていますけど。


 さすがに苦笑いすら浮かべない六本木君と渡さんが。

 俺にひそひそと話しかけてきます。

 

「冗談の度が過ぎてるって聞いてなかったら、俺も腰抜かしてるとこだった」

「ああいう人なのです」

「ねえ秋山。これ、冗談って言うレベル?」

「ああいう人なのです」


 どういう訳か、椎名さんと神尾さんにはツボだったのか。

 二人して笑っていますけど。



 ……いや、違いました。


 二人して、手を取り合ってガクガク震えていました。

 怖さって、度が過ぎると笑いだすのですね。



 青ざめながら両手を上げて歩く佐々木君に。

 本日のお買い得品を説明するハスキーボイス。

 自分が店長をしているミリタリーショップを宣伝するために迷彩服を着ているゆうさんですが。

 それ、どう聞いたって恐怖を煽っているだけなのです。

 せっかくの説明も右耳から左耳へ抜けちゃいます。


 ゆうさんとは、小さい頃、数日遊んだだけだというのに。

 春に東京で再会した時、穂咲のお花のおかげで俺達のことを思い出して。

 そしてとんでもない事件に巻き込んでくれたのですが……。


「おい道子みちこ。今日は、咲太郎さくたろうは一緒じゃねえのか?」

「ええ、別の班なのです」

「んだよ。あいつに売りつけてやろうと思って、軽くて振り回しやすいコンバットナイフ仕入れといたのに……」

「切られるの俺なんで。絶対売っちゃダメなのです」


 相変わらず。

 俺と穂咲のことを変な名前で呼ぶ人なのです。


 ……そして到着したミリタリーショップ。

 佐々木君は、最後の一線、入り口の自動ドアには。

 いくら背中をどつかれても入ろうとしないのですけれど。


「おお、店はすげえな。佐々木、先に入ってるぜ?」


 六本木君が嬉々として店内に入ると。

 ようやく事態を正しく理解できた佐々木君も。

 ゆうさんと共に暗いお店の中へ消えて行きました。


「ねえ、ほんとに大丈夫?」

「あの人には夜通し追いかけまわされたこともありますが、まあ大丈夫でしょう。それより皆さんは入りませんよね? アメ横にでも行きます?」


 俺の言葉に、ようやく緊張が解けた女子三人。

 それが再び背筋を伸ばします。


「おい、道子」

「なんですゆうさん? みんなが怯えるから出てこないでください。俺だって、今日は二人を案内してあげただけなので、お相手したくないのです」

「相手したくねえってなんだよ。できねえって言いやがれ、ツレねえ奴だな。……まあいい。咲太郎に売るつもりだったナイフの予約取り消し書にサインしろ」

「複写紙の二枚目が、バイトの申込書になってそうなのでイヤです。……舌打ちされてもイヤです」


 何か、英語で怖そうな捨て台詞を吐いてお店に戻ってしまったゆうさんですが。

 若干、おばさんに似てるところがあるんですよね。

 意地悪な所とか。


 そんな、関わりたくない知り合いの店を後に。

 俺たちは駅の方へ引き返したのでした。



 ~🌹~🌹~🌹~



 アメ横というところは、実に不思議な場所で。

 食材屋、食べ物屋、洋服屋、電気屋、スポーツ用品店。

 お客様のターゲットがまったく絞られていないのに大賑わいという、実に変わった空間なのです。


 そんな中。

 俺たちは、雑貨屋に入って土産物を選んでいたのですが。


 女子三人は、先ほどの恐怖もすっかり忘れてはしゃいでいるのですけれど。

 俺は、土産はお菓子と決めていたので。

 雑貨を見ていてもあまり楽しくありません。


 ……でも。

 こういうの、穂咲も好きですよね。


 誕生日のプレゼント、結局買っていませんし。

 なにか参考になるかしら?


 ……目的意識が生まれれば。

 退屈な時間も早変わり。

 途端に楽しくなってきました。


「秋山ちゃん意外だね。こういう女子っぽい物、好きなん?」

「椎名さんこそ意外なのです。昨日の秋葉原でのはしゃぎっぷりを見た後ですし」

「そんなにだった!? いやあお恥ずかしい!」


 なんだか、急にもじもじし始めた椎名さんの後に続いて。

 棚に並んだ品を物色します。


 こちらの棚は、アクセサリーのようですね。

 イニシャル入りのネックレスに。

 透明なお花のブレスレット。


 定番の品ばかりでなく、指輪やアンクレット。

 さらには宝石箱まで並んでいたのですが。


 その品々の中に。

 俺は、見覚えのある品を見つけたのです。



 緑色の中に、白が波打つ丸い宝石に。

 金の細工が美しい、クジャクの台座。



「あれ? …………このブローチ、どこかで見たような気がするのですけど」

「アニメか絵本で見たんじゃない? 王妃様とか王女様とかが持ってそうだよね」

「王妃様? …………ああ! 思い出した!」

「びっくりした! 何よ急に?」

「穂咲の宝物!」

「え? これが?」

「いや……、あれ? これでしたっけ?」


 俺はブローチを手に取って。

 それを眺めながら昔の記憶を手繰りました。


 たしか小さい頃。

 ブローチの話をしたような。


 …………ブローチ。

 宝物。


 そうです、確かに言っていたのです。


「ああ、すいません、急に黙ってしまいまして」

「藍川ちゃんの宝物か……。さすが、よく覚えてるね! 良いことよ?」

「良いかどうかはともかくですね……? どうしました?」

「う、ううん? なんでもないよ?」


 いえ、そうは言いましても。

 急にそんなに悲しそうな顔をされては気になります。


「椎名さん、ほんとにどうしました?」

「何でもないって。……ほら、携帯鳴ってるよ?」

「ほんとだ。……げ」


 携帯を目にした俺の頭から。

 椎名さんの寂しそうな顔が吹っ飛んでしまいました。


 一緒に携帯を覗き込んだ椎名さんも眉根を寄せてしまったのですが。

 そんな六本木君からのメッセージは。



 たすけて



「……やっぱりこうなったのです。俺、行きたくないのですが」

「いやいやいや! バッドバッド! なに言ってんのよ!」

「だって春休みに、東京を舞台に繰り広げられた悪夢がよみがえるのです」

「……なにがあったっての?」

「決めました。これ、見なかったことにしましょう」


 椎名さんは慌てふためいていますけど。

 嫌なものは嫌なのです。


 それに六本木君、俺より足が速いですし。

 あいつを手に入れたら、ゆうさんが俺にまとわりつくことも無くなるでしょう。


「うん。万事、グッドグッドなのです」

「ちょっと! ほんとにいいの?」

「それより、お土産買って宿へ戻りましょう。もう、結構いい時間ですし」


 心配顔の椎名さんをなだめすかして。

 お買い物を続けます。


 ようやく見つけた穂咲へのプレゼント。

 俺は、丸い目をするみんなをよそに、ブローチを一つ買いました。


 ……そして、女子三人だけを連れて宿へ戻った俺の携帯に。

 なにやら写真が届いたのですが。


 それは。

 全身を武器で包んだ六本木君の雄姿。


 まさかその怒り顔。

 俺に向けているわけじゃありませんよね?


「……先生」

「なんだ秋山」

「俺、昨日渋谷で騒ぎを起こしてしまいました」

「……話はあとで聞く。それまで、教師の宿泊室で立って待ってろ」


 こうして俺は。

 一晩中お説教を聞く代わりに。

 復讐に燃える戦士の銃口をかわすことに成功したのでした。


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