クレマチスのせい


 ~ 十月二十二日(月) 誕パ覗? ~


   クレマチスの花言葉 たくらみ



 修学旅行。

 それは高校生にとっての、アルティメットワンダフルファイナルイベント。

 恋愛成就率三百パーセントの奇跡。

 そのチャンスが、今、君の手に…………!



 修学旅行の初日。

 電車を降りて、宿に荷物を置いた後。

 俺たちはバスに乗って、国会議事堂へと向かっています。


 そんな俺たちと、宿で合流した直後。

 昨日は丸一日寝ていないからと、お隣りでぐーすこ眠っているのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を。

 今日は…………、これは何と説明したらいいのやら。


 緩やかな編み込みが絡むようにハーフアップに結わえられて。

 遊び毛をふんだんに飛び出させた、一つの芸術作品。


 きっと、お仕事関係で東京に来ていたおばさんが。

 最新のヘアアレンジに触発されて、一晩かけて作り上げた最高傑作なのでしょうけれど。


 ……相変わらず、その頭のてっぺんに。

 クレマチスを一輪突き立てているため。


 日本の中心、東京で。

 バカにしか見えないと叫んでやりたくなるのです。



 さて、そんな穂咲さん。

 隣に座ってくれる程度に機嫌が戻ったと言える反面。

 これでは話しかけることもできないので。


 仕方なく、俺も居眠りなどしていたのですが。

 どこかで聞いたことのある呪いの呪文に目を覚ますと。


 通路を挟んだ隣の席から。

 パンフレットを丸めて呪いをかけていた神尾さんと目が合いました。


「あの……。三百パーセントって何パーセントですか? 神尾さん、文化祭の時もそれやってましたよね?」

「え? やってないと思うけど……」

「覚えてないのでしたらいいです。それより何の真似でしょう?」

「だって、こう言えっておばあちゃんから頼まれて……」

「俺に?」

「うん」


 意味が分かりません。

 神尾さんのおばあちゃんが?


 ……あ。

 なるほど。


 神尾さんのおばあちゃん、ワンコバーガーで手芸教室やっていますからね。

 おばあちゃんに、この訳の分からないことを頼んだのは、きっとカンナさん。


 そしてカンナさんに頼んだのが、ダリアさん。

 ダリアさんに頼んだのがまーくんで。

 まーくんに頼んだのがおばさんということですね?


 何という遠大な計画。

 俺は、おばさんの背中に隠れて高笑いする本当の黒幕に。

 思わずツッコミを入れました。


「おばさんの背中に隠れる気ならもっと痩せろ、母ちゃん」

「え? 何の話?」

「気にしないでください」

「それと……、この言葉、何の意味があるの?」

「気にしないでください」


 真面目な神尾さんは恐縮していますけど。

 君も被害者ですので気にしないでいいのです。


 とは言え神尾さんに言われるでもなく。

 俺だって、少しは意識しているのですけれど。


 別に、修学旅行中に結論を出す気はありませんが。

 嫌われたままで過ごすのは、ちょっと嫌なのです。


 機嫌を取る。

 そして、ブローチの話は禁止。


 ……でも。

 やっぱり、ブローチが好きだって言ってた気がするのですよね……。



 バスを降りて、点呼を取った後。

 俺たちは大きな通り沿いにぞろぞろと歩き始めます。


 都会の街並み。

 そこらじゅうに立ち並ぶ巨大なビル。

 そして、急に目に飛び込んできた巨大な神社。


「……やっぱり、東京って不思議なとこなのです」

「便利なの。階段に、エスカレーターが付いてるの」

「そんな馬鹿な。神社の石段にエスカレーターなんて…………、付いてますね」

「お年寄りも楽々参拝できるの」


 改めて思います。

 ほんとに不思議な場所なのです。


「……こんなところに住んでいると、人生があっという間なのでしょうね」

「それは納得なの。ママはてきぱきさんなの」

「ああ、そういえばおばさんの御実家、この辺りじゃなかったっけ?」


 たしか、赤坂の出身と聞いているのですが。


 ……今更ですが。

 ほんとに?


 どこにも民家なんて無いと思うのですけど。


「ママの中学校、あの辺にあるんだって。昨日きいたの。生徒会長やってたの」

「学校があるの? こんなところに? ……それに、生徒会長?」


 頭の中がハテナマークだらけになった俺に。

 穂咲が、まるで自分の事のように誇らしい顔で頷きを返しました。


 ……気付けば普通の会話。

 気に病んでいたのもバカバカしいほどに。


 それほど俺たちの関係は、自然だという事なのでしょうか。


 だからでしょうね。


 わざわざこの関係を、例えば恋人であるとか、違う言葉にする必要などない気もしますし。

 そして同時に、特別な言葉に変えておかないと、いつか離れてしまうことも分かっているつもりです。


 運命という言葉に踊らされるつもりは無いですけど。

 でも、俺たちの出会いが運命だとしたら……。

 ん? 出会い?


