【2-4】一葉落ちて天下の秋を知る……

 日に日に日差しが強く、暑くなって来た。ぼちぼちお盆の話が出てくる時期だ。


「梅村、夏季休暇どうすんの? またウチに合わせるの?」


 松田先輩に聞かれて少し考えた。ゴールデンウィークはLOTUSに合わせて、カレンダー通りに休んだ。

 ヘブンスに合わせると無駄に長い連休になる。カレンダー通りで十分だ。不満はない。


「はい、こっちに合わせるつもりです」


「ヘブンスさんより絶対少ないよウチの夏季休暇。五月も少なかったっしょ。長い休み取っても許してくれそうだぞ、社長」


「……でも、休んでもやること無いですし」


 片付け、掃除、友達と会う、実家に帰る。これくらいしか予定していない。


「……はぁ? あるだろやる事」


「え?」


「……行けよ、デート。告ってOKもらったんだろ?」


「どこでそれを!?」


 情報が早い…… OKをもらったのは日曜日。今は水曜日の午前中。


「小宮さんに聞きました。小宮さんは、赤城さんが新入社員の時、指導係でしたし、一個上なだけなので、仲が凄く良いのです」


 さては小宮さんは赤城さんから聞き出し、先輩は小宮さんから聞き出したな!?


「……夫婦でグルですか」


「キューピッドもしくは仲人だと思ってくれ」


 両方死語だと思う…… しかし、お節介好きな夫婦だな……


「総務部は、お前と赤城さんがくっつくかどうか掛けてたらしいぞ」


 先輩は晩御飯を掛け、総務部はなにを掛けたんだろ……


「……賭け事好きですね、この会社の皆さん」


「可愛いもんだけどね。ということで、重大発表。今日はおやつとしてケーキが出ます!」


「やったぁ!ケーキだ!」


 久しぶりに食べられる。何も考えず喜んだら、


「単純で可愛いな、お前!」


 ニヤニヤされて、頭ぐしゃぐしゃされた。


「可愛いって言わないでください!」


「そう怒るなって。さて、本題に戻ろう」


 と言いながら、仕事の話じゃなかった。


「……浴衣で花火とか、海に行くとか、バーベキューとか、お化け屋敷とか、ほら、夏らしいこと、色々あるだろ?」


 お化け屋敷は却下。赤城さんはホラーとかおばけとか大好きみたいだけど、俺がムリ。

 でも、浴衣で花火か…… 赤城さんの浴衣姿見たい!


 業務に関係ないことを話していると、メールが来た。


「……あ、社長に呼ばれました。行ってきます」


「行ってこい。あ、待った! これケーキの種類。社長にどれが良いか聞いて来て」


「はい」


「あ、髪、直せよー」


「先輩のせいですよこれ!」


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 手ぐしで乱れた髪を直してから、社長室のドアをノックし入室した。


「失礼します。お呼びでしょうか?」


 入った途端目に入ったのは、両手の親指を立てている社長だった。


「やったじゃん翔太!」


「……え?」


「赤城さんにOKもらったって? おめでとう!」


 情報源は絶対に松田先輩だ。間違いない。


「はぁ…… ありがとうございます…… あの…… 御用件は?」


 ふわふわで柔らかい蓮見さんから、カチッとしてキリッとした社長になった。

 この程度で別に問題ない、あそこまで自分を殺す必要なんか無いのにと何度も思う姿。


「ハーブガーデンの新商品、サンプルを夏季休暇明けまでに用意するように、今から全社指示を出す」


「はい」


 やっとアイデアが形になる。嬉しい!


