伏見稲荷で出会った可愛い妖狐の葉子ちゃんと綺麗な楓さん。そして普通なはずの私

うっちー(羽智 遊紀)

第1話 もののけとの出会い?

 突然の悪寒に目が覚める。


 あれ? 風邪でも引いたかな? え? 2時? 普段なら絶対に目覚めない時間だよね? 私の寝付きの良さは「一回寝たら朝まで起きないよな」と元彼に言われるくらいだよ。


 風邪でもひいたかな? 悪寒が止まらない。コンビニで買ってきたお茶があったよね? レンジで温めて飲んだら少しは気分が変わるかな? 私はなんとか重い身体を起こしながら立ち上がろうとした。そして私の動きが止まってしまった。


 なにかと目があった。 


 え? 誰? 2段ベッドの上段から私を見ている視線がある。そこに居るはずなのに、はっきりと見えない。自分の心音が激しく波打っていくのを感じる。そもそも部屋には誰も居なかったよね?


 私は背中で滝のように流れている汗に気付いた。ちょっと伏見稲荷大社に行こうと安めのドミトリーを予約して、私しか宿泊客が居なくてラッキーだと思ったのに。


 初めて泊まるドミトリーにドキドキして新たな出会いがあると思っていたのに――こんな事になってるのよ!? そこいるのは誰なの? 混乱していた私は正常な判断が出来てなかったのかもしれない。目の前にいるのが妖怪や物の怪だと思い込んでしまったのだ。そしてテレビでやっていた特番を唐突に思いだす。


「退魔の力を使って妖怪は追い払えます。やり方ですが――」


 それだ! なぜか私なら出来そうな気がした。私は口から空気をユックリと吐き出し鼻から空気を大量に吸い込む。そしておへそ辺りに力が集まるイメージをする。


「丹田に力を集中させるのが大事なのよ。それが出来るかで威力が変わってくるの」


あれ? なにを思い出したの?


 私は不思議な感覚に首を傾げながら集中してイメージする。そして丹田と呼ばれる場所に集まった力を波紋のように静かに解き放った。


「ぎゃぁぁぁぁ! な、なんじゃぁぁぁぁ! このままでは滅せられるぅぅぅぅ」



 2段ベッドの上から絶叫が聞こえてきた。転がり落ちるように逃げていく音。そして小さくなっていく絶叫が私の耳に届いた。


「なにか知らないけど追い払えた? ……のかな?」


 悪寒が綺麗さっぱりなくなり、思わず目を閉じた私の身体を安堵感が優しく包み込んでくれたように感じた。私は急速に襲ってくる睡魔に負けたように身体から力を抜く。すると意識が急速に遠のいていくのが分かった。


 私はその心地よさに身を委ねると意識を手放した。


 ◇□◇□◇□


「えぐぅぅっ、えぐっ。怖かったのじゃ。もの凄く怖かったのじゃ。……。なんなのじゃ! なんなのじゃ! 妾がなにをしたっていうのじゃ!」


 涙目の幼女が袖で涙を拭っていた。普段なら愛らしいと言われている瞳孔は怯えて開き、涙で目は潤んでいた。そしてはふるふると震えてヘタリと伏せられ、着物から飛び出しているは毛羽立っていた。


「ちょっと強い力を感じたから興味本位で見に行っただけじゃろうが! ちょっとだけ感じたから興味がわいて、覗き込んだだけじゃろうが! なんであのような退魔の力を受けねばならんのじゃ!」


 一通り叫んで落ち着いたのか、恐怖に引きつった顔ではなく、真っ赤な顔で、へばりついていた耳をピンと立て幼女が怒っていた。


「許さん! 伏見稲荷大社の末席に名を連ねる妾をビビらせた報いをあやつに与えねばならん! ……。じゃが、さっきみたいに強烈な退魔の力が全て妾に向かってきたら――ええい! なにをビビっておる! 妖狐になって100年! 妾は由緒正しき物の怪であるぞ!」


