シュウカイドウのせい


「ママ! みーて! ママ!」


 ママがいつもの椅子に座って寝ています。

 でも、ゆすっても起きてくれないので、女の子は困ってしまいました。


 早くこれを見て元気になってもらわないと。

 ママが大切にしていたものだから、きっと元気になるの。


「ねえ、マーマ! 起きてー! マーマ!」


 女の子が、ママの耳に大きな声で呼びかけると。

 はっと驚いたように、ようやく目を開けてくれました。


「…………私、今…………。ほっちゃんが、起こしてくれたの?」

「ママ、おはよう。あのね? これ、げんきになるやつ」

「……え? どうしてあなたがこれを持ってるの?」

「パパがね、おばあちゃんからとりかえしてくれたの。でも、ママにみせちゃだめって」

「どうして……、見せちゃ、ダメっ……、言ったの?」


 ママが、ぽろぽろと泣き出します。

 どうしても、すべてが悪い方に思えてしまうから。


「あのね? パパ、ないしょだからっていってたの」

「…………その内緒の話、教えてくれる?」


 女の子は、うんと頷くと。

 パパから教えてもらった内緒のお話をしてくれたのでした。




 ~ 十月十八日(木) 誕パ天 ~


   シュウカイドウの花言葉 片思い



「待ってください!」

「知らない人に声をかけられても待たないの」

「そこを何とか!」


 今週に入ってからというもの。

 ずーっとこんな調子でむくれているのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は五つ編みにして。

 そこにピンクの小さなシュウカイドウの花をこれでもかと挿しているのですが。


 朝からずっと、ぽろぽろと落としながら歩くので。

 拾って歩くのが大変です。


 そんな穂咲さん。

 ブローチの事をしつこく聞いたせいで。

 すっかり怒らせてしまっているのですけれど。


 なんとか上手に踊って、天岩戸をこじ開けないと。

 このまま修学旅行を迎えたら、班も違いますし。

 ずっとケンカしたままのような気がします。


「昨日の渡さんの件は誤解ですって!」

「何の話か分からないの。意地久君の言う事なんか聞かないの」

「それやめてくださいよ。妙に語呂が良くて、クラスで流行りつつあるのです」


 学校帰りの駅のそば。

 電車にも乗らずにうろうろと歩き回っている穂咲なのですが。

 いったい何のつもりなのでしょうか。


 ……そう言えば。

 うちの制服の人がたくさんいるあたりをうろついている気がしますけど。


「まさか、このシチュエーションを楽しんでいるわけじゃないですよね?」

「そんなにしつこく迫られても知らないの。ふー、モテる女は辛いの」


 やっぱり。


 ……いえ、穂咲が怒っているのは間違いなくて。

 でなければ、お昼ご飯くらいは作ってくれるのですけれど。


 それはそれとして、俺が自分に追いすがる姿を見せびらかしたいとか。

 複雑女心ということなのでしょうか。


 ……そう言えば。

 いまさらですが、穂咲がご飯を作らなかったので。

 二人してお昼抜きなのでした。


「お腹がすきましたね」

「そうなの。知らない人と同意見なの。あたしはコンビニに入るから、ついてこないで欲しいの」

「……分かりましたよ、ご馳走すればいいのですね?」

「そんなこと言ってないけど、まさかあんまんがタダで食べれるとは思いもしなかったの」


 やれやれ。

 現金な奴なのです。


 それにしたって、ここまで真剣に怒るなんて。

 よっぽどブローチに嫌な思い出でもあるのでしょうか。


 でも、いまだに薄らぼんやりなのですが。

 確かに好きだと言っていた気がするのですよね……。


 そんなことを考えながら、穂咲の後からコンビニに入ると。

 予想外な声に迎えられました。


「イラセイマセー」

「うおっ!?」


 変な発音!

 これってもしかして。


「びっくりなの。外人さんなの」

「ソデスー。ガイジンサンデスー」


 そう言いながらにっこりと微笑んでくれたのは。

 青い瞳の店員さん。


 コンビニのバイトと言えば、学生かおばちゃんしか見たことが無いので。

 驚いてしまいました。


 ……いや、前に東京に行ったときに見たか。

 逆に東京では、外人さんばっかりだった気もしますね。


 それにしても、海外でアルバイトなんて。

 俺には到底考えられない大冒険なのです。


「ナレテナイヨー、ヨロシクー。イラセイマセー」

「あ、そうなんですね。えっと、分かるかな。あんまんふたつください」

「イイヨー。アンマン……、アンマン……」


 呪文のようにあんまんあんまんと呟きながら。

 店員さんが、たどたどしく中華まんの温め機を開け閉めしていたかと思うと。


 そのうち、困り顔を浮かべながら慌て始め。

 他の店員さんの方をチラチラと見始めたのですが。


 ……あ、もしかして。


「あんまん、無かったですか?」

「ス、スイマセー! ウェル、コレ、ドスレバカンファレ?」

「え? なに?」

「ド、ドスル? コレ、アノ、アンマンナイヨー!?」

「ちょ! 慌てなくていいですから!」


 いや、ほんとに慌てないで!

 どさくさ紛れになんか包んでレジを打とうとしてますけど!


「あんまん無いのは分かったのです! で、それは何!?」

「……ピッツァマン」

「なんでそれを売ろうとした!?」


 わけわからん!


 ようやくおばちゃん店員さんがこちらに来て。

 ぺこぺこと謝って下さったのですが。


 でも、包んでしまったものは仕方ありません。

 俺は代金を払ってピザまんを受け取りました。


 ……そんなドタバタ劇を演じている間に。


「あれ? 穂咲?」


 穂咲の姿が消えていたのですが……。


「…………あ。いた」


 いつの間にコンビニを出ていたのか。

 気付けばお向かいのパチンコ屋ののぼりをいじっていたのです。


「こら、そんなのいじって遊んでいたらいけません」

「む! 知らない人に叱られたくないの! あんまんをよこすの!」

「あ、こら待ちなさい。それはあんまんではなく……」


 俺の説明もろくに聞かないまま齧りついた穂咲の口から。

 みにょーんと伸びるチーズ。


 おそらく、あんまんだと思って齧ったのに味が違うので。

 よっぽどびっくりしたのでしょう、目を白黒とさせていますが。


「…………これ、なに?」

「ピッツァまん」

「やっぱり意地久君なの!」


 そう叫ぶなり、ピザまんの包みを俺に押し付けた穂咲は。

 パチンコ屋ののぼりを、重りからすぽんと抜くと。

 俺の背中に突き刺して、ぷんすこと怒りながら行ってしまいました。


「ちょっ、穂咲!? ええい、中華まんと鞄を持っていてはのぼりが抜けん!」


 このまま追う訳にも行きません。

 俺は鞄を地べたに置いて、その上に中華まんを置いて。


 のぼりを抜こうとしたのですが、Tシャツに引っかかってうまく抜けません。


「面倒な!」


 仕方がないので上着とワイシャツを脱いで。

 のぼりごとTシャツを脱いだところで。


 ……お巡りさんと目が合いました。


「ちょっと、事情を説明してもらおうか?」




 そして母ちゃんと父ちゃんから。

 交番で朝までお説教されることになりました。


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