「秋に新発売で動きたい。早く残りの商品、企画書を完成させるように。最低でも、夏季休暇明けまでに、部長OKが出るとこまで行くこと。いいね?」


「はい!」


 いい知らせを聞けて、やる気が出てきた。早速先輩に速報として入れよう。

 午後からは特に秘書業務は無いし、他の業務も落ち着いてるから、新商品の企画書作成に重点的に取り組める。

 自分の今日のスケジュールを頭の中で組み終えて、はっとポケットに入れてあったメモを思い出した。


「社長、今日のおやつはケーキだそうです。どれがよろしいですか?」


 松田先輩にもらったメモを手渡すと、社長は笑った。


「翔太と赤城さんのお祝い?」


「……みたいなもの、ですかね?」


「総務部の掛けでしょ?」


 あ、社長知ってたのか。


「昔かららしいよ。たまにやる皆さんのちょっとした楽しみみたい。……えっと? ショートケーキ、ガトーショコラ、モンブラン、チーズケーキ…… ショートケーキ第一希望で。あ、でも、みんなが取ってからで」


 和菓子の方が好きって言ってたけど、ケーキは嫌いじゃ無いらしい。


「承知しました。また後で持ってきます」


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 15時頃、ケーキの時間がやって来た。

 ケーキを取りに行く社員一人一人に行き掛けや帰り掛けにおめでとうとか頑張れと声を掛けられる。それにひたすら、ありがとうございます。頑張りますと返す。

 結婚するわけじゃない。その前段階のお付き合いが始まるだけなのに、なんなんだこれは……

 俺だけじゃなくて、赤城さんも同じく。目があったので、違いに会釈したらみんなに冷やかされた。


「お姉さんは安心しました。梅村くん、結子ちゃんのことよろしくね」


「はい……」


 小宮さんは謎の高笑いをして去っていった。やっぱり旦那さんの松田先輩とグルか……


 落ち着いた頃合いを見計らって、自分のケーキをデスクに置いて、社長の分を持って行こうとしたら松田先輩に止められた。


「社長室で一緒に食べてこい。可哀想だろ、ぼっちで食べるの」


 先輩の言う通りだ。今社員はここでわいわい言いながらケーキを食べている。でも、社長は上でひとりぼっち。みんなの前では、クールなふりをしてるけど、本当は人懐こい性格。仲間に入りたいだろうに……


「わかりました。ありがとうございます」


 アドバイス通り、俺は社長室でおやつの時間を過ごすことに決めた。


「行ってこい」


 そこへ小池部長がやってきて、松田先輩の肩を揉みながら言った。


「おぅ、松田。ようやく諦めがついたか。梅村は社長と赤城のもんだからな!」


 また、ちょっかいを掛けられている。

 すごい嫌そうな顔をする先輩を笑ったら怒られた。


「だから、小池部長、違いますって! 梅村、笑ってないで行けって!」


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「ケーキお持ちしました。ご一緒に良いですか?」


 社長室に入ると、難しい書類でも読んでいたのか、しかめっ面だった顔がパッと明るくなった。


「ありがと」


「お茶かコーヒーいれますね。何がよろしいですか?」


「紅茶がいいかな」


 俺は今日、社長室用のマイマグをついに持参した。置いておけばいいと社長に言われていたから。

 なぜか浮き立つ心を、グッと抑え紅茶を入れる準備を始めると声を掛けられた。


「紅茶抽出してる間に、1個仕事の話いい?」


「はい」


 手帳とメモとボールペンを取り出し、社長と向かい合わせでソファに座った。


「夏期休暇明けに、大阪に出張に行くから、総務にホテルと新幹線の予約指示を出してほしい。3泊4日。毎年のことだから、総務がちゃんと把握してる。日程伝えるだけでオッケー」


「はい」


 大阪出張か。今までで一番遠い出張先だ。


「訪問先の詳細情報は後で連絡する。スケジュール調整をお願い。先方も毎年のことでわかってるから大丈夫」


「わかりました。あの、私は……」


 俺は同行するのか、聞く前に先手を打たれた。


「あ、もちろん一緒に行ってもらうからね」


  同行がほぼ当たり前になって来た。信用してもらえてる証拠! 秘書として扱って貰えてる証拠!

 嬉しい!