 ピョンピョンと飛びながら怒りを露わに着物姿で飛び上がっている様子は、七五三でハシャいでいる子供のようで微笑ましかった。


 当の本人は真剣だったが。


「よし。まずはバレんように、あやつを調べねばならん。ふむ、これを使おうかの。うむうむ。このような時のお小遣いなのじゃ!」


 妖狐の幼女は懐からがま口財布を取り出し、中から5円玉を見付けて握りしめた。そして頭の上に乗せて何かを呟く。


「ダギニ・バザラ・ダトバン・ダキニ・アビラ・ウンケン・オン・キリカク・ソワカ!」


 幼女だった姿がさらに小さくなり、30センチメートルほどの可愛らしい座敷わらしみたいな人形となった。


「うむ。これなら完璧じゃ! ふっふっふ。あやつに目に物見せてくれるわ」


 術が上手く発動してご機嫌な人形となった幼女な妖孤は、先ほど追い払われたドミトリーに戻っていった。


 ◇□◇□◇□


「うー、最悪の目覚めだね……」


 思わず呟きたくなるほど気分は最悪だった。私はスッキリするため、お風呂場に向かうと軽くシャワーを浴びて昨日の汗を洗い流した。


「ふー、すっきり。昨日は最悪だったな。……。あの後もぐっすりと寝れなかったし」


 部屋に設置されているテレビを点けながら、今朝の天気を確認する。よしよし。雨が降るほどじゃないな。この暑さだから曇りくらいが丁度いいね。ドミトリーから見える景色は、京都らしさが微塵みじんも感じられないほど殺風景だった。


「安さで選んだからなー」


 私は窓の外に見える一般的な住宅を眺めながら昨日の事を思い出していた。夢――じゃないよね? 京都伏見に来ているから本当に魑魅怨霊のたぐいだったの? 


「全然寝られた気がしないわ。ふわぁぁぁ。ん? こんなところに人形なんてあったかな?」


 テレビ台の片隅に可愛らしい座敷わらしのような人形があった。なぜか惹かれるようにフラフラと近付いて手に取った。そして思わず抱きしめてしまう。


「触るでないわ! 無礼者! 妾を誰と思っておる!」


 突然、喋りだした人形片手に思わず固まってしまう。え? 最近の人形は喋るの? テレビで見た事あるある――そんな訳ないじゃん! でも実際喋ったよね? 思わず手の中にある人形を眺めていると、私の視線に耐えきれなくなったのか人形が焦ったような声で小さく呟いているのが聞こえた。


「シーなのじゃ。『人形のフリをして近付き、根ほり葉ほり、こやつの能力を暴いてやろう大作戦』が失敗していまうのじゃ。喋っちゃバレるから沈黙なのじゃ」


 やだ、なにこれ可愛い。


 私の視線で喋っている事に気付いた人形が慌てたように黙り込んだ。でもね、人形ちゃん。君の額の汗。それと頬に流れる汗やヒクついてる口元を見てるからね。全然、誤魔化せてないよ。


「あれー。やっぱりなにもきこえないなー。げんちょうだったのかなー」


 私の棒読みセリフにバレてないと思ってニヤニヤしてるけど。ニヤニヤしていいの? それとも気付いてないのかな? チョロすぎるよ? ……。それにしても可愛い人形ちゃんだね。不思議な柔らかさで、ずっと抱きしめていたくなる。


 でも、いつまでもこうしている訳にはいかないもんね。そろそろ正体を現してもらわないと。昨日の恐怖体験を完全に忘れたように、目の前で起っている不思議現象を私は知りたくなった。


「ちょっと汚れてるなー。そうだ! 洗濯機で綺麗にしようかな?」


 私のいじわる言葉に人形ちゃんがピクッと反応する。表情も少し怯えた感じになってる。やだ、もうちょっと意地悪がしたくなってきた。


「そうだ、洗面所に水を溜めて漬け洗いにしようかな? それともお風呂に水を入れて踏み洗いでもしようかな?」


 すごい。私のセリフに合わせてピクピクと動いてる。どうしよう? この状態が楽しくなってきた。もう少し楽しめるかな? などと思っていたら、プルプルと震えだした人形ちゃんの絶叫が聞こえてきた。


「鬼かー! 貴様は! どんな神経をしておったら、そこまで酷い事を考えられるのじゃー!」


 手の中でバタバタと涙目で抗議してくる人形ちゃんを見ながら、私は思わず笑ってしまった。

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