「……テレビで国会議事堂を見た時、おじさんが修学旅行で見学したと話していた気がします」

「言ってたの! じゃあ、この辺りでママと会ってたかもしれないの!」

「俺もそう思ったのですけど。……三歳違いでしたっけ?」

「運命の出会いなの! 凄いの!」

「二人が学生時代に出会っていたとしたら、ちょっとドキドキです」


 そんな話は聞いたことが無いので。

 きっと違う出会いがあった事でしょうけれど。


 俺たちは、勝手な想像をして。

 楽しく騒いで。


 ……そして。


 先生から叱られたのでした。




 ~🌹~🌹~🌹~




 修学旅行生用と申しましょうか。

 この部屋に置いてある品々は、すべて頑丈な作りで。


 テレビの横に置いてあるオブジェなど。

 硬そうなケースで保護されているせいで。

 中身がぼやけて見えるのですが。



 だったら、置かなきゃいいのに。



 金細工の、グローブジャングル的な籠の中に。

 ヒスイが浮かぶ幻想的な品。


 可愛そうに。

 君に心を奪われるのは。

 俺一人のようなのです。



 ――そんな夜の宿。

 修学旅行の夜と言えば、バカ騒ぎが定番なのでしょうが。


 正直、慌ただしくてへとへとなので。

 すぐに寝たいのです。


 とは言えお風呂には行かないと。

 そう思いながら、鞄から着替えなど取り出していたら。

 柿崎君が、がしっと肩を組んできたのです。


「よう兄弟。……修学旅行のイベントと言えば?」

「…………東大寺で鹿に蹴られる」

「そりゃ奈良だろうが! 風呂だろ風呂! この世の桃源郷!」

「桃源郷? そんな大げさじゃないでしょうけど、一緒に入りに行きますか?」

「バカだな。入ってどうする」

「バカは柿崎君です。入らない方がどうかしてます。……ん? ……まさか!?」


 大声をあげた口を片手でふさがれながら。

 しー、とかされましたが。


 やれやれ、とんでもないこと考えますね。


「お風呂覗きなんて、見つかりますよきっと」

「そのスリルと合わせて興奮するんじゃねえか」

「……やめておけ。そのヘタレに、何を言っても無駄だ」


 そう言いながら、手ぬぐいでほっかむりをするのは。


「六本木君!? なに言い出しました!」

「道久。お前はハロウィンも知らないのか?」

「……ほんとになに言い出しました?」

「もうすぐハロウィンだろうに。俺はお菓子なんていらないからな、いたずらの方を貰う」


 そう言いながら、びしっとポーズなど決めていますけど。

 渡さんだっているでしょうに。

 こいつは恋人の裸を見られてもなんとも思わないのでしょうか。


 …………ん?

 ちょっと待ってください。



 穂咲も入っているのですよ?????



 気付けばみーんなほっかむり。

 クラスの連中に見られたりしたら……。


「ま、待って! みんな、待ってほしいのです!」

「秋山はむっつり野郎だな。結局来たいんじゃないか」

「違いますよ、妨害させていただきます!」


 ギャーギャーと騒いでみたものの多勢に無勢。

 あっという間に浴衣の帯で縛り上げられた俺は、そのまま担ぎ上げられて。


 クラスの男子、そのほとんどと共に。

 ぞろぞろと、こそこそと旅館の裏手に連れていかれたのですが。


「……ちっ。垣根がある」

「この宿、修学旅行生御用達でしょうし。当然の配慮なのです」

「何を冷静に分析してるんだ? お前が垣根を越える役だろう、道久」

「何を冷静に馬鹿なことを言うのです? 嫌に決まってます」


 そんなことをして見つかったりしたら立たされるだけでは済みません。

 即警察です。


「まあ、そう言うだろうと思ってな。道久が風呂場の窓のそばに行きたくなるよう工夫しておいた」

「どんな工夫をされようと行きたくないのです。俺はみんなを止めるためにここに……、ちょっと! 俺の携帯をどうする気です!」

「こうする気だが?」


 ひょい


 六本木君。

 お風呂場の窓の前。

 藪の中に俺の携帯を投げ込んでしまったのですけれど。


「……宿の人に言って、取ってもらいます」

「その前に、お前の携帯と分かる着信音が女子風呂の中まで鳴り響くぞ?」

「悪魔っ!」

「四の五の言わず行け! お前が無事に生還出来たら、次は本隊が突撃する!」


 何てことするのでしょう。

 でも、たしか着信音は切っていなかったので。

 回収せざるをえません。


 俺は垣根をよじ登って越えて。

 お風呂場から漏れる光を頼りに、藪の中に落ちた携帯を必死で探します。


 すりガラスをちらちらと左右に横切る肌色に、慌てて顔を逸らしつつ。

 心臓を痛いほどにドキドキとさせながら探るのですが。


「……え? どこいったのです?」

「見つからないのか道久。じゃあ、鳴らしてやろうか?」

「うおい! 本末転とうぷっ!」


 ……どうにもならないツッコミ気質。

 あわてて自分の口を自分でふさいだのですが。

 時、すでに遅し。


 ちらりと横目に見たすりガラス。

 そこに、ずんずんと近づく肌色。


 だ、駄目なのです! そのまま開けたら!


 でも理性ではわかっているのに!

 本能が勝手に!

 俺の目を、勝手に胸のあたりにくぎ付けにして……っ!



 そしてとうとう。

 がらりと開かれた窓の向こう。



 湯煙に煙る艶肌の持ち主は。

 想像よりも、ずっと美しい肌を隠しもせず。



「貴様は何をやっとるんだ?」



 いつものだみ声をかけてきました。



「ほっとしてがっかり!」

「何がだ? ……まさか、女湯を覗こうとでもしていたのか?」

「違います! それを止めようとしたらこんな目に!」


 俺が指を差す方。

 垣根の向こうでは、クラスのみんなが逃げ出していくのですが。


「……なんとなく事情は察したが、未遂とは言え実行犯は貴様だ。そのまま宿の外に出て、一晩立ってろ」

「…………うそでしょ?」



 ――修学旅行。

 それは高校生にとっての、アルティメットワンダフルファイナルイベント。

 恋愛成就率三百パーセントの奇跡。

 そのチャンスが、今、君の手に…………!



 俺は一晩の間に。

 お巡りさんへ、三度も事情を説明することになりました。


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