「はい!」


「仕事の話は以上。休憩しよ」


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 ケーキと紅茶でしばしのおやつタイム。


「大阪、行ったことある?」


「初めてです」


「え。マジ?」


 驚かれたけど、俺の話聞いたらもっと驚くんじゃないかな、この人……

 引かれたらやだけど、言ってみよう。


「なぜか行けない所って、社長には有りませんか?」


「ん? どういう事?」


 ケーキを頬張り、キョトンとする顔が子供っぽくて、笑ってしまった。


「行く機会はあっても、行こうとしても、なぜか行けない場所です」


「えー。無いかも。あんまり気にしたことが無いだけかな」


「私の場合、それが大阪と京都です」


「京都も? ……ちなみに、どんな感じ?」


 恐る恐る聞いて来た。これは、本当に怖がってるかも……

 マジで引かれたらどうしようかな…… でも言っといたほうがいいか。


「中学校の修学旅行は京都と奈良の予定だったんですけど、私の学年から突然東北に変わりました。

高校生の時、家族旅行で京都と大阪に行こうとしたら台風直撃で行けなくなりました。

大学の時、友達数人で大阪に行こうと思ったら、私だけインフルエンザに罹ってキャンセル……

こんな感じですね」


 まだ社会人になってからの話が2件ほどあったけど、ここらでやめておこう。


「……怖っ。今度の出張大丈夫?」


 やっぱりマジで怖がっていた。案外怖がりなんだろうか。


「……多分? でも、台風直撃はあり得ますね、時期的に」


「そうだね、ま、気にしないで行こうよ」


「はい」


 でも、少し不安はある。俺と社長の初モノに何かしらアブノーマルな事態が発生している。

今回こそ、何も起こってほしく無い。今度こそ……


「久しぶりに大阪出張が楽しみになって来た。そうだ! 最終日を金曜日にして……

余力あったら、大阪観光どう?」


 俺を誘う時におどおどしなくなった。嬉しい。

 社長、いや、蓮見さんと大阪観光!楽しみ!


「はい!」


 何も起こりませんように……


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 おやつの時間も終わり、片付けをして通常業務に戻ろうとした時、社長の携帯が鳴った。


「あ、さとにぃだ。ちょっとごめん」


「……なに? え? また? ちょっとさ…… あ、切った」


 電話に出る声が低かった。久し振りに見るかなり不機嫌な様子の社長は、大きく溜息をついた。


「さとにぃが来るらしい……」


「何時のご予定でしょうか?」


「17時すぎくらいかな。同席はしなくていい」


 俺の同席をずっと拒否してたのは、沙田先生のせいな気がする。


「では、定時後で構いません。沙田先生とお話させてもらってもよろしいですか?」


「聞くことある?」


「はい。いくつか」


 法務関係や先生の個人的なこと、聞きたいことは結構あった。


「そう? じゃあさ、晩ご飯奢ってもらって、食べながら話そ。どう?」


 いたづらっぽく笑った社長にドキッとした。またか。なんだ今のは……


「よろしいんですか?」


「良いって、迷惑料。あの人アポ取って来たこと一度も無いからさ、いい加減にしてほしいんだよ」


 マジか。やっぱり俺の同席を拒否していたのは、俺のせいじゃなくて、沙田先生のせいだ。


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 その夜、沙田先生は少し文句を言いながらも、お寿司をご馳走してくれた。勿論回らないお寿司。

 今日知ったのは、沙田先生はお父様の事務所に所属していて、お兄様がいるということ。

 将来的にはそこをお兄様と二人で継ぐ予定があること。

身内を含め総勢15人近くいる弁護士さんたちと得意分野を分け合って、万能な事務所を目指していること。

 そして、沙田先生の得意な分野は知的財産権や会社間の契約に関すること。LOTUSには法務部がないから、何かあった場合は、沙田事務所が全面協力してくれるということ。


「法律関係で気になったらいつでも連絡して」


「はい。お願いします」


 もちろん何もないことが一番だけど、何かあったら頼れるところや人がいるのは安心できる。


「翔太、さとにぃ案外真面目に仕事やってたね」


 のんびりとしたその言い方に、どう答えて良いか困っていると、沙田先生が助け舟兼反撃を出してくれた。


「ひでぇな。やってるよ。健ちゃんだって、最初どうなるかって思ってたけど、

どうにか社長さんできてんじゃん。一緒だよ」


 すると蓮見さんは突然、クールな社長で沙田先生に詰め寄った。


「では、今後の弊社への訪問は、必ず私の秘書の梅村に事前アポイントをとってからにしてくれますか?

沙田先生」


「わかりましたよ。社長。梅村君、よろしくね。ちゃんと連絡するから」


 ポカンと口を開けたと思ったら、素の蓮見さんに戻って愚痴りだした。


「マジか…… 俺が何回言っても治らなかったのに、翔太で一発って……」


 俺は空かさずフォローに入った。


「蓮見さん。これで仕事に集中できますよ」


「そっか。そうだよね。ありがと」


 ニコッとした蓮見さんにまた小さく心臓が鳴った。

 本当に、なんなんだろうこれは……


「健気な秘書くんだね。梅村君は……」


「感謝してますよ。こんないい子寄越してくれたヘブンスさんには」


 また「子」って言われたけど、純粋に嬉しい。

 楽しい夕食の時間が過ぎていった。


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 食後のお茶を飲んでいると、突然沙田先生が手を打った。


「あ、忘れてた。良いもん持ってきたんだった」


「なに持ってきたの?」


「蔵の耐震工事するから、掃除したんだ。そしたら奥の方からなんか古い本が出て来てさ」


「へぇ。あの蔵掃除したんだ」


 蔵があるということは、相当な歴史のある家に違いない……


「ご先祖様は?」


「武士だった。明治維新でやばくなって、職業を転々としたけど、明治末期ごろからは、ずーっと弁護士やってる。はい、これ。何書いてあるか全然わからないから、専門家に出そうと思って」


 沙田先生が鞄から出して蓮見さんに手渡したのは、結構ボロい冊子だった。


「え、めっちゃ中身知りたい!」


 パラパラめくって目を輝かせている蓮見さん。


「健ちゃん好きだもんね、こういうの」


 そうなんだ。古いものが好き? 歴史が好き? まだまだ知らないことの方が多い。


「こういうの博物館に置いてあってもさ、見えるのって一部分だけじゃん。現代語訳もその部分しかないし。全部自力で読んでみたい。えー。何書いてあるんだろ。気になる。翔太も見る?」


「はい」


 俺も歴史は好きな方だ。古文はどっちかというと苦手だったけど。

 手渡された本をパラパラっとめくって、開いたページに俺は釘付けになった。


『主人は獄死、分家に養子に出していた三男を本家に戻し、蓮見屋を改め蓮美屋とし廃業を免れ……』


 その内容がなぜか読めた。屋号を変えたのは、久田さんに教えてもらった通り。でも、その前の内容は知らない。スッと血の気が引き、寒気がした。そして、最近全く見なくなったけれど、前は何度も繰り返し見ていたあの夢をいきなり思い出した。


 後ろ手で縛られている男の姿、それに手を伸ばしても届かない自分の手……

 大丈夫だと俺を安心させるように言ってるようにも、こっちに来るなと言ってるようにも聞こえる、穏やかな声……


「読める? 梅村君」


 沙田先生の声で我に返った。

 それ以外は読めない。理解ができない。


「あ、いいえ…… ぜひ専門家に解読をお願いしてください」


 不安な気持ちを押し隠し、本を先生に返した。


 なんで、あの部分だけ読めたんだろう……

 なんで、あそこだけ理解ができたんだろう……

 なんで、血の気が引いたんだろう……

 なんで、あの夢を思い出したんだろう……


 その夜、このモヤモヤした気持ちを引きずってベッドに入ったせいか、悪い夢を見た。


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『なんやこれは』


 四十代くらいの男性が、夢の中の俺を睨んでいる。

 顔は全然違うけど、誰かに雰囲気が似ている気がする。

 でも、誰だろう……


 バサッと何かが板場に叩きつけられた。これは、台帳というものかな?


『すんまへん!』


 俺が謝るのとほぼ同時に、松吉さんが俺を庇った。


『……すんまへん、番頭さん。わての指導不足で』


 この怒っている男性はどうやら番頭らしい。


『松吉は黙っとれ! ……に言っとんのや!』


 相変わらず、自分の名前はわからない。


『すんまへん。すぐやり直します』


 叩きつけられた台帳を拾い上げた時、のんびりした声が聞こえた。


『どないしました? 番頭さん』


 この声は…… 若旦那さん……


『旦那さん……』


 ……旦那さん?

 旦那さんは、若旦那さんのお父様じゃなかったか?


『番頭さん、手代どもをそう頭ごなしに怒らんといてください。たまには間違えもあります。わてやって……』


 俺と松吉さんを庇う旦那さん。優しすぎる。こんなに優しくて、ふわふわしていて主人が務まるのか?大丈夫なんだろうか?

 どんどん機嫌が悪くなる番頭さん。ずーっとふわふわな旦那さん、板挟みの松吉さんと俺、マジで居心地が悪い。

 とうとう番頭さんは静かにキレた。


『旦那さん、何度も言うてます。丁稚や手代どもを甘やかしすぎです。主人がそれでは示しがつきません……』


 旦那さんは俯き加減で、小さな声で返事した。


『……わかってます。努力します』


『もう若旦那さんや無いんです…… しっかりしとくんなはれ……』


『はい……』


 なんで若旦那さんじゃなくて、旦那さんになってるんだろう……


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 夢はそれで終わらなかった。場面が変わって、辺りは夜だった。

 旦那さんの部屋に呼ばれたらしい俺は、廊下に座り部屋の襖を開けた。


『お呼びだすか』


『来たか。そんなとこ座っとらんと、入れ』


 明るい優しい声。相変わらず顔はわからない。その言葉に従わず俺は頭を下げた。


『……どないした?』


『お暇を頂けますでしょうか……』


 なんで辞める? 理由は? わからないけど、夢の中の俺は、また本当の気持ちを押し殺している。

 言った途端、旦那さんの声は低くなり、心無しか震えていた。


『……何言ってんのや。……正気か?』


『へぇ……』


 しばらく沈黙が続いた。沈黙が怖い。ものすごく長く感じられる無言の時間が過ぎた後、ようやく旦那さんが口を開いた。


『……辞める言うてる暇があったら、精進せい』


  いつになく厳しい口調で、辞職の申し出は拒否された。

 夢の中の俺は大人しく従った。


『すんまへん。アホなこと言うて…… では、失礼します……』


 再度頭を下げ、襖を閉じようと手をかけると、旦那さんに引き止められた。


『……すまん。言いすぎた。そや、おまはんの好きな干柿あるんや、一緒に……』


 夢の中の俺、柿食べられるんだ……

 そんな間抜けな俺の考えとは逆に、夢の中の俺は旦那さんの優しい誘いを心を殺して断った。


『遠慮させてもらいます…… 旦那さん、わてひとりをここに呼びつけるのは、もうやめにしてください』


『なんでや……』


 酷く悲しげな震える声で、旦那さんは呟いた……

 俺は、感情を押し殺して穏やかに答えた。


『旦那さんはこの店の主人。わてはただの手代だす。他の手代と同じ扱いしてください…… どうぞお願いします……』


 辞職の申し出は、旦那さんの為だ。

 夢の中の俺を特別扱いすることで、他の人からの信頼が無くなってしまう。

 それをこの旦那さんはわかって無いんだろうか?


 俺の申し出に対する旦那さんの返事は無かった